No.23 熱烈冷徹な戦争
「そろそろ突入だって。準備はいい?」
「はい。...君はどうやって降りるんですか?」
「...」
その答えを聞く前に軍用機の扉が開いた。
「っ...」
見下ろす地面には爆発や発砲音が鳴り響き、煙や衝撃が無数に発生している。
武器や能力による発光体が互いの間を駆け巡り、そのたびに無数の爆発が発生している。
「じゃあ、先降りるから」
そう言って、黒埜は何も動じずに空中に身を投げ出した。もちろんパラシュートなんてつけていない。
「っ、まじかよ」
今まで地上から空中に舞い上がることはあったが、空中から下降することは初めてだったこともあり、憂希は少し足が竦む。
緊張で手に汗が滲み、知らず知らずのうちに心拍が大いに盛り上がっている。走ってもいないのに呼吸が乱れて、のどが渇いた。
「っ...よし!」
自分に気合を入れてそのまま思い切り空中に飛び込んだ。
「くっ...うぅっ」
回転する体を制御して落下地点を探す。目の前にはかなり距離が開いた黒埜が見える。垂直落下で体で空気抵抗を作ることもなく、真っ逆さまに落ちていく。
落下地点はロシア軍が軍事基地に建設した要塞の城壁近く。襲撃部隊に注意が向いている間に無音で接近し、敵軍側から殲滅していく作戦。
「っ....うわっ!?」
黒埜に気を取られていた瞬間、大規模な爆発が落下地点のすぐ近くで発生した。そこはずっと煙を呑み込むほどの炎が巻き上がり、燃焼はより激しくなっていく。
「なんだっ、あれ」
その炎はまるで何かを狙っているかのように一定速度で燃焼範囲が広がっていく。
「っ、やべっ」
気を取られているうちに地面が迫ってきていた。すぐに着陸態勢に入る。地面に暴風を放射し、自分の体に上昇気流を当てて、急ブレーキをかけ、地面すれすれでふわっと体が一度持ち上がった。
「っ....ふぅ」
憂希は第一関門突破という感覚になった。急激な気圧差に意識が朦朧とする。普通なら気絶してもおかしくないが、能力付与による身体強化か作戦ごとにしている無茶のおかげか、なんとか意識を保っていた。
「あっつ...。なんだこれ」
視線の先には落下時にも見えた炎の塊。ただ明らかに何かが燃焼しているわけではなかった。
まるでその場が高温で熱されているような、バーナーか何かでずっと焙られているかのようにずっと温度が上がり続けている。
灼熱が欧州軍の突入部隊を襲い、次々に発火や融解で跡形もなく焼失していく。
「なんだ、怖がってた割にちゃんと降りれたんだ」
後ろから声がかかる。
「黒埜さん」
「多分、あの熱がアンドロイドの能力。毎回襲撃作戦をやる度にこの要塞付近で発生する謎の熱源。あんたの能力と似てるんじゃない?」
「...いやあれは少しおかしい。発火するものや融解するもの、対象を無視しているような」
「まぁ自分らはあれをどこの誰が発生させてるか確認して、破壊するだけ。いくよ」
戦場においてはまるで生き物のような熱源が軍を食らいつくしているだけだった。氷雪や水流系の超能力での応戦が瞬時に水蒸気に変化しているのが見える。アスファルトやコンクリートだけでなく、金属類も次々に融解していく。それだけで二千度以上はあることがわかる。
最前線から城壁に沿って回り込むように移動する。
「ここだ」
そこは入り口でもなんでもなく、まだ城壁のまま。
「この奥が武装や兵器の格納庫だ。ここを襲撃して抵抗力を削ぎ落すんだってさ。あんたの能力なら余裕なんでしょ」
「...少し離れて」
すべてが他人事のように物を言う黒埜。誰かの評価や何をどう思うかすら興味がないような態度。憂希は仲良くはなれないなと諦めた。
憂希は少し考える。武装や兵器が目的ということはそれらの破壊や爆破を狙ったほうがいい。とはいえ、熱源を操作している敵が相手となれば炎熱は避けたほうがいいだろう。
「...」
美珠や日本軍のために、憂希は自分のいろいろな感情を殺す。トラウマや向ける先の無い憤怒はもう憂希を支配したりはしなかった。
それでもまだ手が震えるのは本能にも近い恐怖心だった。それを弱さと呼ぶことをためらうほど、憂希の眼は覚悟に満ちていた。
戦う理由を人に預け、寄りかかる弱さをもってして、自分の歩みを止めるあらゆる未熟さを消し去った。
「いきます」
何の前触れも感知させない速度で放つのは、落雷と呼ぶにはあまりにも大規模で、軍事要塞の一部を丸ごと粉砕する雷撃。その場にいた生命体は皆、その轟音の余韻で音に気付いた。
全てが光に包まれ、その瞬間に大破した要塞。情報通りの位置で武器庫が存在し、そこを破壊したことで要塞内は炎上している。
あまりに突然の攻撃にしばらく静寂が戦場を支配した。
『あなたたち誰~?絶対敵さんだよね』
その静寂を切り裂いたのは少女の声をベースに調教されたような、戦場に似合わない明るい声。
『こんな燃やしちゃって、ダメだよ~?』
その言葉を聞いた瞬間、憂希と黒埜はすぐに違和感を覚える。さっきまで炎上してた炎が消え去っていた。季節外れの熱風が支配していたのに、今は寒いくらいだった。
「君がAZか」
『え?AZちゃんご存知なの?有名人だねぇ。ってことは敵さんだ。お喋り楽しいけど、敵さんは排除だから!バイバイ!』
右の掌が赤く光る。初見でも瞬時に理解し、脳や体が危険信号を鳴らしている。
「ぐっ」
瞬時に地面の隆起と氷結を発生させて壁を形成する。もはやこの防御態勢が憂希に染みついてきている。
しかし、それらは一瞬にして蒸発、融解する。熱線を浴びたとか火炎を放射されたとか、そういう次元ではなかった。
「マジかよ」
『能力者君たちかっ。AZと一緒だねぇ~』
「...温度上昇や熱源発生の能力じゃないのか」
憂希の後ろで黒埜が呟く。
「あんた何で動いてんの?」
『君たちと同じだよ。そんなこと気にしたってすぐ死ぬんだから気にしなくてもいいじゃん?』
また赤い光が強く光る。
「いったん距離を取りますっ。黒埜さん掴まって」
「...仕方ないか」
『逃がさないよ』
気流操作での飛行で吹き飛ぶようにその場から離れる。しかし、赤い光は憂希たちを逃がさない。
「融点がなきゃいいだろっ」
憂希は大地から溶岩を噴出させ、粘土のように形状変化させることでドロドロの壁を形成した。
AZの能力を受けて、溶岩全体の発光が赤から黄色を経て、白に変わっていく。
「へぇ...頭いいね」
「やっぱり...熱か何かを放っているわけじゃないのか」
指向性のある何かしらを放っているのであれば、溶岩の一部分から熱の上昇が発生する。だが、現実は溶岩の壁全体が同時に温度上昇を始めている。
『なにこれ邪魔だなぁ』
しかしその溶岩は何かしらの爆風を受けて、水のように吹き飛ばされた。
「なんの衝撃波だ。...いくつか能力を持っているのか」
「...」
『見ぃ~っけ!』
二人の姿を再度捕捉した瞬間に人間にはない出力で急接近してくる。スラスターのような推進力を生む動力源が腰や足に搭載されている。
「それは...殺せるね」
『えっ!?うわ!?』
しかし、その急発進した初速はすぐに消え去り、その慣性のままAZは金属の衝突音を鳴らしながら地面を転がる。
『え!?なに!?本部!何の故障!?....エラー出てないんだけど!』
装備されているスラスターは明らかに発光し、その推進力を発揮しているように見える。
この隙に憂希たちは距離を取り、次の策を考える。
「...今なにしたんですか」
「あのエンジンみたいなやつを無力化しただけだよ」
「...その能力であの熱源発生をどうにかできないんですか」
「何を無力化するかがわからないと無理。炎でも熱線でも起点があるでしょ。それがわからないのにさらっとはできない。そもそもどうやって動いてんのあの機械。...まぁでも一つできることがある」
「それは」
「あの灼熱から熱は奪える」
その矛盾した言葉に憂希は思わず、顔をしかめた。
「だから、君は何も考えずにあれを破壊することだけ考えてよ」
「...わかりました」
理解、とは言えないがそれでもやるしかないと考えた。黒埜もグレード1という前提を基に動くしかない。
憂希はまた拳を握りしめ、覚悟を決める。初めて会った他国の能力者を信用しなければならないというストレスが、憂希の精神を蝕み、握った手のひらに痛みが走る。
『もういいよっ。こっちは使えるんでしょっ。じゃあいいよっ。スラスターだけじゃないから!』
その機動力はスラスターだけではない。強靭なスプリングと油圧シリンダーを駆使した脚力の飛躍的進化。過剰な出力は到底機械とは思えない速度を発生させ、弾丸にも似た速度で空を切る轟音と地面を抉る衝撃が人ならざることを物語る。
「来たよ」
「機械ならっ」
敵軍の要塞を破壊した雷撃をAZに叩きつける。一帯すべてを光で包むほどの発光と共に大地を揺らす振動が走る。
機械に電気という単純な考えではあるが、戦場においてシンプルさは最大の武器とも言える。
『びっくりしたけどっ、効かないよ!』
速度を落とすことなくその硬さと重量を衝撃に進化させる。
「ぐうあっ!?」
そのままその衝突を真正面から受け、憂希たちは吹き飛ばされる。軽自動車にでも突っ込まれたような破壊力。
「っ...あれ」
ただその慣性のまま宙を舞いながら、憂希は違和感を覚える。痛みが全くない。
「君への衝撃によるダメージは殺しておいたよ。...ロボットに雷って、安直だね」
「っ、ありがとうございます」
『じゃあバイバイ!』
その衝撃による隙を機械的思考が逃すわけもなく、また赤い光が二人に向いていた。
「やばいっ」
『うわぁあ!?』
咄嗟に空中に浮かぶ金属の体を錐揉み状に回転させながら上空へ吹き飛ばした。照準はブレて、周囲がランダムで発火や融解の対象となる。
「マジあれ何の能力なの」
「わからないですよ」
「でもあの驚きや...あの言動。感情があるロボットだよね」
「人格が設定されているんじゃないんですか」
「...それって心があるってことかな」
「...さぁ」
「...絶対に捕えよう」
「っ」
その微笑みは機会に表現することはできないであろう、不気味さと気味の悪さをにじみ出していた。
今まで無表情だった黒埜の一変した表情に憂希は思わず、アンドロイドに襲われることとは別の冷や汗が頬を伝った。
「...右手が能力の起点であれば、俺が右腕を吹き飛ばします」
「わかった、敵の無力化はこっちでやってみるよ」
『...よくも、やってくれたね!!』
垂直落下に排気でさらに勢いを加えて再度突撃。ただ、すでに赤い光が発光し、攻撃態勢に入っている。
「その腕、もらいます!」
真下から肩を狙って、高密度高圧の水流を織り交ぜた暴風の衝撃波を放つ。
『効かないって!』
その声と同時に爆発音と熱風の衝撃波が破裂したように巻き起こり、憂希が放った衝撃波もまとめて呑み込む。
『終わりでしょ!っ...えっ!?』
地面から熱風と共に突き出す赤く熱された溶岩が地鳴りを響かせながら噴火のように勢いよく、地面から噴き出す。
上空からは凍てついた空気と甲高い氷結音が鳴り響き、大地に陰りを与える。その巨大さが落下速度を感じさせない。
『なにこれ、見えないっ。サーマル起動っ』
黒煙の黒と水蒸気の白がまだら模様を形成しながら混ざり合い、それらの中間に分厚い雲を生成する。
「最大出力です!」
不気味なほど発達する黒雲を最大の帯電体として利用する。黒の中を白や紫の閃光が駆け回り、猛獣の怒号のような雷鳴が黒雲をスピーカーにして轟く。
衝撃を中心として融解と氷結に雷撃を合成したその攻撃は、まさに天変地異と呼ぶにふさわしい光景を生んでいる。
「...なっ」
ただその光景は閃光が消えた瞬間に一変する。
溶岩は一瞬にして冷却され、表面を全て氷に覆われていた。氷塊は跡形もなく蒸発している。
「...そういうことか」
憂希はものすごく嫌な予想を頭に描き、そのセリフとは真逆の顔をする。
「熱を操作しているんだ」
あらゆる物体において温度という概念は必ず存在する。存在する以上、それは確実に紐づいてくる影のような概念。
『ごめんごめん、忘れてた。君たち人間だから溶かさなくても死ぬんだよね。ならパリッと凍らせちゃうね』
左手が地面に触れた瞬間、氷を砕いたような甲高い音がしんしんと響いた。
急激な気温、気圧変化に気流がのたうち回り、灼熱地獄を一瞬で銀世界に変えた。
「...何であんた、平気なの」
「...え、いや」
その銀世界は自軍の要塞ですら呑み込んでいたが、憂希には効果がなかった。
「俺もよくわからない...」
一見すると憂希たちをわざと避けたかのように、憂希を中心とする一定範囲だけ、凍り付くどころか、気温すら通常通り。温かくすらあった。
「...え、もしかしてあんたさ、無意識に自分の周りの気温を最適化してたの?」
「...気温」
憂希はそう言われると思い当たる記憶がある。
作戦区域はいろんな国に投入された。その時、景色や景観に対して自分は温度変化をあまり感じなかった。アイスランドでさえ、そこまで寒いと感じなかった。
「そういうことだったのか」
「...つまり、君の予想は的中だ。あの機械は、熱を掌握してるみたいだ」
人肌を感じることもないその鋼鉄の体で、ありとあらゆる物体の温度を意のままに操作する、回避不可能の全体攻撃。
武装兵だろうと兵器だろうと、能力者だろうと無差別に効果を発揮する初見殺しの能力と言える。
「じゃあ...殺せるね」
「え...」
その能力を前にして、尚も笑うその表情は、この戦場において何よりも恐ろしく見える。
「人の手で作られた心は...どんな形をしているんだろうか」
何かに魅入られた少年のような表情で、誰にも聞こえないような声でそう呟いた。
ご拝読ありがとうございます。
皆様の娯楽として一時を楽しんでいただくきっかけとなれましたら幸いです。
素人の初投稿品になります。
これからも誠心誠意精進いたしますので、ブクマや☆での評価・応援、どうかよろしくお願いします。
感想もお待ちしております。




