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29.結婚式



「ラリル、準備はいいかな?」


 ぶしゅ。


 アインを引き連れて花嫁の控え室に来たヒアデスは、扉を開けるなり視界が真っ赤に染まった。


「あばばばばばばっ!!! 推しの! タキシード姿!!!!!」


「あー、まったく……」


 真っ白なタキシードに飛んだ鼻血をハンカチで拭きながら、ヒアデスは苦笑を漏らした。


「ご主人様! しっかりするでちゅ! 死んじゃダメでちゅ!」


「ハァ、ハァ……ッ! 危ない、召されるところだった……推しの美ジュが爆発しすぎてヤバい……」


 どくどくと流れ続ける鼻血で純白のドレスを赤く染めながら、ラリルは目を血走らせている。


 そこへドタバタと足音が聞こえてきた。


「ラリル氏! 式の前に顔を見に来たわよ! あら……赤いウエディングドレスなんて斬新ね」


 鼻血に染まったドレスを見下ろすシャウラは目を丸くし、血をたっぷり含んで重くなったハンカチを投げ捨てたヒアデスは従者に顔を向ける。


「アイン」


「はっ。主君の言いつけ通り、予備の衣装を用意しておりますのでご安心を」


 目と目で通じ合う優秀なアインは新たなハンカチを差し出しながら頭を下げた。


 それを受け取って顔に飛び散った鼻血を再び拭きながら、ヒアデスは花嫁に釘を刺す。


「私は着替えてくるよ。それまでにラリル、式の最中に鼻血を出さないようイメージトレーニングをしておくんだ。いいね?」


「美麗なヒアデス様の花婿姿を前に鼻血を出さないなんて無理ゲーな気がしますが、ヒアデス様のためになんとかがんばります……!」


 意気込みだけは立派なラリルは、流れ出る鼻血をそのままに拳を握った。




 新郎の控え室に戻り着替え始めたヒアデスを手伝いながら、アインが静かに語りかける。


「とうとうこの日が来てしまいましたね」


「なんだ、まだ心配しているのか?」


「……いえ。ここのところ楽しそうに笑っている主君を見ていると不安は消えました。あんなに敵対していた第一王子や第三王子とも仲良くされて、毎日がお幸せそうです」


「私はそんなに笑っているだろうか?」


「はい。見ている僕も、気づいたら笑顔になっていることが多いです」


「そうか……」


 少し張り詰めすぎるところのあるアインが柔らかく微笑む姿を見て、ヒアデスも感慨深くなり目を細めた時だった。


「ヒアデス!」


「ヒアデス兄上!」


 ノックもなく開けられた扉から、腹違いの兄と弟が許可もなく入り込んでくる。


「……こんな時まで媚を売りにこなくていいのだが」


 呆れ返るヒアデスの呟きは二人に届いておらず、押しかけ兄弟はヒアデスの世話を焼こうと必死だ。


「今頃着替えているのか? もう時間がないぞ?」


「ちょっと事情がありまして」


「何かお手伝いすることはありますか? ボタンを閉めましょうか?」


「いや、もういいから下がってくれないか」


 文句を言いながらもどことなく楽しそうなヒアデス。


 一歩下がってその様子を眺めるアインの目には、光るものがあった。




 一方、ラリルの部屋ではシャウラが心配そうな声を上げている。


「本当にその服でいいの?」


「はい。デネボラ王妃が用意してくれたドレスは血で真っ赤になっちゃいましたし。アインの話だと、ヒアデス様がこれを着ろと言ったみたいなので」


「やっぱりご主人様には緑が似合うでちゅ!」


「当人同士がいいと言うなら私は口出ししないけれど、怒られたりしないかしら?」


 シャウラの懸念は的中し、高級ドレスを用意してあげたはずなのに痛々しい緑色のオタクローブ姿で入場した花嫁を見た王妃デネボラは、憤死寸前だった。


 あまりの怒りに失神しそうな王妃を国王が宥める中、盛大に鼻をかむプレアデス辺境伯の男泣きが響き、イベリコを肩に乗せたラリルは颯爽とバージンロードを歩く。


 鼻血防止のため、極力ヒアデスを視界に入れないよう努めるラリルはムズムズする鼻をなんとか堪えて式は粛々と進んだ。


 ちなみに誓いのキスについては、会場が血の海になることを予期したヒアデスの提案により最初から省略されている。


 指輪交換後、左手の薬指にはまった指輪を見つめるラリルはヒアデスにそっと声をかけた。


「ヒアデス様」


「ん? なんだい?」


「この指輪もデネボラ王妃が用意してくれたんですよね?」


「そうだよ。素材も細工も王族の婚姻に十分な代物だ」


「へー。売ったらいくらになりますかね? ヒアデス様への課金代くらいにはなりそうですか?」


 換金する気満々で指輪を見ているラリルに、ヒアデスの笑顔が引き攣る。


「ラリル。気持ちは嬉しいが、これは売ったら許さないよ。死ぬまでずっとつけておくんだ。分かったね?」


「?」


 なんでそんなことを言うのか本気で分かっていないラリルは、とりあえず推しの言うことは絶対だと首を傾げながらも頷いた。



 花嫁のウエディングドレスが痛ローブに代わるアクシデントはあったものの、滞りなく進んだ式はブーケトスに移る。


「ラリル氏! こっちよ! こっちにブーケを!」


「ご主人様、せっかくだからシャウラに投げてあげるでちゅ!」


「ははっ、うるさいなぁ。もう……」


 公爵令嬢らしからぬ大声を張り上げながらぴょんぴょんと跳ねるシャウラに苦笑したラリルは、推しとの結婚式という意味不明な事態になんだか胸がムズムズする気持ちのまま、天高くブーケを投げたのだった。








最終話は本日の夜に更新予定です!

最後までお付き合いよろしくお願いいたします!

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