14.夢女子
「ヒアデス第二王子殿下。先日の晩餐会ではろくにご挨拶もできず、大変失礼をいたしました」
先ほどまでラリルとオタク語りをしていたとは思えないほど優雅な仕草で礼をしたシャウラに対し、ヒアデスは丁寧に礼を返しながらも警戒の目を向けた。
「シャウラ嬢。兄上の婚約者が、私の婚約者にいったいなんのご用でしょうか?」
「ラリル氏……コホン。ラリルさんとは共通の趣味があって打ち解けましたの。王族の婚約者同士、交流を持つのは悪いことではありませんでしょう?」
「共通の趣味?」
訝しげにシャウラを見ていたヒアデスは、蔑むような瞳をラリルに向けた。
「……君に私以外の趣味があったとは驚きだな」
「えっ!? そんなのありませんよ! 私の趣味はヒアデス様一筋です!!」
「ではシャウラ嬢も私が趣味だと?」
なんだか機嫌が悪い様子のヒアデスに狼狽えるラリルは、しどろもどろになって口を開く。
「えーっと……そうとも言えなくもないというか……」
「私達の共通の趣味は〝メイター〟というものなのですわ」
ラリルの横から答えたシャウラを見て、ヒアデスは疑うように眉を寄せた。
「それは〝前世〟や〝アニメ〟とやらが関係しているものですか? シャウラ嬢も、私の過去の行いを全て見てきたと?」
「!?」
「ど、どうしてヒアデス様が前世やアニメのことを……」
動揺したラリルは記憶を辿りハッとする。
自分とシャウラ以外に前世やアニメのことをヒアデスに告げ口した者がいるとすれば、それは――
「イベリコーー!!?」
「ワ、ワタチは悪くないでちゅ! 聞かれたことに答えただけでちゅ!」
「やっぱりあんただったのね! いったいヒアデス様に何を言ったの!?」
「ワタチはただ、ご主人様は前世からヒアデス様のオタクで、ずっとアニメのヒアデス様を見ていて、ヒアデス様の腹黒いところが大好きだって説明しただけでちゅ!」
「全部ゲロってんじゃない! この状況どうすんのよ!?」
蒼白になったラリルの肩を掴み、ヒアデスは黒い笑みを浮かべていた。
「ラリル。いつか詳しく聞こうと思っていたのだがこの際だ。〝アニメ〟とはなんだい?」
「ひっ。えっと、だからアニメというのは……」
「前世で見た千里眼のことですわ」
ヒアデスからラリルを庇うように前に出たのはシャウラだった。
「千里眼……?」
虚を突かれたヒアデスからサッとラリルを引き離したシャウラは小声でラリルに耳打ちする。
「ここは私に任せて。前世の私は夢女子だったの。何万という夢小説を読んできたのよ? こういう時の対応は履修済みよ」
「夢女子さんでしたか……! それは心強い!」
アニメの中の世界に自らが入り込み、推しとイチャイチャラブラブする妄想夢小説を嗜む夢女子。
前世で重度の夢女子だったシャウラは、こういうこともあろうかと妄想していた説明をヒアデスに向けて披露した。
「私達は前世でアニメという千里眼の能力を通し、この世界の一部を盗み見ていました。私達の言葉でオタクとは何かを一心に愛する者のことで、中でもこの世界を愛するオタクは〝メイター〟と呼ばれ、私とラリルさんはメイターとしての記憶を持ったまま異世界からこの世界に転生したのです。先ほどはその事実が分かり互いに感激していたのですわ」
「そのような荒唐無稽な話を信じろと?」
鼻白むヒアデスに向けて、シャウラは腕を組み勝ち誇った顔をする。
「あら。殿下はラリルさんが前世からずっと殿下を想い続けているという話を信じていらっしゃるのでは? だからこそ結婚相手にラリルさんをお選びになったのでしょう?」
「…………」
「私もラリルさんと同様に殿下のことをずっと見てきたのです。用心深い殿下がラリルさんをそばに置いていらっしゃるのを見れば、それくらいの考察はできましてよ」
ジッとシャウラを見下ろすヒアデスは少しの間思案してから口を開いた。
「……その話が本当だとして、これまで兄上の婚約者として兄上に献身的に尽くしてきたあなたが、私の行いを全て知っていながら黙っていたのはなぜですか?」
「それは私がラリルさんとは違い、箱推しだからですわ」
「箱推し……?」
「私はアニメを通してラキ様……ブラキウム様を前世からお慕いしておりました。ですがブラキウム様だけでなく、第二王子であるヒアデス殿下や第三王子のゾズマ殿下にも幸せになっていただきたいのです」
「……?」
女神のように微笑むシャウラだが、ヒアデスには彼女の言葉が少しも理解できなかった。
これまでヒアデスが見てきたオタクはラリルであり、ラリルはヒアデス以外の者には全く興味を示さない盲目的な生き物だった。
同じオタクだというのにシャウラがブラキウムだけでなく、ヒアデスやゾズマのことまで気にするのは違和感がある。
そんなヒアデスの心境を察したシャウラは考えながら口を開いた。
「分かりやすく言いますと、ラリルさんはヒアデス殿下だけを推している単体オタクです。それに対して私は王家全体を推しているオタクなのです。同じメイターでもタイプの違うオタクなのですわ」
「なるほど……愛情の向け方が違うというわけか。ラリルはあくまでも私個人にしか好意がないというわけですね?」
理解すると同時になぜか機嫌が戻ったヒアデスは、シャウラの背後にいたラリルを引き戻し隣に置く。
「そうだろう、ラリル?」
「ひえっ! 今日のヒアデス様もビジュ最高で眩しいです! 目が焼けちゃうので直視できません!!」
両目を覆うラリルを見下ろし口角を上げたヒアデスは、顔を上げて再びシャウラへ問いかけた。
「それで。シャウラ嬢は兄上の婚約者として尽くしながら、私やゾズマのことも気にかけてこられたと?」
「はい。実は晩餐会の前に、ヒアデス殿下を暗殺しようとする動きがありましたの」
「はああぁっ!? どこのどいつが私のヒアデス様を!? 今すぐ八つ裂きにしてやります!!」
発狂して暴走しようとするラリルの服を掴みながら、ヒアデスは冷静に答えた。
「想定内ですね。あれだけ目立ってしまえば動きがあるのは当然です。首謀者は兄上と王妃でしょう」
「おっしゃる通りですわ。最近の殿下のご活躍はあまりにも目覚ましいものでしたから、あのお二人が動くのは必至でした。そこで私はヒアデス殿下を暗殺するフリをして、逃走のお手伝いをしようと思っておりましたの。ですがあの晩餐会で殿下はラリルさんを連れていらっしゃった」
ヒアデスが暗殺されかけたと聞いて憤慨するラリルと、そんなラリルを見下ろしてどことなく満足そうなヒアデス。
二人を交互に見たシャウラは、晩餐会の様子を思い出しながら微笑んだ。
「……正直、さすがだと思いましたわ。魔女を伴侶にすれば王位継承権は自然と消滅しますもの。殿下の策略通り、殿下を暗殺しようとする動きはなくなりました。今ではブラキウム様も王妃様も、お二人を一刻も早く結婚させようと躍起になっておられます」
「お待ちください。……なぜあなたは、私がラリルを伴侶にしようとしているのが継承権放棄のためだとご存じなのですか?」
「だってヒアデス殿下は最初から王位を継ぐつもりがなかったのでしょう?」
「えっ!? どうしてそれを!?」
驚きの声を上げたのはヒアデスではなく、話を聞いていたラリルだった。
「やっぱり思った通りだわ……」
ラリルの反応を見たシャウラは小さく呟く。
そして顔を上げると、深刻そうな面持ちでラリルを見た。
「どうやら私とラリルさんが見たアニメには、ズレがあるようですわ」




