19.盛況
一ヶ月後、ラリルのオンボロ店は大賑わいを見せていた。
「ブラキウム様のアクスタをお願いできるかしら。AバージョンとBバージョン両方を一つずつよ。それから香水と、ポスターの3番と5番を……」
「私はゾズマ様のグッズを一式全部ちょうだい!」
「ねぇ、こっちの推しぬいもお願いしていいかしら?」
接客には向いていないラリルの絶望的な性格を加味し、店内にはシャウラの自費で専門の売り子が数人雇われている。
そのためラリルはグッズ制作のみに専念することができ、毎日大量のグッズを生み出し続けていた。
狭くて薄暗いオンボロ店に令嬢達がひしめく様はなかなかに異様ではあったが、慣れた様子で売り子達の背後を通過するラリルは二階にある静かな自室へと向かう。
「あー疲れたぁ! まさかゾズマのグッズまで作らされるとは思ってませんでしたよ……。でも推し様に合法的かつ直接的にお布施ができて、最高に満足です!」
グッズ作りに疲れ果てたラリルが声を弾ませると、涼しい顔で緑色まみれの室内に座っていたヒアデスも笑みを深める。
「私も満足だよ。黙っていても次から次へと金が入ってくる上に、君が編み出した新しい魔法の技術も高値で売れたからね」
ラリルがヒアデスのために特別に調合したまじないの紅茶を飲みながら、ニンマリと口角を上げるヒアデス。
「ヒアデス様のお役に立てたのなら何よりです!」
以前よりも色濃いクマを作ったラリルは、推しから直々に褒められて青白い頬を薔薇色に染めた。
グッズ制作にあたり、ラリルは第一王子ブラキウムの顔を記憶して紙に転写しようとするも、結果はことごとく失敗に終わった。
これまでラリルが使用していた、記憶の中の映像を紙に転写する魔法はヒアデスのグッズ制作以外にはまったく役に立たなかった。
なにせラリルはヒアデス単推し。ブラキウムもゾズマも見慣れているとはいえ、いざ細部まで記憶に焼き付けようとしても一向にうまくいかない。
そんな状態で試しても歪んだブラキウムとゾズマの画像ばかりが生成され続け、時間ばかりが無駄になる。
好きでもなんでもないものを覚えなければならない苦痛。
このままでは精神衛生上よろしくないと早々に判断したラリルは、他の方法を模索することにした。
そうして新たに生み出した新技術が瞬間映像記録兼転写魔法、つまりは写真である。
手のひらサイズに設計した板状の水晶にボタンを取り付け、ボタンを押すと水晶の中に映した映像を瞬間記録できる。
さらにはその映像を紙に転写することもでき、短い時間であれば動画撮影まで可能。
保存した画像や動画は水晶の中に保存され、いつでも再生できるというこの代物はまさに、カメラ機能に特化したスマホそのもの。
ラリルはこれを活用し、手っ取り早くブラキウムとゾズマの写真を撮ってグッズ作りを円滑に進めた。
その際ついでとばかりにヒアデスを連写しまくったのはまた別の話なのだが、魔力さえ充填すれば誰でも使える新技術。
この世界では夢のように画期的なこの技術の可能性をいち早く察知したヒアデスは、ラリルの許可を得て宮廷魔法師に高値で売りつけた。
現在は試作段階だが大量生産が可能になれば、いずれ一人一台このスマホもどきを持つ時代がくるかもしれない。
新しく精巧な魔法技術に飛びついた宮廷魔法師達は、日夜研究に励んでいるという。
技術を売ったヒアデスの儲けは凄まじいものだった。
働かずとも一生遊んで暮らせるほどの大金を手にした今、笑いが止まらないのは当然のこと。
そんなヒアデスを前に、ラリルはうっとりと手元のスマホもどきを操作して秘蔵のヒアデスフォルダを開いていた。
「ヒアデス様の全ての瞬間をスクショしたいと思っていた私としても、このスマホカメラを作れたことは我ながら大成功です!」
「ワタチもがんばったでちゅよ! スマホの魔力充填のために、たくさん走ったでちゅ!」
「ああ、二人ともご苦労だったね。今日はご褒美をあげようと思って持ってきたんだよ。アイン、用意を」
「はい」
ヒアデスに命じられて箱を取り出したアインは、ラリルとイベリコの前に一つずつ箱を置いた。
「まずはラリルからだ」
「これはまさか!」
開けた箱の中に収まっていたものを見て、ラリルの瞳孔が開く。
「私の使用済み羽ペン。新調したからこれは君にあげるよ」
「ほああぁおおぉ!! ヒアデス様の使用済み羽ペン!!? 超プレミアム級激レアアイテム!! 私のオタク心が鷲掴みです!! 一生ついて行きます!!」
中古の羽ペンを掲げて拝むラリルはハイテンションで、想像通りの反応にヒアデスも気を良くする。
「喜んでくれてよかった。イベリコにはこれを」
「肉!! 肉でちゅ〜〜!!」
箱を開けた瞬間に叫んだイベリコは、よだれを垂らしながら大きな肉塊に齧り付いた。
「おいちいでちゅ! おいちすぎるでちゅ〜!!」
いつもオタ活で金欠なラリルのせいで肉なんて滅多に食べられないイベリコは、涙を流しながら歓喜する。
「ありがとうございますでちゅ、ヒアデス様! ワタチも一生ついて行きますでちゅ!」
「大袈裟だなぁ、君達は。それにしても、令嬢達の情熱には目を瞠るばかりだな。まさかここまで熱狂的になるとは」
「シャウラが勝手に店の前で夢小説を無料配布していたみたいで、夢女子がすごい勢いで増殖してます。それだけじゃなくて最近は腐女子まで湧いてきたみたいです」
「腐女子?」
また新たな単語が出てきて首を傾げるヒアデスだが、羽ペンを眺めるのに夢中のラリルは気づいていない。
「ここまできたらオタクブームはしばらく続くでしょうね。どこの世界でもオタクのパワーってすごいんですねぇ。……というか、ヒアデス様が使っていた羽ペン! やっぱりどこからどう見てもレアすぎる!! 本当に私がいただいていいんですか!?」
「もちろんだとも。その代わり、これからも私のためにたくさん働いて稼ぐんだよ?」
「喜んで!! ありがとうございます!!!」
ラリルが大きな声で元気よく返事をしたところで、部屋の扉が叩かれる。
アインが扉を開けると、そこにいたのはシャウラだった。
「ラリル氏、ヒアデス殿下。ご機嫌よう」
「シャウラ……また来たんですか」
呆れるラリルの前に座り、シャウラは肩をすくめた。
「いいじゃないの。私とあなたの仲でしょう? お店は大盛況ね。これでラキ様グッズが世に広まって、ラキ様の素晴らしさとオタク文化を同時に広めることができるわ」
「私もヒアデス様に貢ぐことができているのでウィンウィンですね」
羽ペンから目を離さないラリルに、シャウラは大きめの咳払いをする。
「オホン。それで、売上はどうなのかしら?」
「そりゃあすごいですよ。ガッポガポです。でも売上は全部こっちのものなんで、今さらよこせなんて言われてもあげませんよ?」
「違うわよ、私が気にしているのはお金じゃなくて……」
ヒアデスもいる中で少しだけ言い出しづらそうなシャウラは、意を決したように声を張り上げる。
「ラキ様の人気はどうなのかってこと! もちろん私は箱推しですからゾズマ殿下のグッズが売れることも嬉しく思いますけれど、最推しのラキ様グッズのほうが売れているか気になるの! 当然ラキ様のほうが人気よね!?」
「いえ。残念ながら、ゾズマのほうが人気ですね」
「な、なんですって!?」
淡々と答えたラリルはゴソゴソと引き出しを漁り、帳簿を無造作にテーブルへと投げた。
「今週も先週も、ゾズマのほうがブラキウムの1.5倍は売れてます」
「ど、どうしてなの!? 私のラキ様の何が……っ! 前世では一番人気だったのよ? どうしてラキ様が売れないのよっ!!? ねぇ、なんでなの!!!??」
ラリルのローブを掴んで詰め寄るシャウラ。
その間もラリルの目はヒアデスから下賜された羽ペンから離れることはない。
「知りませんよ。……と言いたいところですが、買っていく令嬢達を見ているとなんとなく傾向が分かります」
「傾向って?」
「ゾズマにはリアコが多いんです」




