18 生贄少女、報告を聞く
人間を見つけたといフォメトリアルからの報告を聞き、あくまでも冷静にアザトは続きを促す。
「……人間を、見つけた? 貢ぎ物を、届ける以外でか……? すでに宵の風は吹いているが……」
「はい。見つけた者の報告では、人間の付近には砕けた木箱が散らばっていたとのことです」
フォメトリアルの拘束から抜けたテジュが、「木箱?」と首を傾げながらチビに目を向ける。カシロも同じようにチビを見ていたので、チビはぷいっと顔を背けた。なんだか聞き覚えのある侵入方法である。
「目的は不明ですが……。チビ、侵入した人間は、あなたと同じ銀髪であり、また宝石のような青い瞳をしていたようです」
「……う?」
「銀髪かつ、あの特徴的な青い瞳の色はイリオルル国の王族のみ。間違いなく、あなたの血縁の誰かでしょうね。てっきり私は、あの国の王族が夜の国に立ち入ることを魔王様が禁止されていると思っておりましたが」
「……立ち入りを禁じたのは、彼の国の王のみとしている」
「なるほどなるほど……クックック。夜の国は始まりと終わりの場所だというのに、まったく愚かな……」
フォメトリアルは悪魔らしい嘲るような笑い方で肩を揺らしている。一体何を言っているのだろうかとチビは眉をひそめてしまう。
そんなチビに気づいたのか、「……夜の国は、夜を生み出す」とアザトは語る。
「夜が生まれ、夜が死ぬ場所。始まりと終わりの場所だ。人間は死ぬと魂となり夜の国に誘われ、また新たな魂となり生き返る……」
それは人間の国にとって、寝物語として語られるような童話であるが、子守唄すら歌ってもらうことがなく、一人きりで育ったチビにとっては初めて知る話だ。ぱちぱちと大きな目を瞬かせている。
「つまり夜の国に入ることができない人間は、次の生はないってことね」
「信じてない人間もいるらしいけどなぁ」
腕を頭の後ろで組みながらあっけらかんとテジュは笑って、カシロもうんうんと頷いている。
(だから、みんなこの国に、貢ぎ物を、贈るんだ……)
アザトに、いや魔王に気に入られるために。気に入られずとも、せめて不興を買うことのないようにと、恐れている。
チビはふいに、アザトを振り返るように見上げた。どこか冷たさを感じるほどの整った顔立ち。ただそこにいるだけで、他者を圧倒する魔王という存在。
(…………?)
ぶるり、と自身の指先が震えたことに驚いて、慌てて手のひらを上げた。かすかに、手のひらが怯えたように揺れている。
「……どうか、したか?」
アザトに問いかけられ、跳ねるように顔を上げた。アザトと見つめ合い、すぐに震えは止まった。チビがほにゃりと微笑むと、アザトは驚いたようにわずかに目を大きくさせたが、すぐに同じように表情を柔らかくほどけさせる。
その反応を確認して、チビは即座にばっと両手を開いた。
「アザト! おん、ぶ!」
「む……おんぶとやらの知識は持たぬので、手ほどきを、頼めるだろうか。全力を尽くそう……」
「うぬー!」
「チビ、おれもおんぶしてやろうか? おれ、おんぶならできそう!」
「テジュはちょっと低いだろう。魔王様、するってんなら俺にお任せくださいよ」
「いや、まずは本人の、希望を、聞こう……」
「やめなさい! 盛り上がるのはやめなさい! 魔王様に無茶をさせるのはやめなさい! そして魔王様も全力を尽くすのはやめてください! 魔王様がするくらいなら私がします!」
わいわいと盛り上がってしまったが、「そうでは、なく!」とフォメトリアルが強制的に手のひらを叩き、事態を収拾する。「夜の国に侵入した人間の話をしているのです!」ああそうだった、とばかりに全員が軽く頷いた。
「見つけたのは銀髪の子どもだそうですが、チビ、あなたに心当たりはありますか?」
「…………?」
「……ン、まったく役に立ちそうにありませんね。まあいいでしょう。実物を見た方が早い。連れてきなさい!」
ぱん、ぱんっ! とフォメトリアルは手のひらを大きく叩き、謁見室の入り口へと声をかける。しばらくすると、「離せ! なんだこの骨、離せと言っているだろう! お前ら、耳がないのか!」と少年が叫ぶ声と、ガチャガチャと細い何かがぶつかり合う音が聞こえ、近づいてくる。
骨でできた下級魔族に両側から引きずられるようにしてやってきたのは、たしかに銀髪の少年だった。チビと同じか、チビより少しだけ高いくらいの背をしていて、小生意気そうな顔つきをしている。服装は、チビがこの夜の国に来たばかりの頃と比べるまでもなく、とても質の良いものを着ていることがわかる。
「……んー?」
下級魔族に睨み、暴れる少年を見て、テジュが訝しむような声を出した。そのあと、チビを見る。もう一回、少年を見る。
「チビとすごく似てるねぇ。人間って子どもはみんな同じ顔?」
「お前なぁ……そんなわけないだろ」
カシロが呆れた声を出しているが、テジュが言いたいこともよくわかる。こうしてまじまじと見るのは初めてだったが、チビもよく似ていると思った。
「なんなんだお前たち……! お前、スペア!? お前のせいで、父君は夜の国の王に見捨てられたのだと眠れぬ日々を過ごしているんだぞ! こんなところで、何をしているんだ!」
「キャンキャンとよく吠える子どもですねぇ……うちの駄犬の方が、まだ躾ができていますよ」
「何を……貴様! もう一度言ってみろ! 私が何者か、わかっているのか……! おい、スペア! 私の名をそいつらに説明しろ!」
「……?」
「なぜそんな不思議そうな顔をしている!?」
じたばたと暴れる少年を下級魔族たちは困ったように押さえ続ける。
「私はイリオルル国第一王子、アレクシス・レイ・イリオルルだ! お前は自分の兄の名もわからないのか!?」