16.腹黒策士
「私のために、ラキ様のグッズを作ってくれないかしら!?」
目をキラキラと輝かせるシャウラに手を握られ懇願されたラリルは、間髪を容れず首を横に振った。
「え、嫌です。私はヒアデス様担なので。どうしてわざわざ推しでもないブラキウムのグッズなんて作んなきゃいけないんですか」
「え……っ」
「時間の無駄なんでお断りします」
「そ、そんな……!」
断られると思っていなかったシャウラは仰天し、縋るようにラリルの服を掴む。
「ど、どうしてもダメ? あなたのグッズ制作の腕は本物よ! その技術を発揮して、ヒアデス様だけでなくラキ様のグッズも……」
「拒否します」
「お願いよ、そこをなんとか!」
「無理でーす」
「オタク文化を浸透させたくはない? オタク仲間をたくさん増やしましょうよ! 布教のためにグッズをたくさん作ってたくさん売れば、令嬢達の間にもオタクブームが到来してラキ様の人気は今よりもっと急上昇するわ! ブームに乗ってゾズマ殿下のオタクも現れれば、強力なオタクの力が後ろ盾となって王位継承戦が決した後も皆が幸せになれる理想のハッピーエンドが……」
「別に私はオタク仲間とか求めてないので。一人で静かに推したいタイプなんで。あと、私はヒアデス様さえ幸せなら他がどうなろうと関係ないんで」
「うっ……。お願いよー! 私はまた夢小説が読みたいの! 浴びるほどにたくさんの夢小説を! 誰も彼もが幸せになるオールハッピーエンドの夢小説を! そのためには同人活動をしてくれるオタク仲間を増やさないと!」
「わざわざ増やさなくても、自分で書けばいいじゃないですか」
「もちろん自分でも書いてるわよ! でもね、他人が書いた夢小説からしか得られない栄養があるの!!」
「私には関係ありませんね。ただでさえヒアデス様グッズを作る時間が惜しいってのに、他人のグッズを作ってる暇なんてありません。アクスタ一個作るのに何時間かけてると思ってるんですか? こっちは寝る間を惜しんでやってるんですよ? 食費も生活費も最小限にして材料費に充ててるんです。イベリコだって大鍋を煮るために回し車を回すのがどれだけ大変か。こっちは魂削って作ってるんですから軽々しく言わないでください」
「う、うぅ……。どうしてもダメ? これだけ頼み込んでも?」
「ダメです」
「……ぷ」
二人のやり取りを聞いていたヒアデスは、思わず吹き出していた。
「ゴホン。いや、すまない。……ラリル、作ってあげたらいいじゃないか」
「へ?」
他でもない推しからそう言われ、ラリルは驚きに目を見開いた。
言葉を失うラリルの隣から、ヒアデスは黒い笑みをシャウラに向ける。
「ただし。ご協力する代わりに相応の対価はいただけるのでしょうね?」
「も、もちろんですわ! 私はこれでもエスカマリ公爵家の令嬢です。財力には自信がございますの。父もブラキウム様の支持率上昇のためだと言えば文句は言いませんわ! いくらでも費用をお出しして……」
「それだけですか?」
「え?」
「材料費その他経費の出資は当然のことですが、それとは別に報酬をいただけるのでしょうね?」
「う、売上の半分、いえ八割を……」
「まさか、収益を折半または一部しかいただけない、なんてことはありませんよね?」
「えっと、それは……もしかして、お金を出すだけ出して売上は全てよこせとおっしゃっているの……?」
「おやおや。それで足りるとでも? 上乗せで制作報酬を別途いただかないと割に合いませんね」
「出資金と売上と報酬を全てよこせですって……?」
絶句するシャウラを前に、ヒアデスはラリルの肩に手を置いた。
「ほへっ!?」
「私の愛しい婚約者が魂を削って制作するのです。それくらいはいただかないと。だろう? ラリル」
「は、はいぃ!! 全てヒアデス様のお言葉の通りですぅ!!」
まったく乗り気ではなかったはずのラリルがヒアデスの言葉には従順に反応するのを見て、シャウラは誰が実権を握っているのか悟らざるを得なかった。
「……負けましたわ。さすがはヒアデス殿下。転んでもただでは起きない腹黒策士……ゴホン。よろしいですわ。出資金の他に収益も全てお取りいただいて結構よ。出来高に応じた報酬もご用意いたします。それでオタク文化とラキ様の布教ができるのなら、安いものだわ」
覚悟を決めたシャウラの宣言により、ニンマリと口角を上げたヒアデスはラリルを見下ろす。
「ということだ、ラリル。君が頑張れば頑張るほど儲けることができる。そして私達は結婚する仲。君のものは私のものなのだろう? つまり、君が稼いだ収益は全て私の懐に入る。君の大好きな私がとっても喜ぶ仕組みだよ」
「おおぉっ! ヒアデス様のためとあらば全力でやらせていただきます! 寝食も魂も、削れるものはなんでも削ってヒアデス様に捧げます!!」
「ご、ご主人様っ! 手伝わされるワタチの身にもなってほしいでちゅ!」
黙って聞いていたイベリコが焦って抗議するも、ヒアデスが満足そうで嬉しいラリルの耳には届いていなかった。
「すぐに取り掛かります! ヒアデス様に直接お布施ができるだなんて、夢のようです! ワクワクします!!」
「……推しの言うことは絶対。まさにオタクの鑑ね。素晴らしいわ」
盲目的なラリルのオタク根性に、同じオタク仲間であるはずのシャウラでさえも感心させられた。
「時にシャウラ嬢。シャウラ嬢はゾズマのことも気にしておられるのでしょう?」
「え? えぇ、まあ……」
話がまとまったところで、胡散臭い笑みを浮かべるヒアデスを警戒するシャウラ。
「であれば、ゾズマのことも考えてやらねばなりませんね」
「ちょ、ちょっとお待ちになって! 確かにラキ様やヒアデス殿下だけでなく、ゾズマ殿下にも幸せになっていただきたいのは本心ですけれど、さすがに最推しラキ様の分だけで手一杯で、ゾズマ殿下のグッズの費用も出資するのは……」
「それには及びません。私にいい考えがありますので」
「いい考え……?」
首を傾げるシャウラから目を逸らし、ヒアデスは隠れていた従者に呼びかけた。
「アイン。王妃に謁見の要請を」
「御意」
「せっかくの機会だ。取れるところからとことん搾り取ろうではないか」
「はへぇ〜! 悪い笑顔のヒアデス様も最高に美〜!!!」