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25.わからせ



「悪いが二人にしてくれないか」


 心配するイベリコとアインを外に出したヒアデスは、ベッドの上で膝を抱えたままのラリルの前に腰掛けた。


「まずは何があったのか、聞かせてくれるかい?」


「……。忘れていたんです。私は、たとえ偽装結婚であったとしてもヒアデス様には相応しくない女なんです」


「…………」


 掠れた声で話すラリルは、ヒアデスがこれまで見てきた姿とは違い、とても弱々しく今にも壊れてしまいそうだった。


「プレアデス辺境伯も言ってましたよね。無礼で卑屈で、ヒアデス様には相応しくない女だって。覚悟もない、中途半端な魔女だって……っ」


 話し続けるラリルの目には涙が浮かぶ。


「おかげで思い出しました。前世の私は本当にちっぽけで取るに足らない人間で、姉にも妹にもバカにされて、両親からも見放されて。何一つ取り柄がない、中途半端なやつだったんです。生まれ変わっても同じ、私には何もないんです!」


 抱えたままの膝に顔を埋め、ラリルは悲痛に叫んだ。


「そんな私が、ヒアデス様の隣にいていいはずがないじゃないですか!」


 静かに話を聞いていたヒアデスは、震えるラリルの華奢な肩にそっと触れる。


 普段はふざけているとしか思えない言動でヒアデスへの愛を叫んでいるくせに、こんなふうにうずくまる姿が痛ましくてたまらなかった。


「ラリル。顔を上げて」


 その声の優しさに、ラリルは言われるまま顔を上げる。


「手を」


「…………」


 差し出された手は雑誌の中とは違い、とても温かそうだ。


 既にその温もりを知っているラリルは思わず手を伸ばしてしまう。


 思い返せばラリルはいつだって、ヒアデスから差し出された手を無意識に掴んでいた。


 前世でも今世でも、ラリルに手を差し出してくれるのはヒアデスだけだったから。


 次から次へと溢れてくるラリルの涙を拭ったヒアデスは、繋いだ手に力を込めてラリルと目を合わせる。


「君は私の顔を見ているだけで幸せになるんだろう? どうだい、少しは元気が出たかな?」


「…………っ」


 大好きな笑顔を見せつけられて、ラリルは声を詰まらせた。


「ひどいです。そうやってヒアデス様が優しくするから、私みたいなオタクは勘違いしてつけ上がるんです。認知されるだけでも奇跡みたいだったのに、こうやって手を握ってくれたりするから……そばにいられるのが、当たり前なんじゃないかって思っちゃうじゃないですかぁ……!」


 グスグスと泣きながら文句を言うラリルの手を引き、ヒアデスは腕の中に閉じ込めた。


「ふぇ……っ?」


「誰がなんと言おうと知ったことではない。私には君が必要だし、君は私と一緒にいるべきだよ」


「ま、またそうやって思わせぶりなことを……!」


 慌てたラリルが身を離そうとするも、意外と力の強いヒアデスはビクともしない。


 むしろ楽しげに余裕の表情で口角を上げている。


「おかしいな。私は本当のことを言わないことはあっても嘘は吐かない。イベリコにそう教えたのは君だろう?」


「へ……?」


「本心だよ、ラリル。……これは私の本心だ」


「……っ!」


 優しく囁いたヒアデスは、ラリルを抱き締める手に力を込めた。


「ラリル、よく聞いて。私は君の加護で多くの幸運をもらったが、私にとっては君に出会えたことが何よりの幸運だったと思うんだ」


 目を細めるヒアデスは、ラリルが瞬きするのを惜しむほどに美しかった。


「私はこの頃、毎日が楽しくて仕方がないんだよ。兄や弟との争いから解放されて、将来や金の心配もなく奇抜な君の部屋で君が作った紅茶を飲んでゆったりとくつろぐ。時にはイベリコやアインの小言を聞きながら、奇声を発する君に笑わされたりしてね。そんな日常が心地よくて手放しがたいと思ってしまうほどだ」


「……うぅっ」


 また涙が溢れてきたラリルの頭を撫でながら、ヒアデスはゆっくりと言い聞かせる。


「何よりもそこには、どんなことがあっても私を肯定し、私のために一生懸命になってくれる君がいる。ありのままの私を盲目的に溺愛してくれる君が。そんな君に、私はいつだって救われているんだよ」


 無駄な嘘など吐かない人だと分かっているからこそ、推しの言葉に胸を打たれたラリルは泣きながら想いを伝えた。


「ヒアデス様は私にとって、太陽みたいな存在なんです。ないと生きていけないし、いつだって追い求めてしまう。でも近づけば近づくほど眩しくて、時々……真っ直ぐに見上げることができないんです」


「うーん……太陽か。それじゃあ確かに近寄れないな。せめて月くらいにしといてくれないかい?」


 ウィンクをしたヒアデスは、泣いて赤くなったラリルの鼻をツンとつついた。


「ふえぇぇえんっ!! やっぱりカッコ良すぎるぅ!! これ以上好きにさせてどうするんですかぁ……! ヒアデス様のバカァ!」


「ははは、やっといつもの君らしくなってきたね。その調子だ」


 楽しげに笑い声を上げ、ラリルの耳に唇を寄せるヒアデス。


「もっと私に夢中な姿を見せて」


「っああああぁぁぁあ!! 好きいぃぃーーーー!!」


 耳を押さえて転がったラリルは、力の限り叫んだのだった。







「私と結婚できないと言ったのは、取り消してくれるかな?」


 涙が止まり、優しい笑顔のヒアデスから問われたラリルは鼻水を拭きながら顔を上げた。


「はい! すみませんでした! おセンチになるあまり自分を見失っていました! 自分の役目は全うします! プレアデス辺境伯を説得してヒアデス様と結婚し、暇と金に溢れた誰にも邪魔されない怠惰で悠々自適な暮らしをプレゼントします!!」


「うんうん、頼もしいな」


「それから私、ちゃんと弁えてます! 結婚式を挙げたくらいでヒアデス様と結ばれたなんて思い上がったりしません! 無事に結婚が済んだら潔く身を引きます! その後は推しとオタクとして、お互いそれぞれの場所で別々に生きていきましょうね!」


「…………」


 意気込むラリルの見当違いも甚だしい言葉に、ヒアデスの眉がピクピクする。


「ちょっと待って。君は、この期に及んでまだ逃げられると思っているのかな?」


「ん? どういう意味ですか? というか、なんか怒ってます?」


 何も分かっていない顔でキョトンと首を傾げるラリルに、ヒアデスはずっと浮かべていた笑顔を消した。



「…………本気で分からないというのなら、分からせてあげるよ」



「ほえ?」


 ラリルの後頭部に手を回したヒアデスは、そのまま勢いよくラリルの頭をグイッと引き寄せる。


 そして驚くラリルの口から奇声が飛び出そうになる前に、自らの唇で塞いだ。





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