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──観客席のざわめきが静まった。
場内に響くのは、機械がカードをスキャンする音と、ターンエンドを告げる電子音だけ。
モニターに映し出されたのは、残りライフ2。そして――。
「……俺の、勝ちだ」
小さく息を吐いた少年、須藤智樹が、フィールドに置かれた最後のカードを裏返す。
カードには煌めく赫き刀身の短刀を2本持つ全身黒ずくめの忍者が描かれていた。
拍手が、まるで爆発のように湧き起こる。
全国中学生カードゲーム選手権『エンコード・リーグ』。
その決勝戦は、わずか1ターン差で決着がついた。
──勝者、須藤智樹。
「やるじゃん、智樹」
フィールドの向かい側から声をかけたのは、クールな眼差しの少年、河野清司。
ライバルであり、友でもある彼は、敗北にも不満の色を見せず、手を差し出してきた。
「……ありがとう。マジでギリギリだったけどな」
「お前のあの“上忍コンボ“、いつも読めねぇんだよ」
ガッチリと握手を交わす。互いの手には、闘志の余韻が残っていた。
その後、表彰式が終わり、控え室で祝福に包まれる智樹のもとへ、1人の女性が現れた。
「おめでとうございます、須藤智樹さん」
白衣のような服に身を包んだ、どこか機械的な雰囲気を纏った女性。
名札には「セレス・テック社 技術部 桐生ユイ」と書かれていた。
「弊社は今回の大会を主催しておりました。優勝者のあなたと、特に活躍した他の三名の方々に、ぜひお願いがありまして」
「お願い……?」
戸惑う智樹の後ろから、花屋仁郎が顔を覗かせる。
「うお、なんか始まった?お願いって、まさかお仕事っすか!?ていうか俺“特に活躍“したんすね!?やった!」
「お仕事っていうよりは……実験、かな?」
それを聞きふっと笑ったのは、松任谷真知子。
小柄で眼鏡の奥の瞳は冷静そのもの。
けれどどこか、不安げな色を含んでいた。
「ご紹介させていただきます。こちらが、弊社が開発中の“VRMMO型カードバトルゲーム“──《Re code》です」
桐生ユイがタブレットを差し出すと、そこには仮想空間のフィールド、立体カード、そして見慣れないロゴが浮かんでいた。
「優勝者のあなたを含む四名に、特別なデモプレイに参加していただきたいのです。まだ正式リリースには至っていませんが……あなた方には、適正があると判断しました」
「デモプレイ……? VRゲームってこと?」
「フルダイブ型です。意識そのものを仮想空間に転送し、現実と変わらぬ感覚でカードバトルを体験できます」
言葉に詰まったのは智樹だった。
だが、仁郎が割り込む。
「やるやるやる!! そんなヤベーゲーム、俺のために作られたとしか思えん!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 本当に大丈夫なの? そんな技術って、ニュースでも見たことないよ」
真知子が一歩引き、手を胸に当てた。
「もちろん安全性には十分なテストを行っております。あなた方は、我々の未来を担う最初の記録者となるのです」
その言葉に、智樹の背筋がゾクッとした。
まるで、今この瞬間が、“何かの始まり“であるかのように感じられたのだ。
「……やってみる。俺は行くよ」
しばらくの沈黙のあと、智樹が答えた。
真知子はため息をつきながら、頷いた。
清司も、小さく笑って。
「またお前と戦えるなら、それだけで充分だ」
──こうして、4人は『Re:code』へとログインする。
それが、“世界“の裏側に触れる旅の始まりだとは知らずに――。




