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──目を開けた瞬間、風が吹き抜けた。
けれど、頬に風を感じたのに、そこに“風を起こす何か“は見当たらなかった。
四方を囲むのは、淡く光る透明な壁。その天井には無数のカードが浮かんで回っている。
地面は水鏡のように薄く反射し、遠くにはどこまでも続く階段のような構造体が見えた。
「……ここが、仮想空間?」
真知子が呟く。声には微かな反響があった。
「なんか、思ったより……神殿っぽいというか……近未来の聖域?」
仁郎が妙な感想を口にする中、ふわりと光が揺れ、ローブをまとった人物が現れた。
「ご来訪、ありがとうございます。ようこそ、《Re:code》の中心へ」
それは、現実で彼らに話しかけてきたあの女性──桐生ユイだった。
だが彼女は、現実とは違い、半透明の存在として浮かんでいた。
「この世界は、“記録“によって成り立っています。あなた方プレイヤーは“レコーダー“として、記録を再構築し、異常を是正する者です」
智樹たちは耳を傾けた。ユイの言葉は、どこか機械的で、それでいて夢のようだった。
「《Re:code》は基本的に協力型カードゲームです。最大四人でパーティーを組み、強大な敵に挑みます。敵は単なるモンスターではありません。この世界に記された“異常“そのもの──つまり、記録の歪みです」
「協力、か……」
清司が眉をひそめる。
「俺は別にみんなで手を取り合いたいわけじゃないんだけどな。勝負ってのは、1対1が一番面白い」
その一言に、仁郎が清司を肘でつついた。
「お前は変わらねぇな、清司。まあ、俺もちょっとはソロでもやってみたいっす」
ユイはそんな二人の反応にも動じることなく、淡々と続けた。
「もちろん、プレイヤー同士での対戦も可能です。特別な記録領域では、PvPモードを選択できますし、一人用のシナリオモードも開発済みです。ご安心ください、河野清司さん」
清司が目を細めた。
「……名前まで把握されてんのか」
「この世界に入った時点で、あなた方の“記録“は登録されています。ですがそれは、あなた方の意思を尊重するためでもあります」
その言葉に、真知子が不安げに目を伏せた。
智樹はそれに気付き、そっと声をかける。
「大丈夫だよ。まだデモプレイってだけだし……やってみなきゃわかんないだろ?」
「……うん、そうだね」
ユイが手を掲げると、空間の中心にカードが四枚、ゆっくりと降りてきた。
それは、彼らが現実で使っていたデッキの象徴ともいえる存在──“クラスカード“だった。
「それでは、準備を始めましょう。あなた方の記録に最も適した役割が割り当てられます」
智樹の目の前に浮かんだのは──忍びの獣を従える“シャドウ・ブレイド“のカードだった。