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30 虎と、子どもたち


 初めはまた来たのか、と呆れたような声だった。「彫らねぇよ。さっきは暇だからしただけだ」とシトラは不機嫌そうに顔を歪めたが、わくわくとチビが体を揺らすとしぶしぶ新しい細工を作ってくれた。そしてできた完成品を、またカシロのもとに持っていく。カシロは新しい棒をくれるので、またさらにシトラのもとへ行く。


「……おい」


 何日もの間これを繰り返し、すっかり当たり前の光景になってしまったとき。

 棒の頭を彫りながら、シトラはいらいらと声を荒らげる。


「てめぇら、勝手に増えるな。おい! 増えるな!」

「ぬぅ?」

「えー? おれのこと?」


 右にはチビ、左にはテジュが、シトラを挟んで手元を覗き込んでいる。んがあ! と、唸るように叫びはするが、もちろん口だけである。彫刻刀を振り回すと危ないため、手は絶対に動かさない。シトラの声に合わせて、フワフワがころろんろん、と転がっていく。


「まじまじと見てるんじゃねぇよ……」

「だって楽しい。見てるだけでも楽しいもん。なー! チビ」

「ぬー!」

「だから、俺を挟んで会話をするんじゃねぇ」


 そうは言っているものの、シトラは複雑な文様をするすると細い棒に彫り込んでいく。かと思えば虎や、犬など見覚えのある形を彫ることもあり、まったく目が離せない。


「まほー、みたい」


 きらきらと目を輝かせるチビを鼻白んだように、シトラは眉をひそめる。


「……魔法? こんなもんがか?」


 彫刻刀を持つ手と反対の手を、シトラは持ち上げた。するとぱきり、ぱきりと何かが弾けて、壊れる音が手のひらの上で生み出される。最初は、親指ほどの氷だった。それがくるりと回る度に大きくなり、今やチビの拳よりも大きな塊となって、夜の暗闇の中でまばゆくように輝いている。

 そのときチビが思い出したのは、シトラが魔王城に飛び込んできたとき、奇妙に床が濡れていたことである。――氷の魔法。それがシトラの力だった。


「俺の魔法は、これだ。こんな棒にちまちまこりこりと彫るみてぇな、チャチなもんじゃねぇ」

「こっちも、きれい、ね!」

「……そうかよ」


 ぽいっとシトラが氷の欠片を投げると、「丸いものッ!」とテジュが素早く受け取る。「…………」「……あれ、あんまり丸くなかった……ん?」「フワワ?」「おおっ! もっと丸いものー!」「フワワワワーッ!」今日も魔王城は騒がしい。


「なんなんだよ、あいつは……」

「テジュ、わんこ」

「理由になってねぇよ」


 フワフワを追いかけ去っていくテジュを見送り、シトラは再度、彫り物を始めた。かりかり、かりかり……と小さな音だけが響く。あとはときどき、さわさわと吹く風が草木をなでていく音も。チビは気づいたら目を瞑ってシトラの毛皮にもたれていた。カシロとよく似てふわふわで、大きい。うとうとと少しだけ眠くなってしまう。


「……なんで、シトラ、きた?」

「来ちゃいけねぇのかよ」

「カシロ、ここにきてから、たくさん。なのに?」


 だからだろうか。心の底に浮かんだ疑問のスープを、スプーンで表面をすくうみたいにふわふわとした心地で聞いてしまう。

 カシロは、テジュが生まれる前からこの城にいる。ずっとずっと、昔からこの城にいるということだ。それなら、なんで今まで来なかったんだろう?


「……カシロは、星喰(ほしくい)の日に消えた」


 ちゃんと伝わるか不安だったけれど、シトラはわかってくれたらしい。よかった、と少しだけ安心する。


 ――ん? 星喰の日のことか? ああ、星が食われちまう日のことだ。魔族も、その日くらいは静かにするもんだ。


 それは、カシロが、少しだけ寂しそうに言っていた言葉だ。


「……ほし、くい。聞いたこと、ある。でも、見たこと、ない」

「普通は見ねぇんだよ。魔族はみんな引きこもって外に出ねぇ。だから……誰もいねぇときを見計らって、あいつはこっそりと森を出た。いなくなった後、魔王城で料理人をしてるって噂だけは聞こえてきた。料理なんて、意味がねぇのに。そんなに、森を出たかったのかよ」


 最後の言葉は吐き捨てるように、シトラは続ける。


「あいつがいなくなった星食の日が近づくと、胸がぞわぞわする。どうしても、思い出しちまうんだよ……。ぞわぞわするから、城の近くまで来ちまって……それで、カシロの、炎を……持ってる人間なんて、変なもんを見かけちまって」


 帽子屋のことだろう。

 パーティーが成功したお礼にと、カシロは帽子屋に、消えない炎を閉じ込められた魔法のランタンを渡した。


「……いてもたって、いられなくなった」


 最後は、ぽつりと。チビは、ちょっとだけ考えた。「いつでも、よかった、の?」とシトラの膝の間に入り込みながら、問いかけてみる。シトラはチビに当たらないように、ひょいと両手を上げて眉間の皺を深めた。彼はいつも不愉快そうな顔をしているが、本当にそう思っているわけではないということを、もうチビは知っている。


「いつでもよかったって?」

「いつきても、よかった。……いつも、ずっと。……きたかった?」


 帽子屋がランタンを持っていたというのは、全部ただの言い訳で。


「…………悪いかよ?」


 返事があるまでは、随分長い間があった。

 じっと顔を伏せていたシトラは、じろりとチビを睨む。その耳元は、毛皮でも隠せないくらいに真っ赤になっている。


「んーん。うひひ」

「だから、妙な笑い方をすんじゃねぇ」

「おーい! チビー! ぼーるっ、持ってきたよぁ!」

「いやそれボールじゃねえだろ。くったりしてんじゃねぇか。離してやれや」

「フワワ~……」


 ***


「楽しそうだ、な」

「むむ……うひひ~」


 いつものアザトの膝の上で、チビはごろごろと転がった。「ぬふふ」とときおり妙な笑い声をこぼしている。チビの頭につけた赤い花の髪飾りを、そうっとアザトは白く長い指をはわす。その花を見て、アザトはわずかに眉根を寄せたが、チビはまったく気づかなかった。


 アザトはすぐにいつも通りの顔つきに戻って、チビの髪をゆっくりと指で梳る。さらさらと指通りのいい髪が流れ、夜の部屋を星のように彩らせる。「楽しいということは、いいことだ」とアザトは囁くように笑った。チビはごろん、ごろんと狭い椅子の上を猫のようにひっくり返ったり、うつむけになったりと忙しい。


「ぱーてぃー!」


 唐突にチビは勢いよく顔を上げて、「ぱーてぃー! はじめて、こんにちは! ひらく!」と少ない語彙の中から必死に言葉を選んで説明している。「なるほど」アザトはチビの心を、星の石を通して理解できる。しかし最近では石に込められていた星の力も少しずつ消えているらしく、伝わる感情はとても鈍い。

 けれど、少しずつ、石がなくとも理解できるようにもなっていた。


「初めての者を出迎えるときには、パーティーが礼儀……ふむ。パーティーを、開きたいというのなら、フォメトリアルに尋ねてみては、どうだ?」

「チビはここにおりますか魔王様! さあさあ、お勉強の時間ですよ! 今日はシリーズ2冊めといきましょう!」

「ギャアアアアア!」


 いつでもどこでもやってくる男、フォメトリアルである。チビはじたばたと逃亡しようとしたが失敗した。首根っこを摑まれ、吊り下げられる運命となった。

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