3 生贄少女、お着替えとフワフワ
かっしゃん、かっしゃん、ごそごそごそ、もそもそもそという音は、骨でできた下級の魔族たちや、闇でできたモヤモヤが周囲を掃除する音である。夜の国の城はこうした下級魔族たちの手入れにより、いつも清潔が保たれている。
「おおー。綺麗になった。お前、ほんとーに銀髪なんだなー。人間って不思議だなー。すぐ汚れるんだもんなー?」
「…………」
「毛づくろいもできないのな?」
下級魔族たちに綺麗に磨き上げられたのは、城だけではなかった。捧げ物としてやってきた子どもも、とてもぴかぴかになっていた。一度も切ったこともないような長い髪は相変わらず顔まで覆っているが、それでもどこかすっきりしている。汚れた服から真っ白いシンプルなワンピースに着替えた子どもを見て、
「よかったなー。おれの尻尾みたいにふわふわした感じになってさ」とテジュは寝っ転がりながらカーペットの上で、はたはたと尻尾を揺らした。
さらに子どもの頭には、拳程度の大きさをした真っ白いふわふわの何かが乗っている。
そのふわふわした何かは、もしゃもしゃ、と子どもの髪の毛を一心に食べていた。そのことに気がついた子どもが不愉快そうに頭を左右に揺らすが、どうにも離れそうにない。
「それねー、フワフワ。モヤモヤの子どもみたいなやつ。汚いゴミとか食べるのが得意」
もしゃーっと食べていた髪をフワフワが吐き出すと、子どもの髪がさらにツヤツヤに光り輝いている。フワフワは嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねた。丸い身体から生やした細い手足も嬉しそうに動かしている。そしてすぐに次の髪をもしゃもしゃ食べ始めた。子どもは不機嫌そうな顔をしていたが、フワフワを引き離すことは諦めたらしい。
「おれ、テジュ。魔王様の側近……えっとー、ずっとうるさかったフォメトリアルってやついるじゃん? そいつの部下だよ。つまり魔王様の下っ端の下っ端って感じ。おっけー?」
「…………」
「お前、ちっちゃいねー。おれもこんなかじゃちっちゃいけど、もっとちっちゃい。おれの方がお前よりおにーさんだね」
子どもはしばらくテジュを見ていたが、ぷい、と顔を背ける。すくっと立ち上がって、てこてこと扉を目指す。その後ろをテジュは腕を頭の後ろに回しながら、てくてくと追いかける。
子どもは音を立てて無造作に扉を開き、堂々と魔王城の回廊を歩く。
「フォメトリアルからお前の様子を見とけって言われててさあ。でも様子ってどうやって見りゃいいのかなあ?」
「…………」
「っていうかお前、しゃべんないの? 別にいいけど」
「…………」
テジュの最後の問いかけに、子どもはちらりと振り向いた。それからぷるぷる、と小さく首を横に振った。どういう意味だろう、とテジュは首を傾げたが、すぐにまたそっぽを向かれたので、まあいいかと子どものあとを追いかける。そしてたどり着いたのが、魔王がいる玉座の間である。
子どもは流れるように魔王の膝の上にずざあッ! と座り込んだ。
怜悧な美貌の持ち主である魔王は、そのまま気にせず受け止めた。
何やってんのかな、とテジュは腕を頭の後ろに回したまま、ぼんやりと玉座を見上げた。「フワワ~」と子どもの頭の上で、フワフワが美味しそうに子どもの髪の毛を食べている。もしゃもしゃ。
「魔王様、お疲れのところ大変申し訳ございません、お手を煩わせる程ではございませんが、部族同士のもめあいがありましたので、念の為ご報告を……って貴様らぁあああ!!!!!」
そして即座にフォメトリアルに見つかった。勢いよく広間に落ち続ける雷をテジュが「ヒギャンッ! ギャワンッ!」と悲鳴を上げて逃げ惑う。「この駄犬! あれほど見ておけと、言ったでしょうがぁあああ!!!」「ちゃんと見てたよお、なんでそんなに怒るんだよおー!」「駄犬にもほどがありますっ! 魔王様、こやつらにどうか処分を!」「……私は特に気にしていないが」「気にしてください、魔王様ァーッ!」
――魔王から離された子どもがフォメトリアルの目をすり抜け、また魔王の膝に飛び込む。
いつしかこの光景が日常となるまで、そう長い時間は必要なかった。




