新日学園の生徒たち②
「ど、どういう…?」
カノが震える声でそう問う。表情も芳しくない。言語は理解しているが、分かりたくないという表情だろう。
アルザも同じだ。アルザも状況が把握しきれない。先程までカノを殺せば終わりだったことが、なんかもうめちゃくちゃになってしまった。
「ちょっと考えてみたんだよねぇ」
アサギは能天気な声でカノとヤドリギを見据える。
「別に依頼者に殺した証拠とか見せなくていいんでしょ?だけど、カノちゃんはここにいてもずっと古雨国から狙われるじゃん。ならいっそ母国に帰ろ。僕たちは冬春国のえらーい人だから、幹部の席とか用意できるよ。…結構破格じゃない?」
確かにそうだ。何も殺すことはない。依頼者は殺して欲しいと言っていたが、それは古雨国から遠ざけて欲しいと同意義だろう。そして、カノを勧誘するための策として、幹部の席を無理矢理用意した…そういうことだろう。
しかし、その提案を出されてもカノの表情は少し汗が出てきたくらいで、大きな変化は現れなかった。
「えっと、あの〜、すごく言いにくいんだけどさ…」
本当に言いにくそうな声でカノが恐る恐る言葉を紡ぎ出す。
「実はうち、冬春国民ではないんだよね…」
「え?」
カノ以外が一斉に再び同じ声をあげた。説明を求めようとした時、カノは言葉を続けた。
「すっごい色々あって…簡潔に言えば嵌められて、冬春国民ってことになっちゃったんだよねー」
他人事のように淡々と話す。…どちらかというと、他人事のように話さなければ、感情を抑える壁が崩壊してしまいそうに見えた。
「え、じゃあ何でニウラはカノが冬春国民だと思って…」
「ニウラの最大の武器は、情報網だよ。ニウラを崇める宗教には多大な人間が入ってる。もちろん政府関係者もね。そこから冬春国民の情報を掻き集めてるんだよ」
冬春国民が分かる能力とか、あるわけないじゃん、とアサギは馬鹿にするように笑う。アサギはニウラのことがものすごく嫌いなのだろう。アルザも殺されそうになったので、好きではないが。
「本当はどこ出身なの?」
「暖海国。会社から馬車が手配されてここに来たんだけど、お母さんの上司に嵌められて冬春国に入るルートが設定されてたみたい。古雨国に着いた瞬間、もうすごかったよ。何度死ぬかと思ったか…」
それのせいで戦いの勘が身に付いてしまったのだろう。暖海国の少女が冬春国の少女と同じわけがない。逆に、よく今まで生きて来れたと賞賛すべきだ。
「私たちとしても、戦力になってくれるのは嬉しい。けど、本当に冬春国民になってしまう。…勧誘なだけだから、断っても」
「ううん。全然行くよ。ここに居たのは、お母さんをちゃんと弔うためだったし。結構時間も経ったし、いいよね」
カノはアルザの言葉を待たずに承諾した。カノの言葉を汲みとるに、カノのお母さんは古雨国の人によって殺されてしまったのだろう。
「そう言えば、二人って言ってましたよね、もしかして…」
「そ!折角なら君も連れて帰ろうと思って。違ったらごめんだけど、君って冬春国民じゃないの?」
不確定な考えなのだろう。アサギには珍しく断定ではない言葉を発した。
「どうしてそう思ったんですか」
ヤドリギはかなり警戒した目でアサギを見つめる。変なことを言ったら今にも切り刻みそうだ。
「質問に質問で返すなー…って言いたいけど。まあ僕は大人だからね」
なんとなくヤドリギがイラついているように見える。
「天泣の村出身だったよね。…はっきり言うよ?天泣の田舎村が、新日学園に招待されるわけない。君は言ってたよね、この学園は冬春国民…要は罪人を収監してるって。君自身が冬春国民で、新日学園に招待されたんじゃないかな」
「半分あってて半分違う」
「あ〜あ、やっぱ違ったか〜。でも結構いい線いってるみたいだね」
アサギはヤドリギの顔を覗き込む。真実を見ようとしているのだろうか。だが、ヤドリギはとても不快そうな表情からピクリとも変えない。
「冬春国民であることは否定します。…俺には、やらなければいけないことがあるんだ。それが終わるまでは、ここを離れられない」
確固たる意思が感じられた。そして、微弱ながら自己嫌悪も。
「やらなければならないこと、ね…僕としてもイズミに席二つ空けといてって言っちゃったし、来て欲しいところなんだけど…」
「冬春国民になることに抵抗はないです。それに、居場所を用意してくれるのは俺にとっても利益。全てが終わったら、冬春国に行きます」
覚悟が決まった顔をしている。
「…一体、何をしようと思ってるわけ〜?」
「なあなあヤドリギ、全てが終わったらって戦争でもするのか?戦いか?戦いをするのか?それだったら俺も…」
「ヤクモちょっと黙って…!!」
急に近付いてきたヤクモが騒ぎ始めたので、アルザはヤクモの口を手で塞いだ。かっこよかった雰囲気が去ってしまった。
「…ふ、戦いです」
ヤドリギは微かに笑った後、アルザの手を取ってヤクモの口を開放した。
「俺だけで何とかする予定だったんですけど。未来の仲間なら、手伝ってください」
「手伝うーー!!」
子供のような無邪気でキラキラした声が廊下に響いた。
「ヤドリギの言ってることはまあごもっともだし、僕たちも手伝うよ。だけど、その前に依頼の達成を知らせてきても良いかな。アルザちゃん、ヤクモとカノちゃんと一緒に冬春国に帰っとく?もしかしたらとクロちゃんとイズミが新しい依頼受けちゃってるかもだし。全員で行く場合じゃなかったら、僕とヤドリギ以外で行ってきてね」
イズミはずっとお金がないと言っていたので、もうすでに新しい依頼を受けていることがあるかもしれない、ということだろう。
「あ、うちは寮に取りに行きたい物があるので…アルザちゃ…いや、アルっちとヤクっちはどうする?」
そう言えばカノの荷物は全て寮の中にあったことを思い出した。アルザたちが襲撃した時から一度も帰っていなかったのだろう。懸命な判断だったが。
そんなことよりも、カノの呼び方が初めて聞いた名前で少しびっくりした。ヤドリギと同じく、将来の仲間だから打ち解けたいのだろう。
「カノに着いていこうかな。ヤクモはホテルの荷物取ってきてくれない?カノの用事が終わったら、私たちもホテルに行くよ」
「わかったぜ!」
ヤクモのことだから少し不安だが…
「俺も一度寮に帰りたいので、アルザさんに着いていきます」
ヤドリギは小さく手を挙げてそう発言した。
「じゃ、ここで3組に分かれるねー。アルザちゃん、後の統率はよろしく!」
ーーーーーーーーーー
再び、新日学園へと戻ってきた。アルザは未だ制服なため、他の人から見れば特に違和感は感じないだろう。
「え、アルっちってヤドリギと一歳しか変わんないの…!?」
これまでのことやこれからのこと、それらについて二人と話していた。そこで年齢の話が出てきたため、アルザは素直に答えた。その返答が今のカノの言葉だった。アルザは落ち込んだ。それを見たカノは焦ったらしく、言葉を重ねる。
「いやっ!違くて!アルっちが老けて見えるとかそういうのじゃなくてね!なんだろう、雰囲気かな?雰囲気が大人すぎてさ…」
「…慰めなくてもいいんだよ?」
「アルっち…違うんだよぉ〜!!」
カノは涙目になっていた。
「俺もカノの意見に同意です。アルザさんは雰囲気が同世代とは思えないんですよ…冬春国で過ごしてたからじゃないですかね」
一理はある。冬春国での暮らしはいつでも隣に死が付き纏うからだ。飢餓で死ぬか、他殺か、徴兵されて戦死するか。娯楽など無く、ただ生きるためだけに動く…アルザはこれを中途半端に行っていた。が、カノたちから見れば十分精神は熟しているようだ。
それでも、アルザは落ち込むが。
そんなことを話していたら、寮が見えてきた。
それと同時に、絶対に今、会うべきではない人も。
その人は、ゆらりとこちらを振り向いた。アルザと目が合った。
息が詰まった。
あの目はダメだ。人を見る目ではない。殺生を躊躇しない目。本能がけたたましく警笛を鳴らす。
カノとヤドリギの前に出て庇う動作をする…と、途端にそいつは槍を呼び出して、こちらに突っ込んできた。
剣を取り出して、槍の軌道を逸らす。が、次は逸らした槍を横に振って、アルザの胴体を狙ってきた。
「(逸らすだけじゃ何も変わらない…!)」
剣を使って槍を今度は受け止める。
重い。相手は細身のお嬢様のはずなのに。憎悪の感情が力を増幅しているのだろうか。
「ニウラ…!?」
カノとヤドリギも襲撃に気付いたようだ。二人とも武器を構える。守る必要はないみたいだ。
一度槍を押し切ってニウラを後退させる。常人ならこんな力で押し返されたら転けるはずだ。なのにニウラは見事に立ってみせた。
「こんなことしてる場合でもないね…アルっち、一応寮室まで転移できるけどやる?」
「いや、ニウラ自身をどこか遠くに転移した方が良い。気を引くからその間に」
「俺はアルザさんに加勢します」
「おっけー」
三人で短いやり取りを交わした後、各々が役割を果たすために動く。
アルザとヤドリギはニウラの気を引くため、剣を握り直してニウラへと迫る。
「冬春国、戦争……。壊す…全部壊す!!壊して、もう二度と!!!」
悪鬼のような表情で髪を掻きむしるニウラに、容赦無く剣を振り下ろす。何故こんなにも憎悪が増幅しているのかは分からないが、ここで斬れば終わるだろう。
そんな浅い考えの下でアルザは剣を振っていた。
「アルザさん!!近付きすぎるのは危険です!!」
ヤドリギがそう叫ぶ…と同時に、奇声を上げていたニウラが、無の表情になり、『召喚』と呟いていた。
ニウラの手には槍ではなく、ニウラの体ほどある大きな大剣があった。
それを軽々と振り、刃がアルザ目掛けて襲ってくる。思わず剣で大剣を防いだ。
重い。押し返せない。先程よりも力が増している気がする。もしかしたらこの大剣は魔道具なのかもしれない。魔道具でなければ説明のしようがない力の増大具合だ。
押し返せないままニウラとつば競り合いを強制させられる。このままではダメだと判断し、一か八かで片足を浮かせて、膝でニウラの腹に一発ぶち込もうとする。
それは確かに入った。だが、それに伴う代償は大きく、片足だけではニウラの力には耐えられず、もう片方の膝が折れて自然と折れて、地面にへたり込む形になってしまった。
ニウラは少し呻いたが、すぐに何ともないように大剣をアルザ目掛けて振り下ろした。
剣はまだ手放していない。
大剣が故に、予備動作は槍の時よりも遅い。そのため、アルザが少し後ろに下がって体勢を整える時間は作ることができた。
が、予備動作が大きいだけで、ニウラの動体視力は落ちていない。少し後ろに下がるだけじゃ、すぐに捉えられてしまう。
先程の焼き直しのように、再びつば競り合いに戻る。
しかし、剣は少し拮抗した後、無残にも砕け散った。これまでの蓄積ダメージが大きすぎたのだろう。だが、衝撃は僅かに抑えてくれたらしい。アルザが耐えれるほどのダメージに抑えてくれた。
「やっば、剣無くなっちゃった」
柄だけ残った剣を地面に投げ捨て、構えを取った。素手で戦うしかない。
「アルザ…冬春国の総団長…貴方を殺せば、冬春国は崩壊するかしら?」
次はニタァと奇怪な笑みを浮かべる。クロとは違って表情豊かな人だ。
「ヤドリギ、召喚の技能ってわかる?」
「召喚は別空間に保管したものを自由に出し入れできる技能です。容量は分からないけど…ニウラは槍、大剣、弓の三種の武器をよく使ってます」
槍を巧みに操り敵を翻弄させる。大剣を膂力で振って敵を粉々にする。弓を正確に引いて敵の心臓に矢を突き立てる。
弓は見ていないから分からないが、ニウラの性格的に極めていそうだ。
「ニウラの大剣は人間を容易に壊せます。…よく剣だけで済みましたね」
「伊達に総団長やってないよ」
軽口を叩いていると、ニウラが再びゆらりと動き出した。アルザでも重さを感じさせそうな大剣を、ニウラはぐらつきもせずに肩に担ぎながら歩いている。
「ヤドリギ…冬春国民の味方をするのかしら?何故ですか。何故なのですか。分かっているのかしら。こいつらがどれだけ残虐で惨い行いをしてきたのか!!貴方は分かって味方をしているのですか!?……大丈夫。まだこちらに戻れます。冬春国の総団長は丸腰です。今なら貴方の剣で殺せます。カノだって貴方の手に掛かればすぐに殺せるでしょう。さあ、斬ってください。さあ、さあ!!!」
圧迫感がとてつもない。言葉の端々から感じられる憎しみと嫌悪が一層強くなっている。
振り向いてカノを見てみる。カノの手はサムズアップをしていた。いつでもニウラを転移できるのだろう。
ヤドリギに視線を向けると、ヤドリギはこくんと頷いた。意図を受け取ってくれたと信じよう。
「迫力満点な熱弁どーも。だけど、残念ながら俺は将来の冬春国幹部なんで。上司を斬れってのはちょーっと酷っていうか〜」
なんかうざい。第三者目線でこのくらいのうざさが分かるなら、ニウラ視点ならもっとうざいに違いない。
というか、少しアサギに似ている気がする。もしかして、アサギとの対話の中で手に入れたうざさなのだろうか。
「カノ。もういいぞ」
「おっけー、『移転』」
ニウラが桃色の魔力に覆われる。少しずつ色が濃くなっていく中、ニウラは憎しみを飽和させた目で、アルザたちを見ていた。
そして、転移しそうになった瞬間、桃色の魔力が霧散した。
「えっ?な、なんで?ちゃんと記録で出た距離設定したし、十分な魔力も込めた…」
カノの焦った声を聞きながら、ニウラの姿をもう一度見てみる。ニウラの手には大剣ではなく、弓が握られていた。
「残念でしたね。この三種の武器は全部魔道具…弓は他人からの干渉を弾く技能が付与されていますの。貴方の転移は効きませんよ」
「え〜っ…その弓、うちのために用意したの?ってくらい相性最悪じゃーん」
「大丈夫だカノ。弓なら近接戦闘は不得手だ。俺とアルザさんで…」
何となく嫌な予感がしていた。ニウラの強さは本当にその対応力なのかと。
確かに対応力はとても高いが、何となく違和感を覚えていた。
「武器が一つしか出せないと誰が言いましたか?いえ…それを認めてしまえば、あなた方は負けてしまいますものね。認めたくないのは分かります。ですが、しかとお見受けください。あなた方を殺す、聖女のお姿を」
召喚、と聖女が呟いた。
虚空で真っ赤な魔力が槍と大剣を形作り、実体化し、虚空に浮かんだままとなった。
三人は冷や汗を浮かばせた。
カノの転移は効かない、アルザの剣は破壊された。それに相対する者は三種の魔道具を扱う聖女。
「ヤドリギ。君の権能って何?それに合わせて戦い方を変えるよ」
それでも生きるためには戦わないといけない。生きること自体を諦めてはならない。
カノの転移と同じく支配も封じられたため、アルザに残された武器は限界突破のみ。だが、はっきり言って、武器が無い状態で刃物を持つ敵に挑むのは怖い。今までのアルザの手元には基本的に剣があったから尚更だ。
「俺の権能は【追跡】です。攻撃に転じられるものをざっくり言えば、相手に追尾する剣を生み出せます」
「じゃあ後衛向きかな?」
「そうですけど…アルザさん、この剣貸しますよ?俺よりもずっと強い人が武器を使った方がいいと思います」
いいかも、と思い頷きかけたが、自身の理性が訴えかける。
「いや、大丈夫。素手で戦う練習もしないといけないし。本当にやばくなったら剣借りるよ。とりあえずヤドリギはその剣でサポートお願い」
「了解です」
「ねー、うちは何すればいいかな?」
後ろの方にいたカノが隣まで来ていた。短刀を構えてニウラを見据えている。
「カノは何もしなくていいよ」
「…なーんか勘違いしてるかもしれないけど、うちって意外と強いんだよ?見た目に惑わされすぎ!!」
不貞腐れたように頬を膨らませている。
確かにカノは津波級相当だと書かれていた。それに、これまでに古雨国政府から派遣された殺し屋も、返り討ちにしてきた過去も持っている。
「あ〜、ごめんね。じゃあ、私の援護お願いするよ。カノが危ないと思ったら私を転移させて」
「おっけー!」
これで舞台は整った。グッと握り拳をキツく握りしめる。吸って吐いて。
「『限界突破』」
白銀の魔力が吹き荒れた。本日二度目の限界突破はかなり痛かった。いつもよりギチギチと音が鳴っている気がする。
「冬春国の総団長は限界突破を多用するらしいですね。痛いでしょう?こんなことやめて、私に殺されて下さい。私は深い慈愛を持っていますので、楽に殺して差し上げますよ」
「君を殺すために限界突破をしたの、分からない?」
ニウラの言い方は毎度鼻につく。ずっと上から目線なのだ。そしてアルザの目線に立った気になって、思い違いを繰り返し言っている。
思考回路の一部が破損しているようだ。
「はぁ…本当に冬春国民は…」
ニウラは額に手を当てて、わざとらしくため息をついた。
「ヤドリギ、カノ、あとは臨機応変に。任せるよ」
そう言って、アルザは地面を強く蹴って飛び出した。
ニウラはすぐに弓を引いて、アルザ目掛けて矢を放った。あの大剣に付与された技能で力を引き上げているのだろう。限界突破前では速く見えたかもしれない。
だが、今では遅い。
弓をギリギリで避け、もっと加速させる。
ニウラは今の攻撃が通用しないと学んだらしく、次は槍を持った。アルザを一度負傷させた槍だ。これなら攻撃が通ると踏んだのだろう。
しかし、アルザの後ろから迫ってきた剣によって、槍は剣の対応に持っていかれる。
「(ヤドリギ、ナイス)」
剣に技能を使ったようで、一度跳ね返しただけでは剣の追尾は終わらない。
ニウラはイラついたように大雑把に槍を振るう。
剣に意識を持っていかれている間に、アルザはニウラとの距離をもっと詰める。
ニウラが気付いた時には、アルザが拳を握って振り翳している頃だった。
当たる、と確信した。ヤドリギの剣がニウラの背中から迫ってきているし、前にはアルザの拳が迫ってきている。
だが、ニウラの判断は速く、槍ではなく大剣に持ち替えた。
そして、体を回転させて剣とアルザもろとも破壊しようとしてきた。
アルザは即座に殴るのをやめ、体を逸らして大剣から逃れながら、足でニウラの軸足を払おうとする。
大剣が鼻のスレスレを通っていく。前髪がかなり切られた。追尾する剣は大剣で弾かれた時に効力を失ったようで、カランと音を立てて地面に落ちた。
だが、前髪の犠牲は良い方向に向かったようで、ニウラの軸足を払うことに成功する。
ニウラがバランスを崩しているところに乗っかり、拳で滅多撃ちにしようとしたが、ニウラの判断力は大層すごいようで。
大剣を持っていると思っていた手には、弓が握られていた。そしてアルザが乗っかろうとした時には矢が飛び出していた。
心臓部分だけは何とか避けるが、肩に矢が突き刺さった。
だが、この痛みに耐えれば勝てる。少しの辛抱だ。
そう思って、ニウラの上に乗っかることに成功する。拳を一層強く握りしめ、ニウラの顔やら体やらを殴りまくる。
大剣の技能が働いているのか、ニウラの体は硬い。が、このまま殴り続けていればいつかは殺せるだろう。
「『召喚』っ…」
ニウラは苦しそうに技能発動の言葉を言う。
もう三種の武器は出されている。もしかして、別の武器…?それとも全く違うもの…?
思考に判断力が奪われる。
それはとても致命的だった。
不意に背中から痛みが生み出される。それは背中の肉を裂いて…
「『移転』!!」
カノの焦った声で我に帰った。そしてアルザはいつのまにかカノの隣にいた。近くにヤドリギもいる。
「アルっち大丈夫!?転移ちょっと遅れてちゃったよね!?」
背中が痛い。とても痛い。ついでに肩も痛い。
「背中、何が刺さった…?」
「剣だよ剣!ほら、ニウラが今持ってるやつ」
カノの転移はアルザのみを選択していたようで、背中に刺さりかけていた剣と肩に刺さっていた矢は元の場所にあるようだ。
「多分あれは予備の剣じゃないですか。不意打ちには便利でしょうね」
ヤドリギは冷や汗を浮かべる。ヤドリギが操っていた剣は今ニウラの近くにある。追尾が切れてしまって手元に戻すことができなくなったのだろう。
残る武器はカノの持っていた短刀だろうか。
カノのことを考え始めると、一つ気がかりだったことを思い出した。
「…カノ、『多在』ってどんな技能なの?」
「待って、今?」
「うん。それを何とか戦略に組み込めないかなって」
カノはアルザの言葉を聞いて少し唸った。説明が難しいのだろう。
「…何となく分かってると思うけど、『多在』は自分を分割できる技能。オリジナル含めて5人まで分割できるよ。分割する前の記憶は持ってるけど、分割した瞬間、自分がオリジナルだと思ってる。だからうちの言うこと全然聞いてくれないし、オリジナルだから言うこと聞いて!って言ってくるし…あんまり使い勝手良くないよ?」
アルザはカノの話をゆっくりと理解したかったが、あいにく今はそんな時間がない。
大事な部分だけを即座に理解し、頭の中でシミュレーションをし始めた。こういうのは得意ではないが、やらなければならない。
数十秒、頭がオーバーヒートしそうになるくらい回転させた。そしてアルザが考えた最善の策が導き出された。
「…カノ、君がニウラを殺すんだ」
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一方ヤクモ
「ここ、どこだ…」
都市部の中心で迷っていた。
「地図ってのも持ってないし…人に話しかけるにしたって、なんかみんな下向いてて怖いし…あんないじょってやつ、どっかにないのか…?」
ヤクモは歩いた。適当に。とても適当に。
大通りを通ったり、路地裏を通ったり、都市ではなさそうな住宅街も通った。
そしてまた大通りに戻ってきた。
「はぁ〜〜??まじでここどこだよ!!」
1時間歩き続けたが、目的地が見える気配はない。ヤクモは少しずつ確実にパニクり始めていた。
「くそ〜、人に話しかけるしかねぇのか…!」
かなり躊躇いながら今通り過ぎた男に話しかけてみようとする。
が、その前に後ろから肩を掴まれた。
「すいません。貴方、男性ですよね」
「うおっ」
出てきてしまった。警察官が…!!
ヤクモはこれまでに何度も引き止められてきたが、未だに慣れない。慣れてしまってはダメな気もするが…
「女装して、ここら辺で何しているんですか?ウロウロして…」
「あ、ちょうどいいじゃねぇか!」
今となっては引き止められて嬉しい。ホテルの場所を聞き出せるんじゃないか。
「何ですか、急に大声出して…」
「デカいホテル探してんだ!えっと、大体28階建ての、黒いやつだ」
「話を逸らしているつもりですか?」
「ちげぇよ!迷ってるからウロウロしてたんだよ!!」
ヤクモ自身、自分が不審者と大差ないことを知っている。女学生の新日学園の制服を着た、大人の男なんて、ヤクモほど馬鹿でもヤバいやつだと本能的に分かる。
警察官はすごく怪しんでいるようだ。
「…とりあえず荷物検査してもいいですか」
「エッ」
初めてそんなことを言われた。アルザやアサギと一緒に行動していた時は、二人が良い感じに誤魔化してくれたりしていたからだ。
今のヤクモの手持ちは明らかにまずい。黒刀を隠し持っているし、応急処置ができるようにガーゼやら包帯やらミニ消毒液やらを持っているからだ。
一応古雨国に銃刀法はないが、刀に応急手当てセットしか持っていないやつは、どう考えても戦いをした、または今からするやつだ。
ヤクモの顔から滝のように汗が流れ出始めた。
「ちょ、えっと…急いでっから大丈夫だ!!」
良い言い訳を用意できるわけがなかった。
警察官にそう言い捨て、ヤクモは全力でその場を離れた。
そして再び、見たこともない地で迷子になったのは分かりきった話。
後日。
古雨国に貼り紙が貼られ始めた。
『長く白い髪にアメジストの如き瞳、女性用の新日学園の制服を着用した、背丈180cm以上の男性を見かけたら、冒険管理署まで』