15.依頼
「ズレ……?」
「ええ」
キョトンとするラリルに頷いたシャウラは、ヒアデスへと顔を向けた。
「ヒアデス殿下。申し訳ありませんが、ここから先は私とラリルさんだけが分かるお話をさせていただきます。殿下には理解不能な単語が飛び交うかと思いますがご了承くださいませ」
「はあ……」
ヒアデスが戸惑いながら頷いたのを確認し、シャウラはラリルに向き直る。
「私はアニメ第五期まで履修済みなの。第四期との間にあった劇場版も見たわ。あなたは?」
「五期!? 劇場版!? そんなの知りません! 私が死んだ時は四期が終わった直後だったから……」
「なるほど。どうりで……」
憐れむ目を向けるシャウラの前で、ラリルは地面に倒れ込み膝を突いた。
「劇場版? ……私はキンメ(※キングメイトの略称)の劇場版を見ることなく死んだの? 大スクリーンに映るヒアデス様の勇姿を見ることなく命を落としたなんて……そりゃあ死んでも死にきれないに決まってる!! あんまりだわ!!」
悔し涙を流しながらゴンゴンと床を叩くラリルは心の底から無念そうで、その気持ちを察し泣けてくるシャウラは優しく同志の背中を撫でた。
「気持ちは分かるわ。劇場版では他国とのいざこざがあって、珍しく三人の王子が力を合わせて立ち向かうのよ。それはそれは胸熱展開だったわ……」
「何それ見たい!!!」
「でももうその流れは消えてしまったの。だって他国との諍いの元凶となる金脈は本来国境で見つかるはずだったのに、ヒアデス様の領地で見つかったんですもの。それに、五期のメインストーリーであるプレアデス辺境伯の支持争奪戦は一瞬でヒアデス様が奪っていったし……」
「!! それって、私がヒアデス様に幸運の加護を授けたせいですか!?」
「あなたがしたことで展開が変わってしまったのだとしたら、そうなるわね。ちなみにヒアデス様が王位に興味がないことは、五期の最後で明かされるわ。あの時の鳥肌演出は今でも界隈に語り継がれているはずよ」
シャウラの話を聞いたラリルは放心状態に陥った。
「私は……私が知ってる四期までのストーリーは全部終わったから、ここから先は推しに有利な展開になるようにってヒアデス様に幸運の加護を……」
「だからここにきて急に展開が変わったわけね。これまではアニメのストーリー通りに進んできたのに変だと思ったのよ。私はてっきり、途中からこの世界に来た誰かがストーリーをめちゃくちゃにしてるとばっかり……」
「そんな! 違いますっ! 私はアニメの聖域には触れないようにと、知っているストーリーが終わるまで一切手出しをしなかったんですっ! なのに……私が胸熱展開を破壊していたなんて!!」
頭を抱えて嘆くラリルはこの世の終わりのような顔をしている。
二人の会話がさっぱり分からなかったヒアデスだが、話が終わったと見て静かに口を開いた。
「つまり、どういうことかな?」
「前世のラリルさんは私よりも先に死んだようですの。ですからラリルさんの死後に公開されたアニメの先の展開を見ていなかったのです。私のほうが長生きした分、この先の展開を見ていたのでラリルさんが知らない情報も知っているのですわ」
「先の展開、というと……。まさか未来を知っているとでも?」
「左様でございます。ですが、その未来はラリルさんがヒアデス殿下に授けた幸運の加護によって変わってしまったのです。こうなれば私にもこの先の未来がどうなるか分かりません」
「…………」
話を聞いたヒアデスはあまりにも壮大な内容に困惑したが、ラリルやシャウラの様子と今までの言動から二人の言っていることが与太話でもなさそうだと考える。
その上でシャウラが自らの正体をラリルやヒアデスに明かしに来たとしたら、その目的は一つ。
「ではシャウラ嬢は、未来が変わった元凶であるラリルの真意を確かめにいらっしゃったのですか?」
「おっしゃる通りですわ。場合によってはこれ以上の改変を止めようと思っておりました。でもその必要はないようですわね。それよりも、ラリルさんと実際にお会いして殿下にお願いしたいことができました」
「……何を企んでおられるのです? 未来が変わったことであなたや兄上に不利益があったはず。それを埋めるために私の過去の行いを暴露しようとでも?」
「ご安心を。私は過去のことについて、どうこうする気は毛頭ございません。そこはメイターとしての矜持がございますので。ですが、これからのことは違います」
ニヤリと口元を歪めたシャウラは、藍色の瞳を煌めかせて金髪を靡かせた。
「私にはもう恐いものなしですわ! 今までは神聖なアニメのストーリーに手出ししないようどんなに焦れったくても流れに身を任せて生きてきましたけれど、これからは私の思い描くハッピーエンドのために邁進してまいります! そういうことですので私達、協力いたしましょう」
「協力?」
訝しむヒアデスへ、シャウラは笑顔のまま頷く。
「はい! 私にラリルさんをお貸しいただきたいのですわ!」
「…………。うちのラリルをどうしようと?」
「ほょえっ」
ヒアデスに肩を抱き寄せられ、ラリルの口から変な音が漏れる。
「彼女にお願いがありますの」
警戒するヒアデスなど気にせずに微笑むシャウラは、推しに肩を抱かれてシナシナしているラリルの手を掴む。
「ラリル氏! 私のために、ラキ様のグッズを作ってくれないかしら!?」
シャウラの弾んだ声が、ヒアデスグッズに囲まれた緑まみれの室内に響き渡った。