第十三章 新たな時代
お待たせしました、第二部始まりです、
舞台が国外になる事もあるので、西暦併記になります。
少しの間、上げるペースが遅くなります(もう一つ書いている話の第一部終了まで)
よろしくお願いします。
第十三章 新たな時代
享禄六年=1533年 義勝が大阪本願寺を隠居所として移り住んでから、一年の時が過ぎた。
得度をして僧形になり『勝如』と号する様になった筈だが、誰もその名では呼ばない
武家は全員が『大御所様』と呼ぶし公家は『太閤様』と呼ぶ、円如や実恵までが『大御所様』と呼ぶ始末で、つまり誰からも僧侶として認められていない事になる。
本人は経もちゃんと読める様になったのに理不尽だと思っている。
最近では関白兼征夷大将軍の義家は、政務を義勝の後見を必要としないでこなす様になっている。
体格も義勝を凌ぐ様になり、義勝愛用の九人張りの強弓を引ける様になっている、当然だが義勝の息子なので賞金の100両は貰えていない。
「息子が成長するのは楽しいが、寂しい物ではあるな」
と義勝は正妻の美濃殿に話している。
この間、大阪本願寺三の丸で、第一回『天下一武道会』が行われ、これは一般にも公開されたので、連日満員盛況の大観衆が訪れて、その木戸銭だけでもかなりの金額になった、当然だが公式に勝者を予想する賭け事が企画されて、義勝は胴元として寺銭で大いに潤った。
全国の鎮台で行われた予選を勝ち抜いた者や諸侯から推薦されて出場した者の試合は義勝の目で見ても
白熱した良い物だった。この時、義家も証如も身分と正体を隠して参加しようとして事前に発覚し義勝から
「立場をわきまえよ、この戯け者」
と怒られたが、槍と剣の部で主審を勤める塚原高幹が
「まぁまぁ大御所様、若君達の気持ちもわかります、私も審判では無く参加したいと思うほどですから」
と弟子達をとりなしている。証如も九人張りの強弓を引ける様になっていたが、こちらも賞金は貰えていない。
『武舞台』で行われた、剣と槍の部の優勝は上泉秀綱が他者を圧倒する強さで獲得した。
弓の部では、美濃出身で将軍の親衛隊所属の義勝の門下生で、義家と証如以外に初めて八人張の強弓を引いた大島光義が優勝した。
弓の部は小笠原流弓馬術礼法に則った、流鏑馬と遠的、近的の三種類の総合得点で競う。
主審は当然小笠原長棟だ、長棟とその弟子達は全国の鎮台で弓馬術を、寺子屋で礼法を教えている。
相撲の部では、熊本鎮台の龍造寺胤家……体格は義家より更に大きく六尺三寸を超えていた……がこれも圧倒的な強さを披露して優勝。
優勝者三人には賞金として、金250両が与えられて男爵位を授けられた。
賞金や爵位については公表されていなかったので、表彰式でその事を知った観客達は大きくどよめいた後に大歓声に変わる、そして優勝者の三人も顔を見合わせて、一瞬呆然としたが、直ぐに歓喜の表情に変わった、特に既に士官である上泉秀綱と違い、まだ組頭の大島光義と龍造寺胤家は一気に階級が上がる上に、想像した事の無い大金を手に入れたからだ。
「(これで次回の参加者は更に増えるだろう)」
と義勝は思っている。
諸侯は、50人以上の私兵を所持する事を禁じられた為に、少数精鋭として腕の立つ武芸者を挙って雇用する様になっている。各地の鎮台兵の中からも武芸に優れる者は、諸侯に高禄で引き抜かれる様になり、鎮台兵も以前より更に武芸に励む様になっている。その為、香取神道流、京八流や念流、陰流、中条流などの剣術の流派が各地で隆盛する様になっている。義勝の『足利流綜合兵法』の道場も今では各地の鎮台に併設されていて武士、農民、商人と身分を問わす入門できる様になっている。
「(個人の武芸はこれで何とかなるが、さて戦の集団戦はどうやって伝授継承するかが問題だな)」
鷹狩りや巻狩りである程度は伝授できるだろうが、やはりそれは実戦とは違う、鉄砲を所持した西洋諸国の軍船に乗った兵を相手にするには、集団戦の方法を如何に伝授するかが大きな問題だった。
そんな中、奥州でまた反乱が起きる。
断絶した南部氏と伊達氏の残党が陸奥の国で反乱を起こし、県令を殺害して県庁を占拠、これが羽後、陸前、陸中に広がり、陸前の県令斯波詮高から仙台の奥州鎮台へ出撃命令が出たが、反乱の範囲が広過ぎて、奥州鎮台だけでは鎮圧できない状況になってきた。
これを受けて、安土城では太政官の会議が招集された。
これに参加した大御所義勝は、将軍親征を義家に指示した。
「将軍親征でございますか?」
右大臣千秋定李に問われた義勝はそれに返答する。
「義家も証如も義輔も他の若い者も実戦を知らん、これでは将来戦が起きた時が心配だ、戦がどれほど大変で、酷い物だと言う事を身を持って知る必要がある、それ故の将軍親征だ、義家、安土の将軍親衛隊と、岐阜の鎮台兵を率いて出陣し関東鎮台、奥州鎮台の兵を持って、反乱を鎮圧せよ、証如と義輔も副将として従軍させる様に、兵部卿千秋季光に命じて他の将を大至急決定せよ」
と指示する。
これまで初陣の機会が無かった義家は歓喜したが、直ぐにその表情を消した。
会議の後で、義勝は兵部卿千秋季光を呼び、従軍する人選を相談した。
「なるほど、初陣も経験していない若い者達を実戦で鍛えると言う事ですな、ただそれだけでは心配なので軍監として誰かつけてやると……、ここは私がと言いたい所ですが、奥州に詳しい服部半蔵殿と風魔小太郎殿、若いが実戦経験の有る、松平昌久殿、井伊直宗殿と言う所でしょうか。親衛隊には京極高延殿と上泉秀綱殿、大島光義殿がおりますから、大丈夫でしょう」
「さすがだな、良き人選だ、それと万が一の為に後詰の軍を岐阜に用意をしておいてくれ」
「かしこまりました、私の息子も親衛隊の一員として参陣しますから、親としては心配ですね」
「誠にその通りだな」
とお互い笑いあって、会談を終えた。
そして数日後、安土の赤備えの親衛隊20000を率いた義家は『錦の御旗』『武家御旗』と自身の馬印『足利銀銭旗』、本願寺法嗣証如は三旒の「名号幟」(これは以前義勝が使用していた旗だ)を掲げて岐阜に向かう、ここで岐阜鎮台兵20000と合流して40000で東京に向かう事になる、関東鎮台の20000、更に奥州鎮台の20000の合計80000が今回の第二次奥州討伐軍になる。
たかが地方反乱討伐に大軍過ぎると思うが、今回は兵と将の内、約半数が初陣と言う編成にしたので実戦経験者は40000以下と言う事になる、念には念を入れた編成だった。
そして、出陣前に義勝は、将軍義家に一つ指示をしている。
「此度の戦、叛徒共を根絶やしにせよ」
と言う指示だ。
「あの父上、根絶やし?ですか」
「そうだ、反乱を起こした者共に情けをかけるな、一族諸共一人も残さず皆殺しにせよ、と言う事だ」
「はっ」
返事する義家の顔は緊張して青ざめている。
この反乱の原因は簡単だった、断絶した南部と伊達の元家臣=浪人達は、一部は県令に使えて役人に、
一部は鎮台兵に、一部は帰農して農民となった、だがそのどれも選択しなかった者達が多数居る
この者達は、文武何も未熟で、武士であると言う矜持だけで農民にもなれない半端者だ、元は足軽頭以下の下級武士達が多かった。
俸禄を失い、盗賊や野盗まがいの暮らしをしていた者達が、徒党を組んで反乱を起こしたと言うのが
この反乱の背景にある。
そしてこれらの反乱の芽となる浪人達は全国に居るのだった、義勝はこの陸奥の反乱を見せしめにする事で、反乱を起こすとどう言う事になるかを示そうとしているのだった。
この事を義勝は諭す様に義家に話す。
「父上、かしこまりました御期待にそう様にいたします」
と義家は頭を下げて出陣していった。
義家が出陣した後、義勝は安土城の茶室で円如、季光、定李、実恵のいつもの顔ぶれで琵琶湖を眺めながら茶を飲んでいる。
「みんな童の頃に、河原で合戦の真似事をした事は無いか?」
「ああ、ありますね、石が鼻に当たって泣いた記憶があります」
「兄上は童の頃は良く傷を作って帰ってきてましたね」
「私は残念ながら」
「拙僧も寺からはあまり出してもらえませんでしたから」
と言う事だ、
「実はな、合戦の真似事をやってみたいと思うのだが、模擬戦と名付ける事にした」
「河原で大人が石を投げ合うのですか、それでは死人が出ますが?」
「いや、そうでは無い、獲物は稽古用の竹刀と木槍、これでそうだな100名一組で、どこぞの野原で対戦するという感じだな」
「ふむ、100名と言えば組頭ですな、つまり組頭同士が100名を率いて竹刀で戦わせると……これは面白いかもしれません、早速やってみましょう……あ、大御所様、兵が出払っていますな、どこからか呼び寄せますか?」
「まあ、急ぐな、此度の遠征軍が帰ってきてからでも構わん、悪いが皆で、兵達が怪我をしない程度に訓練になる方法を考えておいてくれ」
と言って次の話題に入る、こうやって雑談をしながら意見を交換する事で、政の助けになる事が多々あるのだった。
大阪に戻って、義勝は道場で門下生達を指導していて、ふと思った。
『(そうか、これも面白いかもしれない)」
師範の塚原高幹を呼び意見を聞いて見る。
「高幹、剣の流派は全国にどれ位あるか知っているか?」
「流派ですか、我が香取神道流、京八流や陰流は立ち会った事がありますが、後はわかりません」
「どうだろう、流派対抗戦なんて言う大会を催したら面白いとは思わんか?」
「それ、もちろん竹刀を使って防具を着けるのですよね?」
「ああ、真剣でやったら果たし合いになってしまうからな」
「うーん、どうでしょうね、流派を代表してと言う事ですから、勝てば誉ですが、負けたら腹を切らないといけなくなるかもしれません」
「そうか、それは駄目か、では鎮台対抗戦ならどうだ?」
「ああ、それなら良いですね、一名ずつだと武道会と変わり映えしませんから、四〜五人の代表を選んで、総当たりでやったら良い訓練にもなります」
これはハルトの世界の剣道大会を模した物だ、天下一武道会は規模が大きすぎて毎年行う事は無理なので、代わりに何か考えていた結果の案だった。
とにかく、国中で武を尊ぶ習慣を定着させないといけないのだ、乱世が終わり平和な世になれば、武が軽んじられるのは当然の事だからだ。
それから三ヶ月して、奥州の乱を平定した将軍義家が凱旋帰国した、反乱を鎮圧して、反乱に加担した
南部と伊達の元家臣達を義勝の指示通りに一族諸共根絶やしにしての帰還だ。
義勝は大阪から安土に出向いて、将軍義家と、副将の証如を労った。
「その方達、戦はいかかであった?」
「は、酷い物でございました」
と義家は証如と目を合わせて答えた。
「そうか酷い物だったか、良いか二人とも戦は酷い、その酷い戦を起こさない政をするのがお主達の勤めだ、義家其方は関白、将軍として民を治める方法を更に思案せよ、証如殿、其方はいずれは円如殿の跡を継いで本願寺の法主となる、いかにして仏法で民を導くかを思案するのだ」
「はい、受けたまりました」
と二人は義勝に頭を下げた。
「うむ、服部半蔵より詳しく聞いておる、二人とも初陣にしては良くやったぞ、褒めて遣わす」
「は父上、ありがとうございます」
義家と証如はほっとした顔で、お互いの顔を見つめあった。
大阪に戻った義勝は、しばらくして、大阪本願寺に内務卿服部友成、司法卿滝川貞勝、そして内務卿の麾下の、服部半蔵、津田算行、司法卿麾下の望月吉棟 風魔小太郎を呼んだ。
つまり、伊賀衆、甲賀衆、根来衆、風魔衆の頭領達を一堂に集めたのだ、
「皆、忙しい所をすまんな」
「いえ、大御所様、我ら一同大御所様のお声があれば、直ぐにでも駆けつけます」
と言うのは、服部友成だ、義勝に仕えて長いので、自然とこの中の長老的な位置にいる。
「して、大御所様、この顔ぶれをお呼びになったと言う事は何か緊急事態でしょうか?」
と友成は続けた。
「ああ、此度の奥州での反乱だ、あれ程の大事になる前に何故抑えられ無かったのかを知りたくてな」
義勝がそう言うと、風魔小太郎が平伏して答える
「恐れながら申し上げます、我ら風魔衆、奥州の見張りを申し使って降りながら、此度の失態、この小太郎腹を切ってお詫び申し上げます」
と、小太郎は脇差を抜こうとした。
「慌てるな、風魔殿、大御所様は怒ってはおられぬ、我らに何が足りなかったのかを伺っているのだ」
と滝川貞勝が小太郎を止めた。
「その通りだ、時に風魔は今何名居る?」
「は? あの500程かと」
「服部半蔵、伊賀は何名だ?」
「700」
「望月吉棟、甲賀は?」
「1000女子供を入れれば1200」
「津田算行、根来は?」
「は、500程です」
「どうだ、皆の物わからんか?」
全員がまだ、腑に落ちない顔をしている。
「お主ら全部合わせても3000に満たない、これで日の本の全部の見張りをする、これがそもそも無理なのだ」
そう言われて、服部友成は頷いた。
「大御所様、確かに我ら忍びの者、数は少ないですが、それでもなんとか大御所様のお役に立てればと……」
「わかっておる、其方達の働きは私が一番良く知っている、だが、今のままでは駄目なのだ、皆それぞれの里で、童の頃から激しい訓練をして一人前の忍びとなる、そうだな?」
「は、その通りでございます」
「だが、もうその方法では間に合わん時代になったと思わぬか?、服部友成、来る敵に備えて、忍びをあと3000名増やせと言われたら、その方どうする?」
「それは……、各国には我らの他にも忍びとして働いていた者達がおります故、彼らを召し抱えれば……
いや、それでも1000には届きませんか」
「そうであろう、そこでだ、その方達一致協力して、忍びを育ててみてはどうか?」
「は? それは一体?」
「この大阪に忍びを育てる学校を作るのだ」
「学校ですか、あの坂東の足利学校の様な?」
「そうだ、全国の寺子屋を周り、忍びの素質がありそうな子供を集め、この学校で教育する」
「ですが、それでは……」
「ああ、そうだな里で教えるのと違って、伊賀には伊賀の風魔には風魔の秘法や秘術があるからな、だが
そう言った術以外ならどうだ、みな名前は違うが同じ様な術や技を使っているのでは無いのか?」
「確かにその通りですな、我ら甲賀衆の体術は秘伝とされ門外不出でしたが、大御所様の『足利流綜合兵法』の体術とほぼ同じ、いえ残念ながら大御所様の兵法の方が優れていました」
と滝川貞勝が同意した。
「はは、お主らも良く道場に通って来ているからな、しかし私はクナイは投げられぬぞ」
そう言って義勝が笑うと、緊張していた一同もやっと落ち着いた様だ。
「確かに、これは検討した方が良いかもしれません」
と津田算行も頷いて、一同もどうやら基本的には理解した様だ。
「では、皆も理解してくれたな、服部友成、滝川貞勝二人で協力して、早急に忍びの学校を設立せよ、他の者は手分けをして、全国の寺子屋を周り生徒を連れてまいれ、そうだな学校の名は、『学習院』とでもするか、文武に優れた子供を特別に教育する所、とでも説明をしておけ、修行は厳しいが、優秀な者は将来幕府の要職に付けるという事でどうかな?」
「は、かしこまりました」
「それと、服部友成、その各地に居る元忍び達、全員召し抱えよ、その上でその方達に新たな仕事を与える」
「は、それは?」
「今は各地の治安は、友成配下の『目付』が、情報収集は貞勝配下の『間者』が行っておる」
「は、その通りです」
「これを一つに纏めて『警察』とする、運営は内務省、監督は司法省が行う物とする」
「警察ですか、聞きなれない言葉ですが?」
「「警」は、国の秩序を乱すような企みや乱が起こらないように警戒すること、「察」は、そのような企みや乱を事前に察知すること、と言う意味だ、まさしく此度の奥州の乱の様な事を二度と起こさせぬ為の物だ」
「なるほど、それで司法が監督すると言う事ですね」
「そう言う事だ、今の様に『白州』で一々取り調べていては、手が回らないだろう、野盗や盗賊などは
法に則り即刻死罪でかまわん」
「はは」
「良いか、まずは全国の県庁に警察署を作り100名ずつ配置せよ、足りない人員は他から調達せよ、そして五年を目処に、全国の主な町全てに警察署を置くのだ、特に貿易に携わる『湊』には先行して配置せよ、良いな」
「は、かしこまりました」
義勝は満足して退出した、いささか手荒い方法だが、とにかく国を纏めて国力を高め武力を嵩上げする必要があるからだ、内乱を許している暇が無いのだった。
「うむ、なんと言うか、さすが大御所様と言うか……」
服部友成がそう呟いた。
義勝が退出した後も、忍びの棟梁達はその場に残っていた。
「まさしく、大御所様の知略の泉は枯れる事が無いな、天狗に教わったと言うあの武術と言い、知略も天狗から授かったのであろうか?」
滝川貞勝が同意する。
「先程の、甲賀衆の体術より、大御所様の兵法の方が上と言うのは真の話なのですか?」
と風魔小太郎が聞くと望月吉棟が答えた
「真だ、私も体術には自信があった、だが大御所様に触れる事も叶わず、気づいたら投げ飛ばされていた、お主も後で道場に行って試してみると良い、師範の者でさえ我らより上だ」
「大御所様が天狗に武術を教わったと言うのは真の話なのですか?」
津田算行が聞くと、滝川貞勝が答えた
「わしは千秋殿に頼んで、熱田神宮の『神宝』を拝見した事がある、神隠しに合った若い頃の大御所様がこの世に戻った時に身につけていた衣服で『天狗の衣』と言う、どれも確かにこの世の物では無かった、水を弾く足袋など今まで見た事も聞いた事も無かったからな」
「うむ、そんな物まであるとは、やはり大御所様の知略は天狗の知恵なのか」
「そうだ、天狗と言えば風魔の衆は天狗の末裔では無かったか?、前にその様な話をどこかで聞いた覚えがあるが?」
「は、それは言い伝えと言うか、初代風魔小太郎は天狗の父と人の母から生まれたと言われておりますが
まぁ、なんと言うか、ただその天狗は海の向こうから来たと言う話ですね」
「海の向こうの天狗、いや最近その話を聞いたぞ、博多に居る手の者が商人として呂宋に行ったそうだが、奇妙な言葉を話し、鼻が異様に大きく目が青く赤い髪の男が居たそうだ、酒でも飲みすぎて幻でも見たのかと言っておいたが、そいつが海の天狗の末裔なのかな」
と望月吉棟が言うと、それまで寛いでいた服部友成が急に真顔になった
「皆、おかしいと思わんか、今の日の本で大御所様が心配する様な敵が居るとは思えん、だが先程大御所様は確かに『来る敵に備えて』と仰せになった、しかも『貿易に携わる『湊』には先行して配置』とも仰せだ」
「まさか、服部殿、その敵とは本当に『海の天狗』?」
滝川貞勝も真剣な顔になった。
「それはわからんが、望月殿、その呂宋の話、もう一度確認を頼む、そして他にその天狗を見た商人達が居ないか調べてくれ」
「畏まった」
与太話しから、本当に何かの危機なのだろうかと真剣にそれぞれの任務を果たす事を改めて誓った忍びの頭領達だった。
やがて呂宋の天狗の話は、正式な報告書に纏められて、義勝の元にも届けられた。
「もう来ていたのか、だが、まだ呂宋までと言う事だが、これは急がないといけないな」
この時代、1511年にすでにマラッカはポルトガルによって滅ぼされている。
マラッカを拠点としたポルトガルの武装商船が呂宋に居るのはある意味当然の事だった。
翌日、義勝は京を経由して安土に向かう、忍びの学校を作るより遥かに大掛かりな事をする必要があるからだ、安土に着くと、直ぐに太政官を招集して評定を行う。
「皆も、滝川貞勝の報告書を読んだな」
「はい、呂宋で天狗を見かけたと言う話ですね」
「その天狗は、天竺より更に西の果ての国から来た者共だ、お主ら北条執権の頃の『元』の都『大都』に
『馬可・孛羅』と言う異国の男が居たと言う話を知らんか、この男はその天狗と同族だ」
「なんと、天狗では無く人だったのですね」
「そうだ、元では南蛮人と言われた様だな、その言葉通り危険な者達でもある、倭寇より更に厄介な海賊、武装商人だと思えば良い、そんな者共が呂宋まで来ていると言う事は、やがて日の本にも来るであろう、私はこれより博多に赴く、そして彼の地で城を築き、南蛮人の襲来に備える事にする、異論がある者はいるか?」
「父上、そのお役目私に」
「いや、義家は国を纏めて兵を養う事に専念せよ、季光、定李、先日申した『模擬戦』の事、急がせよ
兵を今から鍛え直すのだ」
「はは」
評定を終えた義勝は直ぐに海軍卿の村上康吉と工部卿丹羽長政、大蔵卿平手経英を呼び寄せた、
そして、南蛮人の襲来とそれに備える為の城の建築、更に海軍の増強を指示する、大蔵卿にはその為の支出を了承させた。
博多までは堺から船で行く事に決めて、村上康吉に御座船の用意をさせる。城の建築なので当然丹羽長政も同行する事になる。
そして、義勝は岐阜に居る次男義輔を呼び寄せた、義輔は先の戦いで何か思う事があったらしく
清州の城を出て岐阜鎮台で、兵達と暮らして訓練に勤しんでいると言う事だった、
長男の義家と違い、義輔の武の師匠は千秋季光、文の師匠は千秋定李だった、これは義輔の母、熱田の方こと「かな」が二人の妹だった事による。
「父上、お呼びですか?」
と義輔は部屋に入ってきた、義輔も身長は六尺を超えていて、顔立ちは母側で美男美女の千秋家の血が濃く出ている様だ。
「(こいつ、生まれる時代が違ったらモテるだろうなぁ、いや今でもモテるのか)」
とゴリマッチョと渾名されたハルトの記憶がそう告げる
余計な意識は振り払って、義勝は南蛮人の脅威について、義輔に話す。
「その方、私と一緒に博多に行ってくれぬか、南蛮人への備えを任せたい」
義勝がそう言うと、義輔は即答した
「そのお役目、承ります」
「そうか、それとこれよりは、警護の者を着ける、龍造寺胤家入ってまいれ」
義勝がそう言うと、龍造寺胤家が部屋に入ってくる、流石に六尺を超える男が三人も居ると部屋が狭く感じる。
「其方も知っていよう、この胤家は先の武道大会の相撲の部で優勝した強者だ、剣も槍の腕も立つ、そして龍造寺家は、肥前国の国人領主だ、九州では役に立つだろう」
と言うと、龍造寺胤家は静かに義輔に頭を下げた。
「足利右兵衛佐義輔じゃ、よろしく頼む」
と義輔も挨拶を返した。
龍造寺家は九州の国人領主の多くが討伐される中で早々と幕府に許順をして本家は今は子爵家となっている、本家の当主はこの胤家の弟の家和が継いでいる。
本来の嫡男である胤家が家督を継げなかったのは、当時の主家である千葉家が胤家の武勇を恐れたとも
胤家が家中の者と争いを起こしたからとも言われている。
「出立は船の用意が出来次第だ、用意をしておく様に」
と義勝は義輔に告げた。
それから一週間後、義勝の御座船は堺を出て博多に向かって瀬戸内海を帆走している。
「そういえば、大内義興殿が亡くなったのは瀬戸内海だったか、どの辺りだ?」
義勝は隣の村上康吉に聞いてみた。
「瀬戸内ではありませぬ、豊後水道の難所でございますが、ここからは見えません、そもそも
博多に行くのなら、そこは通らぬのですが、未熟な者が舵を取っていたのでしょうな」
と言う事だった。
ふと見ると龍造寺胤家が退屈そうに海を眺めている。
「胤家、暇そうだな義輔はどうしている?」
「あちらで、丹羽殿と一緒に横になられています」
どうやら、義輔も丹羽長政も船酔いの様だ、穏やかな瀬戸内海でも初めての海の船は辛い様だ。
「大御所様はお加減はなんとも無いのですか?」
と村上康吉が聞く、
「私は伊勢湾を何度も船で渡ったからな」
「左様ですか、伊勢湾だと九鬼の船ですな」
と康吉が言うが、実はその船はハルトとして乗った伊良湖と鳥羽の間の伊勢湾フェリーの事だ。
この船は正史の戦国期に使用された和船の安宅船では無い、外洋航海が可能な大型の唐船(ジャンク船)だ。
義勝としては、海上での攻撃力に勝る南蛮船(ガリオン船)で艦隊を建造したいと思っているのだが、残念な事にまだ南蛮船は日の本には現れていない、今回の博多行きで、異国の商人から購入できたら良いと考えている、日本の船大工の技術があれば、一隻の見本があれば直ぐに複製が可能な筈と思っている。
航海は順調で風と潮の流れに上手く乗れた事で、堺を出てから三日目に船は博多の湊に到着した。
この頃には義輔も丹羽長政も元気になっていた。
港には筑前国県令明智光綱や博多の大商人神屋宗湛、島井茂久達が出迎えている。
船を降りた、義勝は明智光綱達の
「大御所様、御尊顔を拝し……」
と言う挨拶を手を振って止めた、
「良い、それよりも、早く県庁に案内せよ」
と言ってから、明智光綱の後に控える、利発そうな少年を目に止めた、髪の型からまだ元服前なのがわかる、光綱は義勝の視線に気が付き
「大御所様、これに控えますのは我が嫡男彦太郎にございます」
と紹介をする。
「明智殿の御子息なら、文武両道に間違いなかろうな」
と聞くと彦太郎は
「恐れながら、四書五経、六韜三略は収めております、大御所様は「孫子四如の旗」をお使いと伺い
一目拝見したいとお出迎えの列に加えていただいたのですが……」
と残念そうに言った。
「その旗は確かに私が作った旗だ、だが今は安土の親衛隊の旗となっている、相済まぬな」
と義勝が言うと光綱は恐縮して息子を叱りつけた。
「大御所様になんと無礼な、お詫びをせぬか」
「良い良い、利発な若者は良い物だ、彦太郎殿、剣の方はどうか?」
「陰流 愛洲久忠殿より皆伝をいただいております」
と答えた。
「明智光綱殿、立派な御子息ではないか、まだ元服前の様だが、私が烏帽子親になって進ぜよう」
と言うと
「ありがたき幸せ」
と光綱は片膝を突いて平伏する、それを見た彦太郎も同じ様にした。
「おお、そうであった、これは我が次男、義輔じゃ年の頃は彦太郎殿と同じ位だな、しばらく博多に居るのでよろしく頼むぞ」
そう言って、光綱の案内で県庁に向かう。




