10.波乱
「ラリル、レ……?」
「ラリル・ルルレです、父上」
「なんだそのふざけた名前は……というか、魔女だと!?」
「はい、魔女です」
「ヒアデス!! お前はいったい、何を考えているのだ!?」
由緒正しい王室晩餐会の席で、国王は息子であるヒアデスを怒鳴りつけた。
「よりにもよって魔女と結婚するだと!?」
ラリルを指差し唾を撒き散らす国王に、ヒアデスは涼しい顔で答える。
「はい。魔女と結婚します」
「王位に就くチャンスを自ら手放す気か!?」
ヒアデスに詰め寄る国王は真剣な目をしていた。
「知っておろう? 国王たる者、伴侶は王侯貴族でなければならぬ! 平民であれば養子縁組などいくらでも手はあるが、おぞましい魔女なんぞ言語道断! こんな女を妻にすればお前は確実に王位継承権を失うのだぞ?」
「構いません。王位などとは比べようもないほど彼女を愛していますので」
「どっひゃーー!」
ヒアデスが肩を抱き寄せると、それまで無言でボーッと立っていたラリルが奇声を発しながら鼻血を吹き出した。
「!?」
「な、なんだ!?」
「と、尊い……! ドアップでキメ顔キメ台詞のヒアデス様を拝めるなんてっ!! 尊すぎて死ぬぅ〜っ!!」
ドン引きする周囲の目など気にせずヒアデスだけを見つめるラリルはしばらく目をハートにしてブツブツと奇声を発していたが、ふと我に返ったように顔を上げた。
「ていうか、本物の国王パパじゃん」
「パ、……パパ?」
「……王妃もブラキウムもゾズマも……。あ、シャウラまでいるし。すごっ!」
「本当にアニメの中でちゅ! でも国王パパ、思ったより小ちゃいでちゅね」
無礼でわけの分からないことを口走る魔女とその使い魔に、国王は顔を真っ赤にしてヒアデスを見た。
「な、なんなのだこの無礼な女とネズミは! ヒアデスよ、本気でこんな女のために王位を捨てるのか? 後悔するぞ!?」
「本気ですし、後悔などいたしません」
国王は真摯な目で息子の肩を掴む。
「落ち着いて考え直せ。私はお前を次期国王に指名するつもりでおったのだ。プレアデス辺境伯からもよしなに頼むと直々に手紙を頂戴しているのだぞ? それをたかが魔女なんぞのために全てを棒にふるとは……」
「関係ありません。私にとっては王位よりも彼女のほうが遥かに大事です」
「か、か、カッコよ……っ! ヒアデス様カッコよ!! 私の推し様カッコよっ!!」
茶化すようなラリルの合いの手に、国王の顔色が怒りで土気色になっていく。
「お前はこの魔女のどこにそんな魅力を感じているのだ!? 到底理解できん!!」
ハイになったオタクの凄まじさを目にして身を震わせる国王だが、当のヒアデスはどこ吹く風だった。
「どこと言われましても。……ラリル、私の好きなところを挙げてみてくれ」
「ひゃ、ひゃい……! 私はヒアデス様の全てが好きです! この世の神秘を煮詰めたようなエメラルド色の瞳も、凛々しくミステリアスな色気溢れる横顔も、育ちの良さが滲み出る繊細で品の良い仕草も、崇高で狡猾でそれでいてこれでもかと聡明なお考えも、華やかながら控えめで上品かつ清々しい香りも、それになんと言っても脳髄に響く甘さと冷たさを兼ね備えた色気と気品のウィスパーボイスがまた最高で! 耳元で囁かれようものなら腰が砕けてヘロンヘロンになるレベルでして。あとは実際にお会いして気づいたのですがヒアデス様の手はスラリと綺麗でそれはそれは美しいのに浮き出た筋がこれまた色っぽくてセクシーでもう私は見ているだけで……むぐっ」
ラリルの口が止まりそうにないことを察したヒアデスは、無理矢理その口をセクシーな手で塞ぐと笑顔で父を見た。
「どうです? 私のことが好きすぎてかわいいでしょう?」
「どこがだ!? ただの変態ではないか!!」
ますます憤慨する国王だったが、それまで呆然と成り行きを見守っていたブラキウムが父と弟の間に割り込んだ。
「まあまあ、父上。ヒアデスがここまで言うのですから、結婚を認めて差し上げたらいかがです?」
「ブラキウム! お前、何を言い出すのだ!?」
突然の息子の仲裁に絶叫する国王の声に、ゾズマの腕の中で気を失っていた王妃も震えながら目を覚ます。
「うっ……。わ、私も賛成ですわ。ヒアデスにはお似合いの女性ですもの。二人の結婚を許すべきですわ」
「デネボラ! お前まで!?」
普段はいがみ合い、何があっても対立するブラキウムとデネボラだが、二人の思いは今この時だけはひとつだった。
(この魔女とヒアデスを結婚させれば……)
(邪魔なヒアデスを王位継承戦から引き摺り下ろすことができる……!)
「シャウラ、君も似合いの二人だと思うだろう?」
両手を口に当てて固まる婚約者へと、ブラキウムは勢いよく問いかける。
「え、えぇ、はい……! とてもお似合いですわ!」
混乱しながらもブラキウムの意図を正しく汲み取ったシャウラは頷いてみせた。
「ゾズマ! あなたからも言っておやりなさい! 二人は結婚すべきよね!?」
今度はデネボラが息子へと顔を向ける。
察しの悪いゾズマは母の意図を汲み取りこそできなかったが、もともとまっすぐな気性の彼は素直な意見を口にした。
「えーっと……正直どう考えても頭のおかしな女だと思いますが、ヒアデス兄上が彼女がいいと言うなら認めてあげるべきかと」
「ほら、陛下。みんな賛成しておりますわ。反対しているのは陛下だけですわよ」
「そうです、父上! 二人の結婚を認めるべきです!!」
妻と息子達の反応に国王は自分だけがおかしいのかと困惑する。
「な、なんなのだ、お前達……本気で言っているのか?」
とうとう膝を突いた国王は頭が真っ白になりながら目の前のヒアデスとラリルを見た。
誰がどう見ても頭のおかしい、奇抜な格好の魔女。
そんな女のために王位をドブに捨てるという息子。
いや、やっぱりどう考えてもおかしい。
「……どうしてだ、ヒアデス。幸運に恵まれ、何もかもお前の都合のいい方向に進んでいたというのに。何故よりにもよって、女の趣味だけがこれほど最悪なのだ……?」
絶望する父に、ヒアデスは爽やかな笑顔のまま答えた。
「仕方ありません。私は父上の息子ですから」
それはいったいどういう意味かしら、とデネボラの眉がピクリと動いたが、この場に水を差すのは賢明ではないと考えた聡い王妃は何も言わなかった。
この状況に言葉も出ない国王は、二人の婚約について反対することなく引き下がるほかなかった。
かくして大波乱の晩餐会はヒアデスの思惑通りに幕を閉じたのだった。