No.16 大西洋戦線作戦会議
No.16 大西洋戦線作戦会議
台湾戦線から二週間の日々が経過した。
憂希を始めとする各隊員の傷も癒え、それぞれが次の作戦に向けて訓練と準備を行っている。
憂希と仁野は和日月より能力に関する講習と訓練を受けていた。
「神崎上等兵。君は各属性の併用を増やすことだ。単独での扱いは慣れが出てきたが、それでは敵兵に対応されるだろう。相性と効果を見極めるように」
「...併用」
「君は土壇場での発想や応用は人より長けているが、それはある種の弱み。先手後手ではない一方的な展開を形成することが重要となる」
「...手札を増やせってことか」
「主力を数手、補助をその倍用意せよ。...仁野一等兵、君はまだ一撃に拘っているな」
「はい!必殺技は一撃必殺だからっ」
「...身体強化という単純明快な能力だ。実際に体を操る延長と捉えるように。他の能力より格段に扱いやすいはずだ」
「...延長かぁ」
「攻撃も連撃や移動、投げや掴みと様々な術がある。取り入れることを薦める」
「確かに決まった技だけじゃなくてもいいか!わかりました!考えてみますね!」
自分の能力ではないのに、能力の解像度が高いアドバイスをする和日月。
「ラプちゃんは今日呼ばなかったんですか?」
「彼女は自分の能力に対する理解度と手札量について、君たちよりも長けている。また君たちほど応用が利く能力でもない」
早々に話を切り上げて、和日月は講習を終えた。
「はぁ~疲れたね!勉強から解放されたかと思ったけど、こっちはこっちで難しいこといっぱいだし」
「今までなかった能力を操るから新しい感覚を練習するの大変だよね」
「いやマジでそう!能力もらった日とかマジでやばくてさっ、ペットボトル開けようとしたら握って潰しちゃって顔びしゃびしゃになったんよっ。最悪じゃない??」
「そうか、身体強化だとコントロールが難しそうだね」
訓練が終わり、待機命令が出たため、各自の部屋に戻る道中で苦労話の共有に花を咲かせる。
「..あ、そうだ。輪廻に言葉を教えないと」
「え、輪廻ちゃんに神崎君が言葉教えてんの!?やば、先生じゃんっ」
「いや、まだそんな大層なものじゃないよ。まだ単語をいくつか話せるようになっただけで」
「そうなんだぁ。...ねぇねぇ!うちも行っていい??」
「え、あぁ...最初の会合で輪廻も威嚇してなかったから大丈夫かな。それじゃあ一緒に行こうか」
「やったっ」
輪廻はまだ最初に出会った部屋で監視されている。相変わらず兵士たちには攻撃的で、自由に行動するにはまだ道のりが遠い。
「...輪廻。入るよ」
「...スンスン、ううきっ」
「おっ、覚えてくれてるな。よしよし」
「輪廻ちゃんっこんにちは!」
「っ...ヴヴうううう」
「あ、あれ!?」
輪廻は最初に会った時とは異なり、仁野に威嚇をした。
「お、おい。輪廻。ちょっと前に会っただろ。ニノさんだ」
「ヴヴぅうう、イヤ!」
「えぇ~なんでぇ??あの時となんか違うかなぁうち」
輪廻は憂希の後ろに隠れながら覚えたての拒絶を叫ぶ。その体は憂希では全然隠しきれてはいない。
「...違い。あれ、...今日いつもとメイク...違う?」
「え!?マジ!?気づいてくれるん!?めっちゃうれしいんだけど!」
憂希には仁野のメイクがいつもよりチークやアイシャドウの入りや色が違って見えた。それでも恐る恐るの質問ではあったが。
「...化粧品の匂い....?」
「え、あっ、そういうこと!?輪廻ちゃん」
憂希は輪廻が火薬の臭いに反応して攻撃的になることを聞いていた。仁野と初めて会ったときは移動や訓練後で、化粧の匂いはある程度とれていた。
「じゃあ今度会うときはメイク落としてくるね、輪廻ちゃん」
「ヴヴぅぅ....??」
いくら威嚇しても拒絶や警戒をしない仁野に輪廻は少し首を傾げた。知らない臭いがするが、それでもあの鼻につく嫌な臭いとはまた別だと認識する。
「そっか、じゃあ香水とかもやめてあげたほうがいいかもね。訓練とかいろいろやってるとつい制汗剤とか使っちゃうんよね」
「香水とかアルコールの揮発があると少し刺激が強いかもしれないけど、柔らかい匂いとかならいいんじゃない?警戒しなくなれば匂いで覚えてくれると思うし」
「えぇ~すぐに心開いてほしくない?」
誰に対しても大らかで寛容的な仁野に憂希は尊敬した。警戒どころか威嚇までされたら苦手意識が生まれるのは自然だろう。
「さて、じゃあ今日は何を教えようかな」
内容はまだ幼稚だが、それでも同年代と教材を囲むこの時間は憂希にとって無意識に心の安寧となっていた。
憂希は輪廻への授業の後、仁野と別れて自室に戻り、就寝準備を済ませていた。
「あれ...なんかメッセージが来てる」
携帯端末に通知が来ていたことに気づいた。
「...作戦会議」
その通知を開くと明日の作戦会議の日時と参加命令が記載されていた。
「...また戦争か」
図らずとも憂鬱さがこみ上げてくる。武功や戦果を目的としていた時代であれば、我先に我こそはと猛々しく馳せ参じるところだろうが、さすがに憂希も現代っ子だ。
「...次こそ」
そう自分自身を鼓舞し、明日に備えて布団に潜った。
「それでは作戦会議を始める」
和日月がそう仕切り、会議が始めった。今回は日本軍だけの会議だった。メンバーは各大隊の能力兵部隊長とグレード1の各員だった。
「台湾戦線を皮切りに大西洋戦線が激化している。欧州軍は米軍の基礎軍事力を目的として侵略を開始しているという見解だが、我々としては両国のはらわたまでは探れない。台湾戦線にて共同作戦を敷いた以上、米軍への援護として我々も参加することになった」
「...今度は欧州と」
敵対国の多さと世界規模の戦争に憂希の口から思わずこぼれ出た。
「ただ今回は前線への投入ではなく、敵国への潜入が主となる」
潜入...と会議室がざわついた。これまで潜入という作戦自体が多くなかった。主体は隣国とも呼べる中国軍とロシア軍が相手の作戦のため、そもそも欧州軍と事を構えるということ自体が珍しかった。
「潜入とは何を目的に」
振動が和日月に問いかける。
「あくまで主は潜入、米軍からの援軍要請も来ているため、表向きとしては援軍も投入する。潜入は我々独自の作戦だ。目的は情報収集」
「情報...ですか」
「欧州軍の腹を探る」
「それならすでに刺客は潜入させているんでしょう。裏での手回しもやっているはずでは」
「...欧州軍に潜入させた先兵は全員連絡が途絶えた。消息不明だ」
「ぜ、全員...!?」
「欧州軍の内部情報はほぼ無いに等しい。そのため、軍としてではなく移民として潜入する。それはこちらで手配する」
「なぜこの場でその情報を」
「敢えてこの会議に参加している者には伝えるという私の意志だ。数か月前まで中立を主張していた欧州が突如として米軍を襲撃するとも考えにくい」
「...米国の動きにも警戒しろということですか」
「この均衡が崩れた世界において疑いは常に持っておくように。能力者出現前の力関係は確実にこちらが下だった。内部には対等であることを快く思わない者もいるだろう」
この会話にグレード1の兵士たちは緊張する。この前協力した軍が、兵士が敵対した時の恐ろしさを実感する。
神酒を始めとした能力者の対処をこちら側が備えているとは思えなかった。能力の相性は致命的であり、
「台湾戦線においての米軍の配分はこちらの半数だったことを踏まえて、こちらも同様の増援と考えている。最前線はアイスランド。元々アイスランドが保有していた国防軍の軍事基地を中心とした戦場が展開されている」
作戦はアイスランドに展開される戦線に対して欧州軍を挟み込む形で襲撃する。そのため、海路または空路にて大西洋を進み、アイルランドに上陸する。
上陸後の戦闘であればその場でテレポートを行い、中隊を配備し、進軍する。
上陸前の戦闘となった場合は海上での戦闘となるため、米軍と合流し、援護に徹する。
「よって、海路及び空路での進軍は最低限の分隊規模で作戦行動を開始する」
「...隠密行動ですか」
「和日月総司令、そいつはちぃっと危険じゃねぇか?バチバチやっている戦場に分隊が突入できるとは思えねぇぞ。前線基地や中隊、小隊からの分離はわかるが、最初からってことだろ」
その作戦に矢場が意義を唱える。奇襲行動や潜入には向いているが、戦線への合流まで分隊となると数で制圧されればそれまでだ。
「今回は完全に襲撃を主目的としている。目的は二つ。潜入捜査を悟らせないようにすることが第一だ。今回の作戦に我が軍が介入することを察知されず、作戦を開始したい。次に襲撃の効果を最大限にするためだ。表向きはこちらが理由だ」
「...つまり襲撃を成功させるのが大前提。悟られれば最低人数での対象が必要ってことか。そのリスクを背負うほどなのか?その分隊の編成はどうする。かなり重要だぞ」
憂希は嫌な予感がした。空中にしろ海上にしろ、襲撃されれば大地の無い場所での戦闘となる。グレード1にてそれを対処できるのは自分しかいないのでは、と頭をよぎった。
「第三大隊所属の特殊兵装部隊が適任と考える」
「...そうでしょうね」
振動は引きつった顔で納得する。振動の能力による状況把握と憂希の能力によるカバー力。現着後に行うテレポートと兵装強化の貫通。適任と言える。
「そうなると空路ですかね」
振動は隊の構成を頭に浮かべ、移動手段の最適解を考える。
「そうなるだろうな」
「...わかりました」
「...和日月総司令。今回の作戦、かなり強硬策と見えますが」
花菱が意見を出す。米軍を警戒して増援を出すにしても日本軍側にリスクが大きいことは素人目に見てもわかる。
「今回の襲撃作戦の成果を手札とし、米軍の動きに対する牽制や交渉材料として活かしていきたいと考えている」
「…なるほど。苦戦する戦況に我々が有効打を与えることで、米軍へ軍事力を誇示するわけですか」
今後継続的に米軍との協力関係を維持するための牽制。警戒する相手に仮を返しつつ、台湾戦線の米軍よりも戦果を上げることでのアピールを和日月は考慮していた。
作戦は明後日の0600決行となった。
明日の1000より第三大隊の能力者のみで作戦会議が行われる。それまでは待機命令がでた。
「神崎君、大丈夫?今回の作戦マジでやばいって」
部屋への道中で仁野はたまらず憂希に声をかけた。
「ありがとう。。…そうは言っても今回の作戦を回避することはできない。俺も話の冒頭じゃ特攻隊だと思ったよ」
「いや特攻隊でしょっ。少ない人数で相手の裏を取れなんて無理すぎだって」
「……そうだね」
苛烈になる可能性を否定しきれず、憂希は少し俯く。
「…わかったっ。もし、マジでピンチでどうにもなんないってなったらさ、うちのこと呼んで!」
「え?」
「台湾でうち、全然活躍できなかったし。何度も神崎君に助けてもらったじゃん?ヒーローなのに護られちゃった。だからっ、次はうちが助ける番ってこと!」
「…でもそれは」
いくら転移系の能力者がいるとはいえ、海上かつ空中にピンポイントで人を転送するのは至難の業だ。さらに言えば仁野には浮遊や飛行能力はない。他の能力者にサポートしてもらうとなれば、それこそ連携ミスで二次災害になりかねない。
「……ありがとう。ニノさん」
憂希はそんなことは重々承知で、仁野が励ましてくれていることを理解した。
「いいよいいよ!…てかさ?台湾のとき、ニノって呼んでたくない??」
「え、そうだっけ?そんなことないと思うけど」
「いやいやいや!あの距離で聞こえたんだから絶対呼んだ!」
「ご、ごめん」
「えっ、なんで謝んの!?いいよいいよ!嬉しかったしっ。だからさ!うちも憂希って呼んでいい?」
「え……」
憂希はその提案に戸惑った。嫌な気分だとか恥ずかしいとかそういうことではない。ただ、下の名前で呼ばれることが久しかったからだ。自分の名前なのに実に懐かしい響きを憂希は感じていた。
「あ、ごめん…。嫌だった?」
「いやっ、そうじゃないよっ。あんまり呼ばれ慣れてなかったから驚いて。…わかった、それでいこう」
「そう?家族とかには普通じゃない?よし!決まりねー!」
その一言を聞いた瞬間の憂希の表情に仁野は気づかなかった。
作戦決行当日の早朝。米軍基地にテレポートした後に飛行場に各隊員は集合し、空路で進軍を開始する。
「昨日の作戦会議でも説明したように、今回の作戦はいつもの戦場とは一線を画す。戦闘空域に到達次第、私の能力の最大範囲でソナーを開始する。臨戦態勢のまま敵軍後方に回りこみ、着陸する。気を引き締めていくぞ」
「「了解」」
飛び立った機体の中は緊張と集中で静まり返っていた。戦闘空域に入る前でも振動は能力を行使している。会話で乱すわけにはいかなかった。
「……っ。各員戦闘準備!」
数時間の飛行でそろそろ戦闘空域という地点。振動が叫んだ。
「…はるか上空から急速に接近する影がある」
「敵軍っすか!戦闘機かなんかっすか!?」
「いや…エンジン音がしない。かなりの速度で空を切る音のみだ」
「何が」
「…数が把握しきれない、大きさも大小様々だ。……これは。……っ、あくまで想定だが、これは隕石だ」
「隕石っ!?」
思わず機体の小さい窓から上空を見上げる。
曇天の空は本来の青白さを捨て、猛々しい赤に塗り替えられていた。空の上から迫る火の海のように激しく。
ご拝読ありがとうございます。
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