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3.尋問



「入ってこい」


 ヒアデスが戸口に向かって呼びかけると、店内に一人の青年が姿を現した。


 細身の体型と鋭い目つき。見覚えのある顔にラリルは思わず叫んでしまう。


「あなたは……っ! ヒアデス様の側近、アイン!!」


「なぜ僕のことを知っている?」


「そ、それは……っ」


 アニメの中でヒアデスの右腕として暗躍するアインは普段、影に徹してあまり人前に姿を現さない。


 それを一目で名前まで言い当ててしまったラリルは疑いの目を向けられた。


 怪しむようなアインの視線を避けるラリルだが、目を逸らせば逸らすほどますます疑念は深まる。


 息が詰まりそうな空気に助け舟を出したのは、ヒアデスだった。


「まあ、いいさ。互いに種明かしといこうじゃないか」


 店内に置いてある椅子に座り込んだヒアデスの前で、ラリルは所在なく立ち尽くすばかり。


 ラリルの様子をジッと観察するヒアデスは、敢えて自分から話を切り出した。


「実は私がこの店に通うようになったのは、あることを確かめたかったからなんだ」


「あ、あること?」


「まさかとは思っていたんだが、どうやら正解だったらしい」


「えっと……?」


 心当たりのないラリルの戸惑いなど構うことはなく、ヒアデスは微笑を浮かべながら話を続ける。


「近頃、私の周りではとても奇妙なことが起こっていてね」


「……奇妙なこと……ですか?」


「例えば。これといった資源もなかった私の領地から、急に金脈が見つかったりだとか」


「……っ」


「偶然助けた老婦人があの有名なプレアデス辺境伯の奥方で、堅物と言われる辺境伯にいたく気に入られてしまったりだとか」


「……っ」


「王位継承戦のライバルである兄と弟に、立て続けに不祥事が発覚したりだとか」


「……っ」


「他にも投資した事業はことごとく成功し、気まぐれでやったことが善行として知れ渡り、国民からの評判は増すばかり。幸運が幸運を呼び、やることなすこと全てが意図せず上手くいきすぎて薄気味悪さすら感じるほどなんだ」


「……っ」


 指先でトントンと机を叩くヒアデスは、冷や汗を垂らし始めたラリルを鋭い眼光で見つめ続けている。


 何かを言うたびにビクビクと反応するラリルはどう見ても怪しい。


 そのままヒアデスは核心をついた。


「これはいよいよ普通ではないと思い始めた。私の身に何か不可思議なことが起きているのではと。そこで宮廷魔法師にこの現象について確認してみたんだ。するとなんて言われたと思う?」


「えっと、な、なんのことだか……」


 挙動不審のラリルが震えながらシラを切るも、ヒアデスの緑色の瞳はすでに全てを知っているようだった。


「私にとんでもなく強力な〝幸運の加護〟がかかっていると言われたんだよ」


「……っ!!」


「おかしいと思わないかい? 私はそんな加護を誰からももらった記憶がない。なのにこの加護は日に日に強くなっているという。このままでは私が王位に就くのも時間の問題だと。いったい何がどうなっているのやら」


 肩をすくめたヒアデスは、青ざめていくラリルを見て目を細めた。


「そんな折、ふと市井の片隅で噂を聞いた。とても強力なまじないを売りにしている魔女の店があると。特に幸運のまじないに絶大な効果があるとか。私の身に起きていることと関係があるのか定かではなかったが、調べてみる価値はあると思った」


 ラリルは死刑宣告を受けるような心持ちだった。


 オタクとして、絶対に推しに知られてはいけないオタ活を知られてしまった気分だ。


「そして行き着いたのが、この店。つまり君なんだよ、ラリル・ルルレ」


 頬杖を突いたヒアデスは、ラリルにとっては破壊的な美貌を爆発させる。


(ヤバい、目がぁ……!)


「最初に買ったまじないの紅茶。あれに込められていた幸運のまじないが、私にかけられた加護と類似していた」


 突如現れた推しの姿に驚愕したあの日を思い出す。


「その後も君が自発的にサンプルを提供してくれたことで調査はスムーズに進んだよ。街外れのオンボロ店をひっそりと営む魔女なんて、大した実力もないだろうと思っていたのだが。とんだ思い違いだった」


 棚が空になる勢いでヒアデスにまじないの紅茶を押し付けたラリルは、自ら墓穴を掘っていたのだ。


「持ち帰った紅茶を全て分析した結果、私にかけられた加護とまじないの紅茶の源となる魔力は一致していた。つまり、私に妙な加護を授けたのは君だということだ」


「わ、私は何も……!」


 否定して逃げようとしたラリルの腕を、ヒアデスは素早く掴んだ。


「ひぇっ!?」


「そもそも他人に加護を授けるなんて芸当は、限られた人間にしかできないことだ。紅茶を分析した宮廷魔法師の話では、これほどの実力の持ち主は国中探しても君の他にいないだろうとのことだった」


(ヤバいヤバい! ヒアデス様の……推し様の手があぁ! ど、ど、どうしよう……!)


「証拠は揃っているんだ。否定しても無駄だよ」


 心の中で発狂するラリルが混乱していると、ヒアデスは優雅な動作で立ち上がった。


「では本題だ」


 ゆっくりと移動するヒアデスは、掴んだままの手を引き寄せ店の片隅にラリルを追い詰める。


「私に加護を与え続けて、いったい何をする気だったのかな?」


「ひっ!」


 ドン、と壁に手をついたヒアデスに囚われるような形になり、ラリルはパニックに陥った。


「ただの善意でこんなことをする者はいないだろう。どんな思惑があるんだい? 返答によっては速やかに君を排除しようじゃないか」


 ヒアデスの言葉に合わせるように、背後に控えているアインがナイフを光らせる。


「もう言い逃れはできないんだよ、正直に白状すべきじゃないか?」

 

 推しに壁ドンされ追い詰められたラリルは、目の前が真っ暗になっていく。


「わ、わ、わ、私は…………っ!」


「おい、どうしたんだ?」


 プツン、と。


 糸が切れたかのように崩れ落ちたラリルは鼻から血を流し白目を剥いていた。


「嘘だろ……。気絶したのか?」


 咄嗟に受け止めたラリルのあまりの醜態に、ヒアデスは呆れ果てて絶句したのだった。




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