No.17 正義への問い、大義への疑問
「もうこちらを察知されたんですか!?」
「いや...軌道はこちらに向いているわけじゃないっ。米軍に対する絨毯爆撃だっ。一時的に距離を取るぞ」
隕石が降り注ぐエリアから一時的に距離を取る。
絨毯爆撃がもうミサイルや爆弾で行われる時代ではなくなった。
「あれは何の能力で...」
隕石の雨に気を取られていると、その隕石たちが次々に一点に集まり、衛星を思わせる集合体となった。
「あっ」
落下をやめた隕石は衛星規模の塊に変わり、欧州側の陣地にめがけて落下を始める。
「これが能力戦争...」
自分が戦地に立っているのと、戦争を客観的に見るのでは印象が違う。
「今のうちに敵陣の背後を取る。流石にこのエリアは突っ切れない。かなり遠回りだが、迂回する」
よく見れば銃撃や迫撃も飛び交い、あちらこちらで爆破が発生している。
ただ、明らかに武装・兵器を用いた戦闘をしているのは米軍側だった。
「欧州軍側に装甲車が全然見えない...」
憂希の口からつい違和感が零れ落ちた。明らかに能力による特殊攻撃が米軍に対して欧州軍の方が多く見えた。
「情報によれば欧州軍は世界屈指の能力兵連合だと聞いている。どの軍隊よりも能力兵の数が多い」
振動は上層部から聞いた話を皆に共有した。振動自身も欧州軍との戦闘は初となるため、実際は半信半疑だった。
「じゃあ乱戦になれば...圧倒的にこちらが不利に」
「そんな能力者ばっかで統率なんてとれるんすかっ?統率とれんならこっちもそうすりゃ」
「...これは私の推測だがな、能力兵を中心に隊を編成できるということはそれほどに層が厚いと考えている。似たような能力で編成し、最大出力を底上げしたり、多様な能力で組むことであらゆる事象に対処する。そういった武装や兵器だけではできない作戦を押し付けてくるだろう」
今までの戦闘は言ってしまえば同様の条件、編成。敵軍も潤沢に能力兵を投入した戦闘は行っていない。作戦エリアでの勝利と戦争での勝利はまた違う。
「だからこそ、我々が裏をとり、敵軍の編成に対して穴をあける」
敵軍が兵器や武装だけでも効果的だが、計算された能力兵の編成を崩すのはそれよりも効果が出るだろう。
かなり大回りして敵軍の後方に着陸態勢。本陣からは距離は十分にあり、テレポートした軍隊が万全の体制になってから進軍を開始する。急襲とはいえ、少数では厳しい。
無事、平地に機体を着陸させ、各員が降車する。
「よし、それでは印章院、テレポ」
そう振動が指示を出そうとした瞬間。
「Enemy sighted. Move to capture.」
既に敵軍に囲まれていた。
「印章院っ」
「っ」
降車したタイミングで隊員は皆、一か所に固まっていた。印章院のテレポートで離脱を試みる。
「...な、能力が使えない...!?」
「何っ!?」
その一瞬の動揺と困惑が隊員全員に広がる。
「...っ」
憂希は自分の能力が使えるかどうかを瞬時に確認する。微風を起こし、自分の髪を揺らす。憂希は能力を使用できた。
「っ!皆さん!離脱を!」
煙と砂ぼこりを発生し、煙幕を出す。すぐに叫び、テレポートによる離脱を促す!
「っ...」
印章院は悟られないように隊員に手を伸ばし、視認できない中で手探りでテレポートを発生させた。
「っ...皆無事か!」
振動は飛び立った米軍基地にテレポートした瞬間に隊員を確認する。
「...神崎上等兵がいない。安楽堂一等兵も」
「なっ、神崎!?」
「くそっ、いったん本部と連携を取る。憂希達には印章院のマーキングをしている」
「それならすぐにでも合流しないんすか!」
「バカ言うなっ、傀。たった今、ここに戻ってこれているだけでも奇跡的だ。神崎がかく乱してくれなきゃまだ全員あの場にいる」
「...私の能力が一時的にではありますが使用できませんでした。何かしら阻害する能力者がいたと思われます。我々全員の能力が無力化されれば抵抗する手段がありませんでした」
「その場合、その場で全滅だった。そこに戻るわけにはいかない」
「...っ。じゃああの二人は見殺しっすか!」
「...敵が包囲し、こちらに接触してきたということは即殲滅という命令ではないだろう。その前提でいけば、恐らく捕虜となり、どこかに連行されるはずだ。マーキングがある以上、体制を整え、奪還作戦に切り替えるのが最善だ」
「っ......了解っす」
「よし。...和日月総司令。こちら振動です。...はい、敵陣にて待ち伏せを受け、離脱を判断。現在、神崎上等兵並びに安楽堂一等兵がまだ敵陣に」
離脱した振動隊はすぐに次の作戦に移る。情報はかなり少なく、状況も最悪に近い。それでもまだ終わりではなかった。
「...くそ、俺はテレポートできなかったか。....っ」
テレポートを確認した瞬間、煙幕が晴れる。憂希は煙幕を発生し続けていた。しかし、それが強制的に停止した。
「煙幕が...無効化された」
また視界が明瞭になっていく。状況は変わらず、小隊規模の人数に周囲を完全に囲まれていた。
「...神崎さん」
「っ!?」
自分だけが残ったと思っていた憂希はその声に思わず振り返る。
「安楽堂さんも...」
自分のミスとまではさすがに思い込めない。そこまで自分に慢心しているわけでも、印章院を下に見ているわけでもなかった。
「...あぁ、これで君たちに伝わるか?」
敵兵が今度は日本語に聞こえるように話かけてきた。
「...君たちも能力兵だな?」
「...だったら何だ?」
「抵抗しないのであれば危害は加えない。見たところ日本軍だろう」
「それを信用しろと?」
「君たちに交渉権も拒否権もない」
「...打開するために暴れることはできる」
「それは賢い選択とは言えない。我々は能力兵に対して寛大かつ寛容だ」
「...どういうことだ」
「ここは戦場だ。詳細は別の場所で行う」
そう言われた瞬間、二人は知らない建物の中にいた。
「...なんだここ」
「...部屋?」
応接室のような華美ではないにしろ装飾やデザインが洗練された部屋。そこに二人は強制転移していた。触れずとも転移する能力もあるらしい。
「...くそ、捕らわれたか」
「...どうしよう」
「...いくら能力兵が潤沢とはいえ、グレード1と治癒能力だ。交渉材料にはなる...と思う」
交渉権も拒否権もないと釘を刺され、憂希は少し自信なく言う。
「おや、今回はお二人さんかね。もっと人が入ると言われてきたんじゃが」
扉をゆっくり開けて、部屋の中に入ってきたのは少女だった。
「.....」
「あらまぁ、警戒されてしもたか。そりゃそうか。儂はただの占い師じゃ。そう警戒するでない」
見た目とはかけ離れた古びた口調に二人は混乱する。しかも、ただの占い師。
「...君は欧州軍の人間か」
「そうとも言えるし、そうとも言えんなぁ。軍の人間ではあるが、駒ではないぞ」
「それは、指揮官ということか」
「あははは、そうではないそうではないぞ。儂は兵士ではない。」
少女は年相応の笑いを見せる。
「まぁまぁ、そう警戒せんと。少年はタロットカードというものは知っているかの?」
憂希は少女に少年呼ばわりされるのはいささか恥ずかしさがあった。
「タロットカード...」
憂希も美珠も名前だけという感じだった。
「まぁよく占いで扱われるアイテムじゃ。...まずは緊張ほぐしに儂独自のものを一つ。ほれ、一枚引いてみ」
机の上に広げられたカードを指でなぞる。罠か否かを憂希は警戒する。
「...これで」
「よし、これね。ほう、『正義』か。面白いねぇ」
タロットカードの正義。公平さ、論理的な判断、真実を象徴するカード。
「君はグレード1の能力じゃな?」
「っ」
その言葉に憂希はさすがに表情を変える。何も話していない。戦場でも使ったのは煙幕だけ。攻撃もしていない。
「...なぜ、そう思う」
「いやぁ儂は占い師だからね、儂らの中では軍師とはまた別の脳として、戦況などを占ったりしているんじゃよ」
カードを切りながら少女は語る。まるで占いの繋ぎのように流暢に。
「それで一つ、儂は儂の中で答えを得ているものがあるんじゃ」
「...答え」
「グレード1の能力者。これの全数」
「全数...!?」
グレード1の能力者が誕生するかどうか。これは和日月の話にもあった通り、能力者は発動しないとどんな能力かわからない。どんな人間にも能力者の可能性がある。ただ、どんな能力なのか、発動するのかはわからない。
「...まぁ儂の中で、だから確証はないがの。それでも当たっているはずじゃ」
「...何でそんな話を俺に」
「まぁ単なる与太話じゃよ」
「...」
少女の招待も立場も、狙いもわからなかった。自分たちがこの少女の何を問われ、何を試されているのか。それだけをずっと考えている。
「グレード1はな、絶対に被らないんじゃよ」
「...被らない?」
「このタロットカードの絵柄がの。大アルカナは全部で22枚。各国のグレード1の能力兵は恐らく合計で二十二枚となろう」
「...二十二」
日本軍だけで四人。和日月を入れれば五人だ。全部で五か国。兵士のみのカウントだったとしても二十名。どこかで増減がある。
「初めてなんじゃよ。占いで正義のカードが出るのは。何回も今いるグレード1を占っているのじゃがな」
「そんなことで何が」
「...そんなことで占うのが占いじゃよ、少年」
その見た目に似合わないほどのどっしりと重い雰囲気で少女は言う。
「まぁ知らぬ女と戯言だと思って、聞き流してもよい。少なくとも少年、お主は当たっておったじゃろ?」
「っ...」
その得意げな顔に憂希は我に返る。少女のペースに乗せられている。
「...君は何で一人で俺たちの前に」
「命令じゃよ。占えとな」
「...何を知るために占うんだ」
「価値じゃ」
「...価値?」
「そう、価値。軍に引き入れるに値するか。どんな人物か、どんな能力か、どんな存在か」
カードを切り終えて、机にバラバラとまとめて並べ、左回りで混ぜ始める。
「価値があると判断すれば引き入れ、ないと判断すれば排除するんじゃろう」
他人事のように少女は語る。
「さて...少年。自分の思うタイミングでストップと言うてくれ」
「...」
「お主の価値を儂が見極めよう」
これに付き合わないと進展しない。憂希はそう考え、占いに乗る。
「安楽堂さんは、何もしないでね」
「でも」
「得体のしれない状況だ。リスクは少ない方がいい」
「それならなおさら私が」
「...グレード1とこの子は言った。それが本当か嘘かわからない状態で俺が引き下がれば答えているようなもんだ。この状態のままにしたい」
「...わかった」
どう動いても相手に答えを示しているような感覚。だが、それでも抵抗する術はない。仮にこの場で少女を捉えたり、排除したりしても展開はよくはならないだろう。
「...そこでストップ」
「...ここでいいじゃな。よっと」
占いが進行していく。
「ではいくつか質問をするぞ。...少年、お主は能力者になれてよかったか?」
「...」
いきなりなんだその質問は、と憂希は思ったが、それでも答える。
「...いや、よかったとは思えない」
「それはなぜじゃ?」
「大義は持った。覚悟もしてる。それでも戦争に参加することをよかったとは思えない。人を殺すことをよかったと思えない」
「...ふむ。今、能力を持ったまま元の生活に戻れるとしたらどうじゃ」
「...いや、戻れない」
「...なぜじゃ?」
「もう、戦争に参加した。人もたくさん傷つけた。それで俺だけ元通りは...無理だ」
「...なるほどの。では最後の質問。次の者と自分を比較して答えてみよ」
憂希も安楽堂もこれがメインの質問だと感じ取った。
「...自分の命と仲間の命、どちらが大切じゃ?」
「仲間」
「...ほう。では、自分の命と国民の命は」
「...国民」
「...ふむ、なるほど。では最後、仲間の命と国民の命はどうじゃ」
「......優劣はない」
「...それはなぜじゃ、仲間が大切にはならんのか?または、軍人たるもの、国民を護るのではないのか」
「...自分を犠牲にしてでも、その両方を護る。...俺はそうしないといけない」
「.......それを詭弁でも上辺でもなく、本心から言うか。.....あはははは、あっぱれじゃっ」
「....え」
「少年、合格じゃ。儂の能力にかからなかった者は初じゃな」
「っ!?能力!?」
「儂の質問に一回でも嘘を吐けば、その時点で価値を見極める。価値を見極めた者は同額の者へ物々交換できるんじゃよ。金にも物にも何にでもじゃ」
占いはブラフ。言葉通り、余興だった。本命は言葉、会話、質問にあった。
「...敵相手に嘘偽りのない者などいない。どこかで嘘を吐く。取り繕う。...じゃが、それを一切しないバカ正直者がここにおったわ」
「...そんな能力が」
「正義の少年、改めて、初めまして。儂が欧州のグレード1が一人。価値を司る占い師じゃ」
年相応に見える、悪戯をしてはにかむ少女の笑みでそう言い放った。
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