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23 生贄少女と、少年王子

 さてさて、あっという間に魔王城は活気が溢れ、まるでチビが来たとき以来の盛況さだ。なんせ今回はチビの歓迎パーティーよりも、さらに準備にかけられる時間がとにかく少ない。


 魔王城に住む魔族たちは、「あの楽しい変な宴をまたやるんだな!?」と嬉しそうだし、「こないだ手に入れた調味料はまだ余っていたよな? よしよし、腕がなるぞ!」とカシロは喜び、魔王城の至る所に枝を伸ばしているギギも素敵に飾り付けられて、楽しそうにわさわさと緑の葉っぱを動かしている。


 一度目よりも、二度目の方が教訓を活かして手早く、素敵にパーティーの準備が整っていく。フォメトリアルは各所に的確に指示を出し、テジュはアレクシスを背負ったままでも元気に星の明かりを集めた。チビは、アザトの膝の上で、何かをじいっと考えていた。


「う、う、ううう……」

「お前まだ泣いてんの? しょうがねーなー、よしよし」


 パーティーの準備をしているときも、準備し終えた後も、アレクシスは延々と泣き続けた。それこそ瞳が溶けてしまうのではないかというくらいに。そんな主役のことなど放っておいて、すでに魔族たちは大盛り上がりで飾り付けた広間にてパーティーを楽しんでいる。うめえ、うめえと料理に舌鼓を打ち、踊って呑んで、「こんなに楽しいんなら、もっとたくさんしたっていいな!」「違いない!」「カタカタカタ」と酒が入ったジャグをがつんとぶつけて、げらげらと笑う。


 掃除が増えたことにモヤモヤたちもちょっとだけ嬉しそうで、いつの間にかフワフワもモヤモヤの後ろにくっついて広間のお掃除をしている。太い鱗の尻尾を生やしたロンも、端の席でちびちびと酒を呑み、頬を赤くさせて「ほああ」と幸せの息を吐き出している。


「美味しいですねこれ」

「だろう? この間読んだレシピ本の内容をさらに改良してな……とにかく強い火力でガッ! と勢いよく一瞬で焼いてみたんだ」

「人間が持つオーブンじゃできない仕組みですねぇ。魔力が染みていい味をしています」

「ほーら、うまいぞー。王子様も食えよ。フォークは自分で持てるだろ? まさか持てないわけないよな?」

「うえっ、うぇっ、う、う、うぇっ」

「よーし、偉いぞー。食べたな偉いぞー。いっぱい食えよー」

「……泣きながら食ってるな」

「そうですね、食べていますね……」


 おいおい泣き続けているアレクシスの目はすでに真っ赤で、ほっぺはかさかさになって鼻水がずるずる出ている。可愛らしい顔はぱんぱんになっており、嗚咽を繰り返しながら食事をする様はなんとも痛々しい。


 フォメトリアルはわずかに顔をしかめて少年を見つめた。「……どうかしたのか?」とカシロが問うと「いえ、」とどこか言いづらそうに顔を背ける。


「……謝っても、受け入れてもらえない感情は、少しだけわかりますから」


 ――申し訳、ありませんでした。あなたにもあなたの事情があったというのに、愚かな人間と決めつけ、不快な思いをさせたことを謝罪します。

 ――ぬ。

 ――いやなんですかその適当な返事は! さぞ気にしてませんよとばかりに! どうでもいいんですけど~的な顔は!


 思い出すのは、やって来た人間の子どもを、親に甘やかされて育ったのだろうと決めつけ冷たく当たっていた自身の態度を、謝ることすら許してもらえなかったこと。……受け入れてもらえなかったこと。


 フォメトリアルの声色は、とても同情めいたものであり、彼は自身とアレクシスを重ね合わせて見ていた。しかし悪魔であるフォメトリアルは自身の感情には気づいてはいない。ただ、不快なものを見るように苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……ふん。子どもが泣く姿を見ると、とても苛立ちます。さっさと泣き止むか、私の前から消えることを祈っているだけです」

「はは。わかるよ。俺にも弟がいるからな。子どもってわけじゃ、もちろんないが」

「ほう? カシロ。あなたに弟が? 初耳ですね」

「言ったことはあるぞ。多分耳に入っていなかっただけだろう」

「たしかに興味がない話は耳から通り抜けていきますね。なんせ私、悪魔ですから」

「都合のいい耳だなあ」


 チビはアザトの膝の上で、もひもひとご飯を食べ続けていた。骨つきの大きなお肉をはむっと咥えて、噛み切ることができずにのけぞりながら暴れると、「……切り分けたら、どうだ?」とアザトがいつもどおり淡々と話しかけている。が、チビは珍しくアザトを無視して、リスのように頬をぱんぱんにさせて肉を咀嚼する。

 ……けれど瞳だけは、こっそりと泣き続けるアレクシスに向いていた。


 楽しい宴も、いつしか終わる。

 シャンデリアの星のきらめきが瞬きをすることに、ぱっ、と一つひとつ消えていく。夜が終わり、また夜が来る。それはアザトが作った、新しい時間だ。


 とうとうアレクシスが帰る日となり、さすがの彼も、もう涙は枯れていた。ぱんぱんに膨らんだ瞼は、どれだけ泣き続けていたのか想像ができないくらいだ。


「そいじゃーなー。またな、王子様」

「またはないでしょう、または」

「フォメトリアル、細かいことを言うなよ」


 魔族たちはわいわいと話し、「宵の風が、吹き始まる前に、帰るといい」とアザトは静かに話す。こくり、とアレクシスは頷いた。来たばかりの頃と比べて、なんとも殊勝な態度である。

 アレクシスを見つけたのは、定期的に夜の国に行商に来ていた商人だった。今回アレクシスを国に返す手伝いをしてくれることになったのだ。


「じゃあ、行きましょうねぇ」と間延びした声で話しかける商人に、こくりとまたアレクシスは頷く。

 ぽてりぽてりと足音が聞こえそうなくらいにとぼとぼと歩いて、背中を向けて去っていく。


「……いいの、か?」

「…………」


 チビはただ、アザトと手を繋いだまま、じっと口をつぐんでいた。

 穴があくくらいに兄の背を見つめ、彼がいっぽ歩くごとに、ぶらん、ぶらんとアザトと繋いだ手を揺らした。考えて、さらに考える。下を向く。すると、ネックレスが目についた。アレクシスの指にひっかかってちぎれてしまった紐はもうきちんと直している。


「…………!」


 ぐう、と唇を噛んで、チビは駆けた。

 あっという間にアレクシスのもとにたどり着いた。アレクシスが振り返る。それと同じく、チビは少年の手を引っ張った。二人の宝石色の瞳が、ひたりと見つめ合う。きっととても短い時間だった。けれども、長い時間のようにも感じた。「……ッ!」アレクシスが、また泣き出しそうな瞳で、はくりと口を動かしたとき。


 ごうっと、チビの右ストレートがとても綺麗にアレクシスの頬を撃ち抜いた。


「フウーッ……」

「…………????」


 チビは拳を握りしめたままガッと両脇に手を引き、なんらかの勝利のポーズを取っている。アレクシスはというと、自身が置かれている状況を理解できず、地面の上にひっくり返って仰向けのまま夜空を見上げていた。


 あわわわわ、とアレクシスを連れていた商人が口元に手をおいてどんびきしている。

「チビー!? 何やってんの!? っていうか何やったの!?」とまずはテジュが駆けつけ、カシロ、フォメトリアル、ゆっくりとアザトが歩いてくる。


「おいおい、たしかに拳で語り合いたいときは自然と手が出るもんとは言ったが、大丈夫か……?」

「カシロ、あなたは一体何を教えているんですか!?」

「す、すまん。いやでも魔王様も……」

「魔王様!?」


 フォメトリアルに叱られて、アザトはぷいっと見当違いの場所を見ている。相変わらず騒がしい魔族たちである。

 呆然として瞬きを繰り返すアレクシスを、チビはちらりと見下ろした。


「気持ち、石、伝わってた。これで、終わり」


 つん、と冷たい顔をしているようにも見える。

 けれど、アレクシスの心は、星の石の欠片を通じて、チビの心にも伝わっていた。


 ――拳を使うのは、どうしても、伝えたい感情があるときのみにすべきだ。


 そう、アザトが言ったから。

 わからなければそれでもいい。殴った手は、相手だけではなく自分だって少し痛い。こんなこと、もうしたくないなと考えて、チビはぴくりとも動かないアレクシスに背を向けた。


 ***


「大丈夫ですかぁ?」


 商人の気が抜けた声が聞こえる。

 殴られた頬が痛かった。あんなに細い手で、どうやって殴ったのかと不思議に思うほどだ。

 夜の国の扉を抜けると、目に沁みるような青空が広がっていた。商人が置いていたという粗末な馬車の荷台に、アレクシスは体を丸くして座り込んだ。

 荷台には、小さな炎が灯るカンテラが、なぜだか一つだけある。

 がたごとと、馬車が道を歩く度に車輪が大きく揺れた。


「ええ~、あの~王子様ぁ、じゃなくてえっと、殿下って言った方が、いいんですかねえ?」

「……別に、名前でいい」

「あ、それじゃあ遠慮なく。アレクシス様、大丈夫です? とういうか、俺が大丈夫ですか?」

「なんのことだ」

「そんなにほっぺたを腫らした行方不明の王子様を城に連れ帰ったら、褒められるどころが牢獄行きになりません?」

「……そこはきちんと私が説明するから問題ない。この頬は私が勝手にこけたことにする。お前も余計なことは言うなよ」

「はあ、そういうことなら」


 がたん、とまた車輪が揺れた。大きな石でも踏んだのだろう。

 屋根もない荷台だから、周囲の様子がよくわかる。農夫が畑に種を巻き、明るい日差しを仰いでいる。なんとも長閑な光景だ。


「……ひどいですよねえ」


 会話もなく、城までの道のりをただ馬車に乗って行くのだろうと考えていたが、一緒にいる商人はどうやらおしゃべりな立場らしい。ぽそり、とまるで呟くような声が聞こえた。アレクシスに聞かせるつもりがあるわけではないのかもしれない。


「妹さん、あんなに思いっきりアレクシス様を殴らなくたっていいのにって思います。アレクシス様、もうボロボロじゃないですか」


 夜の国を訪れたときは綺麗に整えられていたはずの服はところどころ破れているし、汚れてもいる。アレクシス自身も、綺麗だった銀髪もぐちゃぐちゃで、泣き続けたせいで瞼がぱんぱんに腫れていた。王宮の中では、いつも清潔で、丁寧に扱われていたからこんなことは初めてだ。


「……私は、嬉しかった」

「うえ?」

「好きの反対は無関心だ。私はスペアを、いや……あの国では、チビと呼ばれているのだったか。チビを、そのように扱っていた。だから、私自身が、そう扱われても、仕方ないとも、思っていた……」


 けれど、とアレクシスは声をつまらせる。

 それ以上は言葉にならなくて、ぐずぐずとまた鼻を鳴らす音が聞こえた。商人はしばらく様子を見ていたようだが、これは多分嬉し泣きだろう、と肩をすくめて前を向く。ぴしり、と馬の手綱を打つ。


「それなら、まあ、よかったですね」

「うん……もう、会えないかも、しれないけど」

「またなって犬の魔族に言われてたじゃないですか」

「あれは多分言い間違いだろう」

「言い間違いでも、本気にしちゃうのが商人です。城から抜け出せるってんなら、俺がまた連れて行ってあげますよぉ」

「それは、とても助かるな。実は城から門の場所まで、どう行ったかよくわからないんだ。門からは貢ぎ物の木箱があったから、なんとかそこに入り込んだけど」

「よくそれで、ちゃんとたどり着けましたねぇ……」

「言われてみれば、たしかにそうだな……」


 ついたときは自分一人でもこんなに上手くいくのだなと感動していたというのに。


「……誰かに、案内をされていたような気がする」


 少しだけ考えて、青い空を見上げながら、ぽつりと話す。

「誰かって、誰です?」と商人が振り向かずに問いかける。アレクシスは、「わからない」と首を横に振った。


「わからない。けれども……とても、懐かしい雰囲気の、誰かが、一緒にいてくれたような、そんな気がする」


 握りしめていた拳を開くと、小さな石の欠片が入っている。チビが言っていた石とは、このことなのだろうかとアレクシスが考えたとき、ふいに、大きな風が吹いた。

 花畑から風に乗って逃げ出した赤い花びらが、アレクシスの視界を埋め尽くしていく。

 ニアの赤い花が、ひらひらと、はらはらと。

 ――過ぎ去って消えていった。



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