5.使い道
「君は君の主人がなぜ私に妙な加護を授けたか知っているか?」
「そんなの、ご主人様がヒアデス様のオタクだからでちゅ!」
即答するハムスターを前にしたヒアデスは、言葉の意味を掴み損ねて首を傾げた。
「私の……オタク?」
「そうでちゅ! ご主人様は前世からずっと、ヒアデス様が推しなのでちゅ!」
「……前世? ……推し?」
「どういう意味なのでしょうか?」
「さあな。魔女も同じような単語を口走っていた。魔女の呪術に関する隠語か? はたまた、何かの暗号という可能性もある」
「いずれにしろ怪しいですね。捕らえて尋問しますか?」
主人のことを誤解されている気がしたイベリコは、力の限り叫んだ。
「怪しくないでちゅ!! ご主人様は毎日毎日、ヒアデス様の幸運を祈ってるだけでちゅ! ヒアデス様のことが好きすぎて、ヒアデス様が少しでも立ち寄った場所に行っては聖地巡礼してるでちゅ!」
「聖地……巡礼?」
「それにご主人様の部屋はヒアデス様の色、緑色ばっかりでちゅ! 部屋だけじゃなくて、靴下もパンツも全部緑にしてるでちゅ! 稼ぎの全部をヒアデス様の推し活に使うんでちゅ! だからうちはいつまで経っても貧乏なのでちゅ!」
「……アイン。私はいったい、何を聞かされているんだ?」
肩で息をするハムスターを前に、ヒアデスは緑色の目を瞬かせるばかり。
「えーと……。この魔女は主君の立ち寄った場所に行ったり、下着まで主君の色にしたり……。つまり、主君に想いを寄せる悪質なストーカーだと言いたいのでは?」
有能なアインが支離滅裂なイベリコの言い分を分析すると、ヒアデスも得心したように鼻血を流して白目を剥いているラリルを見下ろした。
「なるほど。妙だと思っていたんだ。私と目を合わせようとしないくせに、顔を近づけると真っ赤になったり焦ったり。最初はぐちゃぐちゃで嫌がらせかと思った包装紙も、二回目以降はこれでもかと手の込んだ豪華な仕様になっていたり。短い会話の中で意味不明なことを口走ったり……あの奇行は好意の裏返しだったのか?」
彼女の挙動不審ぶりも自分のストーカーなのだとしたら納得だと頷くヒアデスの言葉に、アインは蔑むような目をラリルへと向けた。
「だとしたら絶望的な変態性です。しかし、この使い魔の話も信用できません。主君もおっしゃっていたではありませんか。善意や好意でここまでの加護を授けるのはあり得ないと」
「それはそうだが……」
「主君はこの店に通うようになるまでこの魔女と面識がなかったのでは? そんな相手にあの規模の加護を授けますか? 宮廷魔法師がひっくり返るほど強力な加護だったのでしょう? だからこそ主君も第一王子や王妃の関与を疑っておられたはず」
ラリルに警戒の目を向けるアインは、どうにも腑に落ちない魔女の行動に疑念を抱き続けているようだった。
「確かに、いくら私が王子といえど、会ったこともない女にここまで好意を寄せられる理由は分からないな」
「ですから、この使い魔がデタラメを言っている可能性が高いです」
「デタラメじゃないでちゅ! ご主人様は本当にヒアデス様が好きなだけなんでちゅ!」
悩ましげに眉を寄せるヒアデスとラリルを疑うアインを見たイベリコは、主人の想いが疑われることだけは許せないとばかりに反論した。
「そうは言っても、私は君の主人にそこまで好かれる理由が分からないんだ。君は彼女がなぜ私を好きなのか知っているのか?」
記憶を辿ったイベリコは、ラリルが漏らしていた言葉を思い出しながら答えた。
「ご主人様はヒアデス様の腹黒いところが大好きでちゅ!」
「………………腹黒い?」
「ぶっ!」
ヒアデスの背後で盛大に吹き出したアインは、主人の無言の圧を受けて咳払いをしながら笑いを誤魔化した。
「あと、ご主人様が一番好きなシーンは、アニメ一期最後の狩猟祭でブラキウムとゾズマの矢に細工して強引に引き分けに持ち込んだ時の、策士なヒアデス様でちゅ!」
「「!?」」
イベリコのこの一言に、ヒアデスは鋭い瞳をアインに向けた。
「……アイン」
「あ、あり得ません! あの件を知るのは私と主君だけです。処理は完璧でした。他の者に細工のことが漏れるなど絶対に不可能です!」
「ふむ……」
考え込んだヒアデスは、小さなハムスターをジッと見下ろした。
「イベリコ。君は先ほど、私が腹黒いと言ったよな? それはまさか、私がこれまで裏でしてきた数々の行いを、君も君の主人も知っているということか?」
「もちろんでちゅ!」
短い前脚を腰に当てて堂々と胸を張るイベリコに、ヒアデスは探るような目を向ける。
「君達はどうして、私のことをいろいろと知っているんだい?」
「ずっと見てたからでちゅ。ご主人様は暇さえあればアニメのヒアデス様を見てたでちゅ!」
「ずっと〝見てた〟?」
「主君。やはりこの者達は危険です。こちらの弱みを握られている可能性があります。今ここで始末すべきです」
ナイフを光らせるアインを、ヒアデスは手で制した。
「まあ、待て。もしそれが魔女の能力だとすれば、利用価値がある」
「しかし……っ!」
「この魔女は私のことが好きだというじゃないか。そうだろう、イベリコ?」
「はい! ご主人様は、前世からずっとヒアデス様だけを見てきたのでちゅ! 本当にヒアデス様がご主人様の全てなのでちゅ!」
「ちなみに先ほどから君が言っている、〝前世〟とはなんだ?」
「この世界に生まれる前のことでちゅ」
イベリコは得意げに答えた。
「ではつまり、この魔女は生まれる前から私のことをずっと見守っていて、私のことが好きだからせっせと加護を与え続けていると?」
「その通りでちゅ!」
「…………あっははは!」
大きな口を開けて腹が捩れるほど笑い出したヒアデスは、涙を拭いながら側近を仰ぎ見た。
「なぁ、アイン。本当に面白いと思わないか? こんな真相、考えもしなかっただろう?」
「…………」
「生まれる前から私のことが好きだって? 私の行いを全て見てきた? なかなかロマンチックじゃないか。私はてっきり、兄上か王妃の回し者だと思っていたんだが。くくく。そういうことなら話は別だ」
ラリルを見下ろすヒアデスは、ニンマリと笑っていた。
「この魔女は丁重に扱おう。いい使い道を思いついた」