21.守銭奴
月に一度行われる王室の晩餐会には、今日もギスギスとした空気が流れていた。
「ヒアデスよ、婚約者はどうした?」
国王が問えば、隣の空席を一瞥したヒアデスは涼しい顔で答える。
「彼女は内気な性格ですので、今日は遠慮したいとのことです。どうかご容赦ください」
「……あれのどこが内気なのだ。破廉恥な性格の間違いでは? まあ、よい。何か報告のある者はいるか?」
国王がテーブルを見回せば、第一王子ブラキウムが手を挙げた。
「ヒアデスの結婚式についてなのですが、今月末に行う予定です」
「こ、今月!?」
「私も第一王子と手を取り合い準備を進めておりますからご安心を」
にこやかに話に割り入ってきた王妃デネボラが補足すると、国王は叫び声を上げた。
「王族の結婚式だぞ!? そのように短期間の準備で済むわけなかろう!! まだ婚約して一ヶ月ほどではないか!」
「いいではありませんか。当人同士が一刻も早く挙式したいというのですから」
「式もシンプルに身内だけが集まればいいとヒアデスも申しておりますわ。もちろん、王族としての体裁は最低限守るつもりですけれど」
「私はラリルを妻にできればそれで満足なので、全て兄上と義母上にお任せいたします」
「しかし……!」
いつも歪み合っているブラキウムとデネボラが協力的なだけでもこの国に槍が降るほどの珍事だというのに、王族の挙式を急ピッチで進めようとする妻と息子達に国王は狼狽えるばかり。
そんな父へとブラキウムは肩をすくめた。
「この期に及んで何がご不満なのです? 魔女とはいえ、ラリル・ルルレはなかなか有能ではありませんか。そうだろう? シャウラ」
「はい。彼女が制作したブラキウム様とゾズマ殿下のグッズのおかげで、王室の支持率も上昇しております。見かけによらず優秀な魔女なのですわ。私も個人的にとても親しくさせていただいておりますの」
貞淑なエスカマリ公爵家の令嬢がそこまで心を許すとは……と信じられない様子の国王は、小耳に挟んでいた話を妻に問いかけた。
「王室公認のグッズを作るとは聞いていたが、それほど人気なのか?」
「ええ、とても反響がございましたわ。その影響か、ゾズマの縁談が今まで以上に急増しましたの。婚約者を選ぶのが大変なくらいですわ!」
母の言葉を受けたゾズマもご満悦な表情で大きく頷く。
「私もグッズ制作にあたりあの魔女に何度か会いましたが、仕事ぶりは思ったより丁寧でしたよ。おかげで近頃は令嬢達からモテモテになってサインやらをねだられることもあります。黄色い声援を浴びるのは悪くないですね」
「仲の悪いお前達が口を揃えてそこまで言うとは……なんと恐ろしい魔女だ」
自分以外の家族が一様に魔女を褒め称える姿を見た国王は、王族を意のままに取り込む魔女に危機感を抱いた。
なんとかしなければと頭を悩ませる。
「プレアデス辺境伯にはなんと説明するつもりだ?」
国王の一言に周囲はピタリと静まり返った。
「辺境伯は長期の出征中。挙式の報せを送るにしても、戦場から戻られるのはいつになるか分からんのだぞ?」
「出征中の辺境伯を煩わせる必要はありません。事後報告で充分でしょう」
面倒な人物がいたことを思い出し、なるべく辺境伯を遠ざけたいブラキウムはそう口にしたが、国王の目は鋭く光る。
「何を言う! 辺境伯がお戻りになった際にヒアデスが王位継承権を捨てていたとお知りになったら、なんとおっしゃることか。もし万が一、辺境伯のお怒りを買いでもしたら……」
「父上はいつまでプレアデス辺境伯の顔色を窺うおつもりなのです? 国王であられる父上のほうが、辺境伯より身分も上でしょうに」
「いいや! 私にとって辺境伯は生涯の憧れなのだ! 絶対に無礼があってはならぬ!!」
「ご安心を。辺境伯には私から直接手紙を送り説明いたします」
プレアデス辺境伯のこととなると熱が入る国王になんとなくラリルが重なるヒアデスは、父を落ち着けるために手を挙げた。
「そうか。ヒアデス自ら説明するのであれば、辺境伯も怒りを収めてくれるやもしれない。……よいか、ヒアデス。くれぐれも私のことを良きようにお伝えするのだぞ!」
「お任せを」
◇
「ということで、私達の結婚式の日取りが決まったよ。今月の末になるそうだ」
「…………」
「もうすぐ夫婦になれるね」
「…………」
「嬉しいだろう?」
笑顔の推しから両手を握られて至近距離でそう報告されたラリルは、ゆっくりと白目を剥いた。
「そうか。気を失うほど嬉しいか」
キャパオーバーで奇声を発する間もなく気絶したラリルを抱き留めたヒアデスは、ご機嫌のままラリルをベッドに寝かせる。
「ご主人様!! また気絶したでちゅか!? どうしますでちゅ? 気付薬で起こしますでちゅか?」
心配するイベリコが見上げると、ヒアデスは柔らかな瞳でラリルを見下ろしていた。
「いや。ここのところ寝不足だったろう? このまま寝かせてやろうじゃないか」
「はっ! どうしてご主人様が寝不足だってことを知ってるでちゅ?」
「見てたら分かるに決まっているだろう? グッズ制作に夢中で、ただでさえ濃かったクマがだんだん濃くなって……」
「ヒアデス様はご主人様のことをよく見てるんでちゅね! ご主人様の健康なんて度外視かと思ってたでちゅ!」
本気で驚いているイベリコに、ヒアデスは笑顔を引き攣らせる。
「……いったい君は、私のことをなんだと思っていたんだい?」
「血も涙もない腹黒王子でちゅ! ご主人様を働かせるだけ働かせて搾取する守銭奴だと思ってたでちゅ!」
「…………」
曇りのない瞳で純粋な気持ちを素直に言葉にするイベリコ。
これまでの所業を思い返して反論もできないヒアデスは、主人思いの小さな使い魔に目線を合わせた。
「守銭奴は心外だな。私だってラリルのことを可愛く思っているんだよ? 君にもご褒美の肉を用意してきたんだ。ほら」
イベリコが肉に目がないことを知り、賄賂のために用意していたヒアデス。
「ハム〜!! 夢にまで見た大きなハムの塊でちゅ〜!!」
自分の体より何倍も大きなハムの塊に飛びついたイベリコは、見たこともないほど目を輝かせていた。
「いいかい、イベリコ。私はこう見えて身内には甘いタイプなんだ。ラリルのことも君のことも、ちゃんと大切に思っているさ。これで分かっただろう?」
ハムに齧り付いているハムスターは、口いっぱいに肉を頬張ったまま嬉しそうに声を上げる。
「もにゅもにゅ、はむはむー!(分かりましたでちゅ、ヒアデス様ー!)」




