33 氷のパーティー、おわり
野外での立食パーティーは、あっというまに氷の彫刻パーティーに変わってしまった。あっはっは、と笑い声がそこかしこから聞こえる。「パーティーって、色んな種類があっていいんだなあ! そっちの方が楽しいなあ!」と誰かが話して、また誰かが大きな声で同意して、一緒に笑い合う。
「シトラが彫ってたの見て、実はおれも彫りたくなっちゃってたんだよね!」
と、テジュもズボンの大きなポケットからノミを取り出し、がこがこと大きな氷から大作を作り出していた。氷の上に乗ったり、下から攻めたりと大忙しである。
意外とものづくりが好きな魔族たちはそれぞれ自前の道具を持っている者も多いらしく、足りない分はモヤモヤが保管室から持ってきてと大変そうだ。
初めは戸惑っていたシトラだが、周囲に乞われるままに彫刻のコツを伝えて、案外楽しそうにしている。
「カシロの弟。あなたさっき、魔王様のことを『魔王』と呼び捨てにしましたね……? 魔王様が許しても、私が許しませんよ。絶対に許しませんよ」
「えっ。お、おう」
「いいですか、魔王様です。かならず魔王様と言いなさい魔王様です。そして私に彫刻を指南しなさい。この氷に魔王様の等身大の石像ならぬ氷像を作りたいのです」
「あ、ん、オ? 早口過ぎて聞き取れねぇんだが……氷像? あー、まあこんだけでかいなら、最初は勢いよく削った方がいいかもな……」
「こうですね、コーンッ! コーンッ!」
「効果音はいらねぇよ」
フォメトリアルは一心に両手を動かしている。ちなみに道具ではなく素手で彫るタイプらしい。
もちろん食事が冷めないうちにと食事を楽しむ魔族もいるし、食事なんてなんのその、と酒を呑んで、赤ら顔で野次を飛ばす魔族もいる。モヤモヤたちはお掃除をするのが生きがいなので、フワフワと一緒に庭を転がりまわっていた。
チビの小さな太陽の光が、氷の中を乱反射して、明るく景色を輝かせる。
鮮やかな色が、夜の国の全てを彩る。
「…………」
アザトは瞬きすらも忘れて、そのわいわいと賑やかな光景を見守っていた。
こんなことがあるのだろうかと、きっと自身は驚いているのだろう、と鈍く動く己の心を確認する。いつの間に、こんなに鮮やかに映るようになってしまったのだろう。
一体、どこからこの温かな光が生み出されているのだろう。
「……アザ、ト?」
呼ばれた名に驚くように、アザトは顔を向けた。すると、さらに彼は驚いた。
小さな少女が、きらきらと輝いている。
チビが生み出す、魔法の明かりではなく。きっと、彼女自身が輝いている。
アザトの瞳には、なくてはならないものとしてチビの姿が映っているから。
そのことに気がついたとき、ふ、と彼は小さな笑みを口に落とした。
アザトの様子を不思議そうにチビは見上げていたが、しばらくするとおずおずとアザトの服を引っ張り問いかける。
「しごと、終わったから、きてくれ、た?」
「……もう少し、だな」
星喰の日が近づいているからと、パーティーの参加を見送ったはずのアザトが、なぜこの場にいるのかと問いかけているようだが、残念ながらと小さく首を振る。チビはぱち、ぱちとゆっくりと瞬き、「じゃあ、なんで?」と問いかけた。
――どうしてアザトが、シトラの氷を防ぐために、この場に来たのか。
「……ニアの花が、教えてくれた、からな」
チビの頭についている赤い花を、優しく指で触る。これでは答えにはなっていないらしいが、このことを伝えるべきか、アザトにはまだ答えが出ていない。
いや、出さなければいけないとわかっている。魔王城から突き出たギギの木が、ざわざわと宵の風に揺れているのが見えた。
「……お前の、ニアの花は――」
チビの頬に手を添えて、アザトが言葉を落とそうとしたとき。
「チビちゃん、ありがとうな! あ、と、魔王様……失礼しました」
チビのもとに駆けてきたカシロの声で、はたと止まった。「……いや」返事をして、そっとチビから距離を置く。
「申し訳ございません……あの、少しチビと話をしても?」
「かまわぬ。私に、許可を取る必要も、ないことだ」
「では遠慮なく。チビちゃん、ありがとうな。俺の火じゃあ、氷を溶かすことはできても、柔らかくなんてできねぇからな。多分、いつもそうなんだろう。……俺は、あいつ……シトラのことはなんでもわかってるつもりだった。仲違いしているわけじゃないと互いに理解しているなら、いつか時間が解決すると――でも、だめだな。魔族の悪い癖だ。時間なんて、いくらでもあると思うところが」
カシロは苦笑して自身の後頭部をかいている。そうしているうちに、口元を皮肉げに歪めたまま、ため息をつく。
「……ちゃんと、話さなきゃいけねぇな。よし、勇気が出た」
この礼は、また今度! とカシロはチビに手を振り、アザトに一礼して去っていく。「シトラ!」アザトとチビには、カシロの背しか見えない。けれども、彼の表情はありありと想像できるようだ。
シトラは、カシロをゆっくりと振り返った。
シトラは魔王城に乗り込んできたときよりも、毒気が抜けたような、どこかすっきりとした様子のように見えた。
「シトラ。俺が森を出た理由は、お前が想像した通りだよ。森に火の魔法なんて、いない方がいいに決まっているからな。でも、俺はこの城にしょうがなくいるんじゃない。楽しいからいるんだ。……お前にとっては価値のないものでも、俺にはあるんだ。だから、安心して、いいんだぞ」
よく通るカシロの声は、不思議とアザトたちの耳にもよく聞こえた。
シトラは――一体、どんな返事をしたのだろうか。顔を伏せて、肩を揺らしカシロの手を取る。もしかすると、泣いているのかもしれない。カシロの言葉は伝わり、シトラも受け止め、彼らは互いに背を叩くように抱擁する。そうして兄弟の絆を確かめ合う。
「……話す、だいじ」
ぽつりとチビは呟いた。
その光景が、チビの小さな胸に何かが響いたのだろう。
「たしかに……だいじ、だ」
自身の言葉に、うんと頷き繰り返す。彼女の心に、一体どのような変化があったのだろう。首から下げられた星の石は、もうただの石に変わっていた。
けれど、やはり。
それは――まばゆくような光のように思えた。




