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魔王様といっしょ! ~生贄少女は夜の国で幸せ生活はじめます~  作者: 雨傘ヒョウゴ


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26 帽子屋の話、おしまい


「依頼の品だね。ご苦労様……って何。その顔は」


 おかっぱ頭の少年――管理人の言葉を聞き、ミッツはほおう……と肺の空気がなくなるんじゃないかと思うくらいに息を吐いた。緊張するに決まってる。気に入らない品を渡して、これじゃないとポキッと首を折られてしまったら人生その場で終了である。


「あ、じゃあこれで失礼しますねぇ……」


 清々しい気持ち半分、恐るおそるな気持ち半分でぺこぺこと頭を下げて、部屋を抜け出そうとしたのだが、「待ちなよ」と呼び止められ、ミッツは寿命が半分くらい縮んだ気がした。


「あんたにお願いしたものは、パーティーをするために必要だったんだ。もうちょっと日にちに余裕があると思ってたんだけど、急遽、開催は今日に変更することになったらしい。あんたのおかげでなんとかなりそうだし、せっかくだから、参加していきなよ」


 ――とかなんとか言われて、いや言われるままにミッツは夜の国にて開催されたパーティーに参加することになってしまった。


 あの太い尻尾で、だしんだしんと床を叩かれるのには弱い。ひいい、と恐怖のあまりに何度も首肯してしまった。

 魔族がパーティーとは一体どういうことだと思ったが、意外なことに人間向けらしく出てくる食事に文句はない。むしろすごく美味しいぞ、とびっくりした。しかし右を見ても魔族で左を向いても魔族、前も後ろも、まさか下もと足元を見ると、フワフワとした何かがころころ転がっており、「ヒイイイッ!」と声にならない声で悲鳴を上げてしまった。


 至近距離に骨が動いているのは慣れないし、そもそも骨の体のどこに食事を流し込んでいるんだと不思議だし、さらに主役らしき真っ白な少女が表れて、ついでに宵の風が勢いよく吹き込み、『ええっ、俺もしかして帰れなくなるぅ!?』と本日何度目かの悲鳴を上げて、なんとか風が止んで綺麗な光を見て、料理は美味しいけれどもやっぱり怖いし泣きたいしでボロボロになりパーティーを終え、やっとのことで門をくぐって夜の国に帰ろうとしたときである。


「う?」

「ん?」


 魔王城の回廊をぽてぽて歩く白い少女を発見した。少女はびっくりするくらいに長い銀髪で赤い花の髪飾りとフワフワした何かを乗せ、さらに着ているものはミッツが手に入れたドレスである。渡したドレスよりも、星のような宝石で彩られさらに美しくなっているドレスに驚いたが、きっと魔族たちが何かすごいことをしたのだろう、とミッツは勝手に納得する。


「にんげ、ん?」


 女の子は可愛らしい顔を上げて、きょとんと瞬く。首を傾げると、長い前髪がさらりと揺れる。幼い子どもにしてはずいぶんしわがれている声をしているなという驚きよりも、彼女の言葉を聞いてもしかして、と瞬いた。


「お嬢ちゃんも人間なの? 俺はこの城に来てる商人なんだけど」


 今日で商人は最後にする予定なんだけど、というのはもちろん言わない。立つ鳥は跡を濁さないってやつである。


「しょ、に……」


 言葉を話すのは苦手なのだろうか。女の子は少し話しづらそうにしつつ、考え込んでしまった。しばらく腕を組んでいると思ったら、今度は顔を上げる。「う、あー」言葉を出そうとしているけれど、うまく出ないのだろう。首が右に、斜めにとなって呻いている。でもちょっとずつ話してくれる。


「ドレス、すてき。きれい。ごはん。おいしい。うれ、し。おなか、いっぱい。しょ、に。ありが、と」


 それはとても拙い言葉だった。けれども何を言いたいかはよくわかった。


「いや……」言い淀んだ。「ただの、仕事なんでねぇ……」


 それだけ言って、「そいじゃあね、お嬢ちゃん」とその場を去った。もやもやして、むかむかしたから、必要以上にご機嫌に笑って叫んで、門に向かった。途中でさっきの女の子とよく似た少年を発見してびっくりして、なんとか城に連れ帰り、このままずるずる残って宵の風が吹き初めたら帰れなくなると焦って、帰って、門を通り抜けて。


「~~~~~~!!!!」


 ありがとうの言葉を噛み締めていた。


 なんで自分は商人になったのか。どうしてこんなに金がほしいのか。

 そりゃあずっと一人で生きて、金が一番の相棒だと知ったからだ。人間相手の商売はどこかドロドロしていて、めんどくさくて、そんなら魔族の方がいいと思った。魔族はわけがわからないと思うことばっかりだが、良くも悪くも一直線で、嘘がない。きっとミッツは綺麗な言葉に弱い。ぐちゃぐちゃどろどろの世界で育ったから、真っ直ぐに向けられる言葉に耐えられない。


 日和そうになったから、バチンッ!と勢いよく頬を両手で叩いた。「ヨォシッ!」

 頬が真っ赤に腫れてしまったが、ちょうどいい気付け薬だ。ぐっと眉に力を入れて、ずんずんと道を歩く。こんなところでブレてどうする。初志貫徹。もらった宝石は、今も大事に鞄の中に入れている。今まで培った人脈を総動員し、できる限り高値で買い取ってくれる相手に売りつけるのだ。いっそのこと王族相手だっていい。それほどの価値を持つ石である。


 村に帰って、さあ忙しくなるぞ。最後の大仕事だと笑って家の扉をあけた。


 するとそこには地獄が広がっていた。


「■■■! ああどうしよう■■■、お願い目をあけて、■■■!!!!」


 女が悲鳴を上げて少女の名を呼ぶ。少し前まで、眠たそうに船をこいでいた少女である。胸元は血だらけで、半狂乱で叫ぶ女は彼女の母だ。父は嘆き、祖父母は泣き崩れ、何があったのかと村人たちは窓から中を覗き見ようとするが、すぐに子どもたちを引っ張り、家の中に消えていく。


 ミッツが帰って来たことに、誰一人として気づかなかった。その代わり、絶叫といえばいいのか咆哮といえばいいのか、会話ではなくただ事実を叫ぶような声が家中で響いていた。それは子どもだけが死に至る病であるとか、買い物に行ったときにうつってしまったのかもしれないとか、医者にも治せないとか、発症すると進行が一気に進み、もう時間がないのだとか。


 夜の国は地の底にあるのだから、地獄と呼ばれる場所があるのなら案外近いのかもしれないと思ったこともあったが、夜の国よりもこの小さな家の方がよっぽど地獄に近かったのだなとミッツはぼんやり考えた。


 ついさっきまで、へにゃりと笑っていたくるくる髪の少女は、もうぴくりとも動かない。ミッツもそうだった。ずっと棒立ちのまま、彼ら彼女らが泣き叫ぶ声を聞いていた。あ、と息をした。びっくりした。多分息をすることも忘れていた。そしたら体が動いた。父母を押しのけるようにずんずんと近づき、少女の手を取る。少女の家族はそのときやっとミッツがいることに気づいたらしい。やめてと母が叫んでいる。脈を確認する。生きてる。


 まだ、生きてる。


「帽子屋さん、やめて、やめて、その子に触らないで、お願い、お願い……」

「すり鉢」

「え……?」

「さっさとすり鉢! 台所から持ってきて! 男連中、割るの手伝え! 今すぐ、早く! さっさとしろよ!」


 そこから先のことはミッツもよくわからない。

 鞄を投げ捨てるようにして宝石を出して、布の上でがんがん砕いて、そこから更に手分けして小さくして、すり鉢でガシガシにすりつぶした。邪魔だから帽子も投げ捨てた。どこからそんなに出たのかぼたぼたと体中に汗をかいて、時間なんて止まってしまえとずっと祈っていた。間に合えと心の中で叫んで口は閉ざして、ただただすり鉢の中をすりこぎで回す。


 虹色の宝石は次第に琥珀色の液体に変わり、ほとんど意識のない少女の口に無理やり流し込んだ。それはちょうど、宝石一個分だ。


 祈るような時間が過ぎた。短いようで、長いような時間を息をとめて待つ。

 ゆっくりと、重たいまつげが持ち上がり、黒々しい瞳が見えたとき、誰しもが息を吐き出した。家族がこぼしていた涙は、別の意味に変わった。


(なんで俺、こんなことしたんだろ……)


 汗だくになって、呆然と持つすり鉢の中には琥珀色の液体がほんのわずか残っている。

 美しい宝石であるとともに、どんな病もたちどころに治してしまう万能薬、星屑水晶。器の縁に残っているこの液体くらいでも、家の一つや二つは買えるだろうか、と馬鹿なことを考えて、ミッツはちょいと指で拭って舐めてみた。それはとても甘くて、飴玉みたいな味がした。


 ***


「……ほんと、俺、なんであんなことしちまったんだ……」


 考えれば考えるほどわからなくなってくる。ゔあ~……とミッツは頭を抱えるようにしてぽてぽてと夜の国の道を歩く。

 少女の病が治ったことで、家族からはそれはそれは感謝された。星屑水晶は知る人ぞ知る薬である。彼らは自分たちの娘にミッツが何を飲ませたのかわからなかったようで、たまたまよくきく薬を持っていただけだと説明した。必要以上に恐縮されたいわけではない。まさか彼らも自分たちの娘の腹の中に、金銀財宝と同じものが流れ込んでしまったとは思ってもみないだろう。薬のお代は払っていない家賃の代わりだということにしておいた。


 もともと身寄りが誰もいないのだと適当なことを言って同情を買い、長らくタダで住み着いていたのだ。別にそれが、嘘というわけではなかったが。


「商人、やめる気だったのにさぁ……ああ~もう馬鹿すぎるぅ~……」


 両手で顔を覆ってふらふら歩く。でもとても危ないのですぐにやめた。


「いや大丈夫。また貰えばいいじゃん。魔族にとったら宝石でもただのお菓子なんだし。貰うなんて簡単に決まってらぁ!」


 とまあ元気に拳を突き出して、いつも通り管理人がいる貢ぎ物の保管庫に行き、何か御用はございませんかともじもじスリスリ両手を合わせると、「別にないけど」と取り付く島がない。この竜の魔族はもうちょっとくらい愛想というものを得た方がいい。


「あのぉ……どころで、この間のおやつは……そのぉ……」

「おやつ? ああ、星屑水晶のこと?」

「それですそれです! 今日は食べないですか!?」

「うん。こないだ全部食べたからね。次のモヤモヤが持ってくるまで、残念ながら品切れ」


 そのモヤモヤというのがよくわかっていないが、(もしかするといつも見る黒いモヤモヤしたものだろうか)「次って、いつのことなんですぅ!?」といつも以上に食らいついて確認してしまう。


「うーん、モヤモヤの気分次第だろうけど……」

「ふんふんふん」

「多分、だいたい百年ぐらい後?」

「ひゃー……」


 くねん。


「……なんでいきなり地面にくっついてんのさ?」


 もう聞かないでほしい。

 今はもう何も話したくない、とミッツは床の上にくずおれて、ふるふると力なく首を横に振るしかない。


「そんなに食べたかったの? ま、あれ結構美味しいもんね。代わりといってはなんだけど……」

「代わりといっては!?」

「ギギ様がつけた実とか、花ならあるけど」

「いらねぇ! 全力でいらねぇ!」


 思わず素で突っ込んでしまった。だいたいギギ様とは一体なんなのか。

 今日はもう疲れたからさっさと帰ろう……と、心持ちヨボヨボになって「それじゃあこれで失礼しますねぇ……」とミッツが立ち上がったときである。保管室の扉が、勢いよく開いたのは。


「帽子屋、今日来てるんだってー!?」

「おいテジュ。この部屋は勝手に開くんだから、飛び込むのはやめろって」


 入ってきたのは謎の小型の犬と、虎の魔族である。夜の国に何度も来ているミッツだが、別に魔族に慣れているというわけではない。もふもふした変な子犬ならともなく、想像よりも近くにやってきた、まさに虎、といった分厚い体をした魔族を見上げると、勝手に足がすくんでしまった。豪胆と小心が交じる男。それがミッツである。


「あば、あば、ば、ば、ばばば……」

「お、お前が帽子屋か? 管理人から聞いたぞ。チビのドレスやらフォメトリアルの本やら……俺がお願いしておいた調味料を揃えてくれたんだって? 世話になったな」

「え、あ、はい」

「世話になったなー! ありがとな!」


 虎の魔族と子犬は人好きのする笑みでにっかり笑っている。というかよく考えたら子犬が話している。子犬のくせに、やっぱりこいつも魔族である。まったく油断も隙もない。いや何に油断をしたのかといわれるとミッツだってよくわからないのだが。


「ロンから、随分無茶なことを言って世話になったと聞いてな。この部屋にいると小耳に挟んだから、急いで来ちまった」

「別に言ってないよ、そんなこと。勝手に僕の台詞を作らないでよ」

「こんなもんで悪いが、よかったら受け取ってくれ。あんたのお陰で、いいパーティーができたよ」


 虎の魔族から渡されたのは、ランタンだった。小さな、けれども真っ赤で力強い火がガラスの中を泳いでいる。


「夜の国は暗いからな。星灯りだと人間の国だと消えちまうが、これなら大丈夫だろう。俺の魔法で作っているから、ちょっとやそっとじゃ消えねぇぞ」

「え……あ、それは……ありがたいですけど」


 受け取ったランタンをまじまじと観察してしまう。「うわっ」その後でなんとなく魔族たちの方を見ると、全員がじっとこちらを見ていたのでびっくりして肩が跳ねてしまった。

 彼らは必要以上に驚いたミッツを面白く思ったのか知らないが、はは、と笑った。なんなんだ。


「仕方ないな。今日も来た手間賃ってことで、ギギ様の枝をあげるよ」

「もし火が消えたら、また俺のところに来てくれ。俺はカシロだ。ついでにまた色々と人間の調味料を持って来てくれると嬉しい」

「おれ、おれ、ギギ様の葉っぱも持ってるよ! お、オランジの実は嫌だけど、ちょっとなら、ちょっとなら……」

「いやいらねーですいらねーです」


 あれもこれも、と謎に押し付けられ、ミッツはぐねぐね逃げ惑った。ついでにまた扉が開いて、「こちらに帽子屋がいると聞きましたが、ちょっと頼み事が……なんですかこの状態は」と眼鏡の魔族が呆れたような顔をしていた。


 眼鏡の魔族の頼み事とは、この間保護して魔王城に届けた銀髪の少年を、人間の国に送り返す手伝いをしてほしいとのことだった。イリオルル国の第一王子だという少年を自分の馬車に乗せてやって、そのちょっと生意気な少年を城に行って送り届けてやって、馬車にのせたままにしていたカンテラをまた見て。


「…………」


 ちくしょう、とちょっとだけ考えた。

 底抜けに明るい魔族たちの笑顔と、礼の言葉を思い出す。ついでに、ドレスを来た、ちょっと可愛い女の子に、ありがとうと言われたことも。

 多分自分はあのときに、あっち側へと連れて行かれてしまったんだろうな、と考えた。


「あー……クッソ。ま、別にもうチャンスがないってわけじゃねぇもんな。次こそ、大金持ちになってやるぞ!」


 ヤケクソ気味に叫んでいる割には、どこか楽しそうな顔をしている。

 ――しかしミッツはいつ気づくのだろうか。


 彼が魔族たちから与えられていた、ギギの葉っぱや枝は、実はとてもとても、価値がある品であるということを。

 夜の国は、死と生を司る国でもある。その中心に位置する魔王城に、長く長く生えている大樹。ある国では世界樹と呼ばれ、魔族でありながらも、神の化身として崇められている。


 ギギの枝、葉っぱ一枚でさえも、全ての財産を放りだして手に入れたいと願う人間は、後を絶たない。それこそ星屑水晶に負けるとも劣らぬ価値を持つ、ギギの葉と枝――それをミッツは、自身が借りている部屋の机の引き出しの中いっぱいに放り込んでいる。


 彼が気づくのが何年先になるのかはわからないが、今日も彼は村に帰り、また鈴の音が鳴れば大事にカンテラを持ち、夜の国に行くのだろう。


「あっ! 帽子屋さーん、おかえりなさぁーい!」

「はいはい。帽子屋さんが帰ってきましたよぉー」


 元気に笑うくるくる髪の女の子に、へらりと笑って帽子屋は片手を振った。

 今日もいい天気である。


どうでもいい設定ですが、帽子屋は扉(穴)から落ちたとき、モヤモヤたちをクッションしにて夜の国に降りています。

貢ぎ物は木箱ごとモヤモヤたちが受け取るシステムなのですが(その後、ロンのもとに運ばれる)、アレクシスは運悪く受け取ってもらえなかったので、気を失い、帽子屋に保護されました。

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