5 生贄少女、ご飯を食べる
「おおーい! あっそぼうぜぇ! お前の監視、フォメトリアルからクビって言われちゃったからさぁ! そんなら遊んでいいよな、なーッ?」
「テジュ、あなたはアホですか! あなたが監視として意味を持たないからクビにしたまでです! 遊んでいいなんて誰が言いましたか!?」
「エエッ!? そういうこと!? マジびっくり! でもいいじゃん遊ぼーぜ! かけっこしようぜぇー!」
魔王の書斎にて、隣のソファでもふもふと座り込んでいた子どもの首には魔王が与えた星の石が下げられている。子どもが魔王の近くにいることは、もはや当たり前になっていた。
子どもはテジュの言葉を聞いてとても迷惑そうに表情を歪めたが、テジュはまったく気にしていない様子である。「遊ぼう遊ぼうあそぼーう!」ぐりぐりぐり、と子どもに頭をくっつけるので、さらに子どもは不愉快そうに口元をへの字にする。
瞬間、自身に乗っていたフワフワをぶちっと頭から引き放ち、開け放たれている扉へと力いっぱい投げ捨てた。「ふ、フワワワ~?」「!?」テジュがぴくんっと耳を尖らせ、フワフワが投げられた方向へと顔を向ける。「ボールだぁ!」喜色満面、にっこり笑顔を浮かべ、ぼふんと白い煙とともに姿を子犬に変化させた。
茶色いくるくる尻尾の子犬姿になったテジュは、「ボールだーーーーー!!!!」と叫びながら扉の外へ消えていく。
「…………」
「なんですかその顔は。私は変化しませんよ、テジュだけですよ。魔族には変化する者と、しない者がいます。私はしませんよ!」
「クッ……」
「魔王様!? 今もしや笑われましたか!?」
「いや……」
恐ろしいものを見た、とでもいうように口元を引きつらせてフォメトリアルを見る子どもの顔があまりにも珍妙であったために、思わず吹き出してしまった魔王なのだが、すぐにすん、と表情を引き締めた。まさか魔王様が!? と、動揺するあまりに目を白黒させるフォメトリアルを無視していると、「もっかい、ボールぅ!」とフワフワを口に咥えたテジュが全力で戻ってきた。助けてくれとばかりにフワフワが身体をくねらせてこちらに懇願している。なんだかちょっと面白い。
「もっかい投げて! な、な、な!?」
「ぬ」
「何!? いいってこと? いいってことだよな!?」
「ぬ、ぬ」
子どもは嫌だと全力で首を横に振っていた。
***
「飯を持ってきたぞー!」
「んわーい、カシロの飯、美味いから好きー! ね、魔王様!」
「テジュは素直で可愛いなあ。よしよし、大盛りにしてやるぞ」
「食事など必要最低限でいいのです。魔族はほとんど食べる必要もないというのに……まったく非効率な……」
「フォメトリアル、お前はテジュの爪の垢でも煎じて飲んでもいいかもしれないな! はっはっは!」
大皿を持って笑うカシロに対して、フォメトリアルはいらいらと眼鏡のフロント部分を意味もなくいじっている。
「人間の飯なんぞ、最初はどうしたらいいかと思っていたが、考えたら俺たちも貢ぎ物を食っているしな。まあ刺激物でなければ問題ないだろう」
と、どんとテーブルに置いたのは子どもよりも大きな魚の丸焼きである。ふおわあ、と子どもは嘆息めいた声を吐く。
「いいか、子どもはたくさん食べろよ! さて、各自皿に盛ってやるかな……んん、厨房から離れてるもんだから、運ぶまでに少し冷えているな……俺の魔法じゃ、黒焦げになっちまうし……」
と、残念がるカシロをどかすように、子どもはぐい、ぐいと小さな身体で押しのけ魚の前に出た。「お? どうした? お?」カシロを無視して、そうっと両手を出し、何やら真面目な顔つきで唇を尖らせている。「おおん? あっ!」テジュがぱっと目を輝かせた。「もしかして、太陽……?」
子どもの手から生み出されたのは、手のひらよりもずっと小さな明るい光だ。
「ふうん? イリオルル国の王族が人間にしては珍しく魔法を使うとは聞いていましたが、これはまあ、なかなか……」
「すっげぇなあ。おれたち、いつも月と星ばっかり見てるから、こんなのなかなかないよ。ちっちぇえけど、綺麗で、あったかいなぁ」
「これで魚を温めるのか。チビちゃん、やるじゃねぇか」
ぽんぽん、とカシロに頭をなでられて、子どもはなぜだか拗ねたような顔をしていた。小さな太陽はすぐに消えてしまい、子どもはしゃかしゃかと魔王のもとにまでやってきて、魔王の腹に顔を埋める。よく見ると、耳は真っ赤になっていた。
(……拗ねているのではなく、照れているのか?)
まったくもって、奇妙な生き物だと魔王は思った。