到着
「アルザ、お帰り……誰?あと…猫?」
ようやく辿り着いた黒城に入ってからのクロの第一声はそれだった。誰、というのは女装したヤクモのことではなく、カノだろう。猫は明らかにアルザの腕に収まっているミケだ。
「この子はカノ。今回の依頼の暗殺対象だったけど、アサギが機転を効かせて冬春国幹部になることになったの。それでこの猫はミケね。私が総団長になる前に面倒見てた猫」
アルザは淡々とクロの質問に答えた。対してクロはふーんと首を傾げて納得したようだ。
「なー、クロ。ミケ触ってみろよ」
ヤクモはミケに付けられた傷を手で押さえてクロを誘う。悪い顔をできる限り隠しているようだ。カノも察したのか手の傷を背中に回す。アルザにとっては雰囲気でバレバレではあるけれど。
クロは何も考えずにアルザの腕の中にいるミケに手を伸ばした。
アルザが体を引くより先にクロの手はミケに近付いていく。
「ミ゛ャ゛ー!!」
ヤクモやカノには余裕綽々な態度を取っていたが、クロには声を荒げて威嚇した。
そして即座にクロの手に猫パンチ。近付いてくるクロの手を突き返し、アルザの腕から逃げる。
「はぁ…??」
ヤクモは心底意味がわからない、と言ったような声を出した。明らかにミケの反応がヤクモやカノとは違っていたからだ。あそこまで威嚇することはなかったし、逃げることもなかった。
ミケの心情はわからないが、とにかくクロに傷を付けてみよう大作戦(笑)は失敗に終わった。
「…思考加速使ってたら触れた」
ヤクモの声を呆れの感情だと誤認したクロはそう言い訳を独りごちる。なんだか悔しそうだ。一歩間違えれば廃人化するような技能を日常でポンポンと使ってはいけない、そんな常識が無くなったようだ。
「ミケー、あんま遠く行かないでー。黒城の人に見られたら殺されちゃうかも」
クロの手から逃れたミケはウロウロと廊下を歩き出していた。
アルザとしては未だ不安だ。なんせ冬春国民にとって猫は珍しい存在であり、食糧でもあるからだ。ミケがいくら俊敏といえど、人間の知恵である罠にかかってしまえばその俊敏さも発揮できないだろう。
アルザの声に耳を傾けたのか、ミケはアルザの所に戻ってきて今度はアルザの足の近くをぐるぐると回り始めた。
「…懐いてる」
クロはしゃがんで再びミケに触ろうと試みる。…が、その手はあっけなく空を切った。
「嫌われてる…」
クロにしては珍しい少しがっかりしたような声だった。
「私以外にはあんまり懐かないみたい。ヤクモもカノも、一回も触れなかったよ」
クロは隠すのを忘れていたらしいヤクモの手をじっと見つめる。その手には引っ掻き傷があった。それに気付いたクロはヤクモとカノの顔を見て、そして何事もなかったかのようにミケに再戦した。しかし、クロの伸ばした手は当然のように避けられた。
「……むぅ」
不満足そうに唸ってから、クロは一度気持ちを切り替えたようだ。
「アルザたちが帰って来たら定例会議するって、イズミが」
そうアルザたち伝える。
「え、えっと…それってうちも、だよね…?」
「うん」
カノが恐る恐る聞くと、クロは頷いた。カノは少し縮こまった。
不安なのだろう。アルザも会議が始まるまではずっと不安であった。本当に自分ができるのか、失敗は許されない、もっと注意深くならなければ…そんなことが数日間頭から離れなかった。それを思うと、アルザにはカノの気持ちが痛いほどにわかる。
「大丈夫だよ、カノ。私がいるから」
こんな言葉で安心するはずがないが、言うだけマシだろう。少しだけでも気持ちを負担させて欲しかった。
カノはアルザが心配していることを悟ったのか、できる限り明るく「うん」と頷いた。
「なー、クロ。定例会議っていつからだ?」
「帰って来たらすぐ、って言ってた。今から一緒にイズミのとこに行けばいい」
「はっ!?マジかよ。おいクロちょっと待て」
「何?」
「先に着替えさせろ。女装したまま会議なんてしたかねーよ」
確かに、とアルザも思った。アルザも未だ制服を着ている。カノにもヤドリギにも年不相応だと思われていたアルザにとっては意外と早く脱ぎたいものであった。
「別に誰も気にしない」
「あいつ絶対笑うから嫌だ、まだ帰って来てないことにしようぜ。俺が着替え終わったら帰ってきた風に…」
少しここに居座りすぎたようだ。不意に廊下の角から人が現れた。通行人だ。
ヤクモにとっては、今会いたくない通行人だった。
「あ、皆さん。帰ってきてた、ん…です、ね…」
「ほわああああああああああ!!!!!」
イズミだった。そして、通行人がイズミだと認識したヤクモは即座に絶叫し、逃げた。ここの廊下は長いのにも関わらず、すぐさま廊下の端まで行き、曲がっていった。アルザですら初めて見るような速度だった。
「…ふっ、…ふふふ」
イズミが口を押さえて笑うのを我慢しているようだ。アルザも笑うのを抑えるので精一杯だった。カノは初対面の人だらけで緊張しているのか、笑う暇もないようだ。
クロは…いつも通り無表情だった。
「はぁ…あれ、ヤクモですよね」
笑いの波が過ぎ去ったのかイズミはいつも通り話始める。
「…そうだよ」
アルザも笑いを飲み込み、イズミに答える。
「意外と…女性でしたね。ガタイが良すぎましたけど。顔と髪だけ見れば結構それっぽかったです」
ヤクモはイズミは笑うだろう、と言っていたがそんなことはなかったようだ。あの笑いは、ヤクモが奇声を上げて必死に走り去ったのが奇怪で面白かっただけであって、ヤクモの女装を笑ったわけではなかったのだ。
「ヤクモは私から会議へと連れて行きます。皆さんは先に会議室へどうぞ」
ん、とクロは頷き、会議室の方面へと向かっていった。
「カノ、こっちだよ」
そうカノに一声掛けてから、アルザもクロの後を追うように歩く。カノもそのアルザの後ろを追った。
アルザ的に、ヤクモと同じように制服を脱いでから会議に参加したかったが、この状況下で言えるほどアルザの心は強くなかった。似合ってないわけではないから、と自身に強く言い聞かせてアルザは会議へと参加するのであった。
ーーーーー
ミケを適当な部下に預けてから会議へと向かった。
会議室に入ると即座にクロが以前座った席に座ったため、アルザも同じく以前と同じ席に座った。カノはそれを見て焦ったようだったが、適当に前にあった席にかけたようだ。クロを時計の頂点とするならば、カノは真反対だ。
カノはソワソワしているようだ。先程から一言も発していない。やはり緊張しているのだろう。
15歳が与えられるプレッシャーではないのは確かだ。
しばらくすると、会議室の扉が開き、イズミといつもの紫色の和服を着たヤクモが入ってきた。
「アルザとカノはまだ制服なのか。…なんか俺だけ仲間はずれじゃね」
「ヤクモが自分で脱いだんじゃん」
自身で脱いできた癖に、なんたるいちゃもんか。アルザは思わず指摘してしまった。
それにヤクモは一瞬ムッとしたようだったが、すぐに確かにな、と言って自身の定位置らしいアルザの隣の席へと座った。
イズミはクロの隣の席へ…
「え、待って…うち嫌われてるの…??」
そうなると、自然にカノの周りの三つの席が空席となった。
「定位置があんだよ。俺とイズミは昔からこの席。カノの右隣の席はアサギの定位置だぜ。後の残りは来るべき後輩の場所だな」
「なるほど…って、じゃあ今回の会議はこの位置で…ってこと!?」
「ま、必然的にそうなるわな」
カノは少しプルプルし始めた。実際アルザもカノと同じ状況下になったらそうなってしまうだろう。
それがなんとも悲しくて、アルザはカノの右隣に座った。
「アルっち…!!」
神を見たようなキラキラと輝かせた目でアルザを凝視する。アルザにはそれが眩しくて、少し微笑んでから目線を外してしまった。
それでもカノは依然として嬉しいようで。
「では…始めましょうか。クロさん」
「ん、第…何回?」
一気に張り詰めた厳粛な雰囲気が一瞬にして崩された。
そんなクロの行動にもう慣れてしまったのか、イズミは即座に「第二回です」と訂正する。
「第二回定例会議を始める」
クロはそう言って手元に置かれてあった紙に目を通し始めた。会議が始まる前に読んですらいなかったのだろう。時間がかかるのかと思いきや、クロは数十秒で文字がびっしりと書かれてある書類を読み終えたらしい。
「何これ」
隣にいるイズミに書類の一部を指差す。
「あぁ…それは事実ですよ。原因すらわかりませんが、共有しておこうと」
「…イズミ、読んで」
少し思考しかけたクロは途中で思考を放り投げてしまったようだ。書類をイズミに押し付けて、ぽけーっと虚空を見つめ出した。
「はぁ…」
そんな自己中の権化であるクロの願いをイズミは受け入れたようだ。顔を見る限り、良しとはしていないようだったが。
「最近、冬春国全域で一辺10mの四角形状に場所が消失しています。地面に穴は空いておらず、建物だったり人だったりが丸ごと無くなっています。人為的なものかと思い、独自で調査をしていたのですが…未だ不明で。大事になる前に皆さんに共有をしておこうと思いまして」
一辺10mの土地を丸々消失…実際、空間魔法というのでそういうことはできる。が、地面を巻き込まないことなどほとんど不可能なはずだ。かと言ってこのような自然現象は聞いたことがない。
「規則性は一辺10mの四角状というのだけです。周期性や消失する場所の条件は確認されていません。私としてはただ気をつけて、というしかありませんが」
「この黒城も呑み込まれることがあるってことか?」
「可能性としては大いにあります」
「おいおいマジかよ」
アルザも思わず服の裾を強く握った。これからは毎日いつ何時でも死ぬかもしれないという恐怖が付き纏ってくるのだ。
「他国に確認を取ったところ、他国でもこのような現象が多発しているとのことです」
人為的な場合、冬春国にだけヘイトが向けられるのはわかる。それだけのことを冬春国はしてきたのだ。だが、他国まで被害が及んでいるというのを聞くと、人為的なものではないように思えてくる。
「現在他国の研究機関は総出でこの現象について研究をしているらしいです。…私が獲得できた情報はこのくらいですね」
「いや、ありがとう。情報が全くないのと少しでもあるのとは違うからね」
アルザはイズミを褒める。イズミは照れたのか、そんなことないですよと謙遜した。
「憶測ですが、私たちにも研究させたいのでしょう。それだけ切羽詰まっているのかと。今後は研究の成果の情報すら手に入るかわかりませんが…私たちも独自で解明していかなければなりません」
「わかった。…その研究はアサギに一任すればいいと思う。イズミも引き続き調べて欲しいかな」
「アサギ…、まあ、そうですね。性格はアレですが、研究者としても医者としても腕は確かです」
アサギの知らないところで悪口とも受け取れるような言葉をイズミは羅列していく。アルザは到底怖くてできないが、イズミなら目の前に本人がいたとしても言うだろう。アサギに関わらず、誰でもであろうが。イズミは意外に強いのだった。
「…で、そうでした。アサギが幹部にさせようとした二人…暗殺対象そのものを幹部にするアサギには驚かされましたが…そのもう一人はどこですか?」
ヤドリギには少し複雑なわけがあるようだった。イズミが不思議がるのも無理はないだろう。
「あ、ヤドっち…ヤドリギはまだやり残したことがあるから古雨国に残るらしいです。そのヤドリギのやり残したことを手伝いに、うち達はもう一度古雨国に戻らないといけなくて…アサギさんはヤドリギと一緒に古雨国で待ってます」
カノはそう説明した。
「なるほど…参りましたね、実は依頼を受けてしまいまして…明日にはもう出発しないといけないんです」
アサギの考察通りであった。
「大丈夫。それを見越して私たちは帰ってきたの。だからヤドリギ達には遅くなるかもとは伝えてある」
「それなら大丈夫ですね。では、今回の依頼の内容が書かれてある紙を配ります」
イズミは紙を配った。アルザもそれを受け取り、書いてある内容に目を通す。
ーーーーー
依頼
星音帝国在住のルンタ。28歳。18歳以下の女性を取り扱っている奴隷商人。
忍和国の巫女、46を奪取して欲しいという依頼。
ーーーーー
依頼は、なんともまあ簡単な内容だ。忍和国のお姫様的存在、巫女46を奴隷として売り捌きたいのだろう。そんな考えが明け透けて見える。
アルザが内容を咀嚼していると、イズミが話し始めた。
「今ここではっきり言いますが。私はこの依頼を完璧に遂行するつもりはありません。やりたいことはアサギが行ったことと同じ…お分かりですか?」
第一回定例会議の際にクロが唐突に言ったこと…46を引き抜きたいこと。それと今イズミが言ったことを組み合わせると、言いたいことは自ずと分かってくる。
「奪取したあと、冬春国に持ち帰るってことだね?」
「はい、そうです」
迷いはなく凛とした声色でそう言い切る。
「これをきっかけに星音帝国が憤慨するかもしれませんが…その時はその時です。依頼無しで星音帝国を殲滅することがあるかもしれない、とだけ覚えておいてください」
星音帝国は八大王国に数えられていない。軍事力も経済力もそこまでだからだ。だが、八大王国が一目置いている所以は、奴隷商売にある。星音帝国は奴隷商売を生業にしている国だったのだ。もちろん、冬春国を除く八大王国は表向きでは毛嫌いしている。裏では別だが。
故に、星音帝国は生きることができているのだ。簡単にいえば、冬春国と似たような国だ。
「今回は私とクロさん、そしてあと一人を選ぼうと思っていますが…推薦などはありますか?」
「お前も出るのか?珍しいな」
ヤクモがそう言うと、イズミはえぇと相槌打った。続けて言葉を発しないのを鑑みるに、理由を話すことはないようだ。
この国に仕えてまだ少ししか経っていないアルザもヤクモと同じ反応であった。
イズミの権能は『戦略』。明らかに戦闘向けの権能ではない。権能の詳細はそこまで聞いていなかったが、簡潔に言えば脳内で現在の最適解が導き出されるというものだった。他にもクロと同じ思考加速が内包されていると言っていた。何十秒とできるクロとは違い、イズミはほんの数秒しかできないらしいが。
「あと一人誰か…」
戦闘力で言えばクロ一人でも十分だろう。となると残りはサポートが良い。アルザ、ヤクモ、カノの中でサポート力が高いのは断然カノだ。
「カノ、とかどう?46をすぐに連れて帰れるよ」
「…え!?」
今まで緊張だからか黙っていたカノが驚愕の声を上げた。アルザも分かる。就任初日から初対面の二人と知らない人を助けに行くのだ。とてつもなく気まずいだろう。いや、気まずいという言葉では表せない。
だが、ここは国を運営する立場だ。故に、アルザも心を鬼にしなければならない。
「カノさん、行ってくれますか…?」
イズミは少し心配する表情を浮かべながらカノの目を見て言う。それにカノは汗をじっとりと浮かべながら視線を泳がせていた。
「えっと…い、いけます!!」
アルザが何か助け舟を出そうとしたところで、カノはイズミに向かってそう言った。それを聞いたイズミは少しホッとしたようだ。
「カノさんの権能を知りたいのですが…お願いいただけますか?」
「はい…」
そうしてカノは話し出した。
カノの権能は『地図』。技能は、『移転』『記憶』『多在』の三つのようだ。
『移転』は個人でも団体でも転移をさせることができる技能。不便なところは、どの方角に何kmと細かく設定しないと飛べないらしい。
だが、そんな不便なところをそのままにしておかないのがこの権能だった。それが『記憶』。土地に魔力を付与し、その土地から自身がどの方角に何km離れているかをいつでも知ることができる。5つが最大で、上限を越えて『記憶』を使うと古いものから消えていくらしい。
要は、カノは『記憶』した場所ならいつでも転移が可能になるわけだ。
そして、ニウラの時に役に立った『多在』。アルザはなんとなく知っていたが、もう一度しっかり聞いてみると、意外と危険だったことが判明した。
『多在』で作られたものはただの分身ではなく、使用者の魂を分割して生み出した人間だったのだ。そのため、生み出したカノ自身であろうとも脳内で対話は図れず、思考も丸かぶりなため扱うのがとても難しい。
そして、『多在』が死んでしまうと魂の一部が消失し、衰弱してしまうとか。そのまま衰弱死してしまうのも多くはないと聞く。
『多在』はとても珍しい技能なため、そこまで研究が進んでおらず、もし『多在』を壊して衰弱してしまったとしても治療法はわからず、死ぬ可能性が高いのだ。
カノはあまり試していないらしいが、今のところカノ自身を含め3人まで魂を分割することが可能らしい。
「…あ、あんまり多用しない方がいいよ?」
アルザは今までに2回も見たことがあった。命の危機を感じてやったことなのだが…当時アルザは衰弱死する危険性があるとは全く知らなかったのだ。
「でもねー、意外と便利なこともあって。宿題押し付けれたりできるんだ」
カノ曰く、安全が確保されている場所ならかなり多用しているらしい。
それに、とカノは付け加える。
「魔力は共有されてるの。だから、多在が記憶した場所は全員に共有されるんだ。一人は記憶しに向かって、もう一人は移転するために待機することができるの。めっちゃ効率的だよね。…まあでも、多在が勝手に自分で判断して記憶して、うちの大事な記憶した場所が消えちゃったりするんだけどね…」
悲しそうな、それでいて多在に怒っているような、そんな中途半端な表情を出す。
「…通りで古雨国が殺せなかったわけです。カノさんの権能の技能は個々では弱いものの、組み合わせると膨大な力を発揮するタイプのようですね」
イズミはそう言いながら手元の紙に何かを書き込んでいく。今の状況から見るにカノの権能の詳細を書いているのだろう。
「アサギ…中々良い人材を連れてきてくれましたね」
その紙が完成したのか、イズミは紙をじっと見つめて何かを考えているようだ。
イズミの役職は幕僚だ。戦略を練り、指揮をまとめる。もちろん部下たちの力や権能を熟知しないといけない。今はそれを頭の中に叩き込んでいるのだろう。
「お前らが出かけたら俺らは何すればいいんだ?」
唐突にヤクモがそう聞いた。アルザも少し気になっていたところだ。今までの業務は全てイズミに言い渡されたもの。自分で判断して動け、と言われたらアルザは立ち尽くす他ない。
「…そうですね。地区の調査に行ってください。私が離れている間も、きっと何回か消失が生まれるでしょう。それを観測し、データとして記録しておいてください」
「分かった。兵士を動かして何かあったら報告しろって言っておく」
「それがいいでしょうね。…あぁ、そうでした。カノに役職を与えなければ」
クロさん、とイズミはクロに視線を向ける。今までずっと黙っていたクロは、うとうとしていた。イズミがつつくと、クロはパッと目覚めた。
「何?」
「カノに役職を」
「ん」
クロはそう頷き、イズミから一枚の紙を受け取った。クロが読むだけの形式は変わらないらしい。
カノは緊張しているのか、プルプルと少し震えている。表情はポーカーフェイスなのか緊張していなさそうに見えるが。
現在残っている役職は第二軍団長、情報伝達長、秘書だ。カノの権能ならきっと…
「カノを情報伝達長とする」
やっぱり、とアルザは思った。第二軍団長もあり得る選択肢ではあったが、やはり安牌の役職だったようだ。カノは情報を伝達するのに長け過ぎている。
「あ、えっと…頑張ります!」
クロに目を見つけられて少し挙動不審になったが、すぐにいつものカノに戻った。
「何か他に議題にしたいことはありませんか?」
イズミがそう聞いたので、アルザは気になっていることを聞くことにした。
「私の懸賞金ってどうなった?」
古雨国では相当暴れたのだ。そろそろ懸賞金が出ていてもおかしくはない。
「あぁ、忘れていました。アルザさんの懸賞金ももう出てましたね。…2600万リヴとのことです」
「はー、たっかいな」
クロが4000万リヴ以上だったことは覚えている。おおよそ半分くらいだろう。
だが、元一般人がここまで懸賞金をかけられるというのは中々珍しいものなのではないか。
「そう言えばヤクモとアサギ、イズミの懸賞金はどのくらいなの?」
前の会議ではクロしか聞いていなかった気がする。
「俺は2000万リヴくらいじゃなかったか?」
「1800万です」
イズミが即座に訂正したからかヤクモは少しムッとなる。
「変わんねーだろ200万くらい」
「変わりますよ」
ヤクモは言い返したが、それにイズミは冷静に対処する。ヤクモは不貞腐れた表情になった…
「アサギは1200万リヴ、そして私は750万リヴです。本来私たちはそんなに懸賞金を掛けられるほど強くはないですが…まあ冬春国の幹部とだけでかなり金額は上乗せされていますね」
アサギの強さもイズミの強さもわからないが、圧倒的なサポート力は確かだ。それに冬春国という全国から憎まれている国の幹部となれば…そのくらいの金額は妥当だろう。
「他に何かありますか?」
イズミはそう聞いて周りを見渡す。誰も声をあげなかったため、クロに視線を向けた。流石にこの短時間でうとうとはしていなかったらしい。クロはイズミの視線の意味に気付いた。
「第二回定例会議を終わる」
途端にヤクモは席を立ち、会議室から出ようとする。アルザはイズミが止めるかと思ったが、意外にもイズミは何も言わなかった。ヤクモは何を言っても聞かないということを知ったのだろうか。
「カノさん、クロさんは少し残っていただけますか?依頼についてお話ししたく」
アルザは反射的に立ち上がってしまった。別に聞いていても問題はないのだが、体が反応してしまったのだ。
そのまま席に着くのも気まずいため、アルザは会議室から出ることにした。
これから数日間今知り合ったばかりの同僚と仕事をするカノを想いながら。




