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11 生贄少女、管理人と話す

 


 王冠を取られて床に下ろされた後も、管理人はチビを見下ろし、「ふうん……」と呟き、また本にペンを滑らせた。一体さっきから何を書いているのだろうか、とチビはない背を精一杯伸ばし、管理人が持つ本のページを必死に覗き込もうとした。もちろんまったく届いていないのだが、「ええ……なんなの……。見たいわけ?」と管理人がしゃがんでくれたので、一緒に見ることにした……のだが。


「いやなんでそんな渋い顔してるのさ。もしかして、文字が読めないの?」

「…………」

「人間は魔族の文字を真似たらしいから、あんたの国の文字とほとんど同じはずだけど」


 チビはぷいっと顔をそらす。誰も文字なんて、教えてくれなかった。ミミズがのたくったような文字にしか見えないので、今度はぱしぱしと管理人の腰あたりを軽く叩く。


「なんなんだよ。書いていることを教えてほしいって意味? 全力でめんどくさいなこいつ……」


 と言いつつ管理人は開いたページの一つひとつを指差し、説明してくれた。


「この本には、今まで人間たちから送られてきた貢ぎ物の特徴を書いてるんだよ。これは、あんたの身長と体重。髪型と、髪色に、瞳。手の大きさと爪の色。どこの国から来たかということと……こら。勝手にページをめくるな」

「んむむ」

「そりゃいろんなページがあるよ。僕はずっとここの管理をしているんだから。届いてるもの、全部を書いてる」


 いつの間にか管理人の膝の中にちょこんと入って本を取り上げ、「ほうほう」とチビは頷き、ページを遡っていく。分厚い本だとは思ったが、遡っても、遡っても最初のページにたどり着かない。もしかすると、なんらかの魔法がかかっているのかもしれない。


「ふひひ」

「……いやちょっと。やめてよ。絵は得意じゃないんだから。あんまり見るな」


 挿絵があるページを指さして、チビがにまっとすると、管理人はわずかに頬を赤くする。「にひひ」とチビは笑って本を掲げ、またぴらぴらとページをめくり、ちらりと管理人を見上げる。膝の上に本を置き直し、小さな指でとんとん、とページを叩いて首を傾げた。「もしかして、なんでこんなことしてるのかって意味?」こくこくこく、と力いっぱい頷く。


「そりゃあ……そういう仕事だからってこともあるし……。別に、人間たちが何を持ってきたかなんて、ホントはどうでもいいんだけどさ。ほら、魔族の奴らって、僕以外適当だろ?」


 適当……とチビは頭の中で考えてみる。『いえ~い!』とピースをして尻尾をぶんぶん振り回している犬の姿を頭に思い描いた。


「…………」

「めちゃくちゃ頷くじゃん。よその国から来た荷は一人のものではなくてみんなのものになる。平等に分けろってことだけど、多分、魔族の平等は人間たちとちょっと違う」

「…………?」

「必要なやつに、必要なだけ行き渡らせるってこと。もともと物欲なんてないやつが多いし、宝石なんて渡されても僕たちにとったらおやつみたいなもんだし」


 おやつ……と、アザトがぼりぼりと宝石をむさぼり食う様を想像して、チビはちょっとだけ変な顔をしてしまった。


「でも、ちゃんと記録しておかないと、必要なものもわからないから。だから書いてるだけ。いらないってなったらすぐに返してくるし、貢ぎ物以外にも妙なものを作ったり、見つけたりしたらここに持ってくるやつもいるから、書かなきゃいけないことはヤバイくらいあるけどさ。積み重ねることは嫌いじゃないし。多少いびつでもさ。……あと、魔王様に褒められると嬉しいし」


 チビはぱっちりと瞬いた。

 金銀財宝、宝の山。初めはそう思った部屋だったが、よく見ると手作りらしき素朴なものもたくさんある。ぶきっちょに傾いた椅子や不思議なランプ。巻物のような変な形の本、何が目的かもわからないようなオブジェ。それら全てが一つとして埃をかぶることなく、きっちりと保管され、いつか出会う持ち主を待っている。


「……」


 不思議と、きらきら輝いているように思えた。苦手な絵を描いて、少しずつ研鑽したであろう本を見下ろす。そして思い出してしまう。

 げほげほと、こっそり咳き込んで()()()()()()()をしていた自分のことを。


 ――じぶんの、声。好きじゃない……。


 ずっと話すことがなかったからしわがれて、子どもらしくなくて、かっこ悪い。だから少し恥ずかしい。でも、話したいという想いもある。


 そっと喉をなでて、きゅっと口を閉じた。多少いびつでも、と苦笑しながら話す管理人の言葉を考えて、うつむく。


「……え、何。いきなり静かになって、怖いんだけど」

「…………」

「おーい、おい? ちょっと聞いてるの?」

「…………」

「めちゃくちゃ無視するじゃん」


 管理人は考え込んだまま動かなくなってしまったチビのほっぺを、つんつんと指で差した。ちょっとだけ揺れただけで、やっぱりぴくりともしない。「んー……」目を細めてこちらも思案するように唸った後、にやりと口元を意地悪く歪める。


「っていうかあんたさあ、この本に書かれることの意味、本当にわかってる?」

「……ぬう?」

「必要とする魔族に渡すため……ってことは、だよ。この部屋で管理されるんだよ?」


 管理人の膝の中で振り向くチビに、管理人はにんまぁ……と邪悪な笑みを向けた。


「この本に書かれたものは、もうこの部屋から出ることはできない。おおっと。扉は開かないよ。外にいるときは勝手に開いただろう? 外からは入ることができるけど、中からは僕の意思でしか開かない扉なのさ――」


 慌てて飛び上がって逃げたチビは、ばしばしと扉を叩く。もちろん開かない。一歩いっぽ、管理人が近づいてくる。はわわわわ。転がるように部屋の中を移動し、ついでに回収したフワフワもチビの胸の中ですっかり怯えていた。管理人の体から伸びる影が、不思議なほど長く感じる。こつ、こつ、こつ……。すっかりへたり込んでしまったチビは、貢ぎ物たちを背に、ガタガタ震える。あわわわわ。


「お前はもう、この部屋から出られないんだよ――」

「チビーッ!!!! アッ! ここにいた! めっちゃ捜したよーーーーー!!!!」

「チッ!」


 どっかーん! と勢いよく扉が開いて飛び込んできたのは茶色いわんこである。もちろんテジュだ。両手をおどろおどろしく持ち上げ、今すぐにチビを食べんとしているかのように見えた管理人は即座に舌を打って、「ちょっとテジュ。入るときは静かにっていつも言ってるだろ」となんてこともない顔をしている。


「あっ、ごめーん! うっかり! 勢いのままに! でへへぇ」

「っていうか体当たりなんてしなくても扉は勝手に開くんだけど……部屋の物を傷つけられちゃたまんないよ……」


 普通に会話をし始める管理人とテジュを見上げて、からかわれたと気付いたチビは、ぷう、とほっぺを膨らませて、ドウンッドウンッ! と管理人に全力の頭突きを繰り出す。チビがジャンプして腰辺りに頭突きを食らわせる度に管理人は若干揺れ、「あんなの嘘に決まってんじゃん」とうそぶいている。このやろうである。


「あんたのせいで、ちょっと大変だったんだから意地悪しただけだよ」

「……?」

「別に、あとでわかるでしょ」

「何してんの!? 何してんの!? なんだか楽しそう! おれもおれも……じゃなくて。なあ管理人、あれ、どうだった!?」

「問題なさそうだったよ。多少のサイズの差はあるかもしれないけど、魔王様の手にかかれば一瞬でしょ? モヤモヤたちにお願いして、魔王様に届けてもらっといた」

「そうだったんだ! 入れ違いになってたかも! じゃあ大丈夫か」


 ありがとなー! とテジュはぱたぱたと丸々した尻尾を振っている。「そいじゃあチビ、行こ!」短い手足をちょんちょこ動かし、テジュはチビの前に並んだ。そういえば、自分は何かに怒っていたような気がするな、とチビは気付いたが、肉球が鳴らす気が抜けた足音に誘われるままテジュの後ろを追ってしまう。


 扉は、今度はちゃんと開いた。

「それじゃあね」と管理人が気だるげに手を振っている。出口をくぐり抜けようとしたとき、ふとチビは踵を返した。


「ぬ!」

「……なんなの。何か言いたいことでもあんの?」

「ぬー、ぬー!」

「いやそんなに指を差されても。……僕のこと? だから言ったじゃん。僕は管理人。この部屋を管理してるって」


 チビは地団駄を踏んだ。うぬう、うぬうと頭をぐるぐる回した。「え……意味わかんなすぎてコワ……」とても遺憾である。

 そんな中で、「ぬはははあ」とテジュが舌を見せて笑う。「多分だけど、違うよお。チビは名前を教えてもらいたいんだよ!」まったく、気が抜けた顔である。「ぬ!」しかし大正解である。


「名前ってそんな……まあいいや。僕はロン。おいチビすけ。お前の名前が決まったら、教えてくれよ」


 両開きの扉が、すうっと動き、最後に細く空間を見せたとき、「僕の本に、書かなきゃいけないからね」と淡い少年の声だけを残してぴったりと閉ざされた。

 今度はもう扉は動かない。チビは宝石で修飾された立派な扉をじっと見上げた。初めて見たときと、少しだけ雰囲気が違うような気がする。ぎらぎらと輝いているように見えた宝石は、今は柔らかく星の明かりを反射させているだけだ。


「…………」

「ほらチビ、行こーよ」


 勝手に歩き始めたテジュの後ろを、慌てて追った。歩く度にぷりぷりと動くテジュの尻尾を見つめているうちに、一体どこに向かおうというのか、とチビはわからなくなってくる。


 ――わたし、おこってたんだけど、な。


 みんなが見ていた本を、自分は見るなと言われた。仲間はずれにされたのだ。だから怒る感情は正当だと感じたし、残念に感じてもいいはずだ。

 けれど、ロンと一緒に話している間にそんな気持ちはすっかり吹き飛んでしまっていた。

 怒りを継続させる気にはなれず、でも何もなかったとするには胸がもやもやして、怒ってないのに怒っているふりをしなければならないという、なんとも不毛な状況のままチビは必死に頬を膨らませる。


 ほっぺの空気が抜けそうになる度に、また頬を膨らませようと、ふうふうと息を溜めてなんとか前を向いて懸命に歩き続ける。

 しかしこれだけ頑張っているというのに、チビを先導しているテジュはまったく気づきもしないで、「あのさあ、ほんとはちゃんと準備した方がいいんだけどさ、どうせバレちゃったんだし、早い方がいいかなーって。おれはそう思うんだけどね、フォメトリアルはね、やっぱりもっとしっかり計画を立ててしましょうとかギリギリで言い出して、そんで魔王様が落ち着けさせてね」と一人でずっと楽しそうにお喋りしている。


 なぜテジュはこうもいつもご機嫌なのか、その理由を知りたくなってくるくらいである。

 次第にチビはどうでもよくなって、ほへえ、と小さなため息をついた。その頃には周囲に見覚えも出てくる。夜の国の魔王、アザトフィプスとの謁見の間に近づいていた。


「じゃあ、びっくりさせることができなくって、残念なんだけど」


 なんでこの場所に連れられて来たのだろう? とチビが周囲を見回している間にテジュは人の姿に戻ったらしく、扉に手をかけたままニカッと笑う。チビは眉をひそめてそのまま待った。テジュが、ゆっくりと扉を開く。

 そして、そこには――。


 わああ、と広間が震えるほどの歓声が、チビの耳朶を打った。

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