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始動

「うぅ…」

イズミの自室。低い丸机で様々な書類を広げて、イズミとクロは業務を…というよりかは残業をしていた。クロは何時間にも渡る読字で頭を痛ませ、現在机に頭を擦り付けている最中。イズミはまだ淡々と読字を続けている。

「なんでこんなもの、読まないといけない」

クロが読んでいるものは冬春国の歴史書だった。八大王国は建国してから5000年以上は時が経っている。冬春国も同じだ。そのため、歴史書はかなり膨大な量となっている。

「この国を統治するためには必要不可欠なことです」

「…だから自分は王に向いてないと言った。アルザなら責任感があるし、こういうことも進んでやる」

「アルザさんのせいにする気ですか?私はアルザさんの判断が正しいとは思いますけどね。世滅人が王になれば、他国が勝手に怖がってくれますから。舐められないよりかはマシだと思います。…アルザさんの責任感は認めますよ」

敬語で話しているのに、内容が全然敬っている感じがしない。敬語を使っていれば許されるだろう、という魂胆が見え隠れしているようだ。最後の唯一の肯定もただのご機嫌取りにしか聴こえない。

「というか、どこまで読みました?」

体が固まった。しばらく経っても会話がはじまりそうな雰囲気もなく、絶対に言わせたいという意志が感じられた。

「…………レンカ、という王様が出てきた辺り」

「ぜんっぜん進んでないじゃないですか!!!最初の最初ですよそのページ!?」

渋々と顔を上げる。イズミの顔がとても怖い。

「さっきまでずっと通常業務やってたんだから、疲れてるに決まってる」

「それでも貴方は王なんですから…!!」

「だから、自分に王は向いてないって」

うぐっ、とイズミは少し苦しそうな表情をする。少しの優越感を覚えた。

「まあ、まあ良いです。読字が疲れたんですよね?では口頭で教えましょう」

嫌だ…と言える雰囲気ではなく、クロは口をキュッと結んで視線を逸らした。

「レンカというのは、冬春国の建国者です。そして、世界を創世した八人のうちの一人とも伝えられています。建国当初も今と変わらず、荒れ果てた大地でした。当時はまだ湖は死滅していなかったので、養殖業で盛んだったと記されています。ですが、それだけで国を回すことができないと判断した王は、各国から依頼を請け負うことになりました。今の冬春国の在り方はこれが基となっています」

「依頼…最初から国の壊滅を請け負っていたりしたのか」

「いえ。最初期は本当に平和なものです。荷物運びだったり、誰にでもできるものでした。ですが、各国が目を付けたんですよ。結構バチバチしてますから、国家間は」

「宗教や輸出品が主に、か」

「そうですね。それで、今と同じような感じになります」

「…じゃあなんで、こんなに歴史書が厚い?口頭で簡単に説明できるくらいなのに」

見せつけるように分厚い歴史書をパラパラとめくる。字がびっしり書かれているのに、内容は大体同じことが書いてあるのだろうか。尚更読む気が失せる。

「冬春国はコロコロ王様が変わるんですよ。10年に一度とか。それを5000年以上やれば、こんな量になるのも頷けませんか?」

5000÷10は500…1人1ページ書いたとしても500ページは埋まってしまう。

「それにしても、冬春国をまとめる歴史書なんてあるのか」

冬春国は嫌われている。それなのに、その歴史を語り継ごうという出版社があるのか。

「…あぁ、隣国古雨国の新日学園で使われるために作られているんですよ」

古雨国、と聞いて嫌な予感がした。八大王国会議で、一番冬春国を毛嫌いしていた国だ。それも、とても。あの会議の発言を抜粋するなら『戦争の国など消し去るべきだ』『八大王国で同盟を組み、全員で攻め込もう』『今ここで王を殺せば、戦争の国など解体できる!』など。

敵意しか感じられなかったのだ。他の国はこれほどまでに凶悪な敵意を感じなかった。

「簡単に言えば、新日学園では冬春国の授業がありまして。冬春国民がどれだけ卑劣で愚かで蛮族なのかという授業があるんです。その授業のためにこれを使っています」

予想通りだった。冬春国の歴史を語り継ぐのではなく、その歴史がどれだけの醜悪さだったのかを生徒に教える授業のために作られたものだった。

「それを経費で輸入したの?」

「そうですね。意外と安く取引してくれましたよ。普段は元の金額よりも十倍以上は跳ね上がるはずなんですが、三倍で済ませてくれました。その代わり、自分たちの行いを顧みて、懺悔して下さいと言われましたがね」

「なんでそんな古雨国は冬春国を嫌っているの?」

「100年ほど前、冬春国の王は古雨国殲滅の依頼を受けたんです。その大虐殺を体験した人が、まだかなりの数残っているのが大きな原因だと思います」

古雨国は八大王国の中でも先進国だった。医療機関が発達して、平均年齢も130歳ほどになっているとか。最高年齢も150歳とかで今も更新し続けている人もいるらしい。

「しかも、その大虐殺が動画で残っていたりしますからね。あと100年は古雨国の敵意は収まらないと思います」

敵意は収まってくれなくても良い。どうせ向こうからは仕掛けられないのだから。古雨国の軍事力は八大王国の中でも最底辺だ。銃火器などを大量生産できるのが強いが、軍自体はあまり強力ではないのが現状だ。同盟を組まれたら厄介ではある相手だが。

「…まあ今日はこのくらいで良いでしょう。お疲れ様です。明日までにこれとこれとこれの確認と署名を。それにこれとこれを読んでください。そして、何の依頼を受けるのか決めておいてくださいね」

大量の紙と、またもや分厚い本。極め付けは、依頼の受理。100枚ほどある依頼の中から、現時点で達成できるであろう依頼と、それに見合った、またはそれ以上の報酬があるものを選ばなければならない。それを、明日まで…?量が多すぎる…


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日はヤクモとアサギで団長会議だ。そして、わがままを言って聞かなかったクロも在席している。理由を聞くと、イズミから逃げたいから…らしい。それに、戦力の把握は王の仕事でもあるため、時短術だとも言っていた。会議室を貸し切りにし、戦力を把握する。総団長の業務の一つだ。

「ヤクモ。第一軍と第二軍の災害ランクはどんな感じだった?」

現在第二軍団長が不在のため、ヤクモに第二軍も任せている。役職就任当日、そんな器用なことできるのか、とアルザは心配したが、ヤクモはそんなガキじゃねぇからと返して、現に色々なことをやってくれた。兵士のメンタルケアも下手ながらもやっているようだ。しかし、結局は厳しい言葉を言ってしまい、医療軍送りにされていたが。

「第一軍全体の戦力としては、津波級行くか行かないかくらいだな。一回、第一軍50人と俺1人で戦ったけど、技能使わずにギリギリ勝てたから、多分そのくらいだと思うぜ。第二軍も合わせたら、もうちょい手強くなるとは思うが…まあ津波級に届くくらいで考えればいいんじゃね。あんま過信してもあれだしな」

「なるほど、わかった」

ヤクモが今話したことを、手元にある紙につらつらと書く。他の国の戦力はよく知らないが、全体の水準はかなり高い方だと思う。やはり、軍事力は頭一つ抜け出ているだけあるのだろう。

「アサギ」

「はーい。医療軍は災害ランクで測れないから、僕が口頭でみんなの大体の権能を言っていくね〜」

医療軍は基本的には戦闘できない。後方に位置し、運ばれた怪我人を手当てするための軍だ。それに、災害ランクは権能込みで測ってくれず、簡単に言えば筋肉量と魔力量の掛け算のようなものらしい。故に、権能が優秀でも災害ランクが低いということが起こり得るのだ。

「止血2人、魔力譲渡2人、治療4人、調合2人…って感じ。調合っていうのは、薬の調合を記憶してくれる権能ってことね。僕にとってかなりベストマッチな権能でね、すっごい役に立つの!」

少し興奮気味に話すアサギ。そういえば、定例会議の時に趣味は実験と言っていた。…部下の権能を個人的な趣味に使わせているのだろうか。若干ジト目になると、アサギは察したのか弁明を始める。

「いやいや!基本的に回復薬とか精神異常回復薬とかのレシピを覚えさせてるから!別にちょっと僕個人的な趣味に貴重な容量を使わせてるとかないから!待って待って!あのね、記憶を消去したりできるの、入れ替え可能なの。戦争前には役立つレシピしか持ってってないよ!!」

最後のは本当みたいだ。何となく、気迫でそう思った。それでも、部下の権能を個人的な趣味に使わせていることは事実らしい。

「…情報伝達軍の戦力は?」

情報伝達軍も現在軍長がいない。そのため、アサギに確認に向かわせた。

「まあこれも災害ランクじゃ測れないからね〜。同じ感じで伝えるよ。念話2人、個人転移1人、幽体離脱1人、脚力強化1人…って感じ。今までとしては、個人転移持ちが脚力強化持ちを、できるだけ前線に近付けるように送って情報を伝えてたみたいだよ」

「幽体離脱はなに…?」

「幽体離脱の他の技能に念話も入ってるみたい。それで、欲しい情報を収集して念話で伝えるみたいな感じだってさ。幽体だと言葉は通じないらしいし」

使える能力持ちが多いらしい。情報を制するものが戦いを制す、という言葉もあるほどで、冬春国の強みはここにもあるのだろう。

「意外と使えるのが多い。依頼を受けるのが楽しみになってきた」

黙って聞いていたクロが邪悪気味に少し口角を上げる。

「クロ、王は依頼に行けないんだよ」

「イズミと話し合った。最初の依頼はまだ整理してない書類があるから行けないけど、忙しくない時は依頼に行ってもいいって」

イズミはクロの保護者のようだ。

「あ、そう。イズミから、依頼を決めて欲しいと言われたから、決めてきた。今日この場に来たのはこれを伝えるためでもある。本来はイズミが伝えるらしいけど、忙しいから自分が来た」

「…!!」

アルザは息を飲んだ。アサギとヤクモはおぉ、と対して驚かない反応をする。初めての依頼…どんな内容なのかにもよるが、どちらにせよ緊張する。

「古雨国からの依頼。依頼内容は、古雨国内にいる冬春国民の排除。明確な決行日は指定されてないけど、なるべく早くして欲しいだって。冬春国民ってのは、この資料に詳細が書いてあるらしいから、よろしく」

とても投げやりな説明だった。クロは手元にあった複数枚の紙を回す。アルザも手に取った。クロをチラリと見たが、クロはこれ以上説明してくれなさそうだったので、自身で内容を見てみる。


ーーーーーーーーーーー


古雨国の依頼詳細


冬春国民カノ。女性。15歳。茶髪に桃色の瞳。140〜150cm台の身長。

津波級相当。権能は転移系。技能は三つ持っている模様。分かっている技能は二つ。一つは移転、人を転移させる技能。二つは記憶、土地に魔力を付与し、それがどの方角に何km離れているかを知る技能。この二つの技能で、襲われた時に逃げている。

新日学園に在籍。学生寮の206号室に住んでいる。

できるだけ少人数で来て欲しい。

これは暗殺依頼だ。


※新日学園とは、学校側の推薦で入学する国立のエリート校です。在籍しているのは、カノを学園内に閉じ込めるためでしょう。


ーーーーーーーーーーーーー


最後の文だけ直筆のようだ。クロがこんなこと書けるとは思えないので、イズミが書いたのだろう。

「(なんでカノは新日学園にいるんだろう…)」

学校側が推薦したのは分かったが、それをカノが了承したのが分からない。冬春国民なら、他国に嫌われていることくらい分かっているはずだ。しかも、あの古雨国だ。何も考えずに推薦されたから入った…という説はあまり考えたくない。

「古雨国から、新日学園に入る許可を貰った。これを見せれば入れるらしい」

と、クロはチケットのようなものを3枚ひらひらと振った。アルザ、ヤクモ、アサギで新日学園に入るのだろう。

「制服も貰った。みんなのちょうど良いサイズ。けど、女性用制服しかない」

「はぁ!?」

声を荒げたのはヤクモだった。

「俺だけ制服着ずに入れってことかよ!!」

机を叩きながら抗議する。

「俺だけ…?」

クロは首を傾げた。

「アサギは良いだろ?女と見間違われるんだから、女用の制服来ても違和感ない。でも俺はどうだ?どう考えても無理に決まってるだろ?」

確かに…とアルザは納得してしまった。身長は180cmを切り、声もまんま男。まだ女性と間違われそうなところは束ねている白く長い髪だけだ。

「留守番」

「初依頼でそれは嫌だ!」

「じゃあどうする」

クロはめんどくさそうにヤクモをじっと見つめる。ヤクモは少し考え、髪を束ねている紐をヒュッと外した。統率を失った髪たちは重力に沿って自然に落ちる。

「分かった。1日くれ」

「どうするつもり」

「女になる」

「わかった」

クロは驚きもせず、一呼吸もせずに了承した。アサギも特に何も思っていなさそうな顔だった。だがアルザは当然驚く。

「え、何。どういうこと?ヤクモ?ヤクモ??」

ヤクモは無言で席を立ち、出入り口の扉に向かう。

「大丈夫だ、1日だけだから」

「そういう意味じゃ…!!」

言葉の途中でヤクモは会議室から出て行ってしまった。

「そういうことで。決行日は明日」

と言ってクロも会議室を出て行ってしまった。残ったアサギはふわぁとあくびをして、席を立つ。

「もう会議は終わりだよね?僕、ヤクモが何するか興味あるから見に行ってみるけど、アルザちゃんも見に行く?」

確かに、気になるところではある。それに、アルザ的にヤクモとは長い付き合いになるだろうから、親交を深めたいというのも理由の一つとして挙げられるだろう。

「興味はある、かな」

「じゃあ行こう〜。あいつのことだから、自室で女声の練習とかしてるでしょ。もしいなかったら…ありえないとは思うけど、医療室に行ってみよっか」


ーーーーーーーーーーーーー


ヤクモの自室の前へと来た。ヤクモは技能四つ持ちのため、生命反応に掛かってくれない。しかし、聞き耳を立ててみると何を喋っているかはわからないが、ヤクモの高い声が聞こえてきた。医療室に行く必要はないようだ。

「やっくも〜?やってる〜?」

アサギはコンコンと扉をノックする。途端、部屋の中で何かが暴れたような音がした。瞬間、扉がガチャっと開く。

「びっ…くりした…急に来んなよ。ていうか、なんか聞こえたか?」

「ヤクモが頑張って女声作ってるのが聞こえたね〜。ってか、中入っていい?なんかお茶とか出してー」

アサギがヤクモを退けてズンズンと部屋に入っていく。ヤクモはため息を吐いて、アルザに目線を送った。入れ、ということだと解釈し、部屋に中へと踏み入った。

一言で表すなら、部屋の使い方がわかっていないような部屋だった。床には様々な物が散乱しており、本来机に置くべきものまで床にある。例えるならば、はさみ、ペン、開きっぱなしのノートなどだ。しかも、肝心の机に何が置いてあるのかというと、何も置いていないのである。アルザはこの部屋の惨状に少し共感してしまった。

アサギは何も置かれていないベッドの上に座り、ヤクモは椅子の上に座った。アルザは視線を彷徨わせて、結局扉付近で立つことにした。

「分かってるとは思うが。お茶なんてないからな」

「分かってるよ〜。そんで、ヤクモ。何で僕らに聞かれるのが恥ずかしいのさ。任務中に呆れるほど聞くってに」

「あのな、お前らが聞こえたってことは、この部屋の前を通る連中には全部聞こえたってことだ」

ヤクモは長いため息を吐く。手で右部分の顔を隠したが、左部分の顔が赤く染まっている。それを想像して恥ずかしくなったのだろうか。

「…何しにきた?」

「ヤクモが何やってるのか気になってね」

「別に…制服でも似合うようになろうと思って色々やってるだけだ」

「それで女声の練習?意味分かんないね」

「…じゃあお前は何やれば良いと思うんだよ?」

アサギは少し考え込んだ。

「髪の手入れちゃんとやったら?あと、肌を綺麗に…って言ってもこの国じゃそんなん無理か。まあヤクモの武器はこの髪だから。くしでとにかく梳かせばマシにはなるんじゃない?」

アサギは手招きをしながら、足でベッド周囲に散乱した物を適当に足で退ける。ヤクモは素直にアサギの元に来て、座る。アサギはヤクモの長い白髪を手ぐしで梳かす…

「あのね、ヤクモ。風呂って毎日入るもんだからね?」

アサギの手はすぐに止まってしまった。ヤクモの白く長い髪が絡まっていたために。

「リンスはないにしても、シャンプーくらいはやれっていつも言ってるよね」

アサギにしては珍しいため息を吐きながら、ヤクモの髪を梳かすのを続けた。

「っていうか、アルザちゃんもだよ!女の子なんだから…って言うのは今時ダメなんだっけ。…まあとにかく、今日中にシャワー浴びてね!」

急なターゲットの移り変わりにアルザは何も言えなかった。実際にアルザも風呂に入っていなかったからだ。というか、アルザは風呂の入り方を知らない。人生で一度も入ったことがないのだ。風呂の代わりは、古雨国から流れてくる雨雲の雨だった。

「はぁ、子供の相手してる気分だよ…クロちゃんの相手はイズミだからまだ良いにしても…イズミに全部押し付けようかな」

子供、というのは17歳も含まれているのだろうか。それにしても、ヤクモは明らかに大人なので皮肉だろう。


ーーーーーーーーーー


一日後の明の申刻(午前9時)。黒城前でクロから渡された制服を着たアルザは二人を待っていた。昨日は水の温度に散々振り回された。急に冷たくなったり、かと思えば熱湯のように熱くなったり。シャンプーというのもよく分からなかった。水を被り、液体を髪にかけて髪をぐしゃぐしゃにする…あれだけで確かに髪が綺麗になった気がする。だが、こんなに簡単に綺麗になっても良いのか、と今更ながらも疑心が浮かび上がってくる。

「お待たせ〜アルザちゃーん」

隣からひょこっと顔を覗かせてきたのは、制服をバッチリとキメて来ているアサギだ。身長も相俟って、どう見ても花の女子高生だ。

「で、これがヤクモちゃんで〜す!」

アサギに後ろを見るように促される。見てみると…思わず吹き出してしまった。

「…笑うなよ、俺だって嫌なんだからな…」

髪は良い。白くて艶がある長い髪を下ろしている…が。問題はそこしか女の子らしさを感じられない所だった。腕はブレザーを着ているからカバーできているものの、胴体と足がダメだった。どうやっても隠せないガタイの良さと女子高生にあるまじき、男の足が大いに主張している。

「やっぱ笑っちゃうよね〜。ま、いいや。切り替えてこ!」

アサギはヤクモの腰辺りをバンバンと叩きながら笑う。それにヤクモは顔を顰めながら、こくりと頷いた。

これから、ひたすら徒歩で古雨国へと向かう。秋冬地区から古雨国の中心区【甘雨】までおよそ6時間はかかる。到着時刻は宵の丑刻(午後2時)を回るだろう。アルザは不安と自信を胸に秘めて、歩き始めた。


ーーーーーーーーーー


古雨国の領土へと足を踏み入れてから数時間。未だ甘雨へとたどり着いてはいない。ここは天泣だ。

中心区の甘雨以外は全て天泣と呼ばれている。略図を描けば一目瞭然で、中心に甘雨が位置し、それを丸く囲ったのが天泣、といったような感じだ。天泣というのは、ただの地区の名称で村が点々としている。アルザたちはその村を突っ切ってひたすら歩き続けている。

足が疲れたと言って休みを希望したアサギは、ヤクモにおぶられている。当初はアルザがおぶろうとしたが、アサギに断られてしまった。

「古雨に入ったらセクハラって訴えられるかもしれないから……」と言って顔を若干青ざめさせていた。

その当の本人アサギは、あ、と言って指差した。アルザたちはその指の先を見る。遠すぎてよく見えないが、大きな何かがそびえているのは分かった。

「あれが中心区、甘雨だよ」

あれが…と下にいるヤクモが絶句する。あれが建物なのだろう。高い建物も黒城しか見たことがなかったアルザとヤクモには、にわかにも信じ難いことだった。

「アルザちゃんも冬春国から出たことがないんだっけ?ここからもう説明しとくね。あ、全然歩きながらで良いよ。知っておくだけで良いから」

よく見えない大きな建物群を惚れ惚れとする眼差しで見つめながら、二人は歩き始めた。

「冬春国以外の大体の国がそうなんだけど、国に入るためには全国の国民が記されてる、冒険管理署の本に載ってないといけないんだよね。要は、どこの国で生まれて、どこから来たのかがわからないと入れないってこと。冬春国民ってのはね、その本に記されてないんだ。だから国に入れない。古雨国の場合かなり顕著で、本に記されてないって分かった瞬間、死ぬのかな?まあそんな感じでめっちゃ重いんだよね」

「じゃあ、どうやって入るつもり?」

今までの話を聞く限り、かなりやばいところそうだ。

「やっぱ強行突破でしょ」

アルザは歩みを止めた。ヤクモも数歩進んでアルザの様子を見るために止まった。その上に乗っかっているアサギにじっとりとした視線を送る。

「………イズミから何も言われてないの?」

「言われてたらこんなこと言ってないよ!まあまあ僕だって無理に言ってるわけじゃないんだよ?このシステムには穴があるんだよね」

「はぁ?じゃあお前帰ればよかったじゃん」

ヤクモは上を見上げてアサギと視線を合わせる。アサギはその正面を向いた顔をベチっと平手で叩いた。

「…何すんだよ」

「ヤクモに難しい話を何回言っても分かんないってことが分かったよ」

アサギは早く歩けと言わんばかりにヤクモの肩をドンドンと叩く。ヤクモは仕方が無さそうな表情でアルザに視線を向けた後、歩き出した。アルザは隣に並んで歩く。

「馬鹿にしてんのか?覚えてるぞ。何だったか…古雨国のすごい人だったけど、民がなんかしてきて、それで冬春国に来たみたいな…」

「結構分かってんじゃん。あ、アルザちゃんも聞く?気持ちの良い話ではないんだけど」

「まあ、一応」

ヤクモの大体の言動でおおよそは掴めた。が、やはり部下の過去くらい知っておいた方がいいだろう。本人が聞かせてくれるなら尚更だ。

「僕の両親は古雨国の三大豪族の当主でね、不自由なく過ごしてたんだ。だけど、何らかの要因で悪意を持った民が反逆を起こしたんだ。簡単に言えば、その豪族の悪い噂を流したりね。それがすぐに王様に伝わっちゃって、証拠も捏造されたのか本当にあったのかは知らないけど、見つかったって。それで冬春国に一族ごと追放。それでまあ色々……」

「俺を救ってくれたんだよな!」

アサギの話を遮ってヤクモが嬉しそうな声色で割り込む。

「半分くらいたまたまだけどね。ヤクモは最上級品だったし」

叩くも呆れるもしずに、アサギはヤクモに同情の目を向ける。

「最上級品…?もしかして」

「そ、ヤクモは元奴隷だよ。僕がご主人様ね」

「奴隷の女から生まれたからな、生まれてから奴隷だったんだぜ?」

それを聞いて、アルザは絶句した。奴隷…他国の奴隷とは違い、ご飯など与えないし、寝床も自身で用意する。過酷な環境で主人に仕えるためだけに生きる…何度も奴隷が虐げられている場を見たが、あれはダメだとアルザの中の人間が訴えていた。生きるには仕えるしかなく、仕えれば死ぬ未来も垣間見える…奴隷の世界というのはこういうものだ。

「だけど、ご主人様を殺したり、突然脱走したりって前科がありまくりなんだけど、高値が付いてるんだよね。こいつの髪が珍しくてさ。わかる?アルザちゃん」

白髪。確かに、記憶の限りでは見たことがない。

「他国でも珍しいんだよ。珍しさに髪を白に染める人もいるくらいだし。それが天然でしかも奴隷…値段が落ちないのもわからない?」

「分かる…」

素行がとても悪かろうと、素体が珍しいものであれば値段は落ちにくいだろう。アルザは半分無意識にアサギを肯定してしまった。

「俺は意味わかんねぇよ。値段下がって欲しくて暴れまくったのに全然落ちねぇし…昔のことは思い出したくないな」

ヤクモは過去を思い出してしまったのか、苦そうな表情をする。

「過去の話はこんくらいで。そろそろ警戒区域に入るから、このシステムの穴について教えるね?」

「教えて欲しい」

「おっけー。まあ教えるとか説明とか、そんな難しい話じゃないんだけどさ。要は違法入国すれば良いんだよ!!」

ピシッとアルザの表情が固まった。一応アサギに詳しく聞いてみる。

「古雨国ってのは自国の警備に自信があってね。正式に入国する場所に行かない限り、バレることはないんだよね〜。その代わり、置かれてる状況は違法入国で、バレたら死!」

「今更だけど、その新日学園?とかから招待状みたいなのが来てんだろ?それ見せたら通してくれることはないのか?」

ヤクモが胸元からチケットをひらひらと振った。

「正式に入国できるって書いてないんだよね〜、それ。ただ新日学園に入ることができる権利って感じ。まあこのチケット発行してるのは、古雨国の政府だからあわよくば冬春国の幹部殺そうとか思ってんじゃない?」

古雨国にいる冬春国民を排除してもらうために、冬春国民を誘き寄せる…古雨国側からしたら一石二鳥の可能性があるわけだ。

「私たちはそんなやわじゃないけどね」

もちろん、それは今から殺しに行くカノにも当てはまる言葉だろう。

大きな建物がどんどんと大きくなっていく。アルザは生唾を飲み込んだ。

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