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外伝3 尾張服部党 服部友成

今回は敵側では無く、家臣の重鎮となる服部友成の話になります、ちなみに友成は架空の人物です。

 尾張服部党を率いる服部宗信は、伊勢長島『願証寺』の建立に関わった土豪である、尾張服部党は、南朝方の名将楠正成の妹を娶った服部元就に連なる一族とされていて、忍で有名な伊賀の服部家とは、南北朝の頃に別れた家系と言われている。

 その為、宗信は伊賀の服部家とも親戚付き合いを続けており、当代の『服部半蔵』(伊賀服部家の当主は代々半蔵を襲名している)とは義兄弟の関係にあり、一族の若者は皆伊賀で忍びの修行を受けている。

 この頃、服部党はその忍びの術を活用して、情報収集、後方撹乱、要人警護等の傭兵として各地の領主や大商人に雇われる事を生業としていた。そして本願寺八世蓮如の六男蓮淳の身辺警護を請け負った事から、浄土真宗に帰依して、伊勢長嶋願証寺の寺侍達を率いる立場にもある。

 現在は尾張国河内一帯を領地として『津島神社』や『津島湊』の警備も請け負っており、清洲の奉行織田信貞が津島湊を攻めた際に、津島の大商人堀田家や大橋家から依頼を受け織田信貞と戦っている。津島衆が織田信貞と和解した後も服部党は織田信貞とは敵対関係であり続けていた。

 そんな、織田信貞が先頃、若干19歳の、尾張守護斯波義達の嫡男斯波義為に居城『勝幡城』を攻められて、降伏して出家させられた……と言う話が聞こえて来て宗信は義為に大いに興味を抱いた。

「あの強欲な男が、武衛家の19歳の小僧に負けるとはな、斯波の殿とは一度しかお目にかかった事は無いが、はてその様な武辺者の子息が居るとは知らなんだ」

と酒を舐めながら、嫡男の宗政、次男の友成と話をしている。

「父上、その斯波義為殿ですが、最近良く願証寺の寺主様の所に遊びに来られています、私も一度お姿を拝見いたしましたが、六尺を超える偉丈夫で、噂ですが八人張の強弓を引き、槍や剣の腕も斯波家中で誰も敵わないと言われ、鎮西八郎為朝公の再来と言われています」

 と嫡男の宗政が答えた、宗政はこの時26歳、武力より謀や情報収集に優れる、この宗政の孫が正史で織田信長と戦った服部友貞になる。


「そう言えば、熱田の千秋殿が懇意にされている様で、確か次男の定季殿が斯波義為殿の副将と言う事で

何でも、全身赤い具足で揃えた「朱雀隊」と言う独自の組を作り「孫子四如の旗」を掲げていると、津島の大橋殿が仰ってましたね、それにどうやら商いにも明るい様で、居城の『勝幡城』の城下は「楽市楽座」と言う施策で賑わい、街道を整備して駿河、三河、尾張の関所を全て廃止したそうで、津島衆や熱田衆の大商人達は挙って斯波の若殿に詣でている様です」

 これは次男の友成だ。友成は22歳、兄と違って武勇に優れ、忍びの術も心得ている。

先の織田家との戦いでは織田家の一族と侍大将を討ち取っている。

 いずれにしても、情報の収集を生業にしている服部党の当主の息子達だ、尾張の情勢や守護家の情報に詳しいのは当然の事だろう。

「ふむ、その斯波の若殿、一度会ってみたい物だな」

と宗信は言って話を終わらせた。


 そして数日後、願証寺の実恵の元を訪れた義為と定季に、宗政は初めて対面する事になる。

「斯波の若殿、御尊顔を拝し恐悦至極にございます」

と形通りの挨拶をしたが、義為は

「貴方が服部党の当主ですか、一つ聞きたいのですが、何故織田信貞を討たなかったのですか?」

といきなり質問してきて、宗政は驚愕した。

「は、その、津島衆の依頼は街の防衛でしたので」

と答える、実際に戦場で織田信貞を討つのは容易い事だったが、もしそうすると、主筋の尾張守護代

織田大和守家の逹定と全面戦争になってしまう危険があった、だからあえて信貞を見逃していたのだ。

 義為は津島衆から津島湊を巡って服部党と信貞の戦いを聞いて、疑問に思った事を聞いたに過ぎないが

宗政はその質問の裏を読んだのだ。

「そうか、依頼ですか……貴方が信貞を見逃したせいで、この千秋定季が苦労する羽目になったのですよ、そうですね定季」

と義為は笑っている。

「はい、義為様、城攻めはなかなか面倒ですからね」

と千秋定季も涼しい顔で答える。

「これは、恐れ入りました、誠に申し訳ございません」

と平伏をしながら宗政は即断した。

「(これで19歳とは末恐ろしい、今の内に懐に入って置くのが良策か)」

「恐れながら、若殿に申し上げます、ここに控える我が次男、服部友成を若殿のお側でお仕えさせて頂け無いでしょうか?」

「服部友成殿、織田との戦では大層活躍をしたそうですね、願っても無い事、銭1000貫でどうでしょう?」

 いきなり俸禄、それもかなりの高禄を提示されて友成は一瞬だけ硬直したが、直ぐに

「は、ありがたき幸せ」

と平伏をする、すると、ここまで黙って話を聞いていた寺主の実恵が

「これは、良きご縁ですね、斯波の若殿も服部党も我が宗門にとって大事な方々です、御仏のご加護があります様に」

と話を〆た。


 河内の館に戻った宗政は、友成に命じる

「良いか、あの若殿は只者では無い、斯波武衛家は本来管領となる家柄、服部党の精鋭200をお主に預ける心して仕えよ」

「はい、父上」


 こうして服部友成は、200名の郎党を連れて、勝幡城に入った。

城に入って、城主である斯波義為に挨拶をすると、馬廻り衆、侍大将の待遇を与えられ、城内の二の丸に屋敷を貰う事になった、しかも義為自ら城内の案内をしてくれた。

 「ここが二の丸だ、その方達馬廻り衆の屋敷はここだ、そこの二軒が空いているので好きな方を使ってくれ、それと身の回りの世話をする者が必要なら、朱雀隊付き『手代』に言えば手配される」

 次に案内されたのは練兵場で、建築途中の三の丸の半分を占めていて、1000名を超える兵が鍛錬をしているのが見える。

「郎党を連れてきたそうだな、そこが兵(足軽)達の長屋(兵舎)になる、まだまだ空きがあるから好きなように使うが良い、家族持ちが居るなら城下に別の長屋があるからそちらを使え、おう、そろそろ朝の鍛錬が終わるな、飯にしょう」

 長屋の横に寺の本堂の様な建物があり、そこに入ると美味そうな匂いが漂ってくる。

「我が家では、鍛錬後はみなここで飯を食う事になっている、結構美味いぞ」

そう言うと、義為は木製の盆を取り、その上の木製の皿と器と箸を置いて、賄い婦の前に立つ

賄い婦が

「若様、今日はお早いですね」

と言いながら、皿に何か乗せて、器に汁を入れる。

「今日は鶏か?美味そうだな」

「若様から教えていただいたこの味噌焼きが好評ですからね」

と賄い婦は平伏するでも無く普通に返答している。

「友成、飯は握り飯だ、好きなだけ取って構わんぞ」

と義為は言うと、握り飯を三個取り盆に乗せた。

 室内には縁台が多数並べられていて、どうやらそこに座って食べる様だが、義為は四人程が居る所に

行き、縁台に腰を降ろすと、友成に隣に座る様に促した。

「あ、あの若様の隣とは、恐れ多く……」

と友成が言うと

「ここでは兵も将も関係無い、鍛錬の後では皆で無礼講で飯を食うのが我が家の家風だ、そちも早く慣れる様に」

と笑われた。

「皆、新しい馬廻衆の服部友成だ、今日から侍大将として私に仕える事になる、皆も名は聞いた事があるだろう」

「服部殿、柴田勝達と申す、そうかお主が津島で織田敏宗殿と塙義元殿を討ち取った服部党の者か、これは頼もしい」

「服部殿、飯の後で早速手合わせを願いたい」

「おい、千秋殿、お主自己紹介を忘れているぞ、服部殿、佐久間盛通と申す、よろしく頼む」

「これは、うっかりした、千秋季光と申す、槍隊を預かっている」

と口々に挨拶をしてくる、千秋季光以外は元守護代の織田家の出身の者達だ。

「季光、気が早いな、まずはゆっくり飯を食え」

と義為が言うと、全員が笑っている。

 どうも、この家は普通の常識が通じ無い様だ、城主が家臣の馬廻衆と一緒に飯を食べる様な家は聞いた事が無いし、無礼講にも過ぎると内心で思ったが、握り飯を頬張ると

「(いやしかし、これは美味い!)」

と初めて食べる味の握り飯と鶏の味噌焼きを堪能した、見ると一緒に連れて来た郎党達も皆美味そうに飯を食べている。

「若殿、この飯のお代は?」

と聞くと、その場の全員が笑って、代表して先程平手経英と名乗った男が

「服部殿、この城では飯はタダじゃ、お主の郎党達にも遠慮無く食わせてやれ、ただし鍛錬をちゃんとする事が条件だがな」

「友成、お主の連れて来た郎党から、弓に優れた者を25人、槍に優れた者を50人選べ、弓は私が、槍は

季光が教える事になっているのでな、残りの者は足軽として、お主が鍛錬する事になる、お主には500名の足軽を率いて貰うからな、斯波家の鍛錬法を学んでくれ」

「は、かしこまりました」

 友成はそう返事をしたが、自分も郎党達も伊賀で鍛錬を積んでいる、今更何の鍛錬が必要かと内心で

思っていた、だが直ぐにその考えが甘かったと思い知らされる。


 その日は、ほぼ全員が見守る中で、斯波家で二番目の槍の使い手と自称する千秋季光と槍で立ち合う。

立ち合いと言っても使うのは、稽古用の槍で穂先に韋で包んだタンポが結びつけられた槍だ、刺さる事は無いが打ち付けられれば打撲傷を負う事になる。

「(う、これは)」

 正直、友成は千秋季光を舐めていた、事前の調査で季光が熱田神宮の大宮司家の嫡男だとわかっている

神職の若様の槍など大した事は無いと思っていたからだ。

 だから最初は、手加減をするつもりでいたが、槍を繰り出す速度、受けと攻めの技の正確さは少し気を抜くと友成でも危ない所だ、なので途中から本気で立ち合いをする事になる。

「それまで!」

「友成、見事な槍の腕だな、季光と互角とは流石は噂通りだ」

と義為は満足そうだ。

「は、まだまだ修行が足りません、千秋殿の突きの速さは見事な物です」

これは本心だ、

「それにしても、千秋殿が二番目の使い手とは、あの斯波家の一番の使い手とはどなたなのですか?」

「なんだ、お主知らんのか、一番は勿論若殿だ、私は五本立ち会って一本取るのがやっとだった」

と千秋季光が言うと、柴田勝達が

「季光、その一本が凄いのだ、私も槍には自信があったが、若殿から今だに一本も取れない、昔、若殿に槍の指南をしたのは私なのに情け無い事だ」

「権二、それはお主が歳を取っただけだろう」

と佐久間盛通が言うと、全員が爆笑した。

 そうやら斯波の若殿が強いのは本当の話の様だ。


 その翌日から鍛錬が始まる、午前中は義為が考案したと言う、全身の鍛錬。

伊賀の里で、山を走らされた以来、久しぶりに半刻ほど練兵場を走る事から始まり、腕立て伏せと言う鍛錬や石を抱えての膝の屈伸スクワット、更に腹筋と背筋の鍛錬等、伊賀の里でも行った事の無い鍛錬がある、そして飯を食べた後は、少し休憩して、自分の組となった足軽達と剣の立ち合い。

 実戦空手の流派に100人組手と言う修行方法が有るが、これと同じ様に友成は毎日100人以上の兵と

実戦形式で立ち会う事になる、驚いた事に、馬廻衆達は全員がこれと同じ鍛錬を軽々とこなしている。

 服部党の精鋭を連れて来たはずが、

「こんな鍛錬、伊賀の里より遥に厳しいです、飯は美味いですがこれはエライ(辛い)」

と泣きが入る位だ、しかも、義為は毎日練兵場に来て、一緒に鍛錬をしているから手を抜く事もできない

 だが一月もすると自分も兵達も体格が一回り大きくなり、他の斯波の兵達と遜色無い動きができる様になり、元々が武術の才があった者達なので皆、目付きが変わり楽しそうに鍛錬をする様になって来た。

 弓隊に配属された者の中には四人張りの強弓を引く事ができる者も出て、その者は俸禄が大幅に上がり

「あの、お頭、こんなに貰ってもよろしいのでしょうか?」

と困惑した顔で聞いた来た。

「(斯波家の兵が強いと聞いていたが、こう言う事だったのか、これは父上と兄上に言って服部党でも取り入れないと)」

と真剣に思う様になった。


 それからしばらくして、友成は郎党達共々、平手経英に呼ばれ城の倉に行くと、そこには顔馴染みの

津島の大商人、堀田弥五郎が笑顔で待っていた、弥五郎の周りには番頭や手代達が、長物差しを持っている。

「平手殿、堀田殿、これは?」

と聞くと平手経英は、

「朱雀隊では武具や具足は支給品を使う事になっています、皆朱雀隊の一員として認められたと言う事です、寸法を測りますから、そこに並んでください」

と言う事で、身の丈や、胴回り、手足の長さを図られて、手代がその寸法の具足を持ってくる、具足は全て赤漆で塗装されている。

「うわ、これが例の赤備えか」

と友成が思っていると、 郎党の一人が

「あの、本当にこれを? これは小っ恥ずかしい」

と、友成の内心を代弁してくれた。

「あの、平手殿、普通の具足ではいけないですか?」

と一応聞いて見ると、

「これは若殿直々の御意向ですからな」

と言う事で、拒否権は無い様だ、伊賀の教えでは具足や武具は地味で目立た無い物と言う事だったのだが

こればかりは仕方が無い。

「服部友成様、兜の前立てはどの様な物にいたしますか、侍大将の方々は皆様独自の物を選ばれていますが」

 そう言って堀田弥五郎は様々な前立ての絵を見せてくれる。

友成はその中に『南無妙法蓮華経』と書かれた物を見つけて、弥五郎に聞いてみた

「これ、『南無阿弥陀仏』の六字名号で作れますか?」

「お安いご用です、三日ほどお待ちください、御屋敷の方にお届けいたします」

と言う事で、初めて自分専用の前立ての兜を作れて、友成は少しだけ嬉しかったが、

「これで普通の具足だったらなぁ」

と思っていたのは内緒だ。


 そしてそれからしばらくして、朱雀隊は美濃に出陣する事になる、友成は赤備えの具足に身を包み

勝幡城の練兵場で、自分の部隊を整列させて出陣の下知を待っている。

 そこに義為が来たが、何か浮かない顔をしているので友成は

「若殿、どうかされましたか?」

と聞くと、

「いや何、千秋の兄弟を見ていると、赤備えが映えると思ってな」

と言う、確かに千秋兄弟には赤備えの具足がとても似合っていると友成も思う、

「そうでしたか、この具足良い物ですが派手過ぎて、私も些か面映いですな、しかし、若様も良くお似合いですよ、お若いのに既に大将の風格がお有りです」

と言うと、義為は友成が同類だと思ったのか嬉しそうな顔をして

「良し、出陣するか」

と声を出して、練兵場の兵の前に立った。

友成はその姿を見て、

『(本当に風格の有る大将だ)」

と思い、自分の馬に騎乗した、友成の朱雀隊としての初陣となる美濃出陣が開始された。 

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