No.24 無撃必殺の非道
『みんな凍っちゃえば、温かいのは生命体だけだから楽だよねっ』
サーマル機能で憂希たちを感知し、すぐさま右腕をかざすように向ける。
『...あれ?』
しかし、赤い光は発光するが、それでも手のひらの先は太陽にはならない。
「っ...。あのロボットの能力、上限なしかよ」
「無力化できたのかっ」
黒埜の息が上がり、額には汗がにじむ。先ほどまで何も飾っていなかった表情に変化が表れる。
「できてるけど...マジでしんどいよこれ。冗談抜きで...太陽よりも熱くできるんじゃない」
せいぜい四十度程度の人体を数千度まで引き上げる熱量は相当なものだ。それを無効化しているとなれば相応の消耗があって当然と言える。
『なにこれなにこれっ。スラスターの次は能力も!?それってこの体関係ないはずだよねっ?』
AZは機械に似合わない動揺を見せるが、表情の変化は薄い。人間らしさと少しずれた違和感が拍車をかける。
『じゃあっ、いったん全部止めちゃうけどいいよねっ。....だって負けたらそれで終わりでしょ?他に優先するものなんてないじゃん』
「何か..考えているみたいだよ。...ちょ、何で加熱のほうを使い続けてんの、ふざけんなよ」
小声で愚痴をブツブツと言いながらも無力化を行使し続ける。
『じゃあ君たち仲良くお寝んねしてね!』
右手を向けながら、左手も憂希たちに向ける。一面銀世界の一帯が軋むような氷結音を響かせながら、その表情を厚く冷たい氷の化粧をする。
風が吹き抜けるような速度で氷のファンデーションが厚塗りされていく。下地もない一帯はムラを際立たせながらも印象を変えていく。
「っ」
ただ、その氷結は全て、氷や風になった瞬間に憂希の支配下となる。
『はぁああああ???なんでなんでなんで!!』
一定の距離を境に、その氷結は足を止めてきっぱりと進行を取りやめた。その状況にAZはさらに混乱を見せる。
「寒いのは苦手なんだ、お返しするよ」
憂希は氷結のすべてを掌握し、AZの機械的な身体を氷漬けにすることを狙う。
『ちょ、危なっ!やめてよ!アンドロイドでも寒いのは嫌だしっ』
しかし、その氷結もAZの足首で止まり、この戦闘区域に初めての均衡が訪れる。目まぐるしい温度変化が一定になった。
『っ...もうなにこれ!なんも効かないんだけどこいつら!...武装攻撃モードに移行する!』
両肩が仰々しい機械音を鳴らし、複数の小型ミサイル弾がその姿を現す。
『これ可愛くないから嫌なんだけど、そうも言ってらんないよねっ』
すぐさまそれらを憂希たちに向けて発射する。
「そいつらには効くだろっ」
発射された瞬間にAZの目の前で小型ミサイル弾すべてを落雷で撃ち落とす。その瞬間、憂希たちを襲うはずだった爆発がAZを襲った。
『きゃあああっ!?』
露出していた両肩の内部構造が破壊され、迫真的な悲鳴が響く。金属で構成される体が吹き飛び、地面を抉りながら転がった。
『っ...。大事な大事な体が壊れちゃった!どうしてくれんのよ!うわっ!?スラスターが動いた!?』
「っ...何で熱だけずっと上昇させてんだよ...はぁ...っ」
「大丈夫ですかっ」
スラスター無効化が切れるほど、能力の消耗をしている。加熱は対象を絞らずに乱射しているため、その能力を無力化しないと意味がなかった。
「冷却を無力化できないのは何でですか?」
「はぁ....能力は殺せるけど、あのロボット...はぁ...ずっと再起動を繰り返してるから能力自体の発動が...はぁ...無力化できない...。冷却は...下限?上限が...はぁ...あるから、ずっと絶対零度に変化させる出力より、上限の無い熱のほうが...はぁ...厄介でしょ」
「...なるほど」
普通の人間が保持する能力であればリセットなのではなく、その能力を一度使用不可にすれば解かない限りは使用できない。
だが、そもそも能力の起動をリセットできる機械はその対象にならないという限定的な条件が、無差別とも言える黒埜の能力に対抗している。
「電力無力化も...異常電流感知でもしてんのか、すぐ再起動する。...便利すぎでしょあのロボット。てか原動力なに」
何回も能力行使を強制させられるのはコスパが悪い。バッテリーなどの電力が原動力であればその時点で再起動は不可能のはずだが、それがメインではないことを裏付けていた。
つまり、それすらわかれば、そもそもアンドロイドとして機能停止が可能のはずだ。人の心臓を止めれば、生命活動が消えるように。
『本部っ、援護お願い!この一帯を吹き飛ばして!』
「なっ」
学習する人工知能だからこそ、戦況を分析して自ら答えを出す。従順な機械であれば命令以外の行動はとらない。それが強さであり脆さでもある。
本部の武器庫はあくまで保管庫であり、武装が無力化されたわけではない。軍事基地から無数のミサイルや砲弾が発射され、城壁近くを集中的に破壊する。
爆風が巻き起こり、地面や崩れた城壁がさらに崩壊する。
「っ....」
爆撃を目くらましに利用する戦法は生身の人間にはできないだろう。
憂希が衝撃と爆発を制御し、二人の空間を避けるようにそれらを受け流す。
「っ、恐らく無力化が切れてる。来るよ」
その硝煙が一気に赤く膨れ上がるように発光する。地面が溶け、空気が焼ける。
「うあっ!?」
冷え切った空気が一気に加熱されたことにより、空気の体積が爆発的に膨れ上がり、爆弾のような衝撃波を生んだ。
予想外の衝撃に反応が間に合わず、憂希と黒埜は吹き飛ばされる。
「...雷どころか、熱にも強いとなったら何で破壊すれば止まるんだ、あのアンドロイドは」
「...そうか、そうだね。いつも人相手に戦っていたから...忘れていたよ」
「え?」
「あのロボットの耐久力を0にする。君は一気に最大限の衝撃で破壊してくれない?」
「...なるほど、そういうことも可能なんですね。了解です」
「あそこまで耐久力お化けは今までいなかったからね。でも、弱点を作り出せば、何でも脆いもんだよ」
そのセリフとは相反して、黒埜は実に楽しそうな表情をした。
「確実にゼロにするために、熱は無力化しないからよろしくね」
「中々無茶ぶりしてきますね」
「え?そうかな?溶岩も氷も操れる君のほうが強いと思うけど」
「それはどうも...」
ここまでさんざん協力してきたが、それでもいまいち価値観が掴めない。
『もう!溶岩とかマグマとか意味ないから!』
すでに放たれている加熱を二人に向ける。そこには溶岩の壁が形成されていた。
「囲みます、破壊された瞬間で」
「おっけい」
『うわ!』
その溶岩の壁を囮にして、AZの周囲を溶岩の壁で囲み、そのままドーム状に包み込む。
『人間なのに学ばないね!意味ないって』
スラスターの廃棄を利用して無理やり溶岩を吹き飛ばす。
「今」
『あれ、一人ど』
「これでっ止まれ!!」
解放されたスプリングのように地面を一気に隆起させ、AZの体を空中に飛ばし、浮いてきたところに乱気流を圧縮し、加熱した大気の爆弾を叩きこむ。
『うあっ....』
大爆発を引き起こしたその衝撃波AZの鋼鉄の体を砕き、バラバラに崩壊させた。
米軍のアレックスとAZとの戦闘で発生した爆発を再現した攻撃は、弱体化したAZに効果を示した。
『あ....う....ま......負け....』
辛うじて音声と思考機能を残しているが、四肢は破壊され、残されたのは胸部と頭部のみだった。
戦闘中には判断できなかったその容姿も、今の姿でははっきりとアンドロイドと確信できる。
「よし...これで。...え、何をするつもりですか」
「...なるほど、動力源は核だったんだ。じゃあここに搭載されているのかな」
今までと比にならないほど不気味な笑みを浮かべながらAZに接近する。
『.......自爆プログラム作動。五、四、三』
「なっ!?黒埜さん離れてっ」
万が一、AZが破壊されたときを想定した動力源である核を利用した自爆プログラムが作動する。
「...なんだよ、これが心なのか?」
AZから取り外した部品を眺めて、落胆したような表情を見せる。
「黒埜さんっ」
『ゼロ』
その数瞬、憂希の雷撃にも似た閃光が一帯を包み込み、全ての影を消し去った。
「...あれ」
ただその閃光以外、何も起こらなかった。
「...何を驚いているの?言ったでしょ、動力源が何かわかったら停止できるって」
その表情は変わらなくとも、明らかに興味が薄れたような反応で気だるそうに黒埜は常識を語るが如く、淡々と説明した。
「はぁ...じゃあ最後の仕事を終わらせて帰ろうか」
「...いや、任務はAZの破壊じゃ」
「君のはね。僕はこの軍事基地及び敵軍の抹殺だ」
「なっ」
「じゃあ、死滅させるね」
「ちょ、待っ」
憂希が言い切る前に、黒埜は能力を発動した。視覚的どころか五感すべてがそれを感知できないはずだが、それでも憂希は能力の発動を感じ取った。
首元に刃物を当てられたような、銃口を眉間に突き付けられたような、立っていた足場が突然崩れ去ったような、ゾッとする感覚。
熱気に満ちた戦場で、汗が一気に引き、代わりに冷や汗と震えが憂希を占領した。
「...さ、終わりだ。帰ろう」
「今、何を」
「...ん?あんた以外、全員殺したんだよ」
「...殺したって」
「あぁ、言ってなかったね。無力化だと思っていたならそれは勘違い。一言で言うなら...そうだね、殺す能力なんだ」
物体も生命体も、力も能力も何もかも。すべてに存在する何かを無に帰す。一も十も百も千も関係なく、全てに平等にゼロを掛け算する能力。
「まぁ何を殺すかわからないと苦戦しちゃうんだけどね」
その行動に一切の感情は動かず、味方がいたかもしれない戦場において、憂希を除くすべてに無を与えた。生物としての無とは死である。
「敵軍を拘束し、情報を聞いたり、AZの開発データを」
「ん~心が本当にあったならその価値はあったかもしれないけど、ただの学習機能付きのプログラムだったみたいだから、別にいいんじゃない?」
「...」
憂希の打診を割り込み、無視して、黒埜は持論を展開する。論というにはあまりにも感覚的なのに無感覚に近い。
「何そんなに怒ってんの?人の気持ちとか心ってよくわからないよね。見えないし、存在してるかもわからない。苦手なんだよね」
まるでアンドロイドのようなセリフを人間が吐く構図に、憂希は感じたことのない嫌悪感を覚え、苦虫を嚙み潰したような表情になる。
「だから探してるんだよ。心ってやつ。あんたは見たことある?心ってやつ」
「...」
「ないよね。だから、心がないとか無情とか言わないでほしいんだ。最初からみんなないくせにさ」
「もっと簡単に無力化できたんですか」
「ん?あぁ、あのロボット?うん、そりゃね。学習機能とかプログラムとかそういうの無効化すれば止まっちゃうでしょ」
「なんで」
「え?何回も言わせないでよ。心があるかもしれなかったんだ。探してただけだよ」
表情一つ変えずに放たれる異常さに、憂希は吐き気すら感じ始めた。
本能的に理解する。ずっと感じていた違和感や嫌悪感、苦手意識の正体を。
「AZのほうが人間らしかったと思いますよ」
「そりゃそうでしょ。人間っぽくしてたんだからさ」
皮肉も何も感じ取らない。フィルターがそもそも存在しない空洞のような精神。
「じゃ、またよろしくね」
その精神のどこから出てきたかわからない言葉を吐いて、撤退を始める。
「...」
憂希は自然と次に会うときも味方側でいられるかを不安視した。その能力と同じくらい凶悪で狂った人格を警戒せざるを得なかったからだ。
自分でも異常だと思いながら、それでも憂希はAZを敵ながら同情してしまった。罪悪感すら感じた。
砕かれたその頭部から漏れ出すオイルから、目が離せなかった。
カリーニングラードでの戦争は、黒埜と憂希を除けば、現地に投入されていた軍隊が両軍共に全滅となった。
その全滅の最たる原因はAZだろうが、それでも決定づけたのは黒埜のとどめだったと言える。
「思ったよりも献身的に働いてくれたね。これは礼を言わせてもらおう」
欧州軍のどこかの領地、その一室にて、ジェイムスと名乗る男性からそう労わられた。
「あんなのが相手で手加減もくそもないですよ。なんだったんですかあれ」
「世界初となる無機物への能力付与を成功させた貴重な例だ。とはいえ、再現性は皆無。一度のみ起きた奇跡とも言えるだろう」
「能力等の詳細は知っていて教えなかったんですか」
「そんな意地の悪いことはしないさ。燃焼または融解系の能力という推察だった。ただそれではグレード1相当にはならないとも思っていたがね。まぁ推察は的外れだったわけだ」
悪びれもせずに淡々と言う。作戦において敵の主力を概要だけしか把握していない状態で突撃することは、憂希にもわかるほど愚かのはずだった。
「...黒埜さんは何者ですか」
どうせ深堀ろうとしてもはぐらかされると思い、憂希は話題を変えた。
「何者とは?」
「はっきり言って異常でした。作戦や命よりも優先した何かを持っている。そんな人が戦場の最前線にいるのは普通なんでしょうか」
「ふむ、それは確かに正常な考えだね」
「っ....」
はぐらかされたり、誤魔化されるかと思ったが、案外すんなりと認めたことで、憂希は肩透かしをくらった気分になった。
「彼を含め、様々な人間が正常ではない部分を抱えている。赤子でさえ、無知であることをピックアップすれば異常であると言えてしまう。異常さとは何だと思う。神崎 憂希君」
「...」
何を狙った質問かわからず、少し憂希は戸惑う。変な緊張が指先を冷やした。
「良くも悪くも、何か外れたものを持っている人じゃないか。常識外れや人並外れたことは全部異常って言えるだろう」
「なるほど、持つものが異常か。美しい論理だね」
どこか満足そうな表情をする男性がなぜその表情をしたのか、憂希は理解できなかった。
「私はずっとね、持たないものが異常だと思っているんだ。常識を持たぬもの、共感を持てぬもの、感性を持たぬもの。持つものがなぜ持たぬものに合わせなければならない、とね」
その言葉には態度には出していない力強さが込められていた。
「彼は心を奪われたものだよ。心を無くし、心に憑りつかれたもの。確かに異常かもしれないが、彼は彼なりに探しているんだ」
「...」
何があったのかもわからない人物を頭ごなしに否定するほど、憂希は自分を正当化することはできなかった。
「それでも、好き勝手探させて、その影響で他の誰かが被害を受けるのは違うでしょう」
「君はやっぱり優しすぎるね。関係ないはずの我々まで案じてくれるとは。その優しさはいつか身を滅ぼすことになる」
「それで誰かが救われるのなら本望ですよ」
「ははは、それでこそ君は神崎 憂希であると言える。今回の報酬は彼女の連絡先を教える。こちらが支給した端末だ。通話機能はないが、メッセージはやり取りできる」
「...」
コミュニケーションができるだけでも参加した甲斐があると、憂希は思い込むことにした。
謎の移動手段で憂希は気づけば自分の部屋にいた。日付はすでに変わっており、気づけば長い時間を日本から離れていた。
まるで夢だったのかと錯覚するほど、ガラッと切り替わった状況に、頭が追い付いていない。
「...」
美珠にメッセージを送ろうと端末を操作する。
しかし、憂希は美珠にメッセージを送ることはできなかった。
「なっ....そんな」
三分前を示す通知に記載されていた内容が、憂希の思考を奪う。心拍が無音の部屋に響き、戦場にいる時と比にならない冷や汗が噴き出す。冷たい指先でその通知を開いた。
『第一大隊が対中国戦線にて壊滅。現在、生存者不明。第三大隊所属の兵士は直ちに戦線へ出撃せよ』
「ニノっ」
そう口から零した名前よりも先に、体が走り出していた。
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