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デバッグしてたらものすごいバグに遭遇した件

 俺、工藤くどう りょうは、今日も今日とて黙々とゲームの試験工程デバッグをこなしていた。


 現在担当しているのはリリース間近の自社開発の大作ファンタジーRPGだ。ゲーム開発に携わるクリエイターたちが次々と特集記事に取り上げられるなか、デバッグ担当の俺が表に出ることは、当然ながらない。

 だが、ゲームに没入しているときにバグに遭遇したら、プレイヤーは絶対萎える。少なくとも俺はそうだ。最高のゲームを最大限楽しんでもらうために、ゲーム磨き上げる仕事。それがデバッグ。そういうわけで今日も俺は、この地味な使命を黙々と果たしている。

 ……とはいえ、たまにはクリエイティブとは程遠い仕事に、飽き飽きしてしまうことも、まあ、ある。


 今日の俺のタスクはラスボス戦のチェック。来週から、ラスボス戦からゲームのラストシーンまでの試験工程が本格的に始まる予定になっている。その前に一通り該当箇所をプレイし、開発チームの作ったテストケースに抜け漏れがないかを確認するわけだ。


「お、やっとラスボス戦か」


 モニターにはこのゲームのラスボス、悪魔王・ヴァルカスが登場するシーンが映し出されている。息遣いまで伝わってきそうな美麗なグラフィック、ヴァルカスの悲哀を感じさせる激しくも哀愁を帯びたテーマ曲、そして熱い台詞の数々――このボス戦に、開発チームがどれほどの情熱を注いだかが伝わってくる。


『さあ、見せてもらおうか。お前の全力を』


 ヴァルカスの冷たい視線が主人公キャラを射抜き、壮絶な戦いが始まる…はずだった。


 次の瞬間、ヴァルカスが突然武器を下ろし、身体をくねらせ始めたのだ。


「え、ちょっと待て……何だこれ?」


 俺は目を疑った。


 元気に腕を上げ、ターンを決めるヴァルカス。軽やかにステップを踏むヴァルカス、振り返ってウィンクするヴァルカス……。


 ヴァルカスはなんと、突如女性アイドルばりの振り付けで踊りだしたのだ。しかも音楽はラスボス戦の荘厳なテーマ曲のまま。なのに、振り付けと音楽が妙にマッチしているのがさらに奇妙だった。 その様子は、シュールを通り越してカオスだ。


 そして極めつけに――。


『満足か?』


 一曲踊り終わると、ヴァルカスは可愛く手でハートマークを作り、ドヤ顔で決め台詞を囁いた。そして、何事もなかったように武器を拾って戦闘態勢に戻る。


「……何これ?」


 あまりの出来事に俺は数秒間、頭が真っ白になる。が、その後、こみ上げる笑いを抑えきれず、人目もはばからずデスクで爆笑してしまった。ディスプレイの前で肩を震わせながら録画機能を起動し、何度もその奇妙すぎる光景をリプレイする。


 俺は半ば混乱しながらエンジニアの佐久間を読んで、現象を確認してもらう。


「ぶっ! な、なんですかこれ……こんな不具合ありえます?」

「エンジニアのお前が言うなよ!」

「はは、まあ確かに……ちょっと原因調べてみます」


 佐久間が調査したところ、以前ヘルプでデバッグを手伝ったアイドルゲームのモーションデータが、俺のPCに残っていたらしい。それが原因で、偶然このおかしな現象が生まれたということだ。


「なんだ、俺の環境が悪かったのか。忙しいところ調べてもらったのに、ゴメンな」

「いえいえ。面白いものが見れたんで、ぜんっぜんいいですよ!」


 佐久間が言う通り、このヴァルカスダンスは面白い。めちゃくちゃ面白い。俺は使命感にも似た思いで、開発チームのチャットに何の説明もつけずに録画データをアップロードした。


 数分もしないうちに、チャットは大騒ぎになった。


「なにこれ腹痛いwww」

「ヴァルカス踊り上手すぎて草www」

「しかも最後の『満足か?』って何!? これ本当に偶然のバグなの?」


 偶然の産物であるヴァルカスダンスが開発チーム内のミームと化した瞬間だった。


 * * *


 それからというもの、開発チーム内の雰囲気は過去最高に盛り上がった。ミーティングでは事あるごとに「満足か?」と言い合い、メンバーがすれ違う際にはハートマークのハンドサインを送り合う。動画編集が趣味のメンバーがMADを作れば、休み時間にみんなでそれを鑑賞して爆笑。

 最終的にはディレクターが「このバグ、仕様として残せないか?」と言い出し、ヴァルカスダンスは隠し要素としてゲームに実装されてしまった。


 そしてゲーム発売後、このヴァルカスダンスはSNSを中心に()()()()。開発チーム内のミームが、本物のインターネットミームになったのだ。


「ヴァルカスが突然踊り出したとき、笑いすぎて手が震えた」

「『満足か?』の破壊力やばい」

「ラスボス戦が楽しすぎて5回やり直した」


 ヴァルカスダンスは海外のユーザーも巻き込んだ大きなムーヴメントとなり、ゲームの売り上げにも少なからず貢献したという。


 * * *


 そして俺はまだ、試験工程デバッグを担当している。


「おっ、次はボスキャラだな。何か変な動きしないか、じっくり観察してやるか」


 いつものように自席で黙々と、時にはヴァルカスのことを思い出しながらゲームを磨き上げている。

 少しだけ退屈だと思っていた仕事の中にも、光る何かがある。それがふと、実を結ぶこともある。ヴァルカスダンスのおかげで俺は、この仕事をもっと好きになれた気がした。


 俺は今この仕事に、満足してる。

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