7
沈黙。
煙の中、プロメテウスは動かない。完全に沈黙していた。
やがて、空間が光に満たされていく。
――戦闘終了。シミュレーションを終了します。
無機質なアナウンスとともに、足元がふわりと浮かぶ感覚に包まれる。
次の瞬間、世界が反転した。
視界が戻った時、彼らはもうゲームブースの中にいた。
没入型のVRギアを外し、現実の光に目を細める。
空調の効いた室内。背もたれのある椅子。いつもの、現実。
「ふぅ~~っ……やっば、熱かったなー今の!」
智樹が椅子をのけぞらせながら、満面の笑みを浮かべる。
「うん、楽しかった。あの終盤、ちょっと感動して泣きそうになったもん」
真知子もヘッドセットを外し、汗ばんだ額を拭った。
「清司、最後……決めたな」
仁郎が振り返ると、清司が無言でガッツポーズを作っていた。
「意外と可愛かったね、フラッシュ・ミケランジェロ……!」
真知子が笑い、みんながつられて笑う。
笑い声が響く。
現実は穏やかで、無事で、なによりも優しかった。
それぞれが帰路についたあと、ひとり残ったのは――ゆい。
彼女は手帳型の端末を操作し、企業本部の回線へと接続する。
応答に映ったのは、白髪で無表情な男。彼女の勤める会社、《セレスティアル・コア社》の会長だった。
「……バグの報告をします。先ほどのセッションで、通常の敵AIを超えた行動ログを確認しました。プロメテウスの行動ルーチンは明らかに――」
しかし、会長はゆいの言葉を遮った。
「――バグなど、存在しない」
「……え?」
「ログは正常だった。以上だ」
淡々と、何一つ感情を込めないまま返答が返ってくる。
「ま、待ってください。あの挙動は明らかに――」
「……仕事熱心なのは評価する。しかし、見なかったことにするのもまた、仕事だよ」
そう言って、画面が切れた。
静寂が訪れる。
ゆいの端末だけが、青白く小さな光を灯していた。
彼女は目を伏せる。
手元の端末には、会長の言葉とは裏腹に――
“非公開プロトコル:アーク-003 起動記録あり”
というログファイルが、ひっそりと点滅していた。
《プロメテウスver2.00》。
それは、ただのシミュレーションボスではなかった。