20.リアコ、カプ厨、ケンカップル、主従逆転
「リアコ?」
「はい。推しにリアルに恋しちゃってるオタクのことです。この国の令嬢達は推し=未来の結婚相手と考える傾向が強いんです。ゾズマはまだ婚約者が決まっていませんから、結婚を夢見る令嬢達はリアコになりやすいんですよ」
パシャパシャとヒアデスからもらった羽ペンを水晶のスマホもどきで撮影しながら、ラリルは説明を続けた。
「それに対してブラキウムには既に婚約者がいるじゃないですか。それも高貴な公爵家の令嬢が。だから令嬢達も推しづらいんだと思います」
ありとあらゆる角度から羽ペンを撮るラリルは、少しの遠慮もなく指摘する。
「婚約者の存在がブラキウムの人気を下げてるんでしょうね」
「つまり……私の存在が、ラキ様人気低迷の原因になっているの!?」
「まあ、そういうことです。ですが、これは令嬢達の推しについての話であって……」
「じゃあ私、婚約破棄するわ!」
「はい?」
ラリルの説明を聞いていたシャウラは、さすがに羽ペンから目を離したラリルや驚くヒアデスの視線などものともせずに声を荒げた。
「私が婚約破棄すれば、令嬢達もラキ様を推しやすいのでしょう!? 前世でずっとグッズ売上一位を誇ってきたラキ様が負けるだなんて……そんなのラキ様担として見過ごせないわ!」
「いや、だからって婚約破棄までしなくても……」
「これは私にとって死活問題よ! 推しが一番じゃないなんて耐えられない……! 今すぐに婚約破棄を申し出てくるわ!」
バンッとテーブルを叩いたシャウラは、目が据わっていた。
これは危ういと思ったヒアデスは、穏やかな声でシャウラを宥める。
「まあまあ、シャウラ嬢。あなたが急に婚約破棄をしたら兄上の名声に傷がつきます。ただでさえ浮気疑惑が持ち上がった直後なのですから」
「ッ! あ、あれは本当に誤解なのです! ラキ様は浮気をするような軽薄な人間では絶対にありません! どこぞの令嬢がラキ様を陥れようとハニートラップを仕掛けてきただけで……」
「分かっていますよ。ただ、世間は必ずしも真実ばかりを信じるわけではありません。ゴシップ好きの者達は浮気した兄上に嫌気が差したシャウラ嬢が婚約破棄を申し出たと思うでしょう。そうなれば最もダメージを受けるのは兄上です」
「……ヒアデス殿下のおっしゃる通りですわ。ラキ様を想うがあまり、暴走してしまうところでした」
やっと冷静になったらしいシャウラは先ほどまで見せていた暴走寸前の据わった目を瞬かせて恥じ入るように居住まいを正した。
「感謝申し上げます、ヒアデス殿下」
公爵家の令嬢に相応しい仕草で礼をするシャウラに、ヒアデスも穏やかな表情で応じる。
「これしきのこと、礼には及びません。婚約者のおかげでオタクの扱いは心得ておりますので」
ヒアデスの視線の先にはシャウラのことなど興味を失っているラリルの姿が。
「ふぉおお! いい写真がいっぱい撮れたー! 今度は祭壇に飾ったところを撮らなきゃー!」
まだ羽ペンに固執しているラリルは、ヒアデスグッズを祀った一角、〝祭壇〟と称した棚に羽ペンを掲げて新たな撮影会を始めている。
「……私に言えたことではありませんが、殿下も大変ですわね」
「いえいえ。最近ああいうところも可愛らしく見えてきましたので」
「そ、そうですのね……」
とても冗談には見えない満足げなヒアデスの笑顔に頬を引き攣らせながらも、空気の読めるシャウラはそれ以上ツッコむこともなく曖昧に微笑んだのだった。
シャウラが帰りイベリコとアインが店番に行ったところで、ヒアデスはテーブルに投げ出されたままの帳簿を手に取り売上の明細を見ていた。
そしてふと疑問に思う。
「兄上とゾズマ、二人のグッズを一緒に買う令嬢も一定数いるのはどういうことなんだい?」
「あー、それはカプ厨の人達じゃないですかね」
先ほど撮影した羽ペンの画像を見ながら、ラリルはヒアデスの疑問に答えた。
「カプ厨?」
「カップリングが好きすぎて公式非公式に関わらずなんでもくっつけたがる人達のことです。ブラキウムとゾズマ、二人のカップリングが推しカプなんでしょう」
「二人の、カップリング?」
「ブラゾズ、もしくはゾズブラ。リバもありかな……。要はBLです。ボーイズラブ。同性愛。BLを好むオタクのことを腐女子と言います。この場合は腹違いの兄弟同士で王位継承争いをする敵同士という禁忌も相まって、なかなか刺激的なカップリングなので刺さる人には刺さるんだと思います。ケンカップル好きとか多いですからね」
「…………」
未知の話に言葉が出ないヒアデス。
「カプ推しの人はブラキウムの青とゾズマの赤、二人の色を混ぜた紫を好む方が多いです。あとは今回販売した香水とか。ブラキウムの香りとゾズマの香り、二つを混ぜ合わせて使うことで入り混じった香りから擬似的なまぐわいを想像して楽しむ……」
「とにかく。女性人気はゾズマのほうが高いようだな」
これ以上聞くと耳が腐ると思ったヒアデスは、ラリルの話をスルーして本題に入る。
「兄上とゾズマ、どちらのほうが人気があるのかを確認したかったのだが……」
「ちょっと微妙な結果ですね。リアコが多いので婚約者がいる分、ブラキウムは不利になっちゃいましたから」
「これでは二人の人気の差を正確に比べるのも困難だな……。まあ、おかげで大金を手にできたからいいとするか」
当初の予定通りとはいかなかったものの、大きな収穫もあり大満足のヒアデス。
しかし、ご満悦だったヒアデスは次の瞬間ラリルが発した何気ない一言に絶句する。
「そういえば、前世ではヒアイ……ヒアデス様とアインのカップリングも結構人気がありましたよ。主従カップリング好きにはたまらない設定ですからね。中には普段は従者に徹するアインが夜だけ豹変して主従逆転展開に……なんてのを好む人も多かった印象です」
「…………」
「主君! お帰りですか? すぐに馬車の用意をいたします!」
イベリコと一緒に店番をしていたアインは、二階から降りてきたヒアデスの姿を見るなり一目散に駆け寄った。
そんなアインの純粋な笑顔を直視できないヒアデスは、顔を逸らしたまま告げる。
「アイン。悪いがしばらく私と距離を置いてくれないか。そうだな……最低でも十歩くらいは離れて歩くようにしてくれ」
「は……?」
突然の主人からの命令に、アインは絶望の表情を浮かべる。
「な、なぜですか? 何か気に障ることをしてしまったのでしょうか?」
「いや……」
「どうか僕を見捨てないでください! 主君……!」
逃げるヒアデスと、切なそうに呼びかけながら縋りつくアイン。
二人を見ていた腐女子令嬢達の瞳に怪しい光が宿ってしまったことなど知る由もないヒアデスは、そそくさとラリルの店をあとにした。




