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第十五章 鉄砲

一応推敲はしているのですが、誤字脱字があるみたいです

指摘していただいた皆様、ありがとうございます。

第十五章 鉄砲


 天文二年 1533年

 大阪本願寺で静かな正月を迎えている義勝の元に、筑前県令明智光綱からの文が届く。

松浦党と南蛮人を結ぶ倭寇の長が、博多まで来る事を了承したと言う内容だった。

 義勝は直ぐに御座船の手配をして、博多に向かう事にする、そして美濃殿に一緒に行くか聞いてみる。

当然だがこの時代の常識で当てはめると『行くか聞く』では無く『一緒に来い』と言うのが正しいのだが

義勝は妻妾達をその様に扱っていない。

 そして美濃殿の返事は

「熱田の方をお連れしてください」

だった、熱田の方の息子義輔が博多にいる事への配慮なのだろうと義勝は思った。

「(私には出来すぎた妻だ)」

とそう思う。


 そして、一週間後義勝は熱田の方を連れて、瀬戸内海の船の上にいる。

「船に乗るのはお伊勢参りの時以来で久しぶりです」

と熱田の方は楽しそうだ、熱田の湊から伊勢の桑名の湊までは伊勢湾を渡る船が頻繁に行き来している。

なので、熱田の方は子供の頃その船に乗った事があるそうだ。


 船が博多の湊に近づくと西側の小山の向こうに建築中の城「博多鎮守府」が見えてくる。

「あれが、義輔の新しい城『博多鎮守府』だ」

と教えると熱田の方は嬉しそうだった。

 博多の湊には見慣れない帆と旗の大型の唐船が停泊している、どうやらこれが倭寇の長の船らしい。

船着場には出迎えの明智光綱の姿がある。

 義勝は今回も西教寺を宿舎とするので、用意された輿に熱田の方を乗せて自分は徒歩で向かう、最近では馬車に乗り慣れている熱田の方は、懐かしいとこれも喜んでいた。

 幕府が全国で奨励している道普請だが、まだまだ地方には行き届いていない。ここ博多も普請の最中だった。


 博多の湊は荷下ろしをする商船で凄まじい混雑で、資材運搬用の荷車、馬、人夫でごった返している。

当然街の中も人で溢れて、物凄い活気だった。

 「まぁ凄い人ですのね、まるで昔の岐阜の街の様ですね」

と輿の御簾を開けて、熱田の方は街を見ている。


 その日の夜に、西教寺には、義輔、明智光綱、松浦興信が訪れる。

「ほう、義輔随分と日に焼けて逞しくなったな」

と声をかけると

「はい、海の上は冬でも日差しが強いですから」

義勝はその返事を聞いた後で、真剣な顔になり

「松浦興信、博多の湊に見慣れぬ帆の船があったが、あれが倭寇の船か?」

と聞く。

「はい、大御所様、倭寇の長『李光頭』の船にございます」

「なんだ、そのふざけた名前は、渾名なのか仮名なのか?」

「は、はい、それが渾名の様です、見事な禿頭だそうで……」

「ふん、そうかでは私と一緒だな」

義勝は自分の頭をつるりと撫でた、僧形なので髪は綺麗に剃っている。

 松浦興信は一瞬咳き込んだ、正確には笑いを咳で誤魔化したのだ。

義輔は声には出さないが笑っている、そして光綱は困った顔をしている。

「それで、その禿頭は今はどこにいるのだ」

「父上、勘弁してください、腹が痛い」

と義輔はもう笑いを堪えられない様だ

「市街の明国商館に滞在しております」

と光綱はにこりともせずに言った、何事にも動じない見事な精神力だと義勝は関心した。

「では明日、その商館とやらに訪ねると伝えておけ、皆、今日はご苦労だった」

「は」

と皆んなが下がろうとするので、義勝は義輔に

「離れに、其方の母が居る、会っていけ」

と声をかけた。


 誰も居なくなると、義勝は

「山中久俊」

と名を呼ぶ、今回の警護は甲賀衆で、頭領の一人山中久俊の手の者が中心だ。

「は、ここに」

「今の話聞いていたな、明国商館と言う所を調べてまいれ、それと南蛮人の武器があるかどうか確認をせよ、鉄でできた棒の様な物だ」

「は、かしこまりました、その武器とやらを見受けたらどういたしますか、奪ってまいりますか?」

「いや、まだそれは良い、あるかどうかだけ確認したい」

「はは」


 昨夜は義輔は離れの別室に泊まった様で、義勝が朝の読経をしていると本堂に入って来た。

「どうだ、昨夜は母と少し話せたか」

「はい、ですが母上は少し心配性の様で、色々と聞かれて困りました」

「仕方が無いな、母とはそんな者だろう」

と言う義勝だが、実は義勝としてもハルトとしても母の記憶は殆ど無い、この世界での義勝=小太郎の母は身分が低くかったので、小太郎を産んで直ぐにどこかに遠ざけられたと言う事だった、なので義勝は一度も会った事は無い、そしてハルトの母親はハルトが幼稚園の頃に交通事故で亡くなっている。多忙な父に変わってハルトを育ててくれたのは祖父とその門人の女性だった。

 また、小太郎には当然乳母がいたが、それは義介の事で、ハルトでは無いので実は義勝はあまり母性と言う物に接した事が無いのだった。


「さて、庭に出るか」

「はい!」

 今朝の義輔は何やらやる気満々の様だ。

一礼してお互い構えると、義輔はいきなり高く八相の構えをする。これは義勝の流儀には無い構えだ、

そして、すすっと間合いを詰めると、気合と共に振り下ろし、何度も打ち込んでくる。

「(ほう、薩摩の示現流か?いや違うな)」

 義勝はハルトの頃に示現流の演舞と稽古を見ている、だがそれとは違う様だ、一の太刀は竹刀でまともに受けたが、その後は擦り落とす様に流して受ける。

「見事だが、まだまだ甘いな、もう一度打ち込んでみよ」

「はい」

 義勝は普通の八相に構えて、義輔の一の太刀を擦り落とす様にして首筋で竹刀を止めた。

「わかるか?」

「はい、父上の方が早いです、これなら父上から一本取れると思ったのですが残念です」

「良い剣だった、誰に教わった?」

「海兵隊の小瀬長宗殿です、確か『天眞正自源流』とか」

「成程、その者なら私から一本取れたであろうな、義輔其方の剣にはまだ無駄な動きが多い、更に精進せよ」

「はい、父上」

 『天眞正自源流』は薩摩示現流の源流とも言われる流派だ。だがハルトが学んだ柳生新陰流には示現流に対処する技が伝承されている、義勝はその一部を使ったに過ぎなかった。


 「まぁまぁ、朝から何やら楽しそうですね」

稽古をしている義勝と義輔の姿を見て、熱田の方は嬉しそうだ。

その後三人で朝食を食べるが、

「ここに真希姫もいたら良かったのですが」

と熱田の方は少し寂しそうに言う、

「(そうか、こうして親子で食事をする機会など無かったな)」

と義勝は思ったが、当時の武家は皆んなそんな物だ、家族団欒などと言う習慣は昭和時代中期の物だからだ。


 朝食の後は仕事の話になる

「さて、義輔今日の手筈だが……」

「は、かしこまりました、私が『博多鎮守府』総監として話をすれば良いのですね、明国と南蛮の関係、倭寇と南蛮の関係を聞き出せば良いと、通辞は確か博多の商人の何某が同席するとの事ですので、言葉はなんとかなるでしょう、父上は明の言葉はお分かりになるのですか?」

「書かれた物を読む事はできるだろう、だが話す方は無理だな、それとこれを持って行く」

義勝は瓢箪徳利を2本義輔に渡した」

「これは、まさか焼酎ですか、美味そうだ」

「瓶の中で10年寝かした焼酎だ、実に美味いぞ、だが強いので程々にな、その禿頭にはたっぷりと飲ましてやれ」

「成程、酒に酔えば口は軽くなると言いますからね、父上は策士ですね」

 二人は衣服を改めて、義輔は大紋直垂に烏帽子の正装になる、『博多鎮守府』総監と言う正式な立場での面談なので当然だ。

「まぁ、若い頃の大御所様に良く似ています」

「そうか?、ちと悔しいがワシより似合っていると思うぞ」

これは義勝の本心だ、長男の義家もだが、どうも見栄えは息子達の方が自分より数段上の気がする、まぁ今となっては楽な法衣しか着ていないのでどうでも良いが。

 僧形になって一番の利点はこれだった、一応正式な場で着る物のルールはあるが、それは滅多に無いので、適当な法衣を着ていば誰にも文句を言われない(本当は違うのだが、誰も義勝に文句を言わないだけだ)。


 迎えの籠が来て、義勝と義輔は、会談の場明国商館に向かう、義勝に付き添う山中久俊に昨夜の首尾を聞く

「共のものは二十名程、その中でも腕の立ちそうな物は二人だけです、大御所様に言いつかった南蛮の武器らしき鉄の棒、確かにございました、鉄の棒に弩弓の台座の様な物が付き、懸刀がある妙な物ですが

十本ほど確認しています、鍵が掛かった長持がございましたので、その中にまだあるかもしれません」

「ご苦労、手の者は?」

「天井に数名、下働きとして何人か潜り込んでいます」

「そうか、良くやった、後ほど皆に褒美を取らす」

「ありがたき幸せ」


 明国商館には現代の応接室に近い部屋があり、ソファーやテーブル、椅子の様な物があり

それに座って、面談をする事になる。

 最初に松浦興信、次に明智光綱が、そして義勝、最後に義輔と言う順で部屋に入り、松浦が一人一人を紹介する、ただし義勝の事は『勝如』義輔の相談役と言う事にしてある。

 席から立ち上がった『李光頭』は一人一人にに右手を拳にして左手で包みこむ『拱手』で挨拶をする、

その後には通辞(通訳)らしい博多の商人と、護衛なのだろう日本刀に似た「苗刀」を腰に帯びた物が二名いる。

 義介と義勝が椅子に座り、他の二人は立ったままで面談をする。

最初に口火を切ったのは義輔だ、

「『博多鎮守府』総監、公爵足利右兵衛佐義輔だ、遠くから来ていただき感謝する」

通辞がそれを訳すと、『李光頭』が答えて、また通辞が訳す

「倭寇将軍李光頭」

と申しております。

「李光頭、その方なぜその様なふざけた名を名乗っている、本名は無いのか?」

通辞を聞いた二人の護衛がピクと反応する、

「(成程、主人への侮辱は許さんと言う事か)」

「ははは、わしは明国では咎人として手配されている、なので本名は名乗れん、この頭でこの名なら一度会った者は二度と忘れんだろう」

とそう言って、頭をつるっと撫でた、その仕草が昨日の父と同じだったので、義輔はつい吹き出した

「そうか、それは失礼な事をした、貴殿も大変なのだな、難しい話の前に、まずは一献」

と自分の懐から、盃を二個出して、持ってきた焼酎を並々と注ぎ笑顔を向けた。

 李光頭が一瞬躊躇ったので

「毒など入っておらん、好きな方とれ」

と言って、李光頭が右の盃を取ったので左の盃を取り、目の前で掲げて一気に飲み干した。

それを見た李光頭も同じように飲み干す。

「美味い酒だ、これは何と言う酒か?」

「安土で作られた焼酎だ、遠慮しないで飲め」

ともう一度両方の盃を焼酎で満たす。李光頭はそれも飲み干した

「この酒が気に入ったのなら、面談の後で樽で進呈しよう、まずは明国と南蛮の事を教えてくれ」

 酒を進呈すると言う言葉が気に入ったのか、それからしばらくの間、李光頭は話し続けた。

……明の朝貢国だった「馬六甲王国」は1511年、ポルトガルのインド総督アフォンソ・デ・アルブケルケの16隻の艦隊によって占領された。その後1513年ポルトガルは明国の沿岸に到達して、通商を要求したが明国はこれを拒否。ポルトガル人はインド同様に武力で通商を認めさせようとするが明軍に敗退、

 その後は明国沿岸で密貿易を始める。この密貿易が大きな利益を生む事を察した明国の一部商人が

ポルトガル商人と一緒になり、倭寇化した。

 明国は貿易港であった寧波を閉鎖してポルトガル船と倭寇の双方を取り締まる様になった。

 との事で、その後は事前の情報通り、日本の銀と明の生糸をポルトガル商人に仲介していると言う事だった。

 そこで義勝が義輔に耳打ちをして、義輔が尋ねた

「今、ポルトガルの戦力はどれくらいか?」

「武装商船は30隻以上、軍艦が10隻程度」

と言う事だ、

「貴重な情報を教えてくれて感謝する、これは約束の朱印状だ、以後の取引は今まで通り松浦党と行って構わん、また博多湊への入港も歓迎する」

と言う義輔の言葉を通辞から聞いた李光頭は満面の笑みを浮かべた。松浦興信もほっとした顔をしている。

 そこでまた義勝が耳打ちをした、

「所で、貴殿の船には南蛮の武器『カンィオン』と『アーキバス』を積んでいないか、もし有るなら購入したいのだが」

「『カンィオン』は我らの船には載せられない、『アーキバス』は10丁程ある、美味い酒の礼に一丁銀貨……少しお待ちください」

通辞はそう言うと算盤を弾いた、

「失礼いたしました、一丁銀100両で売ると言っております」

「50両」

即座に義輔が答える。

「75両、弾と弾薬、火縄も付けてやる」

と言っております。

義輔は、義勝を見た、義勝は頷く。

「良いだろう、ではこちらは酒をもう一樽付けてやろう、其方この取引の仲介をせよ」

「は、かしこまりました」

 この日明混血の商人石川屋五平は、この仲介で大金を手にしたが、後に相場で破産、盗賊に身を落としている。そして捉えたれた五平は見せしめの為に釜茹での刑にあう事になる、


 帰り際に李光頭は

「博多の商人が南蛮船を買おうとしている様だが、ポルトガル人は信用できない、金だけ取って逃げるかもしれんから気を付けろ」

と教えてくれた、意外に良い奴なのかもしれない。


 念願の鉄砲をまず入手した義勝は二丁を手元に置き、残りを明智光綱に命じて安土の工部省に送り全国の鍛冶屋を集めて解析と複製をする様に命じた、合わせて弾薬となる『火薬』の調達を商務省に任せる。

 正史より10年早く鉄砲を手にした義勝は、南蛮船と大砲の入手を依頼した神屋宗湛、島井茂久からの吉報を待つ事になる。


「父上、これが南蛮の武器との事ですが、どの様に使うのでしょうか?」

「親切にもちゃんと手引書が付いているな、明国の言葉だが、どれどれ……

 弾薬を銃口から流し込み付き突き固める

 弾を入れ、押し込む

 火皿を覆う火蓋を開け、口薬を火皿に流し込む

 火蓋を閉じて火縄を固定する。

 火蓋を開け、構えて撃つ。

……と言う事だな、これが弾、弾薬、こちらが口薬、これが棒か。早速試してみよう、誰か近的を用意せよ」

 義勝は時代劇で見た火縄銃の打ち方を必死に思い出す、ハルトとしてはBB弾のアサルトライフルを模したエアガンを持っていたから、照星を使って狙いを定める方法は知っている、だが当然実銃などは撃ったことが無い。


 引き金を引くと、轟音がして反動で銃が上方に跳ね上がる、弾は的の上を少し掠めた様だ。

「ふむ、当たらんな、これは難しい」

「勝如様、何事ですか、今の音は?」

音に驚いた院主の道南が飛び出して来た。

「あら、落雷ですか、冬なのに?」

同じく離れから出てきた熱田の方だ。

「皆、すまん南蛮の武器の音でな、気にしないでくれ」

「父上、音は凄まじいですが、どれほどの威力があるのでしょう?」

「そうだな、甲冑の胴で試してみるか、明智光綱、すまんが具足屋で同じ物を都合してきてくれ」

「は、早速」

「山中久俊、私の弓と矢を以て」

「はは、こちらに」


 その間に二回ほど撃ってみて、どうやら的には当たる様になった。

しばらくして光綱が供の者と戻ってきて、庭の端の石の上に銅を置いた。

義勝は弓と火縄銃の威力を比べ様と思った、この距離なら義勝の弓で軽く甲冑の胴を貫く事ができる。

 最初に弓に矢を番えて放つ、矢は胴真ん中を貫き、背後から抜けて、石壁に当たる。

「父上、お見事です」

 見ていた物は全員『これが九人張りの威力か』と言う顔をして驚いている。

次に火縄銃だ、これも胴のを打ち抜き、弾は後の壁に当たる。

「この距離なら互角か」

「恐れながら、大御所様の弓は特別でございます、兵達の弓ならこうはならないかと」

「それもそうか、だが一発撃つのに時間がかかりすぎるな、弓なら四射はできる、やはりこれは数を揃えないとダメな武器だな」

「成程、その通りですね、父上私も試してみてよろしいですか?」


 結局、義輔の他に光綱、勝光、興信、胤家も交互に何度か撃ってみて、火縄銃の操作性と威力を確認した。

「ふむ、勝光は器用だな、一番手際が良く的にも良く当てている、勝光この『アーキバス』……言いにくいな『鉄砲』と呼ぶことにしよう、鉄砲はその方に預ける、使い熟せる様になって見よ」

「はは、かしこまりました」

 正史でも明智光秀=勝光は鉄砲の名手だったと言われていた。この歴史線の世界でも鉄砲の名手として知られる様になる。


「時に胤家、その方その力なら私の弓を引けるのでは無いか?試してみよ」

「は、おそらく引けるかと思いますが、私は弓の方は苦手でして、的に当たった試しが無いのです」

 義勝が弓を渡すと、やはり軽々と引いてみせた、だが矢を番えて放つと、矢は明後日の方向に飛んでいく、

「左の食指で的を指しそのまま握るの様にすると当たり安いが」

「は、それがその的が良く見えぬので」

「(そうか、近視なのか、だから目つきが悪く見えるのか)」

「成程、的が見えねば当たらんな、だが矢衾には十分使える、せっかくの強弓使いだ、義輔良く指導してやれ」

「はは、私も早く父上の弓が引ける様に精進いたします」


 正史では種子島に伝来した鉄砲を惣鍛冶・八板金兵衛清定が八ヶ月かけて複製したと言われているが、

義勝は殖産振興政策で技術力が上がった安土や大阪の鍛治師達なら半年ほどで複製可能かもしれないと信じている。


 翌日は、普請中の唐津の街と湊、博多鎮守府の視察に赴く。街道の整備も並行して進んでいるので

やっと馬車での移動ができる様になった。これなら朝博多を出れば夕刻には唐津に着く事ができる。

馬車なので、熱田の方も義勝と一緒に乗車している。

「義輔の新しいお城を見る事ができるなんて、幸せです」

と上機嫌だった。


 前回通った時は、漁村と水軍の船着場があるだけの小さな村だったのだが、船着場が大幅に拡張されて、軍船が数隻係留されている、船着場の横には、船大工所ができていて、船大工達が多数働いている、

大型の唐船を一艘作るのには、今のままだと半年はかかるそうなので、更に増員が必要だろう。

 街の方も普請も進んで、船大工町、大工町、鍛冶屋町、普請に来ている人夫の長屋、風呂屋、廓、酒場兼食堂などができている、市には露天の飯屋もある。

「父上、母上、この唐津は魚が美味いです、今はこの『ブラ』(ブリ)と言う魚の煮付けが飯にあって……」

「煮付けか、塩焼きも美味いのだがな」

「流石父上、塩焼きも、土鍋で味噌煮にした物も美味いです」

美味い魚が食べられるのは何よりだった。


 今夜の宿舎はほぼ普請が終わった本丸御殿だ、また六層の天守は建築途中だ。

仮の自室とした黒書院で朝の読経を済ませた義勝は、庭で日課の鍛錬をする。明智勝光の姿が見えたので

鍛錬に突き合わせる。

「その方は、陰流の皆伝だったな、遠慮なく打ち込んで来るが良い」

 陰流は柳生新陰流を産んだ新陰流の源流で、いくつかの秘伝を共有している。

勝光は中段に構えた剣を下段に構え直して、振り上げ、更に反動を使って回りながら振り下ろしてくる

「『虎龍』だな見事、戦場で足を狙うのは良いが、二の太刀がまだ甘い」

「は、」

 秘伝を軽々と受けられて勝光は本気になった様で、気合の乗った剣を振るってくる。

「ここまでじゃな、良い太刀筋だ、精進するが良い」

「は、ありがたき幸せ」

と勝光は片膝をついて礼をする。

「どうだ、勝光、父上は強いであろう、私などまだ一本も取れていないからな」

「は、誠に」

 「義輔、遅いぞ、まぁ良い支度をせい、兵舎の視察に行く」

「はい、父上」

 兵舎は三の丸に造営中で、まだ1/3も終わっていない。

「海兵隊の集まりはどうか?」

「各地の水軍の者共を中心に集めておりますが、まだ2000にもなりません」

「そうか、やはり船に乗れると言う条件が問題か」

「はい、水軍にも難所の水先案内、物資の海運などの仕事がある様で、全員をここに集めるわけにはまいりませんから」

「そうなると、逆に普通の兵を集めて、船に乗れる様に教育する方が早いな、」

「はい父上」

「では、ここに『海軍伝習所』を作り、兵達を船に乗れる様に鍛えるのだ」

「は、かしこまりました」

 兵舎に行くと、兵達が鍛錬をしている、基本的には鎮台兵の鍛錬と同じだ、鍛錬の後にたっぷりと飯を食べさせる所も同じにしている、ここは海の幸が豊富なので飯の御菜には困らない。

 鍛錬している兵達の中で、一人木刀で、立木を相手に訓練している者が目に入った。

「義輔、あの者が、小瀬長宗だな」

「はい、父上」

 義勝は兵達が鍛錬をしている練兵場の真ん中に小瀬長宗を呼んだ。

「総監殿と一緒に居る坊さんは誰だ、誰ぞ不幸でもあったか?」

と兵達は囁きあっている。

 写真も動画も無い時代だ、誰も義勝の顔など知らないから当然だろう。

小瀬長宗は木刀を右側に置き右膝をついて

 「大御所様におかれましては、御尊顔を拝し恐悦至極に存じます」

と作法に則った挨拶をする。

「おい、今大御所様と言ったか? 大御所様と言うと先の将軍様だろ」

と兵達全員が平伏をした。


「苦しゅうない、其方中々の使い手だそうだな、私と手合わせをしないか」

「は?え?」

と小瀬長宗は驚いて、義輔の方をみる、そして義輔が頷いたのを確認して

「かしこまりました」

と一礼して立ち上がった。

「誰か竹刀を持て」

と義輔が言う。

 義勝は全国の剣術道場に立ち合いは竹刀で行う事と言う触れを出している。

真剣で立ち会えば当然命が無くなるし、木刀でも当たりどころが悪ければ死に至る、竹刀なら

頭を直撃しても失神はするが死亡する様な事は滅多に起きないからだ。

 もちろん幕府として、正式な果たし合いや仇討ちの場合には真剣での立ち合いを認めているが、それは稀だった。


 竹刀を持った二人は、礼をして構える、小瀬長宗はやはり高く構える八相だ、そして凄まじい気合の猿叫を発して竹刀を振り下ろす、竹刀で一の太刀を止めるが、二の太刀で義勝の竹刀は折れてしまう。

「おおー」

見物している兵達からどよめきがあがる、皆一度は小瀬長宗と立ち会って一本取られているからだ。

 義勝は竹刀を変えて

「もう一度」

と、今度は自分も八相に構える、これは以前義輔と対峙した時と同じだが、今度は自分から先に攻撃を仕掛け、竹刀を引き下段傍に構える。

 隙ありとばかりに長宗が振り下ろしてくる竹刀が当たる前に、小手を叩く。

これが『逆風』と言う柳生新陰流(今は『足利流綜合兵法』)の極意だ。

 防具を着けていない小手を叩かれて、小瀬長宗は負けを認めた。

「参りました」

「おおー」

更に兵達がどよめく、中には

「今何が起きた?、見えなかった」

と言う者もいる。

「小瀬長宗、見事な太刀筋であった、その方の流派は?」

「『天眞正自源流』と申します」

と頭を下げる。

「義輔、『天眞正自源流』小瀬長宗を海兵隊の剣術指南役とする、長宗良いか」

「はは、ありがたき幸せにて」

 小瀬長宗は海兵隊の剣術指南役となった事で海軍省参与となり男爵の爵位を得た。

この事で、先の武道大会の優勝者龍造寺胤家らの待遇の話もあって、全国でますます武芸を学ぶ者が増える事になった。

 

 義勝は昼飯を兵舎の食堂で兵達と一緒に取る、義輔もいつもそうしている様で、自然と指揮官級の者達が義輔の周りに集まってきている。

 

 義勝はそんな義輔の姿を見て博多鎮守府総監と言う大役を任せたのは間違いなかったと安心した。

視察を終えた義勝は、丹羽長政、明智光綱、村上康吉、松浦興信を労って、大阪に帰還する事になる。

 帰還する前に松浦興信には一つ、秘策を授けるのを忘れていない。


 大阪に戻り、鍛冶屋達から進捗状況を聞いてみる、と既に鉄砲は完全に分解されて、図面が起こされて

今は、鋼の強度をどれ位にするか、鋼を加工する工具、弾を作る工具等の製作に入っているそうで、

この情報は、安土や岐阜の鍛冶屋達とも共有されているとの事だった。

 

 そして、安土に赴き、内務省、司法省から懸案事項の進捗状況を聞き、更に指示を出している。

特に内務省には、各地から『国絵図』を集めさせて、地理学を学ぶ者達に『日の本の地図』を作成させる様に命じている、更にその地図に朝鮮、明、琉球、台湾などの周辺国を加えた、『異国地図』の作成も命じている。正史では初めて日本地図を作ったのは、安永八年1779年長久保赤水だと言われている。

義勝はそれより250年早く地図を作ろうとしているのだった。


 安土では更に将軍義家と証如と茶室で会談をして、自分が関白と将軍位を義家に譲った真の理由を打ち明けた。

「なるほど、父上は、南蛮人の襲来を予測しておられたのですね、そしてそれに対処する為に、将軍職を

私に譲ったと」

「ああ、そうだ、関白や将軍として政務を抱えていては、自由に動けんからな、其方には随分と無理をさせて申し訳無く思う」

「なんの、これで父上がまだ40の若さで大御所となられた訳がわかり納得いたしました」

「しかし、南蛮人とはそれほど恐ろしい者なのですか?」

と証如が聞く。

「今、呂宋などにおるのは「ポルトガル人」と言う、まぁこれは武装した商人の様なものでそれ程では無い、本当に恐ろしいのは、『イスパニア人」だ」

「どういう事ですか?」

「其方も実恵殿から、その昔の一向一揆の事は聞いていよう、このイスパニア人と言うのは国中が一揆勢に支配されている様な物だ、奴らは『天主教』と言う教えを信じていて、その教えは法華経の門徒共を更に悪辣にした様な物で、天主教の信者以外は人では無いと教えている、故に殺しても構わぬとな、だがその一方で、奴らの教えは『神を信じれば極楽』に行けると言う教えで、貧しい者や病んだ者共には心地良い物なのだ、イスパニア人が来襲すれば、国や土地だけでは無く、人や人の心まで奪われると心得よ」

「大御所様、どうもそのお話を聞くと、我らの宗祖親鸞聖人が思い浮かびますな、聖人も貧しい者や病人、咎人に『南無阿弥陀仏』と唱える事で心が救われると教えたのが始まりと聞きました」

「そう、人の心は弱い、弱いからこそ神仏に縋る、だがその神仏が偽りの物だとしたらどうか?、それがイスパニアと言う国と言う事だと思え」

「なるほど、大御所様、いえ勝如様が帰依されたのはその様に深いお考えがあったのですね」

「良いな、最初に狙われるのは九州だ、証如殿、九州の各湊に急ぎ本願寺を建立して、御仏のお力をお借りして領民を守るのだ」

「は、かしこまりました、直ちに山科の法主に計ります」

 『本願寺』は既にただの寺では無い、無料で高等教育を受けられる場所であり、医療所なのだ。

なので、各地から『本願寺』建立の陳情書が山科には山の様に届いている。

義勝は本願寺を建てる事で、キリスト教伝来に備えようとしているのだった。 


 キリスト教は本来は悪では無い、だがこの頃のスペインのカソリック教会は、軍事力と結び付き、まさにカルト宗教国家そのものだった、既にこの頃フィリピンの一部は植民地化され住民は奴隷化されて奴隷商人に売られている。南米のインカ帝国を滅ぼしたのも彼らだった。


 そして義勝は二人が去った後の茶室で琵琶湖を眺めながら

「(琉球と台湾、どうするかな)」

と悩んでいる。

 そこに千秋定李が入って来て座った。

「大御所様、いえ義勝様、何やら私抜きで楽しそうな事をしてますね」

「定李、すまんな其方は面倒毎を全て押し付けて」

「構いませんけど、私もそろそろ若い者に跡を譲って、義勝様とご一緒させていただきたいです」

「いや、それはまだ駄目だ、それに他に定李の跡を任せて右大臣を任せられる者がおらん」

「そうでも無いですよ、宮内卿の諏訪頼隆殿も優秀ですし、そうだ伊勢義氏殿を覚えていますか?」

「伊勢義氏? 伊豆のか?」

「はい、まだ若いですが伊豆を良く治めていたので、今は私の元で太政官参与として働かせていますが、とても優秀です、他にも若くて優秀な者が多くおります」

「そうなのか? では、その者共が一人前になったら、隠居を許そう、それまでは辛抱してくれ」

「仕方無いですね、でも本当に面白そうな事をする時は私も呼んでください」

 お互い立場が変わり歳をとっても、この定李ともう一人の友、実恵との関係は若い頃と同じだった。

投稿ペースが遅くてすみません、実はここで面白い小説を見つけて沼ってしまいました。

そして、その作品中に僕が使おう思っていたネタが先に書かれていたので、その部分を修正する事にしてます、そんな訳で、多分三〜四日に一回の投稿になります、よろしくお願いします。


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