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新日学園の生徒たち

アルザちゃんは寝ちゃったみたい。まあかなり極限状態だったし、安心しちゃったのかな?暇そうにあくびをするヤクモに視線で、アルザちゃんを持ってあげてと伝える。上手く伝わったみたい。ヤクモはアルザをひょいっと持ち上げて、体を肩に掛けた。

「あんたらは、この人の何だ?」

それらを見ていた、アルザちゃんを介抱していた少年が鋭い目付きで聞いてくる。警戒しきっている顔だ。

「なんでまだそんな警戒するの?アルザちゃんと知り合いだったりする?」

「質問に質問で返すな」

まあごもっともか。でも、ただの勇気ある少年に、実は冬春国の偉い人です!なーんて言えるわけないし…まあここは無難に。

「友達だよ〜。ちょっと逸れてたんだ。ここって大きいでしょー?」

「じゃあ何でその…アルザはニウラに喧嘩なんか売ったんだ?」

「……え、ニウラ…?」

聞き慣れた名前に流石の僕でも動揺が隠せなかった。少年の目の奥がギラリと光る。弱みだと思われたかな。

「アルザと同じくニウラに何か用があるのか?」

違う、と言いたいところだけど個人的にニウラの話は気になるね。どちらにせよ、依頼で来たとは言えないし、良い隠れ蓑になってくれることを願って嘘吐くしかないか。

「そ!ニウラってこの学園の聖女様でしょ?僕らはニウラ様にお話を聞きたくて来たんだ」

真偽を確かめるためか、じっと見つめられる。そんな穴が開くほど見つめられても笑顔は崩しませんよー

少年は一度ため息を吐いて握手を求めてきた。

「ポーカーフェイスなのかわかんねぇな…俺はヤドリギ。あんたを少しだけ信用してやろう」

情報開示を求め、真偽を確かめ、少し信用する…かなり警戒心が強いね。ていうか、警戒心よりもちょっとこいつ上から目線すぎない?こいつから見れば僕は年下に見えるかもしれないけどさ!ガキに見下されんのやなんだけど!

ヤドリギの手を力強く掴んで、ぐっと力を込めて引き寄せようとする。が、びくとも動かない。体幹つっよ…と内心思いながら笑顔でヤドリギの顔を見る。その顔は少し引き攣っていた。元々低いだろう信頼度を結構落としてしまった気がする。ヤドリギは乱暴に手を振り払った。

「てかさぁ、ヤドリギはなんでアルザを助けようとしたんだ?」

ずっと様子を見ていたヤクモが沈黙が続いた中で声を上げた。

「端的に言えば、ニウラを敵に回したからだ。…俺はニウラが嫌いだからな」

「ほんとにそんだけー??ニウラが嫌いなのは分かるけどさ、普通見ず知らずの人を助ける?君、そんなお人好しじゃないでしょ」

「そんなのわからないだろ」

「じゃあその警戒心の強さはどう言い訳するつもり?」

そんなに警戒心が強いならば、見ず知らずの人を助けるという選択肢さえないはず。アルザちゃんを知ってて助けたって線もあるけど…

「…あんたらも冬春国民か?」

「すごいこと聞くね。何でそう思うの?」

「ニウラがアルザに言ってたんだよ。アルザは否定してたけどな」

「…ニウラを信用してるの?」

「信用してない。ただ、あの人は冬春国民かどうかが分かるんだよ。百発百中でな。実際、俺のクラスの冬春国民を見抜いた。で、どうなんだ?あんたらは冬春国民なのか?」

アルザちゃんの味方と言ってしまった以上、ここで下手に嘘をついては信用を大いに落とす。しかもヤドリギは何かを言いたげ。選択肢は一つしかないね。

「そうだよ。名前言ってなかったね。僕はアサギ。生まれは古雨国で、学生時代はここに通ってたよ。まあ色々あって冬春国民になったんだけど。で、こっちのデカいのはヤクモ」

「ま、待て。学生時代?卒業生ってことか?その見た目で…!?」

ヤドリギは一人で絶句した。ふふん、僕は若く見えるのに自信を持ってるから。嬉しいね。ちょっと見直したかも。ヤドリギは僕の素性を咀嚼して、ゆっくり飲み込む。

「…ここ出身だからニウラのことを知ってたってことか」

「ん?アサギが学校にいた時と、こいつが学校にいる時って一緒じゃないよな?何でどっちもニウラのこと知ってるんだ?有名なのか?」

ニウラ…。彼女のことはよく知らない。ただ…

「ニウラは不老なんだよ。18歳の時に不老が発現して、今もずっとその姿のまま。見た目が変わらず美しいから、聖女って呼ばれていて宗教も流行ってるみたい。何でかは知らないけど、ずっと3年1組にいるんだよね」

「アサギ、さんが言っていることは合って、ます」

上から目線から一転、急にしおらしく下から目線になった。僕が年上だって分かって敬語を使わないとって思ったのかな?

まあいいや、さっきの上から目線に戻させたらいつかぶん殴っちゃいそうだし。

「冬春国民なら言ってもいいです。基本的に、違法入国した未成年は新日学園に集められるんです。衣食住に勉学もつけて。まあ、集めるというよりかは収監、の方が言葉的には合ってますけど。それで数ヶ月前、俺のクラスの中で冬春国民だと発覚した生徒が一人いました。発覚してから数日、ニウラが新日学園生を集めて全員の前で公開処刑しました」

手口は相変わらずみたいだね。

「その処刑された子はヤドリギにとって大切な子だったの?」

「…俺は古雨国でも田舎の【天泣】の村出身なんですけど。都会の常識なんて知らない俺を導いてくれたっていうか…とにかく助かったんです。何も、何も…ありがとう、もまともに言ってなかったのに…」

後半になるにつれて声が弱々しくなっていく。処刑の光景を思い出しちゃったのかな。昔と形式が変わってないなら、かなりグロいよね、あの処刑の仕方。

まあ、詳しい事情を知らない僕が適当な慰めをしても逆効果だよね。

「だからニウラが憎い、ってわけね。おっけーおっけー。その時を思い出してアルザちゃんを助けた…そういうことね」

「はい。…あの、古雨国民だったんですよね」

「そうだよ」

「冬春国民って当時、どう思ってました?今、冬春国民になって、その思いは変わりました?」

ちょっと難しいことを聞いてくれるね。10年くらい前のことなんてあんまり覚えてないけど…

「当時は、新日学園で習った通りだよ。冬春国民は絶対的な悪。卑劣で、醜悪で、姑息な、人間でさえない者。擁護する者も敵。今思えばあれって一種の宗教だよね。…そんで実際になった感想としては」

ヤドリギが生唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。

「意外と、そんなことないよ」

そういうと同時に、ヤドリギは詰まっていたであろう息を吐いて、肩の力を抜いた。そんだけ緊張してたんだろうね。

「あ、もちろん環境は劣悪で、悪人ばっかりだけど。習った内容よりかは酷くなかったよ」

まあ大体こんな感じだったかな。こう、ちゃんと考えてみれば、新日学園って何のために冬春国を憎ませようとしてるんだろ。確か、昔冬春国と古雨国の間で大きな戦争があったよね。それを語り継ぐため、なのかな。それには憎悪も必要不可欠とかそんな感じ?

「…俺が冬春国民に肩入れしても、何も悪くないですよね」

「まあ、人間としては良いんじゃないかな。でも、この国は許してくれないよ」

冬春国民も人間。助け合うことは普通であるはず。だけどこの国は、冬春国民を人ではなく悪魔としている。悪魔を助ける道理はない…って感じのことを習った気がするね。

「そう、ですよね…分かってます」

落胆したような、元々諦めていた気持ちを絞ったような、苦しそうな声だった。

ちょっと寄り添ってあげようかな。可哀想だし。

「何でそんなこと聞くのかな」

「俺のクラスに、再び冬春国民が発見されました」

やっぱ冬春国民の最終的な逃げ場なだけあって、未成年でも結構発見されるもんなんだね。

「でもその人は強くて、クラスの人に攻撃されても避けることができます。だけど、殺傷攻撃ではないものは全て受動的で」

「いじめられてるってこと?」

「…はい。強さの故か、どんどんエスカレートしていっていて…俺は…」

ヤドリギの顔が少しずつ下がっていく。処刑された子と重ねているのかもしれない。

「なあアサギ、もしかして」

難しい話をしていたからかずっと黙っていたヤクモが思い付いたように言いかける。

「分かってるよ…ヤドリギ、その子の名前って?」

ヤドリギは一瞬疑心の目を向けた。が、僕の目を見て大丈夫と判断したのか。一呼吸置いた。

「カノです」

僕の予想は大当たりだった。


ーーーーーーーーーー


揺れている。足音と同じリズムでゆらゆらと。

二人が話している。一人は高いけど安心感がある声。もう一人は大人の声なのに子供っぽさが隠しきれない声。

アサギと、ヤクモだ。薄く目を開いてみると、新日学園の制服と地面が見えた。アルザはヤクモに担がれているのに気付く。と、途端に頭痛が襲いかかってきた。

「うっ…」

「あ、アルザちゃん起きた」

頭を片手で抑えながら辺りを見渡してみる。ヤクモの隣にはアサギがおり、この風景を見るにホテルへと帰る道なのだろう。

「頭、痛そうだね。頭に血が上っちゃったのかな」

アサギの手が伸びて頭を撫でてくる。

「ヤクモ、アルザちゃん降ろして」

ヤクモは素直に肩から降ろした。地面に腰をへたらせて、頭痛を緩和させようと規則正しい呼吸を心掛ける。

「頭痛以外に痛いとこない?」

地面に腰を付けたアルザと同じ目線まで下がったアサギが問診する。

「…大丈夫。でも何だろう…すごく眠い…」

「今はリラックス状態だからね。さっきまで極限の状態だったし、眠いのは普通だよ。ホテル着くまで寝る?」

アルザは一瞬頷きかけたが、自身はもう総団長で、この集団のリーダーであることを思い出した。

「いや、意地でも起きる。私が気を失った後、何があったの?あの少年は?」

アルザを助けてくれた新日学園の生徒。だがあの様子を見る限り模範的では無さそうだ。ニウラに歯向かう生徒なんてそうそういないだろう。数十分しか新日学園に居れなかったが、ニウラの絶対的信頼はどの生徒からも受け取れたのだから。

「あの子ヤドリギって名前でね。僕たちの暗殺対象、カノのことを知ってたんだよ」

「…!」

「あ、僕たちの素性は明かしてないからそこは大丈夫。とりあえずカノがよく行きそうな所は聞けたよ。で、アルザちゃんをホテルに置いてそこに行こうかなって思ってた」

「よく行きそうな所…」

アサギはヤクモに目線を送る。それにヤクモは驚いた表情をしてから、少し考える仕草をした。アサギはヤクモをいじめたいそうだ。

「カノがよく行きそうな所は…ね、ねかふぇ?ってとこらしいぞ」

ヤクモが慣れない発音でぎこちなく喋る。アルザも知らない単語に首を傾げた。

「ねかふぇ…??」

そして、ヤクモと同じように拙い発音で反復する。

「え〜っと…なんて説明すればいいのかな…。インターネットってわかんないよね」

「「いんたーねっと…」」

アルザとヤクモの脳は一時停止した。どちらも脳の中の辞典にはない言葉だった。

「…要するに、情報収集できる場所ってこと。寝泊まりもできるし、カノにとってはかなり最適な場所だと思うよ」

その様子を見兼ねたアサギが、アルザたちにも何となくの概要を掴ませるために簡単に説明してくれた。

アルザとヤクモの脳は再び動き始める。

「そのねかふぇってのは、どこにあるの?」

「たくさんあるんだけど、ヤドリギから場所を聞き出してきたから無駄な手間は省けるよ。甘雨の中でも中心部、そこのネカフェにカノはよく逃げてたらしい」

今のここは甘雨の中心部に近しい所だよ、とアサギは付け加える。

「…なんか怪しくない?何でヤドリギはそこにカノが逃げてるって知ってるの?」

自然に浮かび出た疑問をそのまま口に出す。実際そうだ。カノの逃げるというのは、転移によるほんの一瞬で片が付く、追いかけっこですらないものだ。そう簡単に逃げる場所がわかるはずがない。

「怪しいよね、僕も思う。でも何かの罠でもアルザちゃんなら何とかできるでしょ?」

それに僕もついてるし、とアサギは胸を張って言った。おい俺は…と悲しそうな声が聞こえてきたが、アサギはフル無視した。

アルザは苦笑いをしながら、そうだね、と頷いた。


ーーーーーーーーー


甘雨の中心部は言語化できないほどにすごかった。もうすぐ夜だからか、ネオンというものがキラキラと光っている。最初着いたところとはまた違う、まるで異世界に来たかのような感覚だった。それはヤクモも同じ感覚だったらしい。来た時はウロウロしていたのに、今ではアサギの後ろにちんまりと立って歩いている。ヤクモの方が遥かに背が高いので、側から見ればあまり怖がっているようには見えないのだが。

アサギがあそこだよ、と言って指を差した。その指の先を辿ってみると、インターネットカフェと書かれた看板が掲げられていた。

「(ここが…ねかふぇ…)」

ここにカノはいるのかもしれない。店の中を探ってみると、生命反応が大量に検知された。生命反応でカノを探すことは無謀だと思い直した。

「部屋取るのもアレだし…もういっそ乗り込んじゃう?」

「乗り込むって戦いのことか?」

縮こまっていたヤクモが乗り込むという言葉につられて顔を覗かせた。

「まあ、素性はバレちゃうだろうけど…」

「いこうぜ!アルザ!!」

カノの時と同じように目がキラキラしている。また流されるわけには…

「でもアルザちゃん、これ以上お金使いたくないんだよね。どっかから補給したいし、乗り込むのもいいと思うんだけど、どう?」

「な!メリットもあるし、いこうぜ!!」

二人の強い押しによって、アルザの目は回り始めた。


ーーーーーーーーーー


人々の叫び声を聞きながら、アルザは遠い目をしていた。

またもやヤクモとアサギに押されてしまった。

もうあの失態は犯すまいと思っていたのに…と早い後悔をしていた。

「ヤクモ〜。あんま殺さないでよーー。ここは殺害ってのかなり重いからー。一番はカノちゃんを見つけることだからねー?」

「と言うと思って半殺しだ!カノっぽいのはまだ見えないが…出てくると思うか?」

「安全な場所を破壊されてんだし、来るでしょ。ブチギレながら」

アサギの意見にはアルザも賛成する。良い隠れ家を壊されれば、他に行く宛もなくなるだろう。そして矛先をアルザたちに向ければ、脅威は消え、安全な暮らしへと戻れる。

結構な人が集まってきた。流石は八大王国の都市部の中心区だろう。

「警察…は、まだ来てないか。来たらアルザちゃん頼むね!気絶程度で済ましておいたら後が楽だよ!」

「えっ」

アルザの納得できていない声は届いていなかったらしく、アサギは短剣で無造作に受付のレジを壊した。

「えー、意外と稼いでんだね〜」

と言いながら硬貨を適当に掴んで辺りにぶちまけた。

「出来るだけ荒らしちゃお〜」

ニコニコキャッキャと店内を破壊しながら進む姿は、まるで人間の形をした悪魔のようだ。何となく、クロを彷彿とさせた。

「おい!!何をやっている!!」

後ろから怒鳴り声を浴びせられた。アルザ、というよりアサギとヤクモにだろう。が、一応部下の尻拭いとして、やるしかない。

振り向くと、警察らしき人が大体20人くらいいる。

アルザにとっては多いのか少ないのかは分からなかったが、どちらにせよ面倒か楽かだ。

「そこの人!ここは危ないから…」

そう言って近付いてきた善意的な人を、浅く斬った。

動脈は切っていないから、出血は派手ではなく、量もそう多くはない。が、善意を敵意で返されたのは確かであって。

故に、その人は痛みと恐怖で叫ぶ他なかった。

絶叫を聞きつけて、周囲の視線がより一層集まったのを感じる。

刃に赤色が付いた剣の柄をギュッと握った。目を閉じ、深呼吸をして精神を落ち着かせる。冷や汗がこめかみを通過し、目をゆっくりと開ける。

警察が警棒や銃、盾を持って一斉に襲いかかってきたのを視認した。

殺傷能力が高いのは圧倒的に銃だ。ひとまず警察から盾を奪おう。

一番近い盾持ちの目の前に現れ、ガッと盾そのものを掴む。視認できない速度だったのだろう、盾持ちの喉からヒュッと呼気が漏れる音がした。

盾を掴んだまま、引き寄せる。盾持ちは抵抗したが、アルザが盾持ちの体を蹴ったため、なすすべなく手を離してしまった。

とりあえず、アルザは盾を手に入れることに成功した。

その瞬間、銃の発砲音が聞こえた。一番音が大きかった方向に盾を向ける。ガキィンッと銃弾を弾いた音がした。

次々と発砲音が聞こえ始める。守りきれず、かすったりもしたが、大動脈や急所は守りきった。

何分続いたのかわからない。このまま防戦一方で弾切れ狙いでもいいが、少しでも早くこの時間を終わらせたい。

一秒、銃声が止んだ。瞬間、盾を投げ出して身軽になった。急な展開に警察たちは戸惑い、少しの時間ができた。

「(この一瞬、全てを)」

剣を抜いて、空を翔ける。息を吸う。

「『限界突破』」

白銀の魔力が吹き荒れ、次第に収まっていく。身体中が痛い。今にも壊れそうだ。だが、今はそんなことに意識を向けるわけにはいかない。

空を蹴って、上から強襲する。

今ここにいる人には、アルザの姿は視認できないだろう。

故に、数秒後に残ったのは血に塗れた警察が倒れている姿だった。

「(殺して…ないよね)」

手応えがありすぎて少し怖い。限界突破を使わない方がよかったかもしれない…と反省をしながら、辺りの状況を一度確認する。

観客は悲鳴をあげて逃げ惑っている。ヤクモとアサギは店の奥に入ってしまったようで、もう見えない。

観客と倒れている警察を一瞥して、アルザも店の中に入っていった。


ーーーーーーーーー


少し向こうの曲がり角で小さな少女が飛び出してきた。

「アルザ!そっち行ったぞ!!」

その少女…カノの後ろにはヤクモが追ってきていた。

「はぁ!?挟み撃ちは聞いてないんだけど!女の子1人に大人3人がかりって…なんかこう、プライドとかないの!?」

アルザを見据えながらカノは言葉を畳み掛ける。意識を逸らそうとしているのか、はたまたただの愚痴だろうか。というかアルザはまだ大人の年齢ではない。アルザは精神的ダメージを負った。

「プライドなんてあったら生きれねぇだろ!!」

後ろから追うヤクモはそう叫ぶ。

子供に大人がこんな躍起になるのも変だが、これも依頼なのだ。

アルザもまだ子供なため、ヤクモやアサギが捕まえるよりかは良いかもしれない。

「使いたくなかったんだけど、そんなこと言ってる場合じゃないよね…!『多在』!!」

カノが何らかの技能を言い放った瞬間、カノの真隣に桃色の魔力が凝縮し、カノと全くそっくりな人っぽいものを作り出した。

「うちはオリジナル、君は囮役。わかった?」

「何言ってるの?うちがオリジナル。君が囮役でしょ」

「ちょっと!今そんなこと言ってる場合じゃないから!とりあえず命令に従って!!」

「それを言いたいのはうちも同じだよ!!」

カノ同士が仲間割れし始めた。

仲間割れしようとも、あちらの都合だ。今が絶好のチャンス。アルザもヤクモも容赦無く捕まえようと動く。

「あぁもう!!手の内見せたのに意味ないじゃん!」

そう言うと、二人のカノの内一人が桃色の魔力となって霧散した。今の会話を見るに、もう一人の自分を作ることができるのだろう。分身ではなく、どちらも本体のような感じがした。

アルザの後方で、生命反応が感知した。10m以内といっても壁も貫通するため、姿は見えない。が、警戒する必要はある。実はアサギでした、というオチは嫌だが。

前方に意識を向けると、カノのすぐ後ろではヤクモが刀を振り下ろそうとしていた。殺気で気付いたのか、カノは後ろを振り向き、焦ったような表情を浮かべる。

「やっば…」

カノは忍ばせていたらしい短刀でヤクモの刀を受け止める。だが、圧倒的にヤクモの方が膂力が大きかった。吹き飛ばされてはいないが、カノは数メートルは後退してしまった。

ヤクモから見て後退したということは、アルザから見たら近付いたということで。

アルザもすかさず抜剣して、カノに襲いかかる。

「うぅっ…!」

苦しそうな声をあげて、カノは体を捻ってアルザの剣に対応した。かなり無理した体勢だからか、短刀に力が入っていない。このまま押し切れる。更に力を増す。カノの後方からヤクモも近付いてくる。

「(獲った…!!)」

そう思った瞬間、後方にあった生命反応が急速に動き出した。目の前のカノに集中しすぎて、すぐに対応できなかった。今度はアルザが焦った表情を浮かべることになった。

「カノっ」

案の定、というべきか。

何故、冬春国から来た奴らに、助けたいはずのカノの位置を教えたのか…当初あった疑念が解消した。

カノをヤクモの刃から逃した人物…ヤドリギがそこにはいた。

「逃げるぞ!」

ヤドリギがカノを守るように抱きかかえて、アルザの方へと突進する。

「逃げてばっかだね、ちょっとは戦ってみたらどう?」

騙された、というよりかはアルザたちの警戒が甘かった。反省をするつもりはないが、後悔は必要だ。剣を抜いて、突進してくるヤドリギに斬りかかろうとする。

「冬春国の人間に、真っ向から立ち向かう方が馬鹿だろ」

それに冷たい声で返し、変わらずアルザに向かって突進してくる。

「えっ、と…ヤドリギくんだっけ?離して、くれないかな…」

緊迫した状況で気まずそうな声が聞こえてきた。

ヤドリギの腕の中にいる、カノからだ。

アルザもヤドリギも一度止まる。後ろで高みの見物をするように腕を組んでいたヤクモも動かなくなった。

「今逃げても、この人たちはずっと狙ってくる。ここで何とかしないと」

ヤドリギの腕の力が少し緩んだようで、カノが腕の中から脱出した。それに気付いたヤドリギがカノを説得しようと言葉を投げかける。

「でも、冬春国の人間だったら政府が何とかしてくれる!」

「この人たちは政府から派遣された人だよ。冬春国民とされてるうちを排除するためにね」

「冬春国民とされてる…?」

ヤドリギが疑問を呟いたが、カノはそれはまた後で、と返した。

「(…これ、気付かれるかな)」

古雨国の政府から特別に派遣された冬春国民…即ち、冬春国での上層部。少し考えればすぐ分かってしまいそうなことだ。

殺す相手だからといって、情報を与えすぎたし、ここまで手こずった。アルザはヤクモをもっと制御できればよかった…と反省し始めていた。これは後悔よりも反省が必要だ。

「だから、戦って安全な場所を取り戻すしかないの。うちを助けたいなら、手伝ってくれないかな」

雰囲気が変わった。カノから発せられる殺気に無意識に体が震える。

それにヤドリギは頷けずにいた。迷うように目線を彷徨わせている。それはそうだ。冬春国民に手を貸すというのは、古雨国では重罪よりも重いだろう。

「…俺は」

「あ〜、やっぱカノの場所の情報って罠だったんだねー」

ヤクモの後ろからひょこっとアサギが姿を現した。アサギの手の中には麻袋が握られており、アサギが動くと麻袋の中から金属音が聞こえた。何となく察しはついた。

「ねー、アルザちゃん。無線機って持ってる?」普通にカノとヤドリギの隣を通って、アルザの横に来る。それに少し戸惑いながら、必要最低限のものを厳選して入れた小さなバッグを漁る。

「多分、ここにあると…あった。イズミに連絡を?」

「そ。ちょっと言っておきたいことがあって」

アサギなら壊される心配はない。アサギに無線機を渡すと、アサギはボタンをぽちぽちと押して、イズミに連絡を取った。

「あ、もしもーし。僕だけど。幹部の席って今三つ空いてるんだよね?そのうちの二つ、今日埋まるからよろしく〜」

「はぁ?お前何言って…」

イズミの言葉を待たずにアサギは通信を切った。そしてアルザに無線機を返した。特に何もなかったように。

「えっと…アサギ、どういう…」

それを受け取りながら、困惑した眼差しでアサギを見つめる。どちらかというと、受け止められないことを言ったから。

「この二人を冬春国幹部にするんだよ」

アサギ本人の口から、しっかりとした言葉が出る。アルザのこめかみから汗がじっとりと滲み出た。

「え?」

カノとヤドリギ、そして遠くにいたから聞こえなかったであろうヤクモが同じ言葉を発した。

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