聖戦
「カノ、君がニウラを殺すんだ」
名指しされたカノは戸惑ったが、アルザが限界突破を解除したの見て、すぐに気持ちを切り替えた。
「…作戦は?」
「私は支配回路を通れる技能を持ってる。多在して、片方を支配しようと思う。そうしたらカノをサポートする動きにする。4人なら同時支配もできるから、多在は何回かやって大丈夫。どう?うまくいきそう?」
一番の懸念点はカノの支配回路の難易度だ。クロが例外中の例外なだけで、基本15分はかかる。ここでかなりの時間を浪費してしまえば、勝率はガクンと落ちるだろう。
支配回路を通っている間無防備になってしまう点については、ヤドリギに指示して守ってもらえば問題ない。
懸念点を除けば完璧であるように見えるが、実はもう一つ心配事が存在する。
カノの強さだ。
判断力は十分だが、力に欠ける。素のアルザですら苦戦する相手だ。身体能力は平均よりかは高いだろうが、ニウラの大剣をまともに受け止められるかと問われたら、否と答えるしかないだろう。
しかもよりによって、カノの武器は短刀。リーチが短すぎるのだ。ニウラに近寄る前にやられてしまう可能性が高い。
「(だからこそ、撹乱用の多在)」
要は先程のアルザとヤドリギの操る剣と同じだ。詳細な戦略はカノに一存するが、アルザと同じようにカノも多在を撹乱用に使うだろう。
「んー…多分できると思うよ。支配ができるまでは、結構ぐちゃぐちゃに戦うことになっちゃうけど…死なないように頑張るね!じゃ、『多在』」
カノの隣に桃色の魔力が集い、カノを形作った。その間にアルザはヤドリギに守って欲しいと伝えた。
カノがもう一人現れたのを視認した瞬間、アルザは『支配回路』と呟きすぐさま支配回路を通り始める。
意識を沈め、カノの権能を認識する。そして、魔力を練って権能の支配回路を通る。
クロの時よりも圧倒的に難しい。が、まだ通常の難易度だと言って良いだろう。通常の難易度でも苦戦はするにはするが。
呼吸を整えて、支配回路に集中する。
ーーーーー
二人のカノが飛び出して行った。
二人の後ろ姿を見て、心配でしかなかった。カノが強いことはクラスで見ていたから分かる。冬春国民だと納得せざるを得ない強さ。精神的にも十分強く、いじめを受けても何てことない。他の人から見れば、カノは最強だった。
だが、そんな冬春国民をニウラは処刑している。
カノも処刑された人たちと同じなのではないかと心配してしまう。
できれば俺が替わりたい。冬春国の総団長より強いかと言われたら自信はないが、カノの素の力よりかは強いと自負している。
が、アルザさんが立てたこの作戦はカノにしかできない。
しかも、武器はニウラの近くに落ちてしまったため、俺は戦力外と同等だ。それでもアルザさんは俺を戦力をして扱ってくれた。
無意識な信頼かもしれないが、それだけでも俺の心は励まされた。
そんなアルザさんは今、支配回路を通っている。苦戦しているのか、顔を少し顰めている。
アルザさんも焦っているのだろう。
「大丈夫です。カノは強いですから」
聞こえているのかは分からないが、一応言っておいた。この言葉は自戒でもある。
カノを信じろと。
心無しか、アルザさんの表情が和らいだ気がした。
ーーーーー
「(どうやって戦おうかな)」
うちは思案していた。アルっちがもう一人のうちを支配するまでに、うちはこいつを操らないといけない。一応、オリジナルの証として短剣を手に握っている。
だから、こいつも自分が分割された側なのだとわかっているはず。
うちが一番危惧しなければならないのは、行動の一致。数が増えても同じ行動をしても意味がない。
うちとこいつは全てにおいて同じ考えを持つ。まあ同一体だから当たり前ではあるんだけど。きっと今も同じようなことを考えているのだろう。
とりあえず、こいつの言うことを素直に聞いてみよう。流石にここでミスったらやばいしね。オリジナルはうちだけど、別にオリジナル以外のやつの言うことを聞いても良いわけだし。
「「どう戦う?」」
声が被った。ダメだ、思考が逐一一致する。裏を読んでもこいつも裏を読んでくる。もう一つ裏を読む?それとも素直に動く?
「二人に増えたところで、やることは変わりませんよ」
ニウラは大剣を持った。まとめて薙ぎ払うつもりか。
あんまり深く考えてもいられなさそう。うちならどうする?次は素直に動く。そうしたらこいつは裏を読むはず。だがら、うちは素直に動いてみよう。
そう考えている間に、こいつが走ってニウラの大剣の射程圏内に入った。もちろんニウラは大剣を振るう。
何となく察した。これは不一致だ。
ニウラが大剣を振った瞬間に駆け出し、大きく飛び跳ねた。もう一人のうちは素早くしゃがんで大剣を回避した。
大剣は見た目から重厚で、魔道具であろうとも重いことには違いないだろう。故に、今から上に振ることは不可能。うちが上から強襲し、短刀で頭を刺せば、いける。いけるいける。
しかし、ニウラは大剣の柄から手を離して横に一歩踏み出して避けた。
うちはそのまま地面に激突した。受け身を取れたから無事だった。だから大剣を手放したニウラに追撃を行うことができる。すぐにニウラは槍を持って、カノを刺し貫こうとした。が、何とか危機一髪で短刀で槍先を弾くことに成功した。そのまま踏み込んで腹部を刺そうとする。しかしニウラは後ろに飛んで逃げ、そのまま弓に持ち替えて射程の有利を作ってきた。距離はおおよそ5m。
もう一人のうちの方が近かったため、対応に行ってくれた。状況が別の時の多在はとても頼りになる。
また距離詰めるのか…と思いつつ、真隣にある大剣をヤドっちの方向に投げようとしたが、重すぎて投げれなかった。
チラッともう一人のうちを見る。矢を放って射程の有利を崩さないニウラと、それを転移魔法で避けているカノがいた。膠着状態が続きそうな雰囲気がしたので、ヤドっちの下にこの大剣を持って行くことにした。
「ヤドっち〜、ニウラの武器回収したから使うなり放置するなり好きにしてー」
「え?あぁ、ありがと…っておっも!?見た目よりだいぶ重いなこれ…」
手渡しすると、ヤドっちは若干体勢を崩した。ヤドっちも上手く扱えないのが分かった。アルっちは使えるかもしれないけど…あ、そういえばアルっちは…
「アルっちは大丈夫そう?」
アルっちは目を瞑って規則正しい呼吸を繰り返していた。表情を見る限り、順調ではありそう。支配回路を辿るのには時間が掛かるとは知ってるから、ただ頑張って欲しいな。
「支配回路を通っている間は意思疎通が図れないんだ。いつ終わるかの目処は付けられないな」
「そっか〜…わかった。じゃ、また行ってくるね」
短い会話を堪能してから、手を振って二人の下から離れる。
もう一踏ん張りだ。あいつが転移を繰り返し発動しすぎて半分ほどまで減ってしまった魔力量を見て、戦略を練る。多在の迷惑なところは、勝手に魔力を使われることだ。魔力は共有されているため、あいつが使えばうちのも減る。本当に迷惑な話だ。うちが使いたい時に使いたいのに。
とりあえず、ニウラの視覚外から忍びよって奇襲を仕掛けようとする。が、視覚外だと思っていたところに入った瞬間、矢がこちらへ飛んできた。正確無慈悲な矢は右足を突き刺した。
「っ…」
突き抜けなかったのは運が良かった。だが、自慢の速さは潰されてしまった。右足に刺さった矢を引き抜くと、血がダラダラと出てきた。幸い動脈には刺さらなかったみたいだ。痛みで震える右足を叱咤し、このまま突撃する。
弓に付与されている魔道具は、視界拡大の可能性が高いため、後ろに回ろうとしても矢で牽制されるだろう。
あのカノ、使い物にならない。ニウラが一瞬の隙を作ったというのに、ニウラに二つしかアザを作れていない。
ニウラに向かって突撃している時も何回か矢を放って隙があったはずなのに、殴ったりもできない。
「(うち、イラついてる)」
ふと敵意を多在に向けていることに気付き、短刀を持っていない手で頬をパンッと叩く。
イライラしたまま戦うのはあまりよろしくない。敵意や殺意は、味方ではなく敵に。
感情任せはダメだ。冷静に考えて動かないと。
ニウラが放った矢を短剣ではじき、急接近する。
急接近したのを見たのか、もう一人のうちもニウラに近付く。意見の一致に見えるがこれは違う。
ニウラに一番近いのはもう一人の方だ。対応力が高いニウラはそれを感じて、あっちに弓を向ける。
その隙に、速度を上げる。右足が痛いとか動かせないとか、今はそんなことを考えてる場合じゃない。『一撃でも入れる』それだけを考えろ。
ニウラには急接近しているカノに気付いているだろう。先程足に矢を受けてしまったように。
だけど、一番近くのカノを対処しなければならない。
矢を放った瞬間を狙う。
意図を理解しているのか、一番近くのカノがもう二歩、足を運んだ。瞬間、ニウラは矢を放つ。
今だ。
そう思うと同時に短剣の射程へと踏み込む。
今のニウラは弓を持っている。弓自体で受け止められるかもしれないが、押し切る。押し切るしかない。
心臓を狙って短剣を振る。過集中によって時間が遅く感じる。短剣はゆっくりとニウラの心臓に吸い込まれていく。ニウラの学生服を裂き、肉を抉る…。
だが、短剣が半分も吸い込まれないうちに、ニウラは後退した。遅くなっていた時間が元に戻り始める。
後退したニウラは心臓部分を抑えて呻く。
「ぐ、ぅ…痛いですね…!冬春国民に押されているなんて、聖女として失格です…」
聖女聖女…不老で美貌を保ち、それが神聖だから聖女と呼ばれているだけであって、冬春国民を迫害する象徴ではないはずなのに。
「まず人間を手に掛けてる時点で聖女なんかじゃないと思うんだけど?」
「何を言っているのかお分かりで?冬春国民は人間なんかじゃないでしょう?」
教科書に載っていた言葉だ。新日学園に在籍していたから何百と聞いたし、罵られてきた。何百と傷付けられそうになったし、死にかけた。
でもみんなそういう。
人間ではないから赦されると。
「…言い逃れにしか聞こえないと思うけど、うちの生まれは暖海国だよ。古雨国に向かう途中で冬春国に入っちゃっただけで。君の言ってることに則れば、うちは人間だよ」
いいえ、とニウラは首を横に振る。
「冬春国民に味方する…つまりは、冬春国民の思想に染まったということ。人間ではありません」
表情筋が痛みでピクピクと動いているのか、憎しみで動いているのかがわからない。
100年も生きているニウラだからこそ、地雷も大量にあるのだろう。
「…はぁ、わかったよわかった。結構適当なんだね?冬春国関係するもの全てが憎いなら最初からそう言えばいいじゃん」
あからさまにため息を吐く。
「(冬春国民じゃないけど、なんか嫌いだな)」
きっと、その許すとか許さないとか。人間だとか人間じゃないとか。神様気取りだからだろう。
「うっ…!」
唐突に少し遠くから呻き声が聞こえた。パッとそちらを振り向くと、もう一人のカノが虚な目で空を見つめていた。目には白銀色が宿っている。
「カノ!多在の方は支配できた!!」
アルっちの声が遠くから聞こえてきた。
「私がカノをサポートする!だから思いっきり暴れて!」
ーーーーー
カノの支配回路の強度は普通レベルだった。10分弱で解けたのは運が良かったと言うべきか、練度が上がったと言うべきか。
とにかく今はカノのサポートだ。カノが動きやすく、攻撃しやすいように。だけど死なないように。
カノが動き出す。と同時にニウラは槍を手に持った。大剣はヤドリギが持っているため、今のニウラの手持ちは槍と弓のみだ。
一番の懸念点だった大剣が使えないため、こちら側の勝率はぐんぐんと上がっている。
カノに遅れをとらずに、アルザも支配したカノを動かす。カノが短刀で戦うならば、どちらにせよニウラに近付かなければならない。
そう思い、支配したカノをニウラに向かって走り出させる。当然、ニウラはこれに反応し、槍を突き出してきた。
「『屈んで、殴って』」
命令を下す。
支配されたカノは少し屈んだ。頭のすぐ上に槍がある状態だ。そして支配されたカノはニウラの懐に近付き、鳩尾を殴った。ゲフッとニウラは咳き込んだが、対応が早い。片足で懐にいたカノを蹴り、一度距離を取ろうとする。
だがしかし、時間は稼げた。本命のカノはもうニウラの手で触れられそうな距離にいる。
カノは短刀を右手に持ち直し、切り掛かった。心臓部分を狙ったようだが、ニウラが咄嗟に身を捩ったせいで左腕を深く切ることになった。
「本当に対応力がすごいですね…疲弊しているから判断力も落ちると思ってたんですけど」
隣にいるヤドリギにアルザは酷く共感する。アルザも所詮は人間だから、長く戦えばボロが出るだろうと思っていた。だが、今のところそんな気配がない。状況で一番良い判断を的確に選んでいる。
「俺も戦いますよ」
「武器もないのにどうするつもり?」
カノの状況を確認しながらもヤドリギに視線を向ける。ヤドリギの手にはニウラの大剣が握られていた。
「…使えこなせるとは、思えないけどな」
言い方がキツくなってしまっただろうか、とアルザは自身の言動を顧みる。しかし、それはアルザの杞憂だったようで、ヤドリギは逆に覚悟が決まったような顔をして頷いた。
「それは俺も分かってます。全ての魔力を使って、この剣を操ろうかと。ニウラにとっても警戒対象が増えますし、いいんじゃないですか?」
アルザは少し思案する。ヤドリギの魔力を全て使ってもいいのかを。
ニウラは聖女と崇められている存在だ。殺されたら信者…明確に言えば新日学園の生徒から一斉攻撃を喰らいそうだ。それを踏まえてもなお、ヤドリギという戦力を今使う必要があるのか。
「…やって欲しい」
今この場を掻い潜らなければ、後のことなど考えていられない。可能性のせいで致命傷を負うことなど本末転倒だ。
そう言うとヤドリギは「『追尾』」と呟いて大剣を操る。空中に浮いた大剣を見るヤドリギの表情は少し曇っていた。
「俺の方は保って3分ってとこです。大剣はアルザさんと同じ、カノのサポートに回します。…不甲斐ないですが、質量が大きすぎて俺には手に余るので」
「分かった。状況を見て各自で動こう」
「はい」
ヤドリギは大剣をニウラに向けて放った。カノは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに状況を理解したようだ。
そして再びニウラに接近する。アルザも再び支配したカノを動かした。
ニウラにとっては厄介だろう。注意すべき物が3つに増えたのだから。周囲を丸ごと薙ぎ払う大剣は取られ、個々を相手取る時に使うであろう槍や弓しか持っていないことも合わせれば…ほとんど勝ちであることには変わりない。
「(でも、油断はしないよ)」
はっきり言ってニウラは強い。100年以上生きているだけある。だからこそ最後まで油断はしない。相手が死ぬのをこの目で見るまで。
ーーーーー
突如視界の隅から飽きるほど見た大剣がニュッと出てきてびっくりした。ニウラが手に入れたのかと身構えちゃったくらいにはびっくりした。
大剣に夕焼けのような魔力が纏っていたから、すぐにヤドっちが動かしてるんだと分かった。
もう一人のうちは少し遠くからニウラの近付いていっている。サポートしてくれるから、うちは盛大にやりたいことをやれば良い。
多分守ってくれてる大剣もサポート。こんな重い大剣を動かすのってかなり魔力がいると思うし、攻撃なんてできないに等しいんじゃないかな。
「よしっ」
二人に護られてる。うちが戦場の主人公だ。
頬をペチペチと叩いて短剣をより一層強くギュッと握る。
対してニウラは弓に持ち替えていた。しかもアルっちやヤドっちの方向に向けて矢を放つ。
「アルっち…!!」
すぐにアルっちの方を見る。と同時に腹部に鋭い痛みが突き刺さった。
総団長は流石だった。華麗に避けたのだ。ヤドリギも何とか避けていた。それに比べてうちは、お腹に矢を受けてしまった。
痛い、痛い…。息を吐きながら矢を抜き取る。ドクドクと血が流れていった。それに顔を顰めながら、焦燥感に駆られ始める。
ニウラの弓は正確無慈悲だ。だから、こうやって距離を取られると弓でチクチクと体力を奪っていく。弓の時のニウラは早く距離を詰めないといけない。
再び矢を放ってきた。でも引くわけにはいかない。どうにしかして避ける、それしかない。
覚悟を決めて走り出す。矢が目の前に迫ってきているのが見えてしまって、思わず目を閉じてしまった。
しかし、数秒経っても衝撃が来ず、反対にキィンッと何かが跳ね返される音がした。恐る恐る目を開けると、ニウラの近くで大剣が舞っていた。
「ヤドっち…」
ヤドっちが護ってくれる。だから大丈夫。自然とそんな思考になった。
そう思えばあとは簡単だった。足が痛いとかお腹が痛いとか、そんなの全部無くなって。全速力で走ってニウラに近付いた。当然ニウラは槍に持ち替えたが、支配された方のうちがニウラを羽交締めにした。
そしてそのまま押し倒して短刀で心臓を貫こうとした。
だが、ニウラのその瞳孔が開ききった目に見つめられて、一瞬躊躇ってしまった。そのためか、ニウラは急に饒舌に喋り始めた。
「冬春国民は憎まなければならないんだ!!平然と嘘を吐き、私たちを騙す!!私たちは一度信じてみようとしたのにも関わらず!!冬春国民は人間ではない…人間ではないと説明がつかないんだ!!」
穏やかな喋り方ではなくなった。窮地に陥っているからはあるだろう。それにしては必死さというか、訴えが心に響く。
「お、落ち着いて…?今回の冬春国王は嘘とか騙すとかしないと思うよ」
心に響いてしまい、思わず言葉を返してしまった。それだけ誰かの何かに訴えかけていたから。
「お前らはそうやって甘い言葉を吐いて…騙そうとしているんだろう?分かっている!!…殺すなら早く殺せ、本物の冬春国民に殺されるよりはまだ__」
「カノ、手間取ってるの?貸して」
「え?アルっち…」
後ろから来ていたアルっちはうちの短刀を取り、ニウラの心臓に突き立てた。
「冬春国民の血がそうさせるのか!?やはり根絶やしにしなければならなかった!!!!はは、はははは!!!!」
ニウラは吹っ切れたように高笑し、それが少しづつ弱まっていく。
「まだ生きてるの?…不老の力が強いのかな」
アルっちは心臓に刺さった短刀をグリグリしたり、抜き差しする。それを思わず止めた。止めてしまった。
「何で止めるの?この人は私たちを殺そうとした。しかもそれを悔い改める気はない。…今ここで殺さないと、後に冬春国にとっての脅威となり得るかもしれない」
言っていることはとても合理的だった。確かに、ここで殺さないと何をしでかすか分からない。だけど、胸の内が締め付けられる。
そんな顔を見られていたのか、アルっちは共感するような、けれど穏やかな表情になった。
「…まあ、カノの思うことは分かるよ。だけどね、こうしなきゃいけないんだ。仕方のないことなんだよ」
アルっちはもう一度仕方ないのと言う。どこか自分に言い聞かせているように聞こえた。
そう言ってアルっちは抜き差しを再開する。ニウラの声が掠れて、何も聞こえなくなる。最後に一言だけ聞こえた。
「ごめんね、お母さん…」
その一言以降、呼吸音も何も聞こえなくなった。
ニウラ…聖女は死んだ。
ーーーーー
「冬春国の王との会談…?」
ニウラは今際の際、走馬灯を見ていた。100年も前の、あの悪夢の日の前日のことを。
今と大差ない見た目をしている幼きニウラは、母親の言葉を思わずそのまま返した。
「そうよ。あちらの王様が、同盟を組みたいってね。そのための会談よ」
「え〜、あの国って善意を敵意で返す国って聞いてるけど…大丈夫なの?極悪非道なことしてるってお母さんもよく言ってるじゃん」
「えぇ。だけどねニウラ、あちら側は同盟を組みたい。って圧力を掛けてる感じじゃなくて、掛けてくださいお願いします〜って懇願してるみたいだったの。…最近王も変わったみたいだし、今冬春国は変わろうとしているのかもしれないわ。それの手助けなら大歓迎なのよ」
「ふーん…?」
「それに、極悪非道って言っても、私たちもそんなことあまり言えないのだけどね。どの国もどうせ秘密裏で人体実験とかなんか酷いことしてるわよ」
最後はどこか投げやりだった。
お母さん…リツィは、古雨国の女王だ。お父さんは事業提携している暖海国に行っている。そんな女王が統治している古雨国だが、今三大貴族中心に不満が高まっている。
何故お父さんが王にならずにお母さんが王になったのか、とか。同じ八大王国にも関わらず、古雨国は暖海国の下についていていいのか、とか。
三大貴族が主軸となって、反国組織を作っていると報告がよく届く。まだ国側に小さな貴族がたくさんついているから良いが、時間の問題だろう。デモを行うだけなら良かったが、三大貴族の一つが秘密裏に何かを作っているようだった。その内容は漠然としないが、王族の戦力を凌ぐような兵器を作っているのではないか、とお母さんは危惧している。
色々な出来事が重なり合い、お母さんはいつも頭を悩ませている。お母さんが苦しんでいるのを見るのは私も苦しい。だから時々、話を聞いたりしていた。
そしてこれもその一環というわけだ。今回は冬春国の対応に関してだったが。
「会談は明日。ニウラも出る?」
「一応次期王候補だし、将来の同盟相手とは仲良くしたいよね」
そう言うと、お母さんは微笑んだ。
そして次の日。
会議室で冬春国の遣いを待っていた。昨日は緊張してあまり寝れていなかった。冬春国…どんな国民性なのか、とか王はどんな人隣なのかとか。考えれば考えるほど緊張してしまったのだ。お母さんに視線を向けると、大丈夫よと諭された。
少し緊張がほぐれ、そして冬春国からの遣いを心待ちにして姿勢を正した。
瞬間、会議室の扉がバァンっと力任せに開かれた。冬春国の人かと意気揚々として視線を向けると、古雨国の兵士が肩で呼吸をしていた。顔は真っ青で、汗がダクダクと滝のように流れている。
最悪な場面が見えた。
「襲撃です!相手は冬春国!現在城に向かって攻めてきています!」
その脳内だけであって欲しかったことは現実だった。お母さんがハッとした表情になり、すぐに指揮を飛ばす。
「城は破棄します。民間人の避難を先に。私が国民を守る盾となります」
それは自身を犠牲にしろという指示だった。私はもちろんお母さんの服の裾を握って止めた。
だけど、その覚悟が決まってしまった目に蹴落とされ、手を離してしまった。
「ニウラ、貴方も逃げて。そして私がいなくなった後の国の行く末は任せました」
何でそんなこと言うの。何でもう死ぬ気になってるの。
「待って、まだわから…」
兵士の叫び声がすぐ近くで聞こえた。会議室の前だ。お母さんはすぐに扉に近付き、『雷槌』と呟いて雷でで作った剣を握りしめる。
私は動けなかった。言葉を発そうと思っても上手く発声できない。
故に、死地に向かっていくお母さんを止めることができなかった。
ーーーーー
恐怖が薄れ、お母さんを探しに戦場に出た。
そこはただの地獄だった。いつも見ていた景色が様変わりし、どこを見ても血溜まりがある。そこらかしこに略奪をする人間がいる。
最先端で誇らしかった古雨国は一度の襲撃で壊滅状態までに陥った。
茶色の髪を見つけるべく、ひたすら地獄を走った。
走って走って、その先には何があったのか。
黄金の髪と真紫の瞳を持った黒い軍服を着た女性と、お母さんが相打ちの形で死んでいた。
女性の胸には雷の剣が突き刺さっており、お母さんは胴体が何らかの動物に噛みちぎられていた。
「あ、あ…」
言葉を失った。お母さんを抱きかかえると、まだ少し温もりが残っていた。お母さんの体に顔を埋める。そして静かに涙を流した。
すると、突然胸に温かな気持ちが流れてきた。この時は悲しみで何も考えなかったが、きっとこの時に不老になったのだろう。これはお母さんからの最後のプレゼントだったのかもしれない。
ーーーーー
この襲撃は古雨国の歴史に深く傷をつけることになった。
国が一度壊滅状態になったこともそうだが、王政ではなくなったのが大きい。
この襲撃で、王族の信用が地に落ちたのだ。会談を取り決めたのは女王の独断であり、それによって襲撃を引き起こしたと。しかも、古雨国を復興できたのも、提携を結んでいた暖海国の力が大きい。元々争いの火種であった暖海国が直接手を出したため、反発が燃えるように広がったのだ。
そうして国側についていた貴族たちも反国組織に翻していった。そして三大貴族は着実に力をつけていき、王族を落とすことに成功したのだった。
今は三大貴族の中で仲良く国の方針を決めていたようだが、秘密裏に兵器を製作していた貴族が最近脱退した。
人体実験はおろか、クローンの製造を行おうとしていたようで、それが露見して失脚したのだ。その貴族は冬春国送りにされた。
まあそんなことはどうでも良い。
だから私、ニウラは王の血を引く最後の人間だった。
あれもこれもそれもどれも、全て冬春国のせいにしていないとどうにかなりそうだった。言うならばこんな理由だろう。




