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19 生贄少女と、彼女の兄


 ばたばたと暴れる少年――アレクシスはチビの双子の兄だった。男女の差はあれど、たしかに顔はチビと瓜二つである。とはいっても、役立たず扱いをされていたチビは兄と話したこともなければ、顔を見たのも一度きりだ。『スペア』と呼ばれて自分の名前もなかったのだから、兄の名に興味を持つどころか、名前を知るという考えにすらも至らなかった。


「…………」


 唯一思い出すのは塀の上で、わずかに目が合ったあの日のこと。自分とよく似た顔の人間がいるということに、びっくりしたことをよく覚えている。


「スペア! お前のせいで父上は夜の国の立ち入りを禁じられたと、毎日も夜に眠れず、憔悴しているんだ!」

「……つまりあなたは自身のお父様のために、わざわざ単身でこの夜の国に乗り込んできたということですか? なんとも愚かですねぇ」

「そうだ。何がおかしい!」


 返事の代わりにフォメトリアルは鼻で笑う。話す価値もないという意味だろう。


「魔王様、こちらの者、私が対応してもかまいませんか?」


 こくりとアザトが首肯すると、「お前が魔王か!?」とアレクシスが声を上げる。


「軽々しく魔王様を呼ぶのはおやめなさい」

「むぎゅっ」


 即座にフォメトリアルはアレクシスの口を、その長い指でつまんだ。一国の王子が、まるでタコのような口をしてぷるぷると唇を突き出して震わせている。


「本来なら、さっさと追い出すところですがねぇ……貢ぎ物の中に忍び込み、勝手に入り込んだようですが、あなたはきちんと理解しているのですか? 人間の国と、夜の国をつなぐ門が開くのは、宵の風が止まるそのときだけ。そして宵の風が止まるのは、ひと月に一度のみ……ということは、あなたはこの魔族が住む国の中に、ひと月もの間住まう必要があるということですよ?」


 幼い子どもの柔らかいほっぺを、フォメトリアルは親指を人差し指でふにふにと押さえる。平和な手つきとは異なり、顔は邪悪を貼り付けたような笑みを浮かべていた。アレクシスの額から滝のような汗が流れ、声の代わりにふにふにふにとタコの唇が動いている。すでに顔色は青を通り越して真っ白だ。


「どうせ、愚かにも誰にも言うこともなくこの国に入ってきたのでしょう? ひと月も自国の王子が行方不明となれば……フフ。一体どうなることやら……くっくっく。くっくっく!」

「いや別に宵の風が止まるのはひと月に一度じゃなくってそのときによって違うけどな。次は三日後って博士も言ってたし」

「お黙りなさいそこの駄犬」

「ヒビャンッ!?」


 フォメトリアルの雷を当てられたテジュは、焦げた尻尾を丸めて部屋の端でうずくまっている。

 やっと頬から手を離されたアレクシスは、ほう……と安堵の息をついて地面にくずおれていた。その姿を、フォメトリアルはふん、と冷たく鼻を鳴らして見下ろす。


「なんにせよ。ここは人間がいる場所ではありません。いいですか? 三日後。あそこにいる犬と同じように、尻尾を丸めて逃げていきなさい」


 びしり、と冷淡に言い切る。もはや取り付く島のないような雰囲気だが、「でもチビのときは場所くらいは与えてやったよな?」とカシロが話すと、「では平等に食事と寝る部屋くらいは与えてやりましょう」フォメトリアルは真面目な顔つきで条件を変更した。意外とゆるゆるだった。


「それ以外、こちらは一切関わりません。三日後、必ずこの国を去りなさい」


 あまりの一方的な言いように、アレクシスはぽかんとフォメトリアルを見上げた。しわぶき一つも聞こえない沈黙が落ち、口を閉ざしたままのアレクシスは、ギッと魔族たちを睨みつける。

 しかしたかが幼子一人の睨みなど、魔族にとっては痛くも痒くもなかった。


 ***


「おいスペア。なんだこの国は。どうして城の至る所に木の枝が生えているのだ? どうして切らないのだ。なんとも見窄らしいではないか」

「…………」

「おい。なんとか言え」


 痛くも痒くもないはずなのだが、アレクシスはなぜだかチビにまとわりつくようになってしまった。チビが歩けばその隣に並び、チビが視線を移動すれば同じように周囲を見る。『こちらは一切関わりません』と言った手前、フォメトリアルはどうすることもできずに、『あがががが』と謎の効果音を発して両手をわきわきさせて苛立っていた。彼は約束を守る悪魔だった。


「お前の頭の上にある妙ちきりんな白いものはなんだ。生き物なのか」

「…………」

「フワワ?」

「鳴いたぞ。おい! 私の指をかじろうとするのはやめろ! ひいっ!」


「チビ、こいつなんか変なやつだな?」

「…………」


 騒ぐ双子の兄とテジュの間に挟まれ、なんともいえない顔でチビはてぽり、てぽりと魔王城を歩いていた。「なーなーチビー。……えっ、ほんとに何その表情」苛立っているかと思いきや、もはや凪の表情である。てぽり、てぽり。


「おーいチビ。おーい。……まあいっか」


 すっかり話さなくなってしまったチビの顔の前で、テジュはぱたぱたと手を振ってみたが、相変わらず反応がないので諦めた。そういうときもあるだろう、と考えたのだ。「うわあああ離れないぃいいいいフワフワしてるぞおおおお!!!!」アレクシスはずっとうるさい。


 このチビの顔、なんだろうな。とテジュはちょっとだけ考えたが、やっぱりまあいっか。とすぐに考えることをやめた。難しいことを考えるのは苦手なのだ。


(どうせ、三日後にはいなくなるわけだし。そしたらまたチビと遊んだらいいや)


 ――そう思っていたのだが。

 次の日も、その次の日もアレクシスはテジュの想像以上にチビにつきまとい、話しかけ続けた。チビは何も返答しないし、見向きもしないが、間に妙な人間がいることでなんだかいつもとペースが狂ってしまう。


「おい! スペア。なぜこの城には黒い変なモヤモヤがしたものがいるんだ? あのモヤモヤしたもの……恐ろしいぞ。いるだけで恐ろしいというのに、あいつが通った後は塵一つなくきらめているんだ。逆にさらに恐ろしいぞ! 白いフワフワしたものと似ているが、親族か何かか!?」


 別にどうでもよくないか? ということを細かくチビに確認して、全て見事に無視されている。アレクシスはチビに無視されるとしばらくの間むっと頬を膨らませるが、いつもすぐに話題を見つけてまた話しかけている。変なやつである。


 っていうか、チビはスペアじゃなくてチビだし。あ、でも別に、チビはこっちが勝手に言いだしたあだ名だったかと考えて、なんでこんなに自分の心がもやもやしているのか見当がつかず、テジュはなんだか困ってしまった。


(でもどうせあと一日だし。明日にはいなくなるし……)


 おそらくチビもそう思っているのだろう。このまま、アレクシスとチビは、なんの会話もなく、終わるのだろうとテジュは予想していたが、残念ながらそうはいかなかったらしい。


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