No.21 交錯する策略と思想
日本に帰還した憂希たちは戦争による被害を重く受け止めていた。
「くそ...。くそっ」
傀は椅子にうなだれて座る。左腕はアームホルダーで首から下げられている。他にも包帯や治療の跡がいくつもあった。
それでも、うなだれている理由はケガではない。己ではない。
「錐生少尉が殉職された」
そう振動から聞いた憂希も始めは耳を疑った。
後方部隊の援護に回った傀たちは、十分な対抗手段を用意する間もなく、エドワースが放った核爆発に襲われた。威力と規格外の範囲に対して全体を瞬時に防御態勢に入ることは非常に困難だった。
「神酒さんは...」
「逆咲伍長は空間転移後に発生した爆発を認識した瞬間に空間断絶を展開した。その空間内では放射能や衝撃の影響は受けなかったが、その範囲を咄嗟に広げたため、かなり限定的だった。...よってその範囲内に入れたものも限定された」
自分が入れているのかどうかを察知する間もないほど、瞬間的な出来事。神酒が反応できなければ全滅すらあり得た状況だった。
「....」
「逆咲伍長を責めないでやってくれ。...あの奔放的な彼女が、かなり自分を責めていたと聞く」
グレード1だけがグレード1に対処できる。グレード1ですら対処できない状況もあり得るが、この戦争の前提はそう位置づけられる。だからこそ戦場において重要かつ貴重な人材であると言えるだろう。
「いえ、責めるつもりはありません」
憂希の心からの言葉だった。自分も大勢の命を護れなかった。グレード1が相手でなくてもそうだった。そう思うとなおさら、自分の失態がどれほどだったかを痛感する。いつだって憂希にとって自分を一番責めるのは自分だった。
傀は酷く落ち込んでいた。慕っていた同僚の死。師弟関係に見えるほどの関係性だった。
傀の視界には錐生の最期が映っていた。爆音で言葉を音では捉えられなかったため定かではないが、傀はしっかりと受け取った。
「すぐにはこっちに来るなよ」
すでに努力に勤しみ、研鑽を忘れず、それでもしがらみに足掻いている傀に、錐生は鼓舞を残さなかった。ただ、死に急ぐな。空回りして早死にするなと、傀をよく知る錐生の言葉だった。
「...くそっ」
生き残るなら俺じゃなく、錐生さんだろ。そう傀に繰り返してくる頭の中にいる自分が消えない。
「和日月総司令に少し話をしてきます」
「あぁ、私は傀の様子を見ておく」
憂希はたまらずその場から離れた。押しつぶされそうなほど重い空気。ただそれから逃げたのではない。欧州軍の謎の男性から言われた言葉の審議を問うためだった。戦場でもずっとくすぶっているもやもやを少しでも晴らすために。
「失礼します、神崎です」
「...入れ」
指令室に入室し、和日月の前に立つ。
「...教えてほしいことがある」
「なんだ」
「能力者にする技術を開発したのは日本なのか」
「...」
沈黙が答えを物語っている。
「...なぜ黙っていた」
「君に話すことではないからだ」
「俺を拉致した時に言った言葉はどこまで信用すればいい」
「虚言を吐いたつもりはないが」
「戦争を終わらすため。始めたのは日本じゃないのか」
「火種と引き金をはき違えるな。...誰の入れ知恵だ」
「欧州軍に拉致されたときに現れた男性だった。名前は恐らく仮称だろうけど」
「...ふむ」
「日本軍から技術が世界に流出したのはなぜだ」
「...それは私も不明確だ」
「どうしてっ」
「人体実験は太古の昔より行われてきた。人類の進化、人類の神秘、人類の神格化、人類の厳選。様々な理由で実施され、明るみに出るたびに潰され、非難されてきた。環境適合という進化を失った人間は、身体構造的には弱体化の一途をたどり、知識や技術の発展により、大半の人間が知識や情報処理も今では衰えてきている。各国が社会の裏で、世間の陰で長期間、実施されてきた」
「...」
「原初を君に伝えよう。...能力者の起源。一人の青年から始まった」
和日月は書斎から一部の資料を出し、憂希に手渡した。
資料の主題は『人類進化における実験内容調査報告書』となっていた。
中身はなぜ、超能力者という存在が生まれ、それが現在において軍事利用するに至ったのかを記したものだった。
報告書の冒頭はこう始まる。
能力者という進化は昨今のフィクションが元になった実験ではない。かねてより人類の中で、神通力や超能力という概念は存在し、その興味関心や憧れは太古より存在した。大自然を神の力とし、世界構築を神の存在に紐づけた。様々な宗教の土台にあるのは人ならざる力を有する存在。そのどれもが人の体もしくは地球上の生命体を模した空想上、もしくは宗教上の存在だった。現代において、その存在に至るべく、人類はその発達し、進化してきた脳を使った。
「記載の通り、開発に成功した機関、国、人物は誰もわかっていない。ただ、開発した人物が日本人ということだけが周知の事実となっている。その情報は当人が流したのか、奪取されたのかも不明だ」
「そんな重要な情報がなぜそこまで不透明なんだ」
「その技術が開発されたのは第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての期間だ。およそ百年前の話であり、世界的に情報が錯綜し、現在でさえ社会問題、国家間の問題として主張の差異が取り上げられているほどだ。正確な情報を探すより現状を理解する方が優先された」
「...」
「能力者として改造された人間はその技術を基にして量産された。だが、それは進化には程遠く、生命維持を犠牲にした改造の範疇でしかなかったと言う」
技術の構築は確かに革新的だっただろう。空想を可能性に引き上げ、無謀に理論を与え、死刑囚を中心とした人体実験が世界各国で横行した。
ただ、その技術革新が次のフェーズに進むまでに、人類は約五十年ほどの時間を浪費した。
「約三十年ほど前、最初の能力者が誕生した。能力も、国も、全てが伏せられたその人物は原初の青年と呼ばれている。...少なくともこの国ではないだろう」
その革命的な存在を皮切りに、噴火する活火山が如く、次々に能力者という存在が溢れ始めた。
しかし、世界において戦争はすでに兵器ではなく情勢や情報で行う政治的な関係性に留まり、小国のテロや領空、領海で発生する小競り合いのみとなった。
「そこで引き金を引いたのは太古の情報。開発者が日本人である、というたった一つの事実。今までの人体実験責任や世界情勢の均衡を崩しうる技術の開発責任を各国が日本に押し付けてきた」
各国は超能力者の条約が定められる前に今までの小競り合いを延長させ、世界の裏側で大戦が勃発した。戦地はテロや災害と報道され、崩壊した街を隠蔽した。いくら敵国を責めようと、自分たちの軍にも能力者を配備している以上、結局は人体実験の爪痕を消せはしなかったためだ。
「故に、戦争を終結させる戦争を掲げ、我々は軍事行動に移ったのだ」
「...」
不確定や要素を武器や盾にして、世界そのものの平和や均衡を崩した国そのものが、憂希は愚かに思えた。呆れを通り越した怒りにも似た感情が、奥底で煮えている。
「国の名誉や政治的な情勢なんて...こっちは知ったこっちゃなかった。皆はそれを知らずに命を懸けているんだろ。知らないまま能力者になっている人もいるだろっ。戦争を正当化する理由を聞いているんじゃない。栄光やらロマンに魅入られた人間に遮られた平和の光を、どうして自ら命懸けで取り戻さなきゃいけないんだよ」
「世界情勢や過去のしがらみを無視して生活できる現代が、恵まれている環境なのだ」
「その環境ごと奪っておいて、この重要な話については何の説明もなしかって話をしてんだっ」
つい声を荒げる憂希。指先が冷え切って、資料を持つ手が震える。
人体実験の結果が能力者。神からのプレゼントでも、偶発的な進化でもない。人類が人類に犯した、倫理を無視した罪だった。
自分の体に刻まれた能力を嫌でも意識する。和日月と初めて会った日にSPがはぐらかした、能力付与が失敗したらどうなるかにまた意識が持っていかれる。
「何が問題かわかりかねる。互いに同意した上で戦争をしろとでも言うのか。誰が悪かなど、戦争において追求するほうが愚かだろう。不確かな敵の情報に錯乱させられ、自軍に疑いの目を向けているようでは世話しない。誰もが全てを知って、自らに選択肢を得ているわけではない。その上で、戦場に出向き、命を懸けて責務を全うしている。錐生少尉もそうだっただろう。命を懸ける覚悟の無いものが戦場に出ているわけではない。そろそろ平和のぬるま湯から出てきたらどうだ」
「じゃあ何で...黙ってることがあるんだよ。何も知らずに命を懸けてくれる人たちに、何で隠し事がある。言ったよなっ?この戦争はグレード1が一人になるまで終わらないって。皆知ってんのかよ。明日は我が身って身構えて、終わりのない戦争に自分を鼓舞して出向く。そんな人たちを尻目に今日も新しい能力者を誕生させることに勤しんでる。敵軍は純粋な資源拡大や軍事力拡大に対して、こちらはずっと正当性を訴える戦争。それなのに世間には隠してこそこそ能力者は増やして、戦力は増強してる。後ろめたさで隠してるなら矛盾してんだ、嚙み合ってないんだよっ」
能力者が投入される戦地はほぼ確実に激戦区。激化した戦火に焼かれ、命を落としていく人間の大半が元々はただの一般人だ。同胞から仲間を作り、信頼できる人を探して、他に選択肢がないから戦場に立つ。そんな人間も少なくはないだろう。
ただ、皆がわかり切ったこと。すでに前提としていることをいまさらまくし立てても、すでに人は大勢死んでいる。
それでも憂希はその理不尽が呑み込めなかった。喉奥に何かかがつっかえたように気持ちが悪い。
「...君のように論理的かつ客観的に物事を捉えようとする者は少ない。理由は単純だ。大半の人間にとってそれは意識する事柄ではないからだ。皆が目の前のこと、己のことで手一杯。戦場に生きる兵士ともなれば、なおさらだろう。その人間にさらに余裕を奪い、混乱させるような情報を落として何になる。各々にその情報処理や選択をさせるというのは、私の役割を放棄していると言えるだろう」
「...」
「私がその判断と情報処理を行う。私個人の話ではない。軍全体、ひいては国全体の超能力におけるあらゆる事柄を選択し、時には切り捨てる。それが私の責務だ。誰に恨まれ、憎まれようと。この国が奴隷大国にならずに済むのであれば、それは我々の勝利と言える。他国をどうするかは私の預かり知らぬことだ。君には関係ない...とは言わん。だが、君が苦悩し、消耗することではない。君は君のできることを成せ。戦場に他を考える余裕などないぞ。燃え盛る平野で火種を特定するのは無意味だ。すでに灰の中だろう。君は炎をどう抑えるかだけ考えろ」
和日月が総司令たる所以。優先すべき事柄を選定し、適切な人選と役割を分担するトップの責務。困難な選択や下し難い指示を担う軍の脳。
その冷静さは感情を隠し、人間性すら隠蔽する。心の無い戦士ではない。それでも心根まで戦士であることは疑いようもなかった。
和日月自身、この事実を受け入れたわけではない。だが、急激な人類の進化に対して、人体実験という答えは、嫌でも納得できてしまう事実だった。
「君は、少し人に優しすぎる。他の者のために怒るその性は戦争向きではない。君の理論は自軍だけのものではなかったな。敵軍の兵士でさえ該当する規模で意見を述べていた」
「...誰だって死ぬのは嫌でしょう。命を懸け続けることが少ないほうがいいでしょう。それなのに戦争が起きている。」
「あぁ、実にバカバカしい。この世で人の命とは案外、優先順位が低いものだと思い知らされる。...君の意見は頭に入れておこう。君は別段間違ってはいない。だが、元から軍隊に所属している者もいる。統率している上官たちは皆そうだ。彼らは戦いの意義より目的を優先して動いている。君も大義を優先するといい」
憂希はどこかで、敵国が侵略者や悪だと思い込める理由が欲しかっただけだったのかもしれない。楽になろうとしていた。
憂希はそう自分で自覚した自分が、あの日の自分のようにまた嫌いになった。
「あなたは何で戦っているんだ。何でそこまでするんだ」
「...この国の侍として生まれたからだ。それ以外にない」
その侍という言葉の重みを、憂希はまだ理解できなかった。和装や刀で体現している印象とは別物の矜持。
「...」
自室に戻った憂希の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
欧州軍は少なくとも、日本が火蓋を切ったと認識している。それでも日本側はそれを否定も肯定もしない。そこが原因ではないと切り捨てて、戦争に臨んでいる。
中国やロシアがそれらを隠れ蓑にして自国の利益を優先している。もはやそれも日本側の主観だった。
「なんなんだよ...。何で戦争しているかわからないままかよ」
何一つ客観的事実が無いような戦争に、憂希は嫌気が差した。
「やぁ、神崎 憂希君。随分と消耗しているようだね」
「っ!?」
憂希一人しかいないはずの部屋で、憂希に語りかける一人の男性。ジェイムスと名乗る高齢の男性。
物音一つせずに、すでにそこにいたかのように存在する異常事態に憂希は一瞬声が出なかった。
「どうやってここに!?」
「私と接触して気にすることは本当にそれかい?」
憂希はその言葉で少し、頭の思考を回す。
「っ...。安楽堂さんは無事ですか」
「もちろん。優雅に過ごしていることだろう」
それが皮肉なのかどうかすら、憂希には判断できない。
安らぎの空間だった自室が異様な緊張で支配されている。憂希の喉が渇く。
「アイスランドでは、どうやら多少留意してくれたようだね」
「...人質を取っておいてよく言う」
「米軍の壊滅させられたのはこちらとしても最低限の戦果をあげられたと言える。こちらの消耗は大変痛いがね」
男性は不敵な笑みで憂希を見る。
「...嫌味はいいです。何の用でここに」
「コミュニケーションは重要だよ、神崎 憂希君。まぁ君がそう言うなら本題に入ろう」
さらに雰囲気が完全に切り替わる。空気が重くなり、プレッシャーすら感じる。
憂希はまるで拉致されたあの部屋にいる感覚に陥った。
「対ロシアとの前線にて欧州軍と合流して、欧州軍として戦ってほしい。日本軍からは君一人のみだ。日本軍側には内密に同行するのが前提だ。...同意してくれれば彼女はより優雅に過ごせるはずだ」
つい先日まで戦争していた敵国への傭兵要請。その強制力は徴兵に近いものだった。
仲間のいない戦場で、両軍に挟まれるような最前線への投入。憂希の命すらも、すでに握られている感覚が、憂希の手を震わせた。
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