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冬春国の内部

クロの反対を押し切って、半ば無理矢理王をクロにさせた。アサギには異論がないそうで、他の生きてる幹部たちに相談もせず決めて良いのか、と一応聞いてみたら、「あぁ!大丈夫大丈夫!みんな、衣食住が揃ってればどんな王でも良いから!」と軽い感じで答えられた。本当にこんな簡単に王が決まっても良いのだろうか…

冬春国の王がクロ…本名96になったことをとりあえずは自国に、そして全国にも大々的に伝えた。そこからが一番大変だった。まず一番最初に襲いかかってきたのは、外交問題だった。クロが王と宣言してから、八大王国会議に呼ばれたのだ。新しい王を見定めるために、だろうが、付き添いで一緒に行った元幕僚が言うには、圧を掛けるためだろうと言っていた。アルザはまだ役職が決まってないので行けなかったが、帰ってきたクロ曰く、二度と行きたくないらしい。

次に襲いかかってきたのは、多大な書類だった。クロの仮部屋をちらっと見たことがあったが、本当にすごかった。机の上が紙色一色で染まり切っていたのだ。まだ役職が決まっていなかったため、大変だなぁと他人事のように思っていたが、後にアルザも同じことを経験し、クロを尊敬したものだった。

最後に襲いかかってきたのは、内政だった。上の立場から見る自国は、酷いの一言では済まされなかった。土地が荒れすぎて畑ができない、唯一ある湖が隣国の古雨国が流す汚染物質で死滅、民が暴れた後の始末。冬春国は他の八大王国よりかは小さいから、内政なんて余裕だろう、と考えていた過去の自分を殴りたい気分だ。

黒城に貯蔵してあった金品類は、驚くほどになかった。黒城にはたくさんのお宝が眠っている、という噂は、本当に噂に過ぎなかったようだ。金がない、輸出物がない、人が餓死や喧嘩で死ぬ。一言で言えば、この国は死んでいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「第一回定例会議を始める」

蝋燭を点けただけの薄暗い部屋に、クロの静かな声が響いた。丸い大きな机に椅子が八つ、その内座っているのはアルザ含め五人だ。一番豪華な椅子にはクロが座っており、何か文字が書かれている紙を読んでいるようだった。おそらく今から話す内容を書いておいた紙だろう。

この会議は政治的なことのまとめ、そしてアルザが心待ちにしていた役職決めだと聞いている。

「まず。しっかりとした挨拶をしたい」

確かに大事だ。現に、アルザが知らない人が一人この場にいるからだ。

「冬春国の王、96。…クロと呼んで。権能は『平等』、世滅人の一人」

とても簡潔な自己紹介だ。無駄を省き、必要な情報だけを提供する。いつも通りだ。

次は誰だろう、と考えた時、クロの隣は二人いることに気付いた。アルザと見たことがない男だ。クロが時計回りなどを指定してくれなかったので、どちらが先にやるか視線だけでやり取りをすることになった。

数秒見つめ合うと、男が視線を外し、立ち上がった。黒髪にくすみがかった藍色の目をしている。ザ・紳士という雰囲気が感じられる男だ。

「私はイズミです。元冬春国幹部で、幕僚という作戦を練る役職に就いていました。侵略当時は、ちょうど食料の輸入について外国の方とお話をしておりました。権能は『戦略』です。どうぞ、よろしくお願い致します」

優雅に礼をし、席に座った。完全に見た目通りだ。

「あ、次は僕だね!はいはーい!僕はアサギ〜!前は医療軍長っていう医療全般を担ってた、すごい人だよ〜!アルザちゃんが一番分かってくれるよね?えっと、権能は『救済』で〜、実験が好き!…あ、一応僕男だからね!あと〜…25歳でーす!」

椅子を蹴り倒して飛び上がったのは、アルザのことを殺しかけたアサギだった。元気にぴょんぴょんと騒がしく、台風のように言いまくった後、最後に爆弾を転がしていった。

「(25歳…!?)」

爆弾とは、アサギの年齢のことだった。アルザよりも幼いだろうと思っていたのに、裏切られた気分だ。女ではないのは薄々感じていたが、大人だったとは微塵とも思っていなかったのだ。

驚愕で硬直していても、時間は過ぎる。アサギの隣の席のヤクモが次の番のようだ。ヤクモは行儀悪く机に脚を乗っけて、椅子をぐらぐらと揺らしている。王の前だし、会議中だし…何かと色々言いたいことがあるが、アルザはグッと堪えた。そこで、先程のイズミがヤクモの席に近付く。ヤクモはイズミに眼を飛ばすが、イズミはお構い無しに、机に乗っかっている脚を思いっきり叩いた。

「いって!なにしやがる!」

「…自分の頭で考えるんだな」

自己紹介とは違う雰囲気で、ビクッと心臓が跳ねる。あのヤクモを黙らせるような雰囲気は、はっきり言って怖かった。

ヤクモは仕方がないと言った感じで脚を下ろす。それを見たイズミは、ため息を吐きながら自分の席へと戻って行った。席に座って一礼した後、謝罪の言葉を述べる。

「すみません、中断してしまって。ヤクモ、続けてください」

「…俺はヤクモ。クロとアルザ、戦ったから覚えてるよな?権能は『誓約』っていう、支配回路を辿れる権能だ。前は軍団長の一番上の方にいた偉いやつ」

若干不機嫌になりながらも言い切った。軍団長の一番上というのは、総軍団長の地位だろうか。

「…言っとくけど!お前らがバケモンなだけで!俺もすっごい強いんだからな!!」

急にアルザを指差してギャンギャン吠え始めた。だが、ヤクモの強さは認めざるを得ない。素のアルザレベルの身体能力を持った者は中々いないのだから。

最後はアルザだ。

「私はアルザ。秋冬のアルザって言えばちょっとは分かるかな…?前は秋冬地区の裕福な家を狙って、盗みを働いてたんだ。権能は『服従』です。よろしくお願いします」

座りながら一礼。無難なところを攻めれたと思う。イズミがパチパチと拍手をしてくれた。

この人しかまともな人はいないのか。

「次。政治についての報告をする。……イズミ、読んで」

机に置いてあった分厚い紙束を、すすっとイズミの前へと移動させる。

「……わかりました」

色々言いたいことはあっただろう。だが、相手は王だったからか、ぐっと堪えたようだ。対してクロは悪びれもせずに、うとうとし始めた。

「まず、内政についてです」

冬春国には四つの地区がある。十字に切ったように分かれており、左上から時計回りに冬春地区、春夏地区、夏秋地区、秋冬地区となっている。

冬春地区は、黒城があったり、冒険管理署があったりと国の中枢機関が連なる場所だ。故に軍人が多い。しかし、他の地区よりかは安全なため、ここを住居とする人は多い。

春夏地区は、昔最も繁栄していた地区だ。そのためか、廃墟が多い。また、大きなグループが存在していると聞く。そのグループはただ生きるために結成されたグループで、ボスは構成員ですらわからないらしい。だからか、そのグループは春夏の主が創立したのではないか、と噂されていたりする。

そして、ミケの生息域でもある。

夏秋地区は、弱肉強食が深く根付いている地区だ。弱き者は淘汰され、強き者同士が争い合う。冬春国の大半の軍人はここから調達されている。また、奴隷売買が多く行われており、女子供が一番多い地区でもある。白黒国という法律の国で、追放令を出された者が来ることも多い。隣国神聖王国の影響で、砂埃がよく舞っており、数日に一回は視界が悪い。

秋冬地区は、比較的金持ちが多い地区だ。隣国古雨国の追放された貴族たちが行き着く先が大体ここ。冬春国で唯一湖があるが、古雨国が流す有害物質によって湖そのものが死滅している。農業はある程度はできるが、それでも国民全てを賄うことはできない。

地区全体の危険度で言えば、夏秋地区、春夏地区、秋冬地区、冬春地区だ。

「あんまり変わってねーな」

「変えるんですよ、私たちで」

ヤクモの酷評にイズミは柔らかく受け止めた。

「次に…一番これが問題かもしれませんね。他の国、特に八大王国に関してです」

冬春国を含む八国。古雨国、忍和国、暖海国、極夜国、美冷国、白黒国、神聖王国。この七国のうち、世滅人が王、または特別な地位にいる国は暖海国、極夜国、美冷国、神聖王国の四国。冬春国もここに入ることになる。この五国は同じ八大王国同士だとしても、発言力が自然と高くなる。だが、冬春国に味方はいないので、この効果はあまりプラスにはならないらしい。

八大王国会議のまとめとしては、冬春国は王が変わったとしても依然として嫌われ続けていることだった。その証拠に冬春国に対する輸出品だけないらしい。多額なリヴ(お金)があれば取引してやらんこともない、という姿勢は見受けられたようだ。

「王が変わることなんて、結構の頻度であったらしいからね〜。それでも変わらずに戦争続けてたから、あっちからの信用はほぼないと思うよ?」

アサギは別になんとも思っていなさそうな口調で言った。普通そんな笑顔で言うことじゃないと思うんだが。

「世滅人を初めて見たけど、意外と若かった」

「なんかね〜、世滅人っていうのは人外がなるものらしいから。見た目が若くてもどうだろうね。ちなみに、八大王国の中の古株は、美冷国の王様、ラルカらしいよ?100年くらいずっと王様の席に居座ってるんだってさ」

「あぁ、あの雰囲気が掴めない変な人」

「クロさん、あんまりそういうこと言っちゃダメですよ…次にいきましょう。財政に関してです」

現在黒城に貯蓄されているリヴは100万に満たないらしい。アルザが思ったよりかは多い印象だったが、イズミが言うに国を運営しなければならない立場でこの金額は少な過ぎると。確かに、冒険管理署の修繕は全て国持ちだし、兵士の武器や食料も賄わなければならない。圧倒的に足りない。イズミはすぐにでも依頼を受け入れる体制を取りたいと話す。

「戦争するってことね?」

「いえ。冬春国は今では戦争の国として知られていますが、元々は国全体がなんでも屋のようなものでした。ですので、戦争以外の依頼も時折来ることがあるのです」

だから戦争すると決まったわけではない、と説明される。初めて知った。

「必需品は全て輸入します。相場よりも五倍以上の値段で売ってきますが、それ以外の入手経路は我々にはありませんので」

「それに、うざくなったらぶっ潰せばいいしな!」

パンチパーンチといった感じでヤクモが空中でグーパンをキメる。考え方が小学生だ。

「ヤクモ、その後始末は私がするんですから。節度は守ってください」

次にイズミが話したのはここでの生活についての話だった。

部屋は二階の空き部屋であればどこを使っても良い。一階は兵士の寮だったり食堂だったりと共有スペースが多いのが特徴。食事は食堂で食べることができる。毎日二食。大体パンやサラダだが、それでも毎日二食食べれる。

給料は当然の如く無い。金が欲しいのだったら稼ぎまくらないといけない。でもその金を稼ぐ方法が金を消費する方法なのがとても辛い。

「次です。王が変わってからしばらく経ちましたよね。八大王国を中心とした各国でこれが張り出され始めました」

イズミは一枚の紙を突き出した。その紙の中央にはクロの顔が描かれおり、その顔の下には懸賞金と書かれてある。ざっと数えたあたり、45000000リヴ…4500万リヴの懸賞金がかけられているようだ。

「顔は念写などの技能で作られたのでしょう。…他にも私やヤクモ、アサギの分もあります。アルザさんはまだ大々的に動いていないので、まだありません」

「ねー、僕の懸賞金って上がってたりする?」

「上がってない」

「ちぇ…僕ももっと前線に行きたいよ!!」

医療軍長が前に行けるわけないだろ…とイズミは呟いた。イズミの意見はもっともだ。

「ていうか、クロの懸賞金やばくね?4500万リヴって…」

「…元々懸賞金はありましたからね。そこから冬春国の王になったことで、爆発的に大きくなったのだと」

世滅人だったから懸賞金があったのだろう。

「(まだ私の実力は外部に知られてないわけね)」

良いことを知ったかもしれない、とほくそ笑む。

「まぁ、こんなところですね。……クロさん。起きてください」

机で突っ伏していたクロにイズミが呼びかける。クロは一度ぴく、と反応したが、それ以降は規則正しい呼吸音が聞こえてきただけだった…

「……しょうがないですね。本来は王が正式的に役職を与える手筈だったんですが。クロさんは疲れているようですので、代わりに私が」

かなり不本意そうだ。

「とりあえず役職を紹介しましょうか。業務などを再確認するのにも良いでしょう。まあ、特に前のと変更はないんですが」

冬春国の幹部などの上層部の役職は八つある。

経済面に関係するグループの上層部、王、幕僚、秘書の三名。軍事面に関係するグループの上層部、総団長、第一軍団長、第二軍団長、情報伝達長、医療軍長の五名で上層部は成り立っている。

「王は、依頼書の整理、戦力の把握、地区の状態、冒険管理署の管轄を担います。基本的に依頼には参加せずに、王座で堂々としている感じ…」

とイズミが言った途端。クロが飛び起きた。

「自分は行く」

あぁ、やっぱり…と何となく諦めていた。絶対言うと思った。

「…王ってのはそういうもんなんですよ」

「じゃあやっぱりアルザが王に…」

「クロは私より強いでしょ」

そういうと、クロは不貞腐れたように再び机に突っ伏した。どれだけ戦いたいのかがわかる…

イズミはそれを見て、めんどくさそうにため息を吐いてから、話を続けた。

「幕僚は、依頼内容の策を考えたり、許可を求める資料に判子を押したり…王の補佐的存在です」

「イズミ、結構ズルしてたよな〜。ほとんどの仕事を秘書に肩代わりさせてさ。あの仕事量は可哀想だったなぁ」

ヤクモは微塵も可哀想と思っていなさそうに笑う。対してイズミは再び怖い雰囲気を纏わせる。

「今からでもお前の役職を秘書にしてやろうか…?」

「俺が秘書になったらこの国は本当に終わるっつーの。そんな愚行、お前がするわけねーよな?」

「……お前は本当に気に食わん」

嫌そうな顔をして、イズミは資料へと向き直る。雰囲気が急に一変するから、ちょっと怖くなってきた。

「秘書は、許可を求める資料、依頼書の整理、戦力の把握、地区の状態を把握したりします。幕僚よりも地位が高い王の補佐役だと思ってください」

イズミに仕事を肩代わりされまくられる可能性がある役職…そう思ったら何だか可哀想という感情が芽生えてきた。

「総団長は、第一軍団長と第二軍団長の選抜や、戦力の把握、部下たちの精神ケアなどをしてもらいます。軍に関してのみの最高指揮権も持っています。王の次に強い人がこの役職につくことができますね」

ヤクモの前の役職。部下たちの精神ケアなんてできていたのか怪しいが…

「ヤクモ、精神ケアなんて全くできてなかったよね〜。自殺しようか悩んでる人達が僕のとこにたくさん来てたよ!僕は僕なりにケアしたからまだ良かったけどさ〜」

「そういうアサギ、お前も大概だからな。自殺の後押ししただけだろ…全く、何がケアしただ」

イズミがやれやれといった風に肩をすくめる。この二人に相談しても、何も良くならなさそうだ。

「別にいいだろ。何もかも弱い奴が死ぬんだからな」

だから俺のせいではない、と言ってそっぽを向く。アサギもそうだそうだ〜!と同調する。

「はぁ…第一、第二軍団長は、総団長の補佐や自軍の戦力の把握。そして、総団長に次ぐ準最高指揮権を持っています。部下たちの精神ケアもしてもらいます。補足としては、第一軍団は最前線で戦い、第二軍団は主に後方支援を行います。例えば二軍は、弓矢を使用する兵が配属されますね」

一軍は近接武器、二軍は遠距離武器を使う者が配属されるということだろう。それをまとめるのが軍団長であり、その軍団長をまとめるのが総団長…ということか。

「情報伝達長は、一言で表すなら戦場の伝達役です。戦場は一秒の情報の遅延が命取りになる場合が多いので、移動系の権能を持つ者が配属されます。また、内部の情報を守護してもらいます。この国では電子機器で情報を管理していないので、あまり関係ないんですけどね」

他国は情報化社会が進み、情報を電子機器で管理しているのか。この国とは大違いだ。

「前の情報伝達長は、その移動系の権能でこの国から逃走したんだっけか。こういう権能保持者は見えてる世界が広いらしいからな、俺らよりも逃げたくなるのかもしれねぇな」

何となく、見えてる世界が狭くて良かった、とアルザは思った。もし見えてる世界が広かったら、アルザもここにはいなかったかもしれない。

「医療軍長は…」

「はいはいはいはーい!!僕が業務を説明するね〜!!」

「おい!お前…!!」

イズミの静止の声を無視してアサギは続ける。「医療軍長は〜、前線の補給だったり怪我とか四肢の欠損とかを治したりするよ!よく消費する消毒液とか包帯とかガーゼとかも補充するのとかもお仕事!まああと、健康調査だったり、お悩み相談室とかそんな面倒なこともしないといけなかったかな」

「……面倒なことなんて言うな。大事な仕事だろ」

イズミはげっそりとした顔で、再びため息を吐く。毎日どれだけため息吐いているんだろうか…

「全役職は紹介しました。貴方達はこの八つの役職の中の一つに就いてもらいます。予め、こちらで決めていますので、争い等は無い…と思いますが…」

言葉を若干濁している。イズミの視線が、ヤクモとアルザを行ったり来たりしている。アルザは何となく察した。

「ヤクモ、不満だったらもう一回戦おう?それで、総団長がどちらか決めればいい。あの戦いはクロがいたからね」

そうアルザが提案すると、ヤクモは顔を顰めた。

「は?…あのな、俺は別にお前を認めてないわけじゃねーんだわ。総団長も別に拘ってないしな。…俺ってそんな子供に見えるか?」

「えぇ。とても」

アルザが言葉を出せずにいると、イズミがすかさず言葉を入れた。ヤクモは少し落ち込んだ様子で黙ってしまった。

「ここのいざこざはないものと思って良さそうですね。…クロさん、クロさん。そろそろ起きてくださいよ。私、結構時間稼ぎましたよ」

イズミがクロの近くに立って、背中を揺する。うぅ…と嫌そうな声が聞こえてきた。が、とうとう我慢の限界なイズミは、クロを猫を持ち上げるようにして持ち上げた。

クロは抵抗するようにジタバタともがく。だが、次第に抵抗は弱まっていき、ついには体が脱力した状態になった。

「わかった…やる」

明らかに嫌そうな声だったが、イズミは満足気な顔でクロ猫を椅子へと戻した。

「…役職の授与を行う。八つの役職があるが、現在五名しかいないため、三つ役職が余ることになる。後日、幹部の埋め合わせを考査する」

確かに、ずっと疑問に思っていた。考査ということは、今いる兵から優秀な者を引き抜くということだろう。

「…と書かれているが、自分は他国に幹部を推薦したい者がいるため、一度保留にする」

「え?何ですかクロさん、聞いてないですそんな話」

「イズミには話してなかったけど、元々そうするつもりだった。ここは絶対王政…でしょ」

イズミの顔は貼り付けた笑顔が取れかけているような顔だった…

「…い、一応聞いておきましょう。どこのどいつですか?推薦したい方は」

どこのどいつ、と言っている時点でもうかなり仮面が剥がれているようだ。

「忍和国の巫女」

「……もう一度仰ってもらえませんか。気のせいでしょうか、今巫女と…」

「そう。46?だっけ、名前。自分と似てる。だから推薦したい。」

忍和国…八大王国の一国であり、王族と同じくらいの権力を持つ、巫女という役割を神聖視している。巫女を現人神だと信じている国だ。

クロは今、現人神をこの国に連れて行きたいと言っているわけだ。イズミは当然のように反論…

「…良いですよ。それなら。ですが、推薦というよりかは、誘拐に近い手法になってしまうと思いますが?」

「それでも良い。元々悪行を積み重ねているのだから、一つ増えただけでどうってことない」

クロは淡々と言い放った。

「(反論、しないんだ…)」

アルザが困惑したのはこれだ。今までの無茶よりも更に上をいく無茶なはずなのに。何か裏があるのだろうか。

「では、役職授与の儀」

クロは一枚の紙を手に取り、読み始めた。

「自分は王。イズミは幕僚。アサギは医療軍長。ヤクモは第一軍団長。アルザは総団長。後の三役は保留とする」

「また医療軍長〜?わかってたけど、何も変わってないや」

いの一番に言葉を発したのはアサギだった。次にヤクモが

「イズミも変わってねーな。やっぱお前は頭しか取り柄がな…」

と言いかけたが、イズミの殺気で言葉は止められた。本人もそう感じているのだろう。

その中、アルザは自身の役をひっそりと噛み締めた。

「(総団長…頑張らなきゃ)」

グッと拳を握る。

「では、第一回定例会議を終わる。解散」

とクロが言った瞬間、アサギが席を飛び跳ねて圧倒いう間に会議室を出て行ってしまった。

「…おい!!挨拶くらい礼儀だろ!!」

アサギの挙動に一瞬だけ遅れたイズミが会議室の扉に向かって怒鳴る。が、もう誰もいるはずもなく。

「じゃ、お疲れ」

ヤクモも手をひらひらと振って会議室を出て行ってしまった。イズミはワナワナと震えた後、クロとアルザに向かって

「ありがとうございました。これからどうぞよろしくお願いしますね」

と礼儀正しくお辞儀をしてから、机にあった紙類を持って出て行った。かなりの殺気を持って。

会議室は数秒のうちに二人になってしまった。

「えっと…クロ、様…」

「敬語はダメ。いつも通りでいい」

助かった。敬語なんて使ったことがなかった身としては、とてもありがたい言葉だ。

「じゃあクロ。…依頼は受けるの?イズミはすぐに依頼を受けないと、リヴがないって言ってたけど…」

「自分は政治に自信がない。ほとんどイズミの言う通りになる。だから受ける」

この国の政治はイズミの手腕にかかっている、ということらしい。一応前役職も幕僚だったため、信頼は置いてもいいだろう。

「わかった、ありがとう。私もクロも大変になると思うけど、頑張ろうね」

無意識的に握り拳を突き出す。それをクロは数秒じっと見てから、同じように握り拳をアルザに合わせた。クロの手が触れてから、アルザは自身が何をしているかに気付いた。すかさず手を引っ込める。

「あっ…べ、別に意味はないよ!?なんか無意識的に…」

「良い、これ。戦勝した時これやろう」

クロは自身の手を顔の前に近付けて、グッパッと動かす。

「いつかこれが、かけがえのない行動になるかもしれない」

クロはいつも通りの瞳でアルザを見つめる。アルザも見つめ返したが、恥ずかしくなり目線を逸らした。しばらく痛い沈黙が続く。

「…私、戦力の把握してくるね…!!」

と咄嗟に口から出て言葉と共に、会議室から逃げるように去る。そのまま軍寮に向かって歩いた。気まずさで落ち込んだ気持ちのままで。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


冬春国現在戦力


第一軍団

災害ランク地震級1名

災害ランク津波級2名

災害ランク竜巻級14名

災害ランク豪雨級21名

ランク無し12名

計50名


身体欠如者

取り替え完了


精神異常者

医療軍に配送完了


第二軍団

災害ランク津波級1名

災害ランク竜巻級4名

災害ランク豪雨級9名

ランク無し16名

計30名


身体欠如者

5名。権能は使えるため、引き続き所属


精神異常者

医療軍に配送完了


医療軍

災害ランク竜巻級1名

災害ランク豪雨級3名

ランク無し6名

計10名


身体欠如者

無し


精神異常者

取り替え完了


情報伝達軍

災害ランク竜巻級1名

災害ランク豪雨級1名

ランク無し3名

計5名


身体欠如者

取り替え完了


精神異常者

医療軍に配送完了


署名…アルザ

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