25 帽子屋、大笑いする
「えーっと、子ども用のドレスと、調味料と……パーティーの、マナー本、ですか……?」
「そう。マナー本は十冊。間違えないで」
魔王城に飛び込んだらなんかよくわからない商談をいきなり持ちかけられた。
貢ぎ物にくっついてくる形で夜の国に何度も行って、魔族に媚を売って、必要なものがありましたらいつでもなんでもこの『帽子屋』にお願いします、はいどうぞお願いしますとお手々をすり鉢をするよりも素早くスリスリし続け、なんとか魔王城に入る許可をもらったミッツだが、実際、今までにそんなに多くの注文を受け付けたことはない。
なんせ相手は魔族、欲のままに生きているかと思いきや物欲はあまりない。本能のままに生きているから目の前のこと以外に執着しないのか、それとも別の理由なのかよくわからないが、商人として入り浸るようになって、まともな商談にありつけたためしがない。
――こないだやっと依頼されたと思ったら、布と糸がほしいだもんな……報酬は謎の枝と葉っぱだったし……そんなもんこの魔王城のどこにでもあるじゃねぇかというか、仕入れ代にもならねぇよというか、布と糸は村のじーさんばーさんからタダでもらったから別にいいんだけどよ、それは。
ちなみにこの依頼された布と糸というのはチビが着るためのワンピースのお直し用である。フォメトリアルが夜なべした。
こんなふうにたまに依頼をされて、そこそこの報酬を渡され、もらった報酬で新たな商品を買い、たまに利益が出たとしても日々の生活費に飛んでいく。このままではなんのために媚を売ってここまで頑張ったのか、わかったものではない。
今回も穴に飛び込んだはいいものの、別に用はないからさっさと帰れと言われてしょぼしょぼ帰ろうとすると、やっぱり必要だから戻ってこいと無茶苦茶な流れである。魔族からのお呼びがかかると、持っている鈴が勢いよく鳴るので、それはもうニンジンを目の前に吊された馬のごとく死ぬ気で走った。
「問題がなければ、といいますか……ええっとぉ」
そしてやってきたのは人間からの貢ぎ物を管理しているという保管室である。謎の仕組みで自動で開く立派な扉には贅沢にも宝石があしらわれており、あの宝石の一つでも別けてくれたら一生遊んで暮らせるのになぁ……とミッツはなんとも物欲しそうな目をしてしまう。
「何? 何か言いたいことでもあるわけ?」
「そ……うん、はい。そうですねぇ」
ただでさえ緊張しているのに、じろりと鋭い視線を向けられると、途端に心臓がどっきんどっきんジャンプする。そんなに動くなってば、と自分の胸の辺りをぎゅっと握る。
「ドレス、と言われてもだいたいの大きさがわからないと……。デザインも色々ありますし」
「大きさならある程度ならわかっている。紙に書いておいた。デザインはそうだな、色は白だ。凝ったデザインよりも、丁寧な作りのものにしてくれ。そっちの方がフォメトリアルが文句を言わなさそうだ。大きさは多少違っても、こちらでなんとかするから問題ないから」
「あとは」
「まだあるの?」
不機嫌な少年の声を前にして、ヒギャーッ!と逃げてしまいそうになるが、ミッツはなんとか踏ん張った。
――こいつ、竜だよな……。
ごくん、と唾を呑んで考えた。
目の前にいるおかっぱ頭の少年は、二十歳の自分よりもずっと若く、そして幼く見える。しかしその太い尻尾は鱗で覆われており、角度によって美しく光を反射させるその鱗は、トカゲやらなんやらなんてチンケなものでは決してない。
こめかみから覗く円柱状の一対の角が、さらに自身の仮説に説得力を増す。
魔族とは体の一部、もしくは全てが獣に似た姿をしているそうだが、こいつは獣なんてもんじゃない。どう見ても伝説の竜である。ミッツはもちろん目にしたことはないが、竜という生き物はこの世のどこかに存在して、数多の宝を寝床にしているらしい。
魔族の宝を守るのだから、竜というのは納得である。目の前の魔族は『管理人』という呼び名という以外は知らないが、こんな小さい姿であってもミッツを殺すことなど赤子の手をひねるように簡単だろう。
そんなふうに悶々と考えていたミッツの前に、管理人は細い手をぬうっと差し出す。
「ヒアッ、ひ、ヒャーーーー!」
「なんなのさ、その耳障りな悲鳴は……。ほら、さっき言ってたドレスのサイズを書いた紙だよ」
「あ、ありがとうございますぅ……」
「他は?」
「はえ?」
「あとは、と言っただろう。他にも何かあるのか?」
「えっと、その、調味料と言っても範囲が広すぎるので、どういった種類なのか……」
「……料理本の中で作りたいものの目星はついている。参考にしてくれ」
渡された本を開いて、ミッツは目を走らせる。
「まあ、これならなんとか。そのう、あのー」
「だからまだあるの?」
「調味料や他のものはいいんですけど、ドレスとなると値段が張ってくるので先立つものがないとぉ……いいものを手に入れることができないかなぁ~なんて……できれば支払いは前払いにしていただけるとぉ……」
管理人が、む、と眉をひそめたので、ミッツはどきりと自分の心臓が跳ねた音が聞こえた気がした。やばい殺されるかもしれない。
しかし管理人はこちらに背を向け、貢ぎ物――ミッツとしてみれば宝の山に手をかけ、ごそごそと何かを捜している。しばらく待っていると、何か布のようなものを抱えて戻ってきた。
「子ども用のものはないけど、大人のドレスならあるんだよね。これと交換ってできない? あと足りない分はギギ様の葉っぱとか」
いやギギ様ってなんだよ、という言葉はミッツはなんとか呑み込んだ。
渡されたドレスは、なんとも見事で、男であるミッツでさえも言葉を失ってしまうほどの一品だった。おそらく熟練の人間の手により長い時間をかけて作られ、気が遠くなるほどに細やかで繊細な刺繍を施されている。デザインは王道。しかし流行に惑わされることがないデザインともいえ、使われている糸の種類を見ると古い品だろうが、保管状態がいいこともあり古臭さを感じない。
「そう、ですね……」
これだけでも十分すぎるほどだろう。
思わず狼狽えるように視線を見回したとき、ふとテーブルの上の皿に無造作に置かれている宝石に気づき、目を丸くした。
「…………」
「どうかした? ああそれ? あんたも食べたいの?」
「た、食べッ……!? な、ど、どうして!?」
「どうしてって、僕のおやつだけど。たまにモヤモヤが取ってきてくれるんだよね。人間が食べるには少し硬いけど……あ、でも万能薬として削って呑むこともあるんだっけ?」
皿の上で虹色に輝く透明な宝石。まるで口の中で少しだけ溶けた飴のような、とろりとした触感――星屑水晶。
星屑なんてとんでもない。魔族たちがそう呼ぶというだけで、人間の間では高値で取引される幻の宝石である。宝石としての価値はもちろん、どんな病を治す万能薬でもあり、王族すらなかなか手に入れることのできないというらしいのに。
それがあんなに、ごろごろと。
ごろごろと。
「ほ、報酬は、葉っぱの代わりにこっちをくださぁい!」
上ずったような声で、思わずミッツは片手を上げた。
背筋をぴんと伸ばして挙手をしたまま、息が詰まりそうなほどに口も喉もひくひくしている。
あまりの緊張に呼吸が止まる寸前であったミッツだが、管理人は、あっさりと返事をした。
「別にいいけど? ギギ様の葉っぱも別に返さなくっていいよ」
「いやまあそっちは別に……」
「それより次に宵の風が止まるときまでに、頼んだものをしっかりと手に入れてよね。次は一週間後だから。足りなかったり変なものだったりしたら覚悟しといて」
「ひえ、あ、はい! でもパーティーのマナーの本が最低十冊ってのはちょっと……そもそも出版されてるかどうかといいますかァ……」
「それはなんとかしといて。最悪自分で書いてもいいから」
「えええ……」
あまりの無茶振りにミッツは顔を引きつらせたが、そんなことよりと放り投げられるように渡された宝石を、悲鳴を上げながら両手で受け止めた。きらきらと輝く一粒の宝石が自身の手の中に収まっているのだ。まるで現実とは思えなくて、がくがくと足が震えた。同時にひくりと引きつるように口元が笑ってしまう。
――とうとう。
とうとう、このときが。
***
「じゃあこの品と、こっちの服は交換するよ。いい商談をありがとう」
「いいええ、こちらこそぉ。またの機会によろしくお願いしますねぇ」
ハンチング帽をくいっと上げて、ミッツはにっこりと八重歯を見せて笑う。すぐさま勢いよく頭を下げて、商談相手を見送った。長く深々と頭を下げたままでいると、ミッツの肩がぶるぶると震えだす。「ふひ、ふひ、ひ、ひひ……」そのままどんどん体を下げて、「うわっはっはっは!」もう笑いが止まらない。
「あっはっは! みんな馬鹿だな、ほんと馬鹿だ! 馬鹿野郎ばっかりだなぁ!」
ギャハーッ! と大声で笑った。「おっと、いけねぇいけねぇ」すぐさま口を閉ざして、周囲を確認した後、横に置いておいた商品を広げ、しげしげと確認する。あちらのお望み通り白でシンプル。けれども見る人間が見ればわかるほど、子ども用のドレスとは思えないほど丁寧な作りをしている。布も上等、サイズも間違いなし。我ながら惚れ惚れするほどの目利きである。舌先三寸で生きてきたので、適当にごまかしごますり、目的の物を手に入れるのは大得意だ。
「あの竜の魔族からもらったドレスだけで、これで目的のものは全部賄えた。と、いうことは宝石分はまるまる俺のもうけってことになる……!」
今も肌身離さず持ち歩いている、星屑水晶。なんせこれ一つで城一つは買えてしまうため、下手な場所には置いておくことなんてできない。
「いつかこんな日が来るって思ってんたんだ……! ひ、ひひ、ひ」
魔族と人間は価値観が違う。だから商人たちは恐れて夜の国に近づかない。けれども価値観が違うということは、あちらにとってはゴミのようなものでも、こちらにとったら宝にもなりうるということなのだ。
――こうなればもう、俺はあがりだ。
なんせ売れば一生遊んで暮らせる額の宝石である。商人なんてやめて、夜の国なんて近づかず、さっさとどこか遠い場所に行けばいい。本当は宝石をもらった時点で、もうやめたと逃げてもよかったのだが、後が怖かったのできちんと仕事はしきろうとミッツは約束の一週間を駆けずり回った。
そしていつもの冴えない小屋のベッドでごろんと転がり、この光景もきっと最後になるんだろうなあと考えながら窓辺にくくりつけた鈴が鳴るのを待っていたのだが、こんこんこん、と小さなノックの音が響いたので、「はぁい?」と返事をして体を上げた。
「帽子屋さぁん……」と入ってきたのは、いつものくるくる髪の女の子である。
「あのねぇ、今日はお帽子あるかなあ?」
「今日も明日もねぇですよ。うちは帽子は売ってないからねぇ。それよりお嬢ちゃん、ずいぶん眠そうだね」
「そうかなぁ?」
舌っ足らずに首を傾げて、女の子は真っ赤な顔をしている。
「あのねぇ、ごろごろしてる帽子屋さんの相手をしてあげようと思ったの」
「そりゃあなんとも歓迎ですなぁ。帽子屋さんは最近ごろごろしてないので、心配不要だねぇ」
「そうなんだぁ」
真っ赤な顔のまま、眠そうにこてん、こてんと船を漕ぐように頭を動かす少女をなでてやると、「いっつも優しくなでてくれるから、帽子屋さんのおてて好き」とへにゃりと笑う。そりゃあもうちょっとでこんなチンケな家もおサバラだと思えば、いくらでも優しくなるというものである。
「そりゃあ光栄ですなぁ。はいはいオネムなお嬢ちゃんは、さっさと部屋にもどんなさいねぇ」
「あのねぇ、お母さんとお買い物に行ってねぇ、楽しかったからお話したくてね……」
「そりゃまた今度ね」
こってんこってん、今にも眠ってしまいそうな少女を親のもとまで送り届けて、帽子屋は鈴が鳴るのを待った。なんせ、今日が丁度一週間後なのだから。しばらくすると、りりりん、と軽やかに鈴が鳴った。今日の鈴の音は、なんだかとっても涼やかな気がする。そりゃそうか、夜の国に行くのも、今日で最後なんだから。気持ちよく聞こえるに違いない。




