0.来客
「今日も私の推し様に幸運が訪れますように」
薄暗い店内で怪しい光を放つ大鍋を前にした魔女ラリル・ルルレは、日課である祈りを捧げていた。
「よし。じゃあ、始めようか。イベリコ」
「はいでちゅ!」
祈り終えたラリルが目を向ければ、声をかけられた使い魔が従順に回し車を回し始める。
まるまると太ったジャンガリアンハムスターのイベリコは、その姿からは想像もできないほどの俊敏さで駆け出し、回し車を急加速させていった。
「そのままキープしてね」
回し車に連動して煮立つ大鍋をかき回しながら、ラリルは真剣な目をする。
カラカラと回る回し車の音と、グツグツ煮えたぎる大鍋の音。
大鍋の中の液体は次第に輝きを増し、鮮やかな緑色へと変貌していった。
「いいよ! その調子! 今度こそ理想の色ができそう……!」
目を輝かせるラリルだったが、すぐにその表情は曇ってしまう。
「あー! 全然ダメ! また失敗だわ! こんな緑色じゃ、とても私の推し様の美麗な瞳の色を再現できない!」
苛立ちのまま大鍋に杖を向けたラリルは、鍋の中の液体を綺麗さっぱり消してしまう。
「イベリコ、もう一回走って!」
再び調合の準備を始めようとする主人へと、息も絶え絶えの使い魔は不服そうな目を向けた。
「ご主人様は使い魔使いが荒すぎるでちゅ! これで何回目でちゅか!?」
「その分ご褒美をあげてるでしょ! 納得できない色を推しグッズに使うわけにはいかないのよ! 特にこの色は作成中のアクスタに使う重要な瞳部分の色だから推し様の色気を引き出す繊細な調合が必要で……」
「だからって限度があるでちゅ! 材料のエメラルドだってもうないでちゅよ! あんなに高価な宝石を無駄にするなんて、だからうちはいつまで経っても貧乏なのでちゅ!」
「ぐっ……」
ぷんぷん怒るハムスターに痛いところを突かれたラリルは、目を逸らしながらいつもの口癖で反論をした。
「う、うるさいわね! 私のお金を何に使おうと、私の自由でしょ! お布施は正義、推し活に妥協は禁物! 推し様こそこの世の摂理にして道理! 世界の中心にして神そのもの!」
暴論を言う主人が情けないイベリコは、やれやれと首を振りながら説教をしようと短い爪を突き出した。
「いいでちゅか、ご主人様は前世からずっとオタクすぎるでちゅ! このままだと……」
しかし、ふと漂ってきた匂いに気づいて言葉を止め、店の戸口に目を向ける。
イベリコの視線の先が気になったラリルも顔を向けると、そこにはフードを被った客の姿があった。
「…………」
戸口に立つ無言の客に作業を邪魔されたラリルは不機嫌顔のまま舌打ちをする。
「チッ。今忙しいんですけど、なんの用です?」
「ご主人様! お客様にその態度はなんでちゅ!?」
「私の店なんだから、どう接客しようと私の勝手でしょ」
言い争う魔女と使い魔を前にした客は、動じることなく口を開いた。
「……取り込み中かな? 出直したほうがよければそうするが、あまり時間がないので手短かに済ませたいのだが」
「え……?」
店内に響く客の声に、ラリルは動きを止めた。
「その、奥ゆかしくもセクシーで腹に一物あるようなミステリアスさを秘めた脳髄に響く甘さと冷たさを兼ね備えた色気と気品のウィスパーボイス……まさか、あなたは……!」
ラリルの意味不明な言葉など意に介さず、客はフードの下の唇をニヤリと歪める。
「とりあえず、入ってもいいだろうか?」
言いながら押し入ってきた客がフードを脱ぐと、現れた鮮やかな緑色の髪と瞳にラリルはひきつけを起こしたかのように息を詰まらせた。
「ヒ、ヒ、ヒ、ヒ!」
瞳孔を激しく揺らしながら大量の汗を吹き出すラリルは、だんだん近寄ってくる目の前の人物に絶叫する。
「ヒアデス様〜〜〜〜!?」
読んでくださりありがとうございます!
久しぶりの連載、全てのオタクの皆様に捧げるラブコメです。
どうぞ存分に笑ってください!
本日は9時、12時、15時、18時にも更新予定です。
ぜひぜひよろしくお願いいたします!