No.20 不条理の拮抗
「敵影から何かが発射された!数測定不能っ。かなり早い、着弾予想まで三十秒っ」
振動が敵からの攻撃を感知する。砲弾でもないものが同等かそれ以上の速度で接近してくる。発砲音も何もなかったことは振動でなくてもわかっていた。
「防御は私が担おう。敵も詳細不明な攻撃に出た。まずは情報戦といこうじゃないか」
アレックスは自分の前方に斥力の壁と複数の引力の中心を配置する。斥力の壁は触れたものを吹き飛ばすほどの力を常に発生させている。自然と大気の対流が発生し、強風が敵に向けて吹き荒れる。
「来ます!」
その声と共に視認したのは金属の槍。音速を超えて接近してくる。視認した瞬間に即時対応を迫られる。
「大丈夫だよ」
斥力の壁に衝突した金属の槍は、爆発したような破壊音と共に金属の円盤に変形する。
「さて、お返しだ」
その円盤を細かく引きちぎり、パチンコ玉のような球体を無数に生成する。
「いってらっしゃい」
それらに引力を付与し、敵軍に向けて一斉掃射する。貫通する対象を引きつけながら突き進むそれは、誘導ミサイルとは真逆の原理で、対象を軌道上に引き寄せる。
「上空から次弾きます!」
振動が上空を覆う黒い影を感知する。
「あたしも仕事するかぁ」
上空に群がる金属の短剣を全て囲い込む範囲を対象とする。
「よいしょっと」
その緩いセリフとはかけ離れた所業。対象にした範囲全てを空間ごと抉り取り、跡形も無く葬り去る。
「敵軍から迎撃来ますっ。前線部隊に継ぐ。敵軍に向けて迎撃開始っ」
両軍の迫撃戦が再開する。上空から飛来する対象を片手間で処理しながら、最前線で待機する。警戒は一切緩めず、ずっと感知し続けている一人の敵影。
「……っ。対象の反応が消失しました!」
振動のエコロケーションから完全に消え去る。物体としてそれはあまりにも不自然だった。
「どういうことですかっ。歩いて向かってきてたんですよね」
「不明だ。突如消えたとしか言えない」
「神酒、広範囲で空間の延長をしておいてくれないか。何かしら仕掛けてくるつもりだろうから」
「OK」
台湾戦線と同じ要領で、神酒は空間の拡大を行う。拡大量よりも範囲を優先した空間操作。
「敵軍が放った攻撃の一部が急に方向転換しこちらに向かってきます!」
「…なんだか生ぬるいね」
グレード1が三人もいる前線において、敵軍の攻撃は遠距離攻撃のみで特筆すべき攻撃はまだない。
「とりあえず拡大空間に捉えたら消しちゃうよ?」
「えぇ、そうして」
「間も無く着弾っ」
砲弾を中心とした攻撃が上空から降り注ぐ。それらが少し距離を置いて不自然に停止した。拡大空間に捉われた。
「は?なんだよこれっ。進んでんのに進んでねぇ」
その砲弾から声がする。
「じゃあいいか、弾丸はやめだ」
その無数の砲弾の一部が次々に形態を、材質を、存在を変化させ、人の形を成した。
「あぁやっと見えたぜ。あんたらが敵だな?」
「いかにも。どういう芸当だい?君の能力は」
「んん?何で敵に教えなきゃならん。情報こそ最初の攻略対象だろうが。生憎、名乗りあげる口上なんてねぇよ」
戦争において最重要とも呼べる情報をペラペラとは喋りはしない。
「さらにお生憎様だが、俺はお前は知ってるぜ。アレックスだろ。米軍人のグレード1だ」
「あら、それはどうかな?」
「戦場に白衣で来るやつが他にいるかよ」
戦場に似合わない白衣。救護班とは異なる実験や研究を彷彿もさせる白衣姿。確かに少しの前情報があれば推測は容易だ。
「ってことは、あんたら相手にするのは違うな。俺は別の用があるんで失礼するぜ」
「そうつれないことを言わないでよ。君の自己紹介を聞かずに挨拶は終われない」
「いいんかよ。あんた、死ぬぜ?」
「金属の槍は君の攻撃かい?」
「あぁ。それがどうした」
「君、物質を操れるのかい?」
「...」
金属操作という印象を持つはずの状況に、さらに踏み込んだ推察を差し込んだ。
「君自身が金属から人体に変化するのと、金属を操作するんじゃ話が別だと思ってね。一番大枠で捉えるなら、単純明快。物質操作だ」
「けっ。これだから頭のいいやつは嫌いだぜ。だが、満点はやれねぇよ」
そう言って、一瞬曇った表情がまだ笑みに変わる。
「ま、死んで終わりだ。再試験は無しだ」
そう言ってエドワースはアレックスに向けて手をかざした。
「...!?」
しかし、何も起きなかった。
「あぁ、そうか。君はもっと根本を手中に収めているんだね。それは確かに満点とは言えないね」
「何をしやがった」
「君は原子を操るんだ。原子掌握の能力だね」
原子。この世のすべてに共通する物体の性質、状態等、あらゆるものを構成する起点であり、原点。
「私は別に、引力や斥力だけを対象とはしていないよ。わかりやすいのは確かにそのあたりだがね。君は今、私を構成する原子を崩壊させようとしたね?」
原子を操作し、原子を変換できるとなれば、人体を構成する原子、分子を変更したり、そのまま原子レベルで分裂させることも可能だろう。
「私は常に自分の防御として分子内力と分子間力を最大限まで強化している。原子レベルの分解に対して、結合力という対策を打ったまでだよ」
自分だけと語っているが、アレックスはこの場にいる日米全員の組織結合を強化し、エドワースの能力を防いだ。
ただ、原子改変に対しての対策は無いと言える。
「そして君は逃がさないよ」
「ぐっ!?」
急激にエドワースの体が地面にめり込む。模ったように地面が抉れ、その場に拘束される。
「原子操作とはいえ、引力は原子に対して平等に作用する。それぞれの質量が違うにしても引力は一定だ。存在する以上、私の能力からは逃れられないよ」
「っ...」
「神酒、皆をこの場から離脱させてくれないか。彼の能力は無差別的でこちらの防御は限られている」
「ならば、私たちは敵軍後方部隊に突撃します!」
「あいよ~。...アレックスぅ。酒付き合う相手、これ以上減らさないでよ?あたし一人酒嫌いなんだ」
「それは保証できないね。相手はこの世の理、そのものみたいなやつだよ」
それ言ったら、グレード1なんて誰だってそうじゃん。そう言いながら神酒はその場から空間転移する。
「...おっと」
会話で集中していなかったわけではない。それでも敵が自らの体組織を地面と文字通り同化させてしまっては、捉えているのが人か大地かわからなくなる。
「かぁ~、マジで勘弁してくれ。土になるつもりなんてなかったぜ」
アレックスから少し距離がある場所にエドワースが出現する。
「君は自分の体組織構造を全て暗記しているのかい?」
「バカ言え、そんな回りくどいイメージしねぇよ。変わる、戻る。それだけだ」
「なんて軽いトリガーだよ」
「じゃあ、終わりだ」
次に仕掛けてくる能力行使は誰でも想像がつく。物質操作が無理なら、物質変換で片づける。
「っ...は?どこ行った」
しかしそのイメージを構築するよりも先にアレックスがエドワースの視界から消える。
「これやると酔うから嫌なんだけどさ」
エドワースの周囲から位置を特定できない声が聞こえる。声の位置が絶え間なく移動している。
「君も踊ろうか」
「ぐぅっ!?は!?」
エドワースの体が宙に浮き、回転し、飛び回る。
「君はイメージを視界に捉え、それを脳内で置き換えたり、操作したりして、その難しいはずの能力を簡略化しているんだね」
空中で両者がランダムに振り回される構図。第三者が見れば、それは誰かから二人とも操られているようにしか見えない。
「なら私は姿を見せないようにしよう。君をこの場で拘束する」
人の動体視力を越えた位置移動により、対象を絞らせないする対策。
「くっ...うぜぇ!!」
エドワースは絞れない対象から絞る必要のないものを対象とする。自分の周辺に存在する空気の約半分を揮発したガソリンのガスに切り替え、地面の表面を硫化鉄の粉末に切り替えた。
「だらぁっ」
自分の体を金属に変化させ、耐衝撃性を向上させる。
その時間で硫化鉄は酸化反応により発熱し、その火種が空気中に充満するガスに引火し、大爆発を引き起こした。
「おっと、危ないね」
その爆発は拡散されず、一点に集中している。爆発圧力を制御し、その爆破範囲を意のままにする。
「お返しだよ」
金属となったエドワースに向けて、爆弾の卵を解き放ち、アレックスの能力で倍増した膨張圧力が一気に解放する。
「っ...」
地面に大規模なクレーターを形成し、大気が震える。
「これじゃただの物質変化やろうだな、おい」
クレーターの中心で悠然と立つエドワース。
「......仕方ねぇ。後処理は旦那に頼むとして、まずはここで勝たねぇと意味ねぇわなっ」
大気や大地のあらゆる物質をウランやプルトニウムに物質変化させる。
「丸ごと吹き飛ばせばいいだけだろって」
「君、正気かいっ?」
「正気で戦争ができるかよっ」
「本物の兵士は怖いねぇっ」
「吹き飛べっ」
ウランやプルトニウムに中性子を衝突させて核分裂を発生させる。連鎖的に爆発するそれは、核爆弾の絨毯爆撃。
「くっ」
アレックスはその起爆箇所に即座に強大な引力を発生させる。爆発により発生した莫大なエネルギーや放射線、熱線も含めてすべて引きずり込むほど集中させた引力は空間を歪ませ、暗黒を空中に漂わせる。極小のブラックホールが全てを呑み込んだ。
しかし、それで引き込めた爆発は多数ある内のいくつかだけ。アレックスを避けるように配置された本命とも言える爆心は日本軍に向けて流れ込むように次々に爆発する。
「やられたね、まさかここまで顧みないとは」
アレックスは自分の防御で精いっぱいだった。一定距離で発生させた極小のブラックホール群の中心から動けない。周辺の放射線濃度は一瞬でDNAを破壊するだろう。それらを可能な限りブラックホールで吸い込み続ける。たちまち大地はめくれ上がり、乱気流の中心のような暴風が吹き荒れる。
最前線から離脱した憂希達は敵軍の後方部隊に接近していた。
「振動隊長、ここで俺たち全員が前線に出て大丈夫か?戦線後方の大隊の守りは潤沢とは言えねぇだろ。後方部隊の殲滅にグレード1二人を投入してもいいのか」
「...そうだな、日本軍側で別れよう。後方部隊殲滅は私と憂希。自軍援護は錐生少尉を部隊長とし、傀と共に自軍援護に回れ。...逆咲伍長。お願いできますか」
「いいの?君たち二人で」
「グレード1は分散させるのが今の戦場におけるセオリーです。敵のグレード1にこちらがグレード1をぶつけている今、前線と後方に分散させるのが最善策かと」
「OK。んじゃ、任せたよ~」
「...神崎っ。頼んだ!」
「はいっ。傀さんもご武運をっ」
その会話を最後に神酒の空間転移で三人は消えた。特殊兵装部隊も半数に分かれ、敵前線に突入する。
「総力戦で敵本陣を殲滅したほうがよかったんじゃ」
「...いや、あのグレード1はかなり怪しい。原子を操作するということは、基本的に君と同様の事象は起こせるはずだ。要領は違うが、やろうと思えばできるだろう。他にもだ、物質変化だけが強みじゃない。物質変化の先が読めない。瞬発的な状況判断をさせない能力。警戒するに越したことはない」
「あの人が...負けると」
「いや、お互いに油断ならない戦闘になるだろう。ただ、グレード1の能力はこの世の理に近い。均衡は少し崩れたところからなし崩し的にひっくり返るだろう」
その言葉の瞬間に後方で大規模な爆発が発生する。憂希たちには影響がない範囲だが、明らかにその爆破は異質だった。
「後方部隊っ、状況を。...後方部隊っ」
その通信に応答はない。
「っ,,,。我々は目標に向けて進行を継続する」
神酒の空間転移は一瞬のはず。あの爆破前に合流しているはずだった。エドワースが発生させた核分裂の連鎖は、連鎖であるが故に絶大な威力を生む。その熱と膨張するエネルギーが何回も発生する場所に物体が原型をとどめるほうが難しい。
「神崎。君はまだ無意識に力を制限している。ここで遠慮すれば、命を落とすぞ。君の大義に従え」
憂希はジェイムスと名乗る謎の男性と交わした会話と条件が頭をよぎった。ただ、自分がここで死んでは交渉もくそもない。そう納得させる。
「...はいっ」
「敵正面からは私が最大出力で仕掛ける。君はさらに後方から全体にかけて、範囲を拡大して攻撃を」
「了解っ」
「...見えた。突撃開始っ」
敵軍もこちらを察知して、迎撃を開始する。
「俺がまとめてっ」
距離があることを利用して、敵軍の迎撃を俯瞰して視認する。その範囲すべてに水流をライフル弾のように鋭く、速く、圧縮して撃ちだす豪雨を発生させる。雨雲はなく、空気中に発生させた水分を降りしきる弾丸の雨にする。
実弾は次々と撃ち落とされ、空中に爆発が花火のように発生する。
「全部凍らせますっ」
その撃ちだした雨は敵兵を貫通し、地面もハチの巣にする。その着弾した地面から氷結させ、足元からも攻め入る。動くことすら許さないまま雨で穿つ。敵兵は流血ごと凍結されていく。
「一気に砕くっ」
振動の衝撃波でその氷結ごと粉砕する。防御行動をとって固まっていた兵士たちもその衝撃波により、壁や盾ごと吹き飛ばされる。
「よしっ」
数の優位を失った欧州軍はたちまち壊滅する。グレード1を中心とした侵攻作戦に対処しきれず瓦解し、撤退を余儀なくされた。
前線だけを見れば、突入作戦は成功と言えた。...そう前線だけ見れば。
「...あぁこちらエドワース。お嬢、作戦は遂行した。だが、こっちの軍もやられた。さすがにグレード1が二人以上はきついぜ。相性が悪いやつだったしな。...そんなキレんなって。大丈夫だ。今回の戦線に投入された米軍の大隊は殲滅したさ。...ちょっと派手にやったから、旦那に後始末を頼んでおく。...あぁそれほどだったんだぜ、ほんと」
エドワース一人だけがその戦場に立っている。悠然とはいかず、消耗は隠しきれていない。
「作戦完了だ。これより帰還する」
北大西洋戦線の結果は欧州軍壊滅。米軍ほぼ全滅という痛み分け。痛み分けだけで表すにはあまりにも甚大な被害となる。被害で言えば軍だけではない。この戦場になったアイスランドは、基準値をはるかに越える放射線量を観測し、数か月間におよび立ち入り禁止区域の広大な無人島となった。
しかし、裏を返せばその数か月のみ。数か月で人が住み、暮らせる土地に切り替わったのだった。誰の所業か、何の力かをそこに住む国民は一生知ることはない。
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