11.熱愛
次期国王最有力候補であった第二王子ヒアデスが、魔女と運命的な恋に落ちて王位継承権を放棄しようとしている。
このロマンチックな逸話は、ヒアデスを王位継承戦から引き摺り下ろしたい第一王子ブラキウムと王妃デネボラの手回しもあり、晩餐会の翌日には王都中に広まっていた。
「ご主人様、いい加減に起きてくださいでちゅ〜!」
渦中の魔女は、オンボロ店の二階にある自室で朝から使い魔に揺さぶられている。
「どうしたんだい、イベリコ?」
「あ、ヒアデス様! ご主人様がベッドから出てこなくなっちゃったんでちゅ!」
勝手知ったるとばかりにアインを引き連れて緑色まみれの室内にズカズカと上がり込んできたヒアデスは、ベッドの上で震えているシーツの塊を見た。
「ふむ……」
ベッドの下には今朝の朝刊が落ちている。
その一面にはデカデカとヒアデスの熱愛記事が。
「……無理……推しの熱愛……耐えられない……絶望……これから何を糧に生きればいいの……」
ブツブツと聞こえてくる呟きは無視して新聞を拾い上げたヒアデスは、ざっと見出しに目を通した。
「どれどれ? 【王位よりも愛を選んだ世紀の大恋愛】、【純愛を貫く選択に第二王子の評判はますます高まるばかり】、【熱愛相手の魔女の店にお忍びで通う姿を見た目撃者が多数】……なかなかいい記事だな。国民が飛びつきそうだ」
「ああぁぁあ! 読み上げないでください! 推しの熱愛はオタクの絶対的タブーなんです!! 地雷も地雷、大ダメージすぎて立ち直れないレベルです!!」
シーツの下でジタバタと暴れるラリルは絶叫した。
そんな主人へと近寄り、めげずに声をかけるイベリコ。
「ご主人様、そろそろ起きてくださいでちゅ。仕事の時間でちゅ!」
「今日は仕事なんて無理に決まってんじゃん!! あんた鬼なの!? 推しの熱愛記事が出たんだよ!? 仕事どころじゃないよ! この世の終わりだよっ! 有休待ったなしだよっ!」
「……何をそんなに絶望する必要があるんだい? 相手は自分じゃないか」
「それが大問題なんです!!」
ガバッと起き上がったラリルは被っていたシーツから顔を出すなり、目の前にいたヒアデスを見て両手で目を覆った。
「はにゃああぁっ!! 今日も世界を滅ぼすほど顔が良すぎるぅっ!! 神!!!」
通常営業のラリルは再びシーツの中に隠れる。
「推しに認知されてるだけでも絶望なのに、結婚なんてもっと無理ぃー!」
「相変わらずの奇行ぶりだな。ずっとこんな調子なのか?」
ラリルの奇行を楽しく観察しながら、ヒアデスはイベリコに苦笑を向けた。
「昨日はテンションがおかしくなっていましたでちゅが、ご主人様は今さら推しと結婚する実感が湧いてきたみたいなのでちゅ。そのうえヒアデス様の熱愛報道まであったものでちゅから、情緒不安定なのは仕方ないのでちゅ」
短い前脚を組むイベリコは訳知り顔で解説をした。
話を聞いたヒアデスは改めてラリルを見下ろしながら首を傾げる。
「その熱愛報道の相手は自分だというのに、何が不満なんだ?」
「オタクとは複雑な生き物なのでちゅ」
「実に興味深いな」
しみじみと呟くヒアデスに、ラリルはシーツの下から叫び声を上げた。
「自分だからこそあり得ないんです! どこぞの得体の知れない魔女がヒアデス様と結婚なんて、ヒアデス様担としては絶許ですっ!!」
「……ふぅん? 昨夜は父上の前であんなに意気揚々と私の好きなところを語り尽くしていたのに?」
囁きながらヒアデスはベッドに腰かけ、丸まっているラリルの背中にシーツの上からそっと触れる。
「ひぇっ! あ、あれはちょっとオタクハイになってただけで……はぅ!」
「確か君は私の声が好きなんだよな? それから香りと、あとは手だったか?」
「ひょわわわっ、調子に乗って申し訳ありませんでしたっ! お、お許しを……! 完全なる黒歴史です! どうか忘れてください!」
「忘れてくれだって? それはどういう意味だい? 昨夜の君の強烈な言葉の数々を忘れろと? こんなにも私の脳裏に焼き付いているのに?」
シーツ越しにヒアデスが覆い被さり、優しく囲われながら至近距離で囁かれたラリルは爆発しそうになる。
「し、死んじゃう、推しの過剰摂取で死んじゃうぅ! あとすごくいい匂いがするぅ! お願いですから、なんでも言う通りにしますから! もうこれ以上オタクを追い詰めるのはやめてくださいぃ!」
とうとう泣き出したラリルだが、ラリルの反応が楽しくて仕方ないヒアデスは情け容赦なくシーツを引き剥がした。
「そもそも今日は嬉しい報告があって来たんだよ。でもその前に、デートをしようか」
「は、ひ……?」
前世でさえ一度もしたことのないデートというキラキラした単語を推しから聞かされて、ラリルの思考がフリーズする。
「さあ、行こう。ラリル」
推しに手を差し出され、ラリルは条件反射でその手を掴んでいた。
◇
「あ、あの! 何やら視線が痛いのですが!」
カフェのテラスで優雅にお茶をするヒアデスは、珍しい緑色の髪も相まって目立ちまくりだった。
さらにはどこからどう見ても不気味な魔女を連れているせいで悪目立ちしている。
しかし、周囲の視線をものともしない本人は爽やかな笑顔を浮かべてラリルを見た。
「見せつけているんだよ。私達の仲が本物だとね。カフェデートなんて、それっぽいだろう?」
「推しの匂わせキツすぎる……。ヒアデス様の黒笑み沼すぎる……」
嘆くラリルだが、熱愛報道真っ只中の渦中の二人がデートしているということもあって、周囲からは好奇と生温かさを感じる視線がひしひしと送られてくる。
衆目の中で推しに迷惑をかけてはいけないと発狂したい衝動を抑え込んだラリルは、震える手でカップを口に運んで気まずさを誤魔化した。
ラリルの様子を緑色の瞳で観察していたヒアデスは持っていたカップを置くと、本題に入る。
「それで、嬉しい報告なのだが。結婚式の準備を兄上と王妃が全て受け持ってくれるらしい」
「はい?」
「今朝、兄上が式場を手配してくれると言い出してね。それを聞いた王妃が自分はドレスとシェフを提供すると対抗してきた。そこからは二人の見栄の張り合いだ。あれもこれもと交互に役割を買って出てくれて、最終的に全ての準備を任せることになったんだ」
両手で頬杖を突きニコニコと話すヒアデスはご機嫌で、推しの顔に見惚れるラリルは彼の言葉を理解するのに時間がかかった。
「私の気が変わる前に一刻も早く結婚させようという魂胆だろう。おかげで私は一銭も出さずに挙式ができそうだ。面倒な準備も全て押し付けることができた。これも君の加護の効果かな?」
推しが嬉しそうなのはとても良いことなのだが、ラリルはよく分からない話に首を傾げる。
「えっと……それって、誰と誰の結婚式ですか?」
「私と君のに決まっているだろう?」
周囲に見せつけるように、ヒアデスはテーブルに置かれたラリルの手に手を重ねた。
「ほにゃあぁっ!?」
推しとの遭遇。推しからの認知。推しと結婚。推しの家族にご挨拶。
(そして今度は推しと結婚式? どう考えても無理! ていうか、手! 手!)
「おっと。こんなところで気絶するのはやめてくれよ」
白目を剥きかけたラリルを現実に引き戻そうと、ヒアデスの指がラリルの指に絡まる。
「ヒイィッ」
ぷしゅ。
生温かい視線を向けていた周囲も、ラリルの奇声と吹き出す鼻血には眉を顰めるばかり。
「うん。ダメだなこれは。……移動しようか」
肩をすくめるヒアデスは、後方に控えていたアインに合図を送った。
読んでいただきありがとうございます!
本日は18時にも更新予定です。
この作品ではたくさんの笑いをお届けしたいです。
面白いと思ってくださいましたら、笑いのリアクションだけでも押していただけると作者が大変喜びます。
限界オタクと推しの恋模様、ぜひ草を生やしながらお楽しみください!