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終戦

近くに厨房があったのは幸運だった。服は濡れたら着れないので諦めたが、肌に付着した血は綺麗に洗い流した。クロと取り留めのないことを話しながら休憩した後は、また廊下を道なりに進み出した。

「そろそろ、かな」

「うん」

隣を歩くクロは、黒髪黒眼の普段の姿に戻っていた。

「自分が支配された時は、王を倒すことだけに注力して。自分も、ヤクモの時みたいに頑張るから」

「…もしも、クロがそんな抵抗も許されずに支配されたら…?」

可能性が低いと言っても、あくまで可能性は残っている。一番の懸念点はそこだ。

「その時は逃げて」

意外にもあっさりとした答えだった。

「徐々に支配は解けていくと思うけど…しばらくはまた王の独裁が始まる。自分の支配が解けるまでは、何も行動しないで欲しい」

「…わかった」

クロも少しずつアルザのことがわかっているのだろう。

それ以降、何も喋らず、ただ警戒しながら歩いた。しかしそれは最初の時とは違い、歩幅を合わせながら歩いた。

少し歩くと、廊下の突き当たりに大きな扉があった。これが、ヤクモが言っていた王の間なのだろう。扉の奥に意識を巡らす。

「…うん。いるね」

「二つ…真正面とその右側」

小さな声で情報共有を行う。王かはわからないが、人間がいるのは確信した。一人が王だとすれば、もう一人は近衛や幹部など地位が上の人間だろう。

「私が王を、クロは近衛の方を相手する。権能四つ持ちがいた場合はクロで対処してもらう…これでいい?」

「うん」

そうクロは頷くと、バンッと大きな扉を蹴り破った。唐突な行動にアルザは内心焦ったが、扉の奥から王が見え、自身を宥める。

王の間というのは広かった。真正面の高台に大きな椅子があり、そこに威風堂々とこの国の王は居座っていた。紫陽花色の髪と目を持つ、五十代前半くらいの男だ。その隣に、若草色の髪に檸檬色の目を持つ、白衣を着た…多分男が佇んでいた。顔立ちは女の子のようだし、身長もアルザよりも小さそうだから、区別がつかないのだ。

「主らが、侵略者か」

声量は普通のはずなのに、威圧感のある声。体が勝手に震える。

「そう」

対してクロは物怖じせず、いつものような雰囲気で王と対話する。

「96…主は知ってるはずだ。支配回路が脆弱だと。何故、儂に立ち向かうことができる」

「自分が戦うわけじゃない。この、秋冬のアルザが相手」

クロに背中を押され、前に出てしまう。分かっていたし、作戦通りだ。だけど、怖いものは怖い。

「…秋冬の、アルザか」

何か含みのある言い方だった。若干疑問に思いつつも、剣を抜く。

「医療軍長。96を相手取れ」

「…分かりました。足止めは任せてくださーい」

医療軍長と呼ばれた男は、気怠げにナイフを取り出した。医療軍長なのに戦うんだ…と呟きたかったが、アルザはぐっと堪えた。

王も椅子から立ち上がり、椅子の横に立てかけてあった大剣を握る。そのまま軽々と持ち上げ、肩に担ぐ。アルザもあれくらいはできる。が、武器の威力としては、武器の質量が大きい大剣の方が高いだろう。緊張からゴクリ、と生唾を飲み込む。

最初に動いたのは、クロだった。男に向かって走っていき、武器のリーチの差を活かして剣を振るう。男はナイフで受けた。しかし、武器のリーチの差があるのか、カウンターはできないようだ。そのままクロは男を押し込んでいき、アルザの視覚外へと行ってしまった。クロなら大丈夫、そう信じて王だけを見つめる。

「アルザよ。一つ、質問に答えよ」

王が話しかけてきた。動きに警戒しながらも、質問の内容が気になるため了承する。

「なんの質問?」

「…主、昔の記憶はあるか?」

「っ…!?」

王の言葉に絶句する。考える暇もなく、勝手に口から言葉が出てくる。

「何故それを?私の昔を知ってるの?ど、どういうこと…?」

「当たってるようだな」

「何?どういうこと?説明して…!」

「覚えていないのなら良い」

「そういうことじゃなくて……っ!!」

アルザからの質問を返すことなく、王は動いた。一歩前進。威圧感が増す。また一歩。威圧感が更に増す。

「(何か技能を発動させてる…!?)」

体が震え、足は後ろに行きたいと懇願している。奥歯がガタガタと鳴るのを、無理矢理押さえつけ、剣を強く握る。

「ほぅ…まだ耐えれるか」

王は面白いというようにアルザの目の前まで堂々と歩み来ると、大剣を振るった。

「(やばい、やばいやばいやばい)」

大剣が迫ってきているのがスローモーションで見える。突然として現れた死に、唖然も悲観も何もなく、ただ死を受け入れそうになる。

ガァンッと。気付いた時には、横の地面に大剣が深く突き刺さっていた。それを見た瞬間、本能的にゾッとする。

「降伏をしろ。さすれば、この恐怖から逃れられるだろう」

アルザは察した。王の目的は降伏させることだ。そうすれば、王は無条件で勝つことができる。そんなの嫌に決まっている。だから前を向く。襲い掛かる恐怖に負けないように、王に斬りかかる。王はアルザの行動にいち早く気付き、大剣を地面から抜き、アルザの剣を受け止めた。

「(筋肉が硬直して、思うように動けない…!)」

自身の体に歯噛みしながら、王を睨む。

「むぅ、ダメか。ならば仕方がない。降伏するまで嬲り続けるのみ」

ブォンッと王が剣を弾き返した。

「ぐっ」

重い。1mは後退してしまった。

「(いや、足に上手く力が入らないのが原因かな)」

いつもならば弾き返されることなく、まだ王と鍔競り合いをしていたところだろう。体に上手く力が入らないのはとても痛手だ。

「さぁ、降伏をしろ」

王はまた一歩ずつ歩んでくる。人間の本能だろうか。堂々と迫ってくるのを見ると、恐怖心が掻き立てられる。

「(支配回路は集中力がいる。相対している時はただ無防備な姿を晒すだけ。…それなら、残る手は一つしかないね)」

グッと拳を握り、軽く深呼吸をする。

「『限界突破』」

白銀の魔力が体の外側に纏い、体の内部に激痛が走り出す。体内から、追い詰められた精神が尚更削れていくような音が聞こえてくる。

「む、これが噂の…限界突破か」

王は歩みをやめ、感心するような声を上げた。途端に、大剣を構え戦闘体制を取る。

その行動はある意味正解だ。今の状態のアルザなら、王の威圧感など関係なく、先程よりかは動けるようになったからだ。

アルザは大きく一歩踏み込み、剣のリーチがギリギリの距離で剣を振るう。予想通り、王は大剣で剣を受け止めた。先程は長くできなかった鍔競り合いをしながら、考える。

「(威圧感をこれ以上高めることはできないっぽい?それならもう一段階上げても…いや、もう少し様子を見てからの方がいいか)」

今動くのは得策ではない。王を観察しながら、隙を見てクロの様子を見ようとする。あのクロがピンチになることはないと思うが、一応念のためだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「は〜、クロちゃん。戦うのやめにしない?僕、こういうの好きじゃないし」

クロが王の間の縁まで追い詰めると、【アサギ】はそう愚痴を溢した。

「忠誠は?」

「誓ってるわけないでしょ。僕は安定した衣食住が欲しいだけ。王様はあの人じゃなくても良いんだよね」

ヤクモと同じタイプだった。

「あ、でも戦ってるふりはしておかないとね…あそこのお嬢ちゃんがおーさまに負けたら、侵略は終わって、王の命令に逆らった僕は死刑、なんてことあるかもしれないし…うーん、クロちゃん、ちょっと手加減して戦ってくれない?」

「その要件を呑むと?」

「呑んでくれるよね?そうしないと僕、死んじゃうし」

「自分は城内全ての人間を殺すつもりで来た」

「だからお前も殺すって?やだなー、物騒物っそ…」

アサギの右腕を肩から切り飛ばした。切り心地が柔い。技能を使っていないようだし、筋肉がついているわけでもないようだ。

「うぐっ、いったぁ…!!ほんとに手加減してくれないじゃん…」

アサギは手で肩を抑え、頬を膨らませてこちらを見る。

「そのくらい、治せる」

「まあそうなんだけどさぁ、痛くないわけじゃないんだよ?」

アサギは切り飛ばされた右腕を拾い、切断面をくっつける。

「『治癒』」

若草色の魔力色が切断面から溢れる。数秒もしないうちに、アサギは支えていた左手を離す。右腕は落ちてこない。

「切り落とすのは無しだよ?傷付けるくらいならいいけど…とにかく、戦ってるフリはしよ!」

「……」

「返事はないけど、おっけーってことだね!よし、かかってこ〜い!」

アサギは挑発するように指を軽く曲げてちょちょっとしてくる。

「ぐっ…」

とりあえず、胸に真一文字を刻み、そのまま左腕、右足と浅めに斬る。アサギは一度呻いたものの、

「『治療』」

すぐに治す。若草色が傷に絡み付いたかと思えば、すでに傷はなくなっていた。

ナイフでも鍔迫り合いができるように、力を調整をしながら剣を振るうと、アサギはそれを見抜いたのかナイフで受け止めてくれた。

「権能使う」

「えっ、ちょっとそれはやばいかも…」

「『開戦』」

「ねぇ話聞いてたぁ!?」

鍔迫り合いの中、真上に紫色の魔法陣が現れた。アサギは危険なのを知っているのだろう。すぐに開戦の効果範囲から身を引く。魔法陣は瞬間移動はできない。けれど、一般人が走るスピードくらいは動かせることができる。アサギは開戦から逃げ続けようとしているのだろう。

「逃げろ。さもなくば、当たるぞ」

若干楽しくなってくる。ゲームをしているような気分だ。

「『爆撃』」

轟音が鳴り響く。前方10mが爆発を受け、土煙で視界が悪くなる。数秒すると落ち着き、床や壁がボロボロになったのが見えるようになる。アサギは爆発で吹き飛んだ瓦礫で傷付いたようで、治療をしているのか若草色を身に宿していた。

「ねー、まじで手加減してくれないじゃーん」

「してる」

「そんなの知ってるよ!もっと手加減して!僕の戦闘能力はヤクモ並みじゃないんだよ?」

「…?竜巻級持ってた」

「あれは筋肉量はあんまりなくて、魔力量が多かったからそう判断されただけであって、僕の技能は治癒系!たくさん魔力あっても戦闘に使えないの!」

「それがどうした」

「ねー!りーふーじーんー!!」

アサギが地団駄を踏む。見るからに駄々っ子で、これが『25歳』だとは思えない。

「『治療』は攻撃に使えないし、『循環』で身体強化してもクロには勝てないし…『譲渡』してもクロの魔力の器が大きすぎて、魔力過剰摂取状態にできないだろうし…」

ひーふーみーと指折り数えていたが、急に諦めたようにへにゃへにゃと肩の力を抜いた。

「勝てるわけがないとは思ってたけど…せめて一矢を報いるくらいはしたかったよ〜…」

「防御面なら一矢報いることができる。『槍襖』」

頭上の魔法陣から、アサギ目掛けて数十本の槍が串刺しにしようと向かう。

「それ、『治療』の話〜?」

向かう槍に怖気付くことなく、心臓や脳部分に襲いかかる槍は弾き、それ以外は弾かず腕や足に突き刺さる。アサギは一度顔を顰めたが、足に刺さった槍に手をかけ、一気に引き抜いた。血が噴き出すが、構わずに次々と槍を引き抜いていく。全て引き抜いた後、若草色の魔力を纏わせて治療した。

「ほら。串刺しにしようとしてもできない『爆撃』」

「それはそうなんだけどー…僕だって攻撃したいって話!」

即座に効果範囲から逃れる。土煙があらかた収まった後、先程と同じように瓦礫が当たったのか、アサギはまた治療しているようだ。

「あー、もー…痛い〜…もうちょっとさ、爆発の威力抑えれないの?」

「威力は固定。閃光使ってないだけマシ」

軽口を叩けるくらいには全然余裕そうだ。しかし、眼光は表情の割には鋭い。一度ミスをすれば死へと近付くからだろうか。

「クロちゃん、やっぱりさ。僕に倒されたフリしてくれない?」

「…何故」

「ちゃんと考えてみて?クロちゃんが勝ったらどうする?」

「アルザの加勢に……」

一度言いかけてやめる。アサギの言いたい事がわかった。

「…なるほど」

「そ。クロちゃんが加勢しても王に支配されちゃうでしょ?そーこーで?僕からのていあーん!」

「お前を勝たせるってことか」

「うん。一個利点を追加しとくと、王を殺すの手伝ってあげる。そっち側につくってことだねー」

「……アサギのデメリットが大きくないか」

「まぁね。僕がそっち側ついて負けたら、良くても死刑でしょ!でも多分大丈夫じゃない?」

アサギが目線で王とアルザが戦っている場所へと促す。そこには、白銀を纏うアルザの姿があった。

「よくあれを一瞬で見抜けた」

「限界突破は有名だから、僕もよく耳にするんだよ。で、僕を勝たせてくれる?」

数秒迷う。確かに、アサギに勝ってからの利益が少ない。もし勝っても王がクロに気付いてしまえば、すぐに支配されてしまうだろう。倒れているならば、意識がないと判断されて支配されない可能性が高い。侵入者側が負ければ、アサギは罰を受けるだろうが、そんな事で躊躇うことはない。

「…わかった。提案を呑む」

「よーし、言質は取ったからね〜?ほら、早く伏せて伏せて!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……………」

クロがわざとらしく伏せているのを発見した。強張っていた表情筋が一瞬緩んでしまった。

倒れているクロのそばに医療軍長が佇んでいる。医療軍長と目が合ってしまったが、こちらに小さく手を振ってきた。思わず目が点になりそうだった。

「(どういうこと…?状況が飲み込めてないんだけど…とりあえずあっちは片付いたってことなのかな?)」

クロが伏せる瞬間を見てしまったので、フリだとは思うが、それならば今は一体どういう状況なのだろう。

「余所見か、一気に余裕だな」

グッと剣が重くなった。意識を現実へと引き戻される。負けじと剣を押し返し、再び拮抗へと戻る。

「(この時間稼ぎもいつかは破綻する。それに、壱の段階で同等なら、上げるしか勝つ方法が思いつかない)」

しかし、それは久しぶりに使うと共にかなりの激痛に苛まれる。

「(だけど、今ここで死ぬくらいなら…)」

死にたくない。今までの努力も全て水の泡。ミケにももう会えなくなる。それだったら、今激痛に呑まれた方が良い。

「『限界突破・弍』」

体に纏う白銀が一層強く輝き始めた、と同時に体の中から先程よりも明らかに増強された筋肉が悲鳴を上げる。痛い。これの一言に尽きる。

「…主、やはりただの反逆者ではなかったのか」

「何の話?…まぁ、他の人よりかは強いよ」

顔を顰めながら、できるだけ笑みを絶やさない。笑っていると少しだけ痛みが軽減されているような気がするからだ。

アルザは王の大剣を押し返し、弾いた。先程拮抗していた力が、アルザの方に傾いたのだ。王は後ろに飛ばされたが、すぐに体勢を立て直す。流石王というべきか、冷静に大剣を構え、アルザを見据える。

アルザは警戒する王のことなど考えずに、真っ向から勝負する。

真っ向、といっても今のアルザに王の動体視力が追いつけるかどうか、だったが。

走り、後ろに周り、容赦なく首を狙う。王が捉えられたのは、首に刃が届く寸前だった。王は首を前に対して刃を避ける。しかし、それに対応できないアルザではなかった。横向きだった剣を縦に持ち直し、体を丸ごと一刀両断しようと試みる。

「『束縛』!」

剣が首に触れる…というところで、その技能発動の声を聞いた。名前から効果はなんとなくわかる。だからアルザは垂直に跳んだ。跳んだ瞬間、虚空から紫陽花色の鎖が現れ、先程アルザが居た位置に向かって伸びたのが見えた。腕があった部分に鎖が多数伸びているのを見るに、攻撃を止めようとしたのだろう。

「(捕まっても逃げれそうだけど)」

見た目だけじゃわからないが、どちらにせよ攻撃は止められていたに違いない。

空を舞いながら王の位置を確認し、剣を持ち直す。虚空を足で蹴り、王へと迫る。

それを見越していたのか、王は大剣を盾のようにして受け止めた。しかし、今のアルザの剣の威力は限界突破・弍の筋肉量があり、落下時のエネルギーもあった。故に、王は数十メートル後退した。

「っ、弍の威力がこれほどとは…」

「考えてる暇ないよ」

後退した王に追撃。利き手と思わしき右腕を切ろうとするが、狙われているのがわかったのか、右腕を引っ込ませてしまった。しかし、些かその行動は遅かったようで、断切には至らなかったものの、深く切ることはできた。

王もやられっぱなしなのは気に食わないのか、左手で大剣を持ち直し、片手だけで大剣を振った。はっきり言って、左手でも構わず振るとは正直予想していなかった。反射で身を引くが、左脚だけ回避が間に合わなかったようで、かなり深く切られる。血が先程よりも多く噴き出す。

「(行動手段が切られた…)」

一旦王と距離を取る。切られたところがドクンドクンと脈を打っており、痛みがどんどん増してきた。回避はできるだろうが、当たる確率は上がる。そして攻撃するにも危険が付き纏うようになってしまった。

危険が高まり、脳が高速で回転している最中、生命反応がゆっくりとこちらへ近付いてきた。

できる限り王から視線を外さずに近付いてくる生命反応を見ると、あの医療軍長だった。

何事も障害がないようにアルザのそばまで歩いてくる。

「(先程手を振ってきたし、大丈夫なはず)」

警戒を緩め、王に視線を戻す…瞬間、サクッという軽い音と共に、腹部に違和感が走った。見ると、ナイフの先端が腹部から突き出ている。途端に走り出す激痛。頭が困惑と焦燥でいっぱいになる。

「ごめんねぇ〜、ちょっと痛いけど、我慢して?」

そして、あっさりと引き抜かれる。抜いたことにより、血がまた噴き出す。アルザの頭の中は未だクエスチョンマークでいっぱいだ。

体が膝から勝手に崩れ落ちる。限界突破でバケツをひっくり返したように消えていった魔力も、もうすぐ尽きる。視界が明滅する。ここで終わりなのだろうか。死ぬのだろうか。

まだ、何も成し遂げてなどいないというのに。

「(まだ生きなきゃ)」

死に瀕したことで、生存欲が増大する。生きなきゃ、生きなきゃ、生きなきゃ、生きなきゃ、生きなきゃ………

「アサギ、よくやった」

王が医療軍長…アサギの隣へと歩いてくる。顔は見えないが、声は満足気だ。

「いえいえ、これが務めですから」

顔を向け、二人を睨む。アサギの考えが全く読めない。クロと何かをしたのはなんとなくわかるが、何故アルザを刺したのか。

何が起こっているのだろう、と貧血と痛みで意識が朦朧とする頭で思う。

「アルザ、儂に降伏すればよかったものを。有力な人材だったのに、もったいない」

「僕が今治療しても、記憶は戻りませんからね。このまま死んでもらいましょう」

薄れる意識の中、会話だけが耳に入ってくる。

魔力が尽き、限界突破は使用者の願いとは裏腹に、勝手に解けてしまう。

「一つだけ、答えろ…!」

死ぬ前に分かっておきたいことがある。

「……冥土の土産として答えてやろう」

「記憶を無くしているのを知っていたのは、何故なの…?」

戦う前に言っていたあの言葉、昔のアルザを知っているならば、教えてほしい。今知ってももう遅いことはわかっているが、自分のことは自分がよく知っておきたい。

「…それは、過去に主が儂に降伏していたからだ。記憶をなくさない限り、一度降伏すれば無制限に支配できる。それができなかったのだ」

「(私は過去、王に降伏していた…?)」

分かった情報はたったそれだけだった。しかし、何も知らないよりかは一歩前進しただろう。

尚更死にたくなくなってくる。腕に力を入れ、立ちあがろうと試みる。

「もう心残りはないでしょ?早く死のうね〜」

軽い口調と共に、再び背中に激痛が走る。腹部を見ると、先程の焼き直しのようにナイフの先端が見えた。ナイフの衝撃と共に、少し持ち上がった体が地面に叩きつけられる。しかし、今度はすぐにナイフが引き抜かれ、血飛沫が上がる。何度も何度もアサギはアルザの体にナイフを刺し続ける。その度に生々しい音が辺りに響いた。

「(あぁ…)」

アルザは思う。

「(死にたく、ないな…)」

意識を手放さざるをおえなかった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


生々しい音が響く中、クロはのそりと立ち上がった。ようやく王が視線を外してくれたのだ。

剣に手を掛け、怖いものなどないようにズンズンと普通の道を歩いているように歩く。

王の後ろまで来た。クロは音を立てないように剣を構え、容赦なく王の首に剣を滑り込ませた。

王の権能の技能は三つ。生命反応を隠すことができない且つ、生命反応を感知することができない。今回は後者の部分が大切だ。後ろに回られたとしても、気付けないのだから。

動きもなく、声もなく。王の首はいとも簡単に切れ、王の生命反応はすぐに消えた。途端に体は力を失い、王の体は地面に倒れた。

アサギは王が倒れた音で気付いたようだ。ナイフを刺す動作をやめ、王を見る。一瞬驚くような表情をしたが、すぐに口角が上がる。

「いやー、やってくれたねー!大成功じゃーん」

「…アドリブがすぎる。早く治せ」

喜ぶアサギを尻目に、アルザを指差す。生命反応は僅かに残っているが、数分もすれば死にそうだ。それに、もとよりこんなに刺す予定じゃなかったはず。

「そんなに怒らないでよ〜簡単に治せる傷に留めたんだよ?『治療』」

アサギはアルザの無数に穴が空いた腹部に手を当て、若草色の魔力をアルザに纏わせた。ジュクジュクと音をたてながら傷が再生していく。

「言い訳があるなら言え」

言い訳次第なら許してやろう、と雰囲気を醸し出してみる。それに気付いたのか、アサギはペラペラと喋り始めた。

「最初は一回か二回で終わろうと思ってたんだけど…あのねー、一回刺したら興が乗ってたくさんやっちゃって………そんなに怖い顔しないでよ!殺さないように多少手加減はしたし!ほら、心臓とか脳とか刺さなかったでしょ!?」

アサギは途中でクロの雰囲気が変わったことに気付いたようだ。最後らへんは焦ったのか早口で捲し立てた。

「生きてるなら、良いけど」

今、アサギが治療したので死ぬ可能性は無くなっただろう。

アサギの横にぺたんと座り込む。

うつ伏せになっているアルザの体をひっくり返し、仰向けにさせてみる。

先程までぐちゃぐちゃになっていたようには見えないお腹だ。アサギのナイフはアルザの体を貫通していたようで、服の腹部に十数箇所の穴が空いていた。もはや、これがファッションです、と言われても言い返せる自信がないほどだ。

身を乗り出し、アルザの頬を叩いてみる。伏せられたまつ毛が若干震えた。

「クロちゃん、一応死にかけの人だったんだから、あんま刺激しないであげて?」

アサギの言葉を無視して、アルザの頭を何度かぺちぺちと叩きながら、アルザが起きるのを待つことにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


微睡む意識の中、頭に微かな痛みを感じてアルザは目を開けた。

「…起きた」

目を開けた先に見えたのは、片手を頬の近くに寄せたクロだった。頬の微かな痛みはクロの手によるものだったようだ。グラグラと視界が揺れる中、慌てて辺りを見回す。

「あ、ごめんね、アルザちゃん。死ななくて良かったね」

満面の笑みで手を振る、先程腹部を滅多刺しにしてきたアサギだ。状況が掴めない。他に情報は、ともう少し見る範囲を広げると、いた。

「うわ、ぐっろ」

首を切り落とされた王の姿が。

死体を何度も見たことはあるが、首を切り落とされた死体というのは見たことがなかった。故に、目覚めてからの第一声は自然と決まってしまった。

「えっと…状況を説明して欲しいんだけど…」

寝転んだ姿勢ではなくちゃんと座って、一通り辺りを見回した後、二人に状況説明を求めた。何にしても、アサギがアルザを滅多刺しにした理由がわからない。

「僕がクロちゃんに提案したんだよ。わざと負けて欲しいってね。その代わりに僕がそっち側つくって話。んで、そっからクロちゃんからの提案なんだけど」

アサギがクロの方を見る。クロは一瞬面倒そうな雰囲気を醸し出したが、すぐに話し始めた。

「王は生命反応を感知できない。だから、油断しているところで仕掛けようと。アルザを倒したと誤認させれば、油断すると判断した」

確かに、アサギが滅多刺しにしてきた時、王は油断して近付いてきた。クロの判断は正しかったようだ。

「なるほど…それで後ろから、ってことね」

状況が掴めた。刺すのは一度や二度で良かったんじゃないか、というのは王を油断させるためということなのだろう。

「そういうこと!…で、この死体どうしよっか」

アサギは王の死体に視線を向ける。

「首は貰っておくとして。体はいらないよね。燃やしちゃう?」

アサギは落ちている首を拾い上げて、体の方を足蹴りする。一応先程までアサギが仕える主だったはずだ。

「死体は臭いが酷くなるから、燃やせるなら燃やしといた方がいいよ」

「自分が燃やす?」

「んー、『悪魔ノ加護』だよね?このためだけにマッチつけるのも勿体無い気がするし…よろしく!」

クロはこくり、と頷くと「『悪魔ノ加護』」と呟いた。瞬間、クロの眼が紅に染まり、髪が肩に付かないほど短くなる。頭から黒い二つの角が、背からはコウモリのような羽が生えた。精霊ノ加護の時は真逆のような姿。幻の悪魔のような姿だった。

悪魔といえば、肉体強化と炎魔法だ。その炎魔法で、王の体を燃やし尽くすのだろう。

「あ〜かっこいいね〜!僕の厨二心がくすぐられるよ〜!」

アサギは足をバタバタさせながら、僕も強い権能が良かったと駄々っ子のような言葉を言っている。…一体何歳なのだろう。

「…………」

クロはアサギの言葉を無視し、その場で立つ。王の体に手のひらを向けて数十秒固まった。

「クロ、どうしたの?」

少し心配になって聞いてみる。

「…水は物体だからまだ楽だけど、炎はほぼ気体みたいなもの。権限があるとはいえ、難しい」

炎を作り出すのに苦戦しているようだ。アルザ自身、『もの』を制御したことがないのでクロの苦悩はよくわからないが、特定の水と特定の空気を扱え、と言われたらできる自信がない。それができるとしても、人間としての固定観念が邪魔して上手くできないだろう。

「……できた」

とクロが言った瞬間、王の体は燃え始めた。何の前触れもなく突然と。成功したのだろう。パチパチと王の体を燃料にしながら燃える炎は数分以上燃え続けた。王の体が炭になり、それすらも塵となり始めた頃、炎はふっと消えた。消え方からして不自然なので、クロが消したのだろう。

「火葬終わり」

「やったー!これでエレネス王の時代は終わりだね!」

興奮のあまりか、立ち上がって歓声を上げるアサギ。

終わった。終わったんだ。えも言われぬ感情が胸から込み上げてくる。服の裾をぎゅっと握り、達成感を噛み締めた。

対してクロは感動している様子もなく、手のひらを眺めている。いつものように無表情だった。

「さぁて、終戦をみんなに知らせて、それから……あ、そうだ」

ひらひらと手に首を持ちながら華麗にターンしながら踊っていたアサギは、急にアルザ達の方を向いた。

「どっちが王になるの?」

決まっていることだ。

「「クロ/アルザがいい(よ)」」

声は綺麗にハモったが、内容としては全く別のことを言っていた。

「え?いやなんで私?クロ、世滅人っていう世界に八人しかないすごい人の一人なんでしょ?世界に対して無名の私より、クロの方がいいよ」

どう考えても理にかなっているはずだ。

「………だって」

クロは口籠りながら言った。

「王って、面倒そうだし…」

アルザはブチギレそうだった。

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