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24.実家



「ただいまー。お母さん、ちょっと荷物取りにきたから上がるよー」


「まあ! おめでとう! 初孫ちゃんが生まれたのね!」


 久しぶりに実家に立ち寄った私は、母がリビングで楽しげに電話している声を聞いた。


「……話し中か。勝手に持っていこう」


「羨ましいわぁ。うちの子達はまだなのよ。上の子は婚約してるけどお互い仕事が忙しいらしくて。ほら、お相手はお医者様だもの〜」


 埃まみれの部屋に入り、押し入れを物色している間も大きな母の声は不思議と耳につく。


「下の子はモテモテなんだけど、まだ学生だからねぇ……。スポーツ推薦でね、この前も全国大会に出たのよ! もう、誰に似たんだか! 上の子も下の子も才能があって困っちゃうわ」


 初孫自慢をしてきた電話の向こうの相手に娘マウントを取る母のドヤ顔が、見てもいないのに頭に浮かぶ。


「え? 真ん中の子? あー……あれはダメね」


 引き出しを漁っていた私の手が、ピタリと止まった。


「何をやらせても中途半端で。勉強もスポーツもダメダメで。お姉ちゃんにも妹にも敵わないからって卑屈になっちゃってね、性格も悪いのよ〜。どうしてあの子だけああなのかしら。三分の二は成功したのに、三分の一は子育て失敗よ」


「…………」


「え? お見合い? 無理よ〜。だってあの子、とっくに成人もしたってのにアニメなんかにハマってるのよ? そう、オタクってやつなの! アニメの王子様が好きなんですって。いい歳してバカみたいでしょう? 何よ王子様って! あんな娘、恥ずかしくて表に出せないわ〜」


 ゲラゲラとバカ笑いする母の言葉は散々言われてきたことだから今さら響いたりはしない。


 なのにどうして、こんなにも胸が苦しいのだろう。


 好きなものを好きでいて何が悪いのか。


 中途半端で才能のない私は失敗作なのか。


 表に出せないオタクの私は、母にとってそんなに恥ずかしい存在なのか。


 嫌というほど考えてきた言葉がぐるぐると頭の中を回って吐き気がする。


 こんな時、家に帰ればカラカラと回し車を回しながら出迎えてくれたハムスターはもういない。


「……来るんじゃなかった」


 さっさと鞄に荷物を詰めて、部屋を抜け出す。


 リビングにいる母に気取られないように、息を殺して廊下を歩く。


 音が出ないようゆっくり玄関扉を閉める手は震えていた。



 どんなに死にたい気分でも、晴れた空は青いし吹き抜ける風は爽やかだ。


 横断歩道の信号待ちで、私は先ほど実家の部屋から持ってきたものを取り出した。


 数年前のアニメ雑誌。


 実家にいる頃はまだアニメにハマっていることが恥ずかしくて、こっそり押入れの奥の引き出しに隠していた一冊。


 家族が寝静まった時間に布団を被ってスマホの明かりを頼りに心ゆくまで眺めていたのを思い出し、わざわざ取りに行ったのが間違いだった。


「……ヒアデス様」


 誌面の中でこちらに手を差し出す彼は、たった一つの私の拠り所。


「私のせいでヒアデス様までバカにされちゃいました。ごめんなさい」


 大好きな彼に謝った途端、ポタポタと誌面が濡れる。


 泣きたくないのに泣けてくる自分が情けなくて頬を拭えば拭うほど、勝手に涙が溢れ出てくる。


「もう嫌。私が何をしたっていうのよ。オタクで何が悪いのよっ!!」


 突然叫んだ私に周囲は白けた目を向けてくる。


 当然だ。


 私は異端者で、除け者で、失敗作の笑いものなのだから。


 痛々しいものを見るような周囲の視線はまるで、はみ出し者の私を責めているかのようだった。


「……助けてください、ヒアデス様」


 紙の中の彼はいつだって気高く美しく笑っている。


 届くはずがないと分かっていて、私は彼に手を伸ばした。


 キキ――――――ッ


 そして、信号待ちの歩道に突っ込んできた車に撥ねられて呆気なく死んだ。









「………………はっ!」


 汗だくで飛び起きたラリルは、ベッドの上で荒い呼吸を繰り返していた。


「ハァ、……ハァ、……ハァッ」


「ご主人様? どうしたでちゅ?」


 同じく飛び起きたイベリコが心配そうに見上げると、ラリルは気持ち悪そうに口元を押さえてうずくまる。


「うっ……!」


「ご主人様!?」


「うぇっ……、うぅっ……」


「どうしたでちゅか!? どこか痛いんでちゅか!?」


「……忘れてた。私は……ヒアデス様の隣にいていい人間じゃないんだ……」









「ヒアデス様〜!!」


 すっかり馴染みとなったラリルの店に今日も通いに来たヒアデスは、店の前でぴょこんぴょこんと跳ねているハムスターを見つけ首を傾げた。


「イベリコ? こんなところでどうしたんだい?」


「早く来てくださいでちゅ! ご主人様が変なんでちゅ!」


 イベリコに急かされたヒアデスは、軋む階段を駆け上がり部屋の扉を開ける。


 真っ先に視界に飛び込んできたのは、ベッドの上で膝を抱えて俯くラリルの姿だった。


「ラリル?」


 ヒアデスが呼びかけると、ビクッと肩を揺らしたラリルはゆっくりと顔を上げる。


「……ヒアデス様」


 その顔は見たこともないほど蒼白で、頰には涙の跡があった。



「やっぱり私、……ヒアデス様とは結婚できません」





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― 新着の感想 ―
予想だにしない展開に泣きかけてしまった…! ヒアデス様、ラリルを救って……!!
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