30.断末魔
「ふぉおおお! どのヒアデス様も麗しすぎる〜!! 保存、保存、保存、永久保存!!!」
スマホもどきを片手に結婚式で撮ったヒアデスの画像や動画を眺めながら、ラリルは奇声を発していた。
「いつまで画像ばかり見ているんだい?」
ラリルの手元を覗き込んだヒアデスは少しばかり不満げだ。
というのも、ここは王宮内のヒアデスの部屋であり、二人は結婚式のあとの初夜を迎えている最中だからだ。
しかし、そんな空気など読めるはずもないラリルは画面の片隅に写った友人の姿を目にして見当違いな話を始める。
「シャウラはブーケをキャッチしてご満悦でしたね!」
「はぁ……。兄上もそろそろ結婚すべきだな。いつまでもシャウラ嬢を待たせて。最近グッズの売上がいいからと調子に乗っているのか……」
「あ、あれは違いますよ。ブラキウムの売上が急増してるのは、ブラキウムのグッズが売れ残るなんてあり得ないからと、シャウラが全部買い占めてるからです」
「なんだって?」
「おかげでブラキウムのグッズ売上はゾズマを抜きました。作れば作っただけシャウラが買ってくれるので、うちとしては太客です」
「すごいな。どれだけ金をドブに捨てる気なのか……。いや、この場合は巡り巡って私の懐に入るわけだから、兄上とシャウラ嬢に感謝すべきか?」
首を捻るヒアデスを見上げたラリルは、ふと最近感じていたことを口に出した。
「ヒアデス様、ここのところ機嫌がいいですよね!」
「……そうかい?」
「はい! 推しがご満悦で私も嬉しいです!」
「君のおかげで何もかもが順調だからだよ。無事に王位継承権を放棄できたし、金脈やグッズ売上、新魔法の売却などで巨万の富を得た。プレアデス辺境伯の後ろ盾もあり、兄とも弟とも良好な関係を築きつつあるので将来どちらが王位に就いても私の立場は保証されるだろう。それに、先ほど父上から新しい領地もいただいたしね」
「え? 国王パパが新たな領地をくださったんですか?」
「ああ。君のスマホで撮ったプレアデス辺境伯の秘蔵写真を何枚か渡したら結婚祝いにとくれたんだ」
笑いが止まらないヒアデスは、次から次へと舞い込んでくる幸運に上機嫌だ。
「ほえー。前から思ってましたけど、国王パパはプレアデス辺境伯のオタクですよね!」
「オタク? 確かにあの熱量はなかなかだが、父上は辺境伯に恋心を抱いているわけではないと思うが……」
「いやいや。何言ってるんですか? オタクの愛をそんじょそこらの男女の恋情と一緒にしないでください! オタクが推しに抱く愛は、もっと神聖で大らかで山より高く海より深いんです! 恋心なんて軽い言葉で片付けないでくださいよ!」
「……では君は、私に男女の恋情は抱いていないと?」
「当然です! ヒアデス様は推し様、神様ですから! 神にガチ恋するなんて冒涜もいいところです! 絶対にあり得ません!」
自信満々に言い切ったラリルを前に、ヒアデスは頬を引き攣らせた。
「……ほう?」
「ということで! 王位継承権は放棄できましたし、私はお役御免ですよね! 前から言っていた通り偽装結婚はこの辺にして、お互い平和な生活に戻りましょう! やっと私の苦行の日々が終わります! もう夜も遅いですし、私はそろそろ家に帰りますね……って、あれ? そういえば、イベリコはどこですか?」
ここにきてラリルは初めて、いつも一緒にいる使い魔の姿がないことに気づいた。
「イベリコならアインのところでステーキを食べているよ」
「ステーキ?」
「賄賂のようなものだ」
「賄賂??」
「ステーキ一皿で一晩。邪魔せず大人しくしていることを約束させた」
「一晩???」
ヒアデスが何を言っているのかさっぱり分からないラリルの手元からスマホもどきを抜き取ったヒアデスは、ラリルが弱いと分かっている美しい笑顔を浮かべた。
「うっひょーー! なんですか、その美しすぎる笑顔は! これ以上私の心臓を撃ち抜いてどうする気ですか!!?」
「食べるんだよ」
「……え、えっと?」
予想だにしていなかったヒアデスの不穏な回答に、さすがのラリルも狼狽え動きを止める。
金縛りにあったように動けないラリルの体を持ち上げながら、ヒアデスは甘く囁いた。
「ねぇ、ラリル。もう君は、私のものなんだ。今さら逃げられると思わないほうがいい」
「…………ッ!?」
何が起きているのか分からないまま運ばれるラリルは、気づくとベッドの上に座らされていた。
「言っただろう? 私は一度手にしたものを手放すのが大嫌いだと」
言葉も出ないラリルの首筋に手を這わせ、チョーカーのガラス玉を親指で弾いたヒアデスはラリルの耳に直接吹き込む。
「逃がさないよ、ラリル・ルルレ」
言うが早いか、そのまま首を引き寄せキスをした。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッぷは! ……え? えええぇぇぇ!!!???」
「色気がないな。こういう時は黙るべきだと教えただろう?」
「お、お、教えたっていつ……っ!!?」
あまりの衝撃にベッドの上で後ずさったラリルは、脳裏に浮かぶ不鮮明な記憶を思い出した。
「ま、まさか、あの日のキスって……」
ニヤリと笑うヒアデスは、それ以上離れることは許さないとばかりにラリルの腕を掴む。
「やっと思い出したのか。夢だと思われていたのは心外だったんだよ」
「あ、あう、あうあうあぁぁ……むぐっ」
今度は腰ごと引き寄せて、あうあう言っているラリルの口をキスで塞ぐヒアデス。
「@&/#$☆*>°¥〜〜!!??」
声にならない悲鳴を上げて放心状態のラリルをいいことに、ヒアデスはラリルの体を押し倒した。
「初夜だからね。蝋燭は消してあげるよ」
「ほえ?」
蝋燭の灯が消され、ラリルの視界が真っ暗になる。
前後不覚の中、耳元に大好きな推しの掠れた囁き声が。
「さあ、今度こそ分からせてあげようか」
「………………ぎぃやあああぁぁぁああああっっっ!!!!」
王宮中に魔女の断末魔が響き渡った。
────オタク魔女ラリル・ルルレの苦行はまだまだ終わらない。
オタク魔女ラリル・ルルレの苦行 完
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