31 パーティーと、氷
そんなこんなでシトラの歓迎パーティーが企画されることとなった。万全の準備を整えるべく、計画は丹念に練られた。帽子屋に頼み、食材はたんまりと。シトラの歓迎パーティーをしたいとカシロに伝えたとき、驚いたように目を見開いていたけれど、「よし。料理は任せろ」と太い腕を見せて、すぐににっかりと笑ってくれたから、チビも同じように笑った。
ロンに貢ぎ物の貸出しを願い、飾りつけもバッチリだ。チビがパーティーを開いてもらったときは、みんなが隠れてこっそりと準備していたので、反対の立場は初めてである。
「何回開いても楽しいよなあ~」
「ぬっふっふ」
というわけで、準備が忙しくてチビもテジュも、シトラのもとを訪れるのはぱったりとやめた。こっそり中庭にいるシトラの様子を見ると、きょろきょろと周囲を見回して不思議そうな顔をしていたので、「ぬっふっふ」「うっひっひ」とテジュと二人で悪い顔をして笑ってやった。パーティーの準備がこんなに楽しいと、チビは全然知らなかった。
星喰の日が来る前にとなると、日付も限られてくる。アザトは星喰の日が近くなるにつれて忙しくなるらしく、パーティーの参加は見送るようだ。そこはちょっと残念だったが仕方ない。ギギを見上げて木の幹に手を置き、魔法を唱えている姿をときおり見かけた。
「ほんじつ、いまより、にんむ、かいし!」
「チビ、いつの間にか難しい言葉覚えたなぁ」
すっげえなあ、と瞬くテジュには「ぬふん」と自慢げに笑い、いやそんなことよりもとチビはパーティー会場設立の監督に徹した。
場所は魔王城の中庭。いつもはシトラがいる場所である。こっそり開催するためには別の場所で準備をした方が効率がよさそうだが、そこはさすがの魔族たち。より難易度の高い方を選びたがったので仕方ない。
シトラを呼び出し、足止めしている間に飾り付けを終え、戻ってきたタイミングでパーティー開始。なんと抜け目ない計画か。ちなみにシトラを呼び出し、足止めする役はフォメトリアルであり、彼の行動で全てが決まってしまうという、とても重大な役目である。
「いや、ああっ! まだそっちは! シトラ! 待ちなさい!」
「さっきからなんなんだよ、用があるとか言いやがって、実のない話ばっかりじゃねぇか」
「実のない話なわけがありません。とても重要な話です。お待ちなさいと言っているでしょう」
「なんだよ。言ってみろや」
「……えー。んー。その、あなたの……」
「おう」
「あなたのーシトラという名前はーえー。カシロ、と少し似ていますね。名前の中にシが入っていますし、どちらも三文字です」
「…………」
「ちなみに私はフォメトリアル。七文字です。悪魔的であり、とても高貴な数字です」
「帰る」
「待ちなさぁーい!」
成功しているのかしていないのか、いまいちよくわからないが、うっすら聞こえてくる声からギリギリまで頑張ってくれていたようだ。
チビたちは急ピッチで会場の準備を進めた。あと少し! と踏ん張り駆ける。テーブルに品を並べていく。「なんだったんだあいつは……」とぶつくさとやってきたシトラが、そこで言葉を止めたのは、きっと驚きから。
暗い中庭にはいたるところに炎のカンテラが並べられ、木々につけられた宝石が炎の灯りを反射して星のようにきらめいている。
並べられた細長いテーブルの上には、湯気が立つ温かな食事が。大勢の魔族たちが、ひゅうひゅうと口笛を吹き、骨の魔族がカタカタと体を震わせて笑っている。もうみんな、パーティーはお手の物だし、実は彼らもとても楽しんでいる。
「シト、ラ! おめ……でと?」
あれ、何かちょっと違うかも、とチビは自分で不思議に思った。チビのときはおめでとうでよかったかもしれないが、シトラはやっぱり違うかもしれない。そうだ、『いらっしゃい』だった、と考えながらてとてとと近づき、言い直そうとしたときだった。
「ふざけてんのか、オメェら!」
――膨れ上がったのは、怒り。
え、とチビは瞬いた。
笑顔を作ったまま、表情が固まる。
シトラは犬歯をむき出しにして、食事が置いたテーブルを指差す。
「食事なんて無意味なもんを並べて、バカにしてんのか! しかも俺が彫った棒まで並べやがって……なんの嫌がらせだ!」
シトラは、パーティーが何かを知らない。魔族にはパーティーという言葉もなければ、マナーもない。
以前に行われたパーティーは、チビのためにと、人間向けの文化を調べて魔族たちが開いてくれたものであるということを、チビは理解していなかった。
食事の席にはシトラが彫った細い棒が、二本ごとに並べられている。席の一つひとつに、丁寧にカシロが並べていたから意味があるのだろうと思って、それ以上の確認はしなかった。
シトラの金の瞳が、らんらんと輝いている。チビは無意識に首から下げた星の石を触ろうとした。けれどもチビはもう知っている。このネックレスが、アザトと繋がっていないことを。
「お前たちは、俺の場所を奪うのか」
魔王城の中庭は、つい最近まで誰も足を踏み入れることがなかった。草木が茂り、とても綺麗な場所なのに、チビだって知らなかった。
誰もいなかったから、シトラはこの場所を選んだ。少しでも――きっと、少しでもカシロの近くにいたくて。
魔力が、膨れ上がる。冷たい風がひゅうひゅうと吹く。宵の風がシトラを渦巻くように回り、まるで嵐がその場に生み出されているかのように、ぎしぎしと木々は揺れ、椅子や、テーブルが吹き飛ばされ、カンテラの炎が掻き消え、そして。
「――どこまでも俺のものを奪うのか!」
生み出された氷が、シトラの周囲を包み込みこんだ。悲鳴が聞こえる。それは氷漬けにされてしまった、自分の口からだろうか。いや、声など出せるわけもなく、寒さを感じる間もなく。
――固く冷たい全ての氷が、高らかな音を立ててガラスのように砕け散った。