13.同志
その日ラリルの店には、大きな帽子で顔を隠した令嬢が一人で来店していた。
しかし、先ほどからヒアデスのアクスタ制作に忙しいラリルは戸口に立つ令嬢をチラ見しただけで声をかけることもなく、最悪の接客術を見せつけている。
「コホン!」
「ご主人様。お客様でちゅよ」
「あー、どうも。何かご用ですか?」
痺れを切らした客が大きな咳払いをすると、イベリコに促されたラリルは仕方なくという態度を隠さず億劫そうに顔を上げた。
相変わらず接客には向かない性格である。
「…………」
ようやく顔を向けたラリルに対し、令嬢は無言のまま帽子を取った。
まったく興味のなかったラリルだが、帽子の下から現れた顔に見覚えがあり思わず目を見開く。
「えっ、あなたがなんでここに!?」
「ご機嫌よう、魔女のラリル・ルルレさん。……あなたに聞きたいことがあって参りましたの」
そこに立っていたのはラリルが前世のアニメでよく目にしていた登場人物。
シルクのように滑らかで長い金髪が、薄暗いラリルの店に場違いな輝きを放ちながらキラキラと靡く。
第一王子ブラキウムの婚約者、美しく聡明なシャウラ・エスカマリ公爵令嬢だった。
推しの腹違いの兄の婚約者でもあり、高貴な公爵令嬢でもあるシャウラを立たせておくわけにもいかず、ラリルは店の隅にある椅子にシャウラを促した。
「で、なんでしょうか。私も暇じゃないんで、さっさと話してください」
お茶を出すなんてマナーもなく本題に入ったラリルに対し、シャウラは思い詰めたような顔をしている。
そして数秒黙り込んだあと、ラリルの顔を窺いながら小さな声で一言だけ発した。
「……メイター……」
「?」
一瞬ラリルは彼女の言葉の意味が分からなかった。
しかし、続く言葉にハッとする。
「……一担……箱推し……」
「!!!」
シャウラの口から飛び出た単語を理解したラリルは、ガバリと身を乗り出した。
そして自分を指差すと、おそるおそる口を開く。
「メ、メイター、二担単推し……」
「!!!」
目を見開いたシャウラとラリルの目が合う。
まるで合言葉のように不可解な単語の意味が通じた二人は、自然と立ち上がり同時に手を取り合った。
「やっぱりあなたも転生者だったのね!」
「シャウラも転生者だったんですか!?」
微笑みながら頷くシャウラは見るからに興奮していた。
「〝メイター〟=アニメ『キングメイト』ファンの通称! 〝一担〟=第一王子ブラキウム様担当、〝箱推し〟=王子三人とも推していること! この言葉を知っているなんて、間違いなく同志だわ!」
ラリルも驚きながらシャウラを見返す。
「ほへぇえ! まさかこんなところでメイターにエンカ(遭遇)するとはっ!」
「ビックリよね! 二担単推し(第二王子ヒアデス様担当単体推し)ラリル氏! 晩餐会の様子を見てまさかと思ったのよ! 国王陛下を〝国王パパ〟なんて呼ぶのはメイターしかいないもの!」
一瞬にして意気投合したオタク二人は、感激のあまり熱い抱擁を交わしていた。
「あなた天才だわ! どうしてこの世界にアクスタがあるの!?」
店の二階にあるラリルの自室に通されたシャウラは悲鳴を上げていた。
「どうしてもヒアデス様グッズが欲しくて、長年の研究の末にアクリル樹脂とよく似た性質の透明な樹脂を見つけて改良したんです!」
「あちこちの森を探索していろんな木の樹液を研究したでちゅ!」
オタク仲間ができて嬉しいラリルはご機嫌に答え、イベリコも得意げに説明を付け加えた。
「このポスターも……。アニメ三期の舞踏会仕様のポスターよね? 大手アニメ雑誌の付録だった……。ヒアデス様の衣装が細部まで本当によく再現されているじゃない……!」
「記憶の中の映像を紙に転写する新魔法を開発したんです。前世では毎日時間を忘れるほど眺めていたポスターだったので、何万回にも及ぶ試作の末に復元できました!」
「魔力も紙もいっぱい無駄にしたでちゅけど、完成度は高いのでちゅ!」
「素晴らしいわ! 待って、この香水! 数量限定の受注生産で入手困難だったキャラクターイメージ香水のヒアデス様版ではなくて!?」
「分かりますか!? その通りです! ヒアデス様の香りを再現しているとあって必死で入手した一品……を完コピしました! 香りも色も瓶も公式と完全一致です! まあ、実物のヒアデス様の香りには遠く及びませんでしたが!」
「推しぬいに、ラバストまで……ここは天国なの!?」
これまで血の滲むような努力の末に製作した自慢の推しグッズの数々を絶賛されて、ラリルは有頂天だった。
「これも見ます? 前世ではあり得なかったヒアデス様の新聞切り抜き情報ファイルです」
新聞にヒアデスの記事が出るたびにファイリングしてきたラリルがファイルを差し出すと、シャウラは声を弾ませた。
「まあ! さすがだわ。ですけれど、これなら私だってラキ様バージョンを作っているわよ」
「おお、やはりそうでしたか。魔法がないとこの世界での推し活はそれが精一杯ですよね」
「そうなのよ! テレビや雑誌どころかポスターもアクスタもないんですもの。新聞記事くらいでしか推し活ができなくて……。しかも私は箱推しなのに、ラキ様の婚約者だから他の王子達のファイリングはやりづらくて……」
「あー。というか、ブラキウムの愛称〝ラキ様〟……懐かしい響きです! メイターはラキ様呼びが定番ですよね!」
「でも公爵令嬢としてはたとえ婚約者でも王子殿下を愛称呼びなんてできないでしょう? だからいつも心の中で呼んでいたのに、こうして口に出して連呼できる日がくるなんて夢のようだわ!」
同志に出会えた喜びに浸る二人は硬く手を握り合った。
その時だった。
「ラリル」
氷のように冷ややかな声が、オタク談義に熱い花を咲かせていた二人に水を差す。
振り向いた先に立っていたのは、とても冷たい目をして笑うヒアデスだった。
緑色の鋭い視線は繋がれたシャウラとラリルの手に注がれている。
「……これはいったい、どういう組み合わせなのかな?」