No.22 ロシア軍最新兵器「AZ」
ジェイムスと名乗る男性からの招集は三日後の1000だった。
「.....くそっ」
ベッドに倒れこみながら愚痴をこぼす。
憂希はかなり追い込まれていた。同じ部隊の能力兵仲間は自分含め、五人中二人が離脱した。一人は殉職。もう一人は拉致。
自分だけが命が助かっているものの、自室に何の対策もできずに侵入を許した。いつでも殺せるという暗喩にすら感じた。
和日月の言い分も頭を冷やした今では、多少吞み込めるが、それでも許せない部分が残っていた。
「...」
食事がまともにのどを通らない。よくわからない心拍数の上昇が憂希にずっとこびりついている。
憂希はそれらを無視して眠りにつくことにした。
布団に潜ることで、現実から離れるような感覚を持ち、憂希は逃げるように夢の中へと沈んでいった。
次の日、第三大隊の今後の編成についての会議があった。
錐生という貴重かつ作戦に重要な戦力に加えて、美珠の回復要員まで失い、大西洋戦線においては特殊兵装部隊もかなりの打撃を受けた。おおよそ中隊を編成できる状態ではなく、小隊ですら怪しいほどだった。
「しばらくは他大隊の援護及び、戦力補強に回ることになるだろう。第三大隊としてメインの作戦は和日月総司令とも会話し、しばらくは難しいという話になった」
他大隊においても、各地での戦闘で大なり小なり消耗はしており、そちらの補助という形が一番丸いという判断だった。
「神崎上等兵。君はほとんど待機となるかもしれない。ここ最近、君は出ずっぱりだった。少し休息を取れ」
それは事実として、休息の選択肢しかなかったのか、振動が憂希を案じてなのかは定かではない。
ただ、これは憂希にとっては怪我の功名だった。
第三大隊の立て直しにはしばらく時間がかかるとのことだった。実際問題、グレード2やグレード3の補強ともなればかなりの難易度。回復要員ともなれば、レア中のレア。
錐生の能力のように、軍全体を強化できる能力は戦場においてかなり重宝され、第三大隊としてもそこを起点に作戦行動をしていた。
「...」
昼食を食べるために食堂に向かっている道中。
「あ、神崎君っ」
憂希は声に反応してそちらを見る。そこには大きく手をぶんぶん振っている仁野の姿があった。
「ニノさん」
「これからお昼?うちもなんだよねっ。一緒いこーよっ」
「うん、もちろん」
二人に向かい、それぞれが注文した料理をもって、席に座った。
「え...マジ?」
仁野に近況を聞かれ、ある程度嚙み砕きながら説明したが、第三大隊の壊滅という印象は柔らかくはならなかった。
「うん。...米軍の援護とは言え、戦地に突入された状態と最終戦の状況じゃ、全然違っていた。敵軍のグレード1が来た瞬間に戦況はかなり覆った」
原子操作という基本的に抗うことのできない強大な能力に、ほぼ成す術なしという状況に追い込まれた。
「...大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。しばらく待機だって話だし、少しゆっくりする」
「...じゃあさっ、明後日私も非番もらってて、買い物とか行かない?気分転換にさっ」
「いいね、明後日....あっ」
明後日だけは憂希にとってどうしても外せない。他を優先できない用事がある。
「ごめん、その日はちょっと会議があってさ。」
「うわ~マジ、タイミングだね。また別日に行こ?」
「うん」
「絶対だかんね?」
憂希は仁野の明るさに少し安らぐ。嘘に近い言い訳に憂希の胸が少し傷んだ。
「最近さ、格闘術習ってんだよね」
コミュニケーションのセオリー。聞かれたことは聞き返す。本当か嘘か、聞かれたことは相手が聞いてほしいこと、なんて考え方もあるようだ。
「すごいね、運動?」
「あははは、違う違う。ダイエット...はあくまで結果的にって話で、メインはうちの能力のため」
「能力?」
仁野の能力は身体能力の極限化。あらゆる身体動作の出力を限界突破して引き出せる。腕力、脚力、跳躍力、体力、耐久、頑丈さ、そしてそれは格闘も。
「フィジカルがマジヤバなうちがスキルも学んだら無敵じゃねって」
そのポジティブさと甘えない自己研鑽に憂希は感銘を受ける。仁野の目標はあくまでヒーローだった。
「力任せじゃ、マジでやばいとき詰むかもじゃん?大体ヒーローって変身とかしてなくても強かったりするし」
「...仁野さんがよく見てる作品ってどんなやつ?」
「え!興味あんの!?えっとね、最近好きなやつは...」
憂希は戦いに自ら望む姿と、誰かを護るというその意志を参考にしなければならないと強く思った。
意気揚々と自分の好きな作品を紹介する仁野。ストーリーや展開に合わせて表情も切り替わる姿は、どれだけその作品が好きかを憂希に示した。
「今度一緒に見ようよっ」
「え、もうすでに見てるんじゃ」
「好きな作品は何回見たっていいのっ。てか、一回で終わらせるなんてもったいないじゃん?」
「なるほど、それもそうだね」
その言葉で、憂希はもう一度、人体実験の資料を読んでみようと思った。
「オレのいないところで何の話をしているんだっ、仁野っ」
「あ、ラプちゃん!」
いつの間にかラプラスが席の隣に立っていた。
「久しぶり、ラプラスさん」
「あ、あぁ」
ラプラスは憂希に声を掛けられ、少し顔を伏せる。なぜか久々の再会が苦手だ。
「あ!そうそう!神崎君もさ、うちより年上だし、うちら同年代なんだから呼び捨てでいいよ?」
「え、それは」
「てか呼んでたし?」
「え、いつ?」
「台湾のときっ。あぁ~?覚えてないんだ~?」
悪い笑みを浮かべながら、憂希をのぞき込む仁野。
「え、あぁ...。ごめん」
「じゃあお詫びに呼び捨てね!」
仁野は満面の笑みでそう言う。テーブルの下で憂希に見えないように小さくガッツポーズをしていた。
「...うん。じゃあ俺も呼び捨てでいいよ」
「えっ...」
さっきまで輝いていた仁野の笑みがどこかに消え、急に引きつった顔になる。
「なんか人の苗字呼び捨てって抵抗あんだよね」
「人には呼べって言っといて?」
次は憂希が悪い顔をして、仁野をのぞき込んだ。
「ほ、ほら。ラプちゃんもラプちゃんだしさ。...あぁっわかったよ!じ、じゃあ憂希君でもいいっ??」
少し頬を赤らめながら仁野は決意を固めてそう言った。握りしめた手は少し汗ばんでいる。
「下の名前、新鮮だわ。わかった」
「っ...」
仁野は叫びそうになるのを必死で抑え込み、さっきより少し大きめのガッツポーズをした。
「ゆ、憂希。オレも呼び捨てを許可しよう」
「わかった」
仲間外れは嫌だと必死に食らいつくラプラス。気丈に振舞っているが、まだ彼女もまた同年代が嬉しかった。
憂希がラプラスにも下の名前呼びを許可したことで、仁野からさっきまで溢れていた喜びが少し治まり、代わりににじみ出た少し残念そうな表情が、仁野の素直さを表していた。
二人は基本的にそれぞれの担当区域がある。それは大隊の作戦エリアに依存している。
「うちはずっと中国軍の対応だよ。たまに韓国行けるとテンション上がるけど、それ以外は結構きついかなぁ。でも台湾の戦いの後からは、前よりバチバチじゃないかも」
「オレの部隊は対ロシアだな。襲撃や領海区域での対応がほとんどでオレが出るまでもなく終わることが多いが、まぁ来るべき時に備えて、力を蓄えているまでだ」
「そっか」
グレード1が投入される戦闘はそこまで多発していないようだった。
敵軍の狙いには能力兵を中心とした捕虜を確保し、自分たちの軍事利用に繋げる狙いもあるだろう。この戦争は前提として侵略が目的ではない。
「てか、...憂希君。...働きすぎじゃん?そんな大っきい戦いに何回も行かなきゃいけないなんて」
「そうかな?」
「オレはまだ片手に収まる程度だ。...少し異常に感じる」
「能力的に応用効くからかな...?」
そこに対して、憂希はあまり疑問に思ってこなかった。そもそもセオリーを知らない。頻度や規模なんて把握する暇も余裕も無かった。
「でも、お休みもらえてよかったねっ。大活躍な新人君にさすがに軍も考えてくれたんじゃない?」
「そうだね、そう思うことにするよ」
憂希は明後日に備えるため、二人と解散して自室に戻った。
そもそも持っていける装備なんて限られているが、それでも準備はしておく必要がある。
「...ふう。これでいいかな」
何で迎えに来るか不明だが、もともと自分で持っていたリュックサックに支給物を詰める。
最低限の着替え、水筒、非常食、マルチツール、拳銃に弾丸。寝袋やナイフようなサバイバルセットまで念のため入れた。
「...」
人体実験の資料にまた目が行く。あちらこちらに『K』という俗称が散りばめられている。最初の能力者。
いくら読んでも言葉の意味だけしか頭に入ってこない。
憂希はベッドの上に座り、準備した拳銃を握りしめる。弾丸は込められていない。まだ手になじまない重さを感じ取る。まだ戦場で放ったことのない弾丸を見つめる。
「今回で...安楽堂さんを解放できるか」
欧州側が何を目的に憂希にコンタクトを取り、利用するのか。それを最低限確認しないといけない。
「...まずは情報整理と状況把握だ」
憂希の頭の中には受験勉強のルーティンが浮かんでいた。難題や不確かな事柄については、まずは整理から入る。そういう風に生きてきた。
約束の日時。その時間になった瞬間、憂希は知らない部屋にいた。その数秒前まで自室にいたのにも関わらず。
「やぁ、決心はついたかい」
「確認せずに連れ去っているじゃないですか。...はい」
「強力な協力者を得たね。それでは今回の君の役割を説明しよう」
まるで次回もあるかのような言い方だった。
作戦内容は四枚ほどの紙を手渡された。移動中に読むようにという言葉だけで、すぐに欧州軍に合流となった。
「...カリーニングラード」
次の作戦はロシア軍最西部の軍事基地を制圧することが目的だった。
「そこはロシアの国土から飛び地でバルト海に面しているロシアの領土だ。そこにある軍事基地が我々の目の上のたん瘤でね」
何も掴めない表情のまま、飄々と説明する男性。
「目の上のたん瘤なんて...日本語上手ですね」
「...翻訳能力かもしれないが、どうしてそう思ったんだい?」
「なんとなくです」
憂希の探りに対して男性の警戒心はかなり強かった。憂希はのどから出そうになるいろんな質問や疑問が出ないように呑み込む。
「そんな分裂した土地なのに制圧できない理由は...」
「そう、我々が手を焼いているのはそれだ」
資料に向かって指を差す男性。資料に記載されているのは憂希が投入された目的となっている対象。
「AZ...」
資料に記載されているのは兵器の名前だった。AZと呼ばれる最新鋭技術が投入された所謂アンドロイド。
「正式名称はArdent Zero。超能力を付与された戦闘型アンドロイド兵器だそうだ」
超能力付与技術は基本的に生命体に対して有効である。というのが現状の摂理に近い暗黙のルール。
機械に付与可能という事実は、別の方向性で革命的と言える。
「...詳細不明」
しかし本当に能力を付与されているのか。本当にそれがアンドロイドなのか。それらの一切が不明となっていた。
「ただ、事実としてグレード1相当と思われる存在は確認できている。それが原因で敵軍の軍事基地を制圧できていないのも事実だよ」
「その詳細不明の敵を...俺が制圧しろと」
「...もちろん、君だけでというわけではない。こちらからも軍を出すさ」
作戦には欧州軍の中隊が投入される。日本や米軍と異なり、半数以上が能力者で構成されている。
「こちらの軍と同時に進行し、陽動に乗じて君は対象を破壊してほしい」
「...ここまで俺に軍の編成などの情報を開示して大丈夫なんですか?」
「協力してもらうんだ。構わないさ」
「...一つ、確認しておきたいことがあります」
「内容によるね」
「今回、協力することで俺は何を得られるんですか。安楽堂さんの解放は可能ですか」
「ふはは、交渉に慣れていないね。協力する代わりにこれをよこせ、くらい言ってもいいもんだけどね」
「っ...」
「彼女の解放はまだ無理だ。君という貴重かつ重要な人材を手放すにはまだ早いよ」
その言葉にのどの奥が重くつっかえるような感覚が憂希を襲った。
「...じゃあ解放の条件は何ですか」
「君が協力的になってくれたらかな」
「っ...」
さすがに憂希もその言葉に対して反応する。眉間にシワが寄り、顔をしかめた。
「ふざけているわけじゃないさ。最初に伝えたように、君には欧州軍と日本軍のパイプ役になってほしいんだ。それに協力してくれるかどうかが重要だ」
ふざける素振りもなく、男性は言う。
「...なんのパイプ役なんですか。俺を戦力として徴兵するだけじゃ、パイプ役なんて」
「それはこの作戦における君の成果を確認してから判断する。作戦内容に嘘はないが、テストも兼ねている。さて、着いた。ここが前線基地だ」
車両での移動を終えて、欧州軍の作戦部隊に合流した。車両から出た瞬間、部隊の全員が待機していた。皆が男性を敬礼で出迎える。
「ご苦労。休んでいいよ。...紹介しよう。今回協力要請した日本軍のエース。神崎 憂希君だ」
「よろしくお願いします」
憂希の視界に入るのはヨーロッパ諸国の人種で構成されている軍の中にひときわ目立つ、なじみ深い顔立ち。
「あぁ、彼が今回、作戦指揮を執る黒埜曹長だ。君と同じ、日本人だよ」
カーキやベージュの迷彩を基本とした兵装に黒基調の兵装を身にまとう男子。
「あぁ、どうも」
興味なさそうに一瞥する黒埜。憂希にとって第一印象は無愛想の一言に尽きた。
「さて、皆はもうすでに作戦は確認しているだろう。カリーニングラードのロシア軍基地の襲撃及び、噂に聞くAZの破壊を目的とする襲撃作戦だ。今回、能力兵だけでなく、装甲車や戦闘機も投入される。だが、君たちが主力であることは揺るがない。能力者の未来のために、戦ってくれ」
「「了解」」
部隊はすぐに出撃する。能力兵含め、基本的に陸路にて接近し、前線基地を確立。先行部隊はそのまま敵軍基地に向けて襲撃を行う。
「君たち二人は空から行ってもらうよ。陸路は陽動だ。敵の注意を惹きつけて、対象をおびき出したいからね」
「パラシュートは使ったことないんですが」
「...君の能力ってパラシュート必要なのかい?」
出発前にはぐらかしてみたが、どうやら憂希が飛行可能なこともすでにばれているようだった。
軍用機の中で、黒埜と憂希は二人きりになる。
ずっと端末から目を離さない黒埜。戦闘に対して緊張や焦りは全く感じてないようだった。
「...黒埜さんは、どんな能力なんですか?」
「...」
その言葉に反応し、ちらっとだけ憂希をみるが、すぐに端末に視線を戻した。
「...無です」
「...え?無?」
「はい。...無にする能力です」
会話はそこで終わり、憂希はその能力の一片すら理解することはできなかった。
「欧州側から不穏な動きがあります。数と移動速度からこちらへの侵攻と推察します」
暗く広い部屋でモニターや機械の光だけが、不気味に屋内を照らす。
複数人が端末を操作しながら、軍事基地に関する情報を収集し、軍全体に通信する指令室。
「了解。AZを起動し、迎撃態勢をとります。...敵軍殲滅を指示」
「...AZ。起きて、時間です」
一人の女性がAZと呼ばれる若い女性に声をかける。
『ん~~~~ふぁ。もう朝なの?お仕事?』
まるで睡眠から起床するように起動する。
「そうよ、今回もお願いね」
『はぁ~い。ふぁあ。...じゃあ今回もオールキルね?楽勝っ。行ってきま~す!』
まるで学校に登校するような無邪気さと明るさで、彼女は殺戮に出撃する。
AZ。ロシア軍所属特殊兵装搭載 独立式 人型兵器。Ardent Zero。
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