28.酒盛り
「うわ、なんだこの部屋……気色悪いな」
「さすがラリル義姉上、期待を裏切らないトチ狂った部屋ですね」
ラリルの部屋に入ったブラキウムとゾズマは、オタク部屋の異様さをマジマジと観察していた。
「……それで? どうせ私に媚を売ってプレアデス辺境伯の支持を得ようという魂胆だと思うが、何をしに?」
アクスタの材料調達に出ているラリルとイベリコは不在で、もはや家主と化したヒアデスが二人を家に上げたのだが、無視をしなかったことを早くも後悔していた。
「そんな寂しいことを言うな、弟よ。結婚を間近に控えたお前とこの機会に酒を酌み交わしたいと思っただけさ。……邪魔者がついてきてしまったが」
「そうですよ、兄上。いい機会でしょう。私は別に、ブラキウム兄上が何かを企んでいるからお前も行ってこいと母上に命令されて来たわけではありませんよ」
「…………はあ」
王位継承戦において、プレアデス辺境伯がヒアデスの考えに全面的に賛同すると公表してからというもの、ブラキウムとゾズマ両方の勢力はひっきりなしにヒアデスに近づいてきた。
貢ぎ物や金銭はありがたく受け取り、交渉については適当にあしらっていたのだが、まさか当人同士がここまで来るとは。
王室晩餐会を除いて一緒に食事をしたことすらないというのに。
気まずいやら面倒やらで、ヒアデスは大きな溜め息を吐く。
「申し訳ないが、ラリルも不在なのでお引き取り願えるだろうか」
「いいじゃないか。あの魔女のことだ、お前のやることなすこと大賛成なんだから、家で酒盛りするくらい許してくれるだろう」
「母上が賄賂だって五十年もののワインを持たせてくれましたよ。早く飲みましょうよ」
「……一杯だけ飲んだら帰ってくれ。アイン、グラスの用意を」
主君に危害を加えたら許さないとばかりに睨みを効かせていたアインは、ヒアデスの命令で勝手知ったるラリルの家の食器棚からグラスを三つ取り出した。
一時間後、気づけば空き瓶が床に数本転がっていた。
「なぁ、こんな機会は他にないと思うから聞くのだが、本気であの魔女を愛しているのか?」
「……兄上、酔いすぎですよ」
「私も気になります! アレのどこをどうしたら結婚しようと思うんですか? もっと美人で可愛い令嬢はいっぱいいるのに」
「お前も飲みすぎだ、ゾズマ」
ただでさえ仲悪く育ったというのに、酔っ払いの兄と弟にダル絡みされるヒアデスはだんだんとイライラが募る。
作り笑いを浮かべるのも限界になってきたところで、帰ってきたラリルの声がした。
「愛しのヒアデス様〜! ただ今帰りました〜! って……うわ、なんかいるし……。どういう状況?」
「ブラキウムとゾズマでちゅ!」
「相変わらず無礼な女だな」
「お邪魔してます、義姉上!」
「……すまない、ラリル」
「なんか分かんないですけど、兄弟に絡まれて困ってるヒアデス様もキュートなんでオールOKです!」
ラリルの許可が出たブラキウムとゾズマはその後も帰る気配がなく、ヒアデスをイラつかせながら酒盛りは続いた。
「ごめんあそばせ〜!!」
「シャウラまで何しに来たんですか?」
声が聞こえたラリルが下に降りると、そこにいたのは汗だくのシャウラだった。
「こ、こ、ここに、ラキ様とゾズマ殿下が来たって聞いて!! もしかして、二次創作でさんざん目にした〝三人の酒盛り〟をこの目で見られるかもしれないと思って……!」
ラリルとは違い箱推しのシャウラは、この機会を逃してたまるかと肩で息をしながらラリルに詰め寄った。
「どうなの!? 三人は、仲良く酒盛りしているの!?」
「はぁ、覗いてみればいいじゃないですか」
扉の隙間から部屋の中を覗き込んだシャウラは、身悶えていた。
「あ〜! 三人が仲良くわちゃわちゃしている姿を見られるだなんて! こんな日がくるとは思っていなかったわ!」
「入らないんですか?」
「無理よ! あんなに尊い空間に私なんかが割り入るなんて無理! 眺めているほうが楽しいに決まっているでしょう! ……ねぇねぇ、ラリル氏。提案なのだけれど、私とラキ様が結婚したら定期的にお茶会をしない?」
「は? なんで私が?」
「だって私達、お友達でしょう?」
「お友達?」
「あなたはどう思っているか知らないけれど、私って根アカで陽キャじゃない? でも、なぜか前世ではお友達が一人もいなかったのよ……」
「ああ……」
なんとなく分かる気がするラリルは、憐れむ目を向ける。
「だからね、今世でこんなふうに気兼ねなく話せるお友達ができて、本当に嬉しいの!」
ラリルの手を取って微笑むシャウラは目を輝かせた。
「何よりも、私は仲良くする三人兄弟が見たいの! 私達がお茶会を開いて三人が集まる機会を作るのよ! あなただって、ヒアデス殿下のレアな姿を見たいでしょう?」
「わかりみが深い……けどダメです!」
「どうしてよー!?」
「結婚式が終わったら私はもう、ヒアデス様と今みたいにお会いできる機会がないと思うんで」
「…………んん? それは、どういう意味?」
「そのままの意味ですよ。結婚後は立場を弁えて、ヒアデス様とは別々に暮らすんです。推しとオタクとして、ちゃんと適切な距離を保ちます」
「えっ? ちょっと待って。ほ、本気で言ってるの?」
「? 当たり前じゃないですか。私みたいなオタクは陰ながら推しを推さないと」
ラリルの曇りなきまなこを見たシャウラは頭を抱えた。
「あー! この展開、夢小説で一億回くらい読んだわ! これだから鈍感は!! よくもまあ、あんな蛇が獲物を狙っているような目で見られているくせに、呑気に逃げる気でいられるわね?」
「なんの話ですか?」
「……気づいてないならいいの。私からは何も言わないわ。でも、そうね。お友達だから、相談くらいならいくらでも乗ってあげるわよ」
「いや、だからなんのことです??」
「あーヤダヤダ。あんなに分かりやすいっていうのに。こんなに鈍感な生き物が本当に実在していたなんて……夢小説の中だけだと思ってたわ」
「感じ悪いー! なんなんですかもう、ハッキリ言ってくださいよ!」
苛立つラリルの肩を叩き、シャウラは訳知り顔で囁いた。
「無事に捕食されたら感想を教えてね。夢小説の感じだと、ヒアデス様って夜はすごくアレみたいだから……」
「??」




