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秋冬のアルザ

大陸の西側に位置し、四つの地区で成り立つ八大王国の一つ、冬春国。大国にしては領地が狭く、植物も中々育たず農作ができない。技術も退化し、輸出物がほとんどない。では何故、八大王国に数えられるのか。理由は単純。軍事力が八大王国と並べても頭一つ抜けているからだ。もう一つ。軍事力で何をしているのか。これは単純なものではない。古代の王がこの荒れた地で何を事業すれば良いか考えた結果、依頼を募集し、それを達成すれば金がもらえる、そういう事業を立ち上げた。当初はただ荷物運びだったり、誰にでもできる平和なものばかりだった。だが、各国が冬春国に目をつけた。そこから全てが変わる。国を滅ぼして欲しい、とある人物を殺害して欲しい…平和なものではなく、血生臭い依頼ばかりが殺到するようになった。しかし、依頼を受けないと、金がもらえない。だから、方向性が捻じ曲がったとしても依頼をこなし続けた。

そこから、何千年と。現在冬春国は戦争の国と呼ばれ、各国から蔑まされた。蔑ますでは飽き足らず、冬春国に一度でも入国したら、戦争の思想に染まったとして、他の国に入ることが拒絶される。冬春国は、他国から蔑まされる対象へと成り変わったのだった。

「おお、珍しい…高級キャットフード!」

他よりも少し大きい家の前で、灰色の髪と灰白色の瞳を持つ少女が目を輝かせていた。相対するのは、少女よりも身なりがしっかりしている男。しかし、目が虚でどこを見ているかわからない。男は少女に缶詰めを三つほど差し出していた。三つのラベルに同じフォントで『高級』と書かれている。少女は男から缶詰めを受け取り、回しながら状態を確認する。

「うん、本物みたいだね…『解除』」

少女の目が一瞬淡く光る。その瞬間、男は崩れ落ちた。それを少女は驚きもせず一瞥する。

「ごめんね、ちょっと眠ってて」

少し悲しそうな表情をしながら少女は去っていく。さながら、ここには誰もいなかったように。

少女が完全に姿を消した後。家から別の恰幅の良い男が出てきた。家の前で転がっている男を見て、目を大きくさせる。次に、心当たりのある人物を思い浮かべる。

「……とうとう、うちも狙われたか…!秋冬のアルザ!」

浮かべた相手を思えば、絶叫するのも当然だった。秋冬のアルザ。冬春国に四つある地区の一つ、秋冬地区で少し裕福な家を狙って盗みを働く少女だ。どんなに防犯を意識しても、意味を成さない。それは少女の権能に関係があるのだが、詳細は誰も知らない。少女の見た目は割れているため、討とうとする奴らが現れる。だが、どいつもこいつも返り討ちに遭う。その理由は単純な強さだ。とにかく、秋冬地区の強者としてアルザは君臨している。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ミケー?どこにいるのー?」

場所は変わり、春夏地区。少女は缶詰めを持ちながら人気のない路地裏を歩き回っていた。

「んー、ここもいないか…あそこが最後だけど、いるかな」

目の前に立ちはだかる壁を跳躍して飛び越える。廃墟となった家々の屋根を忍者のように歩く。突拍子もなく殴りかかってきた通行人を避け、反射的に殴り返す。そうして辿り着いた路地裏では、痩せ細った三毛猫が居座っていた。まるで遅かったなと言わんばかりに、にゃーんと一つ鳴く。

「ミケー、こっちにいたの。ごめんね遅くなって。けど、今日はとってもご馳走だよ!」

手に持っている缶詰めを力尽くでこじ開ける。開けた缶詰めをミケの目の前に置く。

「見てこれ、ここに高級って書いてある!だからきっと美味しいよ」

缶詰のラベルの『高級』の部分を突きながら、ミケに見せびらかす。ミケはそれを一瞥もせず、缶詰の匂いを一度嗅いだ後、食べ始めた。美味しいのか、食べるのをやめない。それをアルザは優しい目で見つめながら、ミケの頭を撫でた。

ふと、色々な記憶が蘇ってくる。アルザは記憶がなかった。ボロボロな状態で倒れている時にミケと出会ったのは覚えているが、それより前は何も記憶がない。常識は分かるが、自分に関する名前以外のものを忘れてしまったのだ。出会った頃のミケは、何かに導いてくれているようだった。今は、そんな気配はなくなったが。

ミケは、というより、野生の動物は冬春国の中では珍しかった。基本的には飢えた人々が食べてしまうからだ。アルザがミケと出会い、おおよそ一年。未だミケは傷が無い。時折疑問に持つことはあるが、考えてわからないことはわからない。ぼーっとしていると、にゃーんとミケの鳴き声がした。

「んー?あ、もう食べたの。早いね。えっと、あと二つはまた来た時にあげるね」

またいつ、ミケの餌が手に入るかわからない。だから今日は一つで許して欲しい。ミケの尻尾は少し項垂れたが、意図はわかるのか、またにゃーんと鳴いた。

「よし、良い子だね。…そろそろ行かなきゃかな。またね、ミケ」

ミケを優しく撫でる。返事はくれなかったが、わかったというような目をしていた。アルザはそれを確認してから路地裏を出て、また駆けていく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


冒険管理署。冬春国内では、冬春地区にしかない大きな建物。その名の通り、冒険する行き先を登録し、管理する所だ。また、災害ランクの測定もすることができる。災害ランクとは、単なる強さの基準だ。豪雨級、竜巻級、津波級、地震級、噴火級と5つの級がある。噴火級が一番上だ。しかし、冬春国では災害ランクの測定しか行っていない。何故なら、冬春国から出ても行き先がないのだ。意味がないので、政府はこの制度を撤廃した。逆に災害ランクの測定は、冬春国には必要不可欠なものだ。何故も何も、冬春国は弱肉強食だからだ。元々災害ランクを取れるのは、一般人では無理だ。俗に言う、天才などは精々豪雨級が最大だろう。なので、豪雨級を持っていれば、すべての人の畏怖する対象となる。災害ランクは強者の印。だから、この制度は撤廃していない。

冒険管理署の近くは、周りに比べれば綺麗だ。安心を求める人は、よく冒険管理署の近くにやってくる。ここは、冬春国唯一の聖地と言っても過言ではないだろう。だからか、時々冬春国の王は、必要物資や食べ物をここに届ける。無断で持って行って良しの、せめてもの善意か。今日は、その日なのだ。まだ届いていないのに、人がたくさん集まっている。アルザは届くまでの間、周りをぶらつくことにした。金を一般国民より持っている人が、ここぞとばかりに国民たちを買収していく光景。よく見る殴り合いの喧嘩の光景。その喧嘩で賭け事をして、それでまた揉めている光景。普通だな、とアルザは見て回っていた。しかし、ある人だかりに目がいく。いつもの喧嘩だ。だが、いつもでは両者の力は拮抗するはずだ。けれどその試合は、一方的だった。現在、少女と大柄な男が戦っているのだが、優勢なのはなんと少女の方だった。しかも、本気を出しているように見えない。少女は男に蹴りを入れ、空中に飛ばす。誰がどう見ても、一方的だった。観客が熱狂する中、男が空中から落ちてくる。ドシンッと地割れが起きそうな衝撃が地面を伝う。

「(化け物…!?)」

人混みの隙間で覗いていたアルザが反射的に思ったことは、これだった。彼女は権能という無茶苦茶な魔法を使っている素振りがなかった。使っていないということは、素の力であれほどの力があるということ。アルザもこのくらいであればできるだろうが、目の当たりにすると、どうしても反射的に思ってしまう。賭け事で負けた奴らの絶叫をBGMに、少女をぼーっと見つめていると、目が合ってしまった。肩甲骨に届くくらいの黒髪、ハイライトのない黒い虚な瞳。古い血が固まって全体的に赤い、ボロボロな衣服。年は、同じくらいだろう。目線を逸らそうとする。しかし、逸らせなかった。少女の黒い瞳に吸い込まれてしまったから。後退りさえできなかった。心臓の鼓動がどんどん早くなる。少女が人混みの中にも関わらず、ずんずんとこちらへ歩いてくる。何故、どうして。考えてもわからない。無意識に構えを取る。人混みを掻き分けて、少女が目の前に来た。背丈はほぼ同じ。少女の方が数cm上なくらいだ。何を言われる?何をされる?恐怖が蓄積していく。

「…一回戦お」

手首をガシッと掴まれながら、観衆のことなど気にせず、先程のところまで引きずられていく…

「ちょっ、待ってっ」

アルザの静止の声を聞かずに、どんどん引きずっていく。足で踏ん張って抵抗しようとするが、何故か力が入らない。抵抗した方が危険だと本能が訴えているからか。なす術なく、先程のところまで連れて行かれた。

「さっきみたいに。構えて」

やっと手首を離されたかと思えば、構えを強制される。躊躇うが、少女からの圧が重すぎた。構えを取る。少女はそれを見て頷き、アルザと10mほど離れる。これは…そういうことだろう

「やろう」

嫌だと言える状況ではなかった。

「…わかった」

逃げろ。本能が危険だと警笛を鳴らしている。けれど、逃げれない。少女の圧が、自分より上がために。構えを取るアルザを見たからか、観衆達はまた騒ぎ始めた。騒ぎ声が集中により掻き消されていく。

「(どうするどうするどうする)」

少女の戦い方はいまいちわからない。今も構えすら取らず、アルザとじーっと見つめている。先程の戦い方を見るに、パワー系だろう。相手より上の力でねじ伏せる。それはわかる。

けれど、それは先程の男だったからだ。アルザにはどんな戦い方を魅せるのか。これはもう、予測のしようがない。

「(落ち着け、私。冷静さを失うな。この人は、私の出方を伺っている…ということは、先手を打てる。それは、勝率が上がってるということ)」

右手を拳に変える。左脚に力を込める。まだ少女は動かない。ただ黒曜石のような瞳でこちらを見つめるばかり。圧がとても重い。

「(怖気付くな私!)」

重圧を自身を鼓舞することで振り払う。左脚で地面を蹴り、少女の間合いまで詰める。

右拳を少女の左頬に照準。手加減なんてしてる余裕がない。思いっきり拳を振るう。集中して間延びした時間、アルザは少女と目が合った。そして気付かされる。まだ少女が動いていないことに。右拳が頬に入る…と思っていた。だが、本当は違った。ミリ単位。ミリ単位で外れた。右拳は空を切る。それなら、と右脚で無理矢理蹴りを入れようとする。しかし、これもミリ単位で外れた。

「(意味がわからない…!)」

何度も試みる。だが、数ミリで外れていく。少女はその間、遊んでいたのだろう。ずっと受け身だった。しかし突然、少女は受け身から脱却した。急にアルザの間合いに踏み込み、鳩尾を殴ったのだ。

「かはっ!?」

肺の中の空気が全て吐き出される。衝撃が強すぎて、数メートル吹っ飛ばされた。地面に体を強打されながら、息を吸おうと試みるが、上手く吸えない。手で地面を掴みながら、下手でもいいから呼吸を続ける。無防備なのはわかってる。けれど、これでもしないと息が吸えない。

「…耐久力はあんまりないのか?力は相当あるみたいだが…まあ、私が手加減せずにやって、そのダメージだったらかなり高い方だな」

少女がアハハッとやばい感じで笑い始める。明らかに、口調が違う。雰囲気も同様だ。無だった表情から、狂喜な表情に変わっている。それに内心冷や汗をかきながら、足に力を入れて立ち上がる。

「動けるのか。ということはまだまだ耐えられるってことだよな?」

少女の視線が体に絡みついてくる。悪寒が背筋を伝う。それでも、動かなければならない。

「か、かかってこいよ」

1発で大ダメージ。さらに少女は権能を使っている素振りがない。権能保持者ではない、という可能性もあるが、可能性の話はしたくない。

対してアルザは有効手段がない。また、

「(権能は、できるだけ使いたくない…!!)」

理由はあるが、使いたくないのが本音。

「…策略も何もないのに。権能も使わず、私に勝てるとでも?秋冬のアルザ」

見透かされていた。

「アルザ。何故権能を使わない。使えば勝率が上がるというのに」

少女が不満げな表情で聞いてくる。そんなこと、アルザにもわかっていた。

「良いのか。このまま負けても。命を失うことになったとしても。それでも君は使わないつもりか」

ぐっと歯噛みする。少女の言い分はもっともだ。この状況で打破できる可能性を潰す方がおかしい。一度深呼吸をする。呼吸は整えた。

「…わかった。いいよ。使ってあげる。けど、使った後の始末は君がしてね?」

使いたくない理由は、アルザが後々大変になるからだ。ほとんどの人に周知されているが、詳細は知られていない。それが明るみに出てしまうのだ。明るみに出ると、辛いことが待っているのは安易に予想できる。だからこそ、アルザは使いたくなかった。けれど、今は少女に言われた通り、死ぬかもしれない生と死の狭間。死ぬのだったら使うしかない。

「あぁ、大丈夫だ。始末は私がしよう」

少女はうっすらと笑いながら、そう告げた。楽しみなのだろう。とにかく、許諾は得た。あとは、後先考えずに突っ走るだけ。

「…『支配回路』」

「それは…!?」

少女の驚愕の声などつゆ知らず。アルザは目を閉じ、白銀の魔力を発現させる。白銀の魔力は96に纏わり付いた。次にアルザは意識を少女の権能に浸透させる。頭の中に権能の中のぐちゃぐちゃな回路が浮かび上がってくる、と同時にアルザは驚愕した。普通の回路ならば、回転するところが100以上はあるはずなのだ。しかし、少女の権能の回路は10に満たない。5秒も経たずに呆気なく、スタートとゴールに白銀の魔力を繋げてしまった。クリアし、意識を現実世界に連れ戻す。アルザは少女の容態を確認する。少女は、力の失った人形のように頭や腕をだらんと下げていた。

「ん…服従、させれたかな」

観衆は少女の状態を見て、大いに盛り上がる。アルザの耳が耳鳴りを起こすほどに騒がしくなる。アルザは最終確認のため少女に近寄り、頭を上げさせて瞳を見る。少女の真っ暗な瞳に、薄らと灰色がかかっている。服従させれたかを見分けれる手段だ。普通は支配回路をクリアすれば自動的にかかるが、もしかしたら支配に耐性がある権能持ちかもしれなので、アルザは毎回確認しないといけない。

「さて、ただの見せ試合だから命令は…しない方がいいね…『解除』っと」

少女はぱたりと地面に倒れた。支配回路を通られることは、自分の体の血液の中を通られることと同義。本人の精神状態が健康でも、体が極度の疲労状態となる。支配を解くと、少しでも体を休めようと、勝手に体が休眠モードに入ってしまうのだ。それは、未知の力を持つ少女にも通用したらしい。

「ねえそこのあんた!!」

観衆の一人が話しかけてきた。いや、その一人の後ろにたくさんの人がいる。嫌な予感しかしない。

「あんた今、支配回路って言ったよね!?その技能、支配系の権能の原初……」

「権能使うのを渋ったのがわかったぜ。あれだろ?王や幹部に見つかっちまったら……」

「支配回路の他に、まだ技能あるよな!?何か教え……」

「なるほどね。秋冬のアルザの盗みの極意は支配だっ……」

たくさんの人が次々と話し始める。はは、あははーと言いながら誤魔化し、人混みの隙間からシュパッと飛び出し、少女をついでに拾って逃げる。そろそろ、食べ物やらが支給される頃だろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ん…?…ん」

冒険管理署付近。一週間分ほどの食料は確保できた。盗まれないことを前提に考えれば、今週もまた、飢えのない生活を送ることができそうだった。戦利品を両腕に抱えて、寝ている少女の元に戻ってきた。少女の隣に座り、どの戦利品から食べようかと選別していると、少女は目を覚ました。

「あ、ごめんね。勝手に連れてきて」

まだ眠たげな目で、少女はアルザの瞳を見つめる。それはそれは、じーっと見つめる。アルザも少女の瞳を見つめたが、恥ずかしくなってしまい、アルザの方が先に視線を逸らす。少女はそれをなんとも思っていないように、寝転んでいる体勢から、座る体勢にする。少女はそのまま、道行く人々を目で追った。

「(…さっきの雰囲気と全く違う)」

どちらかといえば、強制的に戦いに参加させた時に似ている。無気力で、虚な瞳。

「…秋冬の、アルザ」

少女は通行人を目で追いかけながら、アルザに話しかける。アルザは急に名前を呼ばれてビクッと体を震わす。

「は、はい。アルザです」

思わず敬語を使ってしまった。

「自分、96」

きゅうじゅうろく?

「…え、それ名前?きゅうじゅうろく??」

「うん」

声のトーンに変化が全くない。嘘をついているようには見えない。いや、無表情が常としてそうだから、冗談で言った可能性は…

「…ほんと。証明できないけど」

とにかく信じてよという意思がひしひしと伝わる。アルザは一応、信じることにした。

「戦いの時、支配回路って言った?」

間もあまりなく、96はそう聞く。やはり、みんなそのことを聞く。

「うん。何も命令しずに解除したから、大丈夫だよ」

「いや、そうじゃない。支配回路を使うことをそんな躊躇う必要があった?」

グッと痛いところを刺された。アルザの視線は空中を彷徨う。96はそれを見ていたのだろう。

「…支配回路以外にバレたくない技能があった…最初はそれを使うつもりだったけど、途中で支配回路に切り替えた…とか。…まあ、支配回路もバレたくなかったんだろうけど」

ちゃんと当ててきた。

「んー…なんで分かるのかな…私、嘘苦手?」

「視線泳いでた」

「うっ…まあ、良いよ。もう96とは戦わないだろうし。その代わり、誰にも口外しないでね?」

こくりと96は頷く。

「私の権能は『服従』。支配系の権能の原初に当たる権能。技能は四つ。支配回路、心理眼、覇気…最後に限界突破」

「…!?」

96は驚いたように目を少し大きくさせる。

「支配回路は理性、感情、心でさえも服従させることができる。限界突破は、力での服従をさせるため」

「…限界突破持ち、なるほど。それは…バレたら即徴兵」

限界突破は名前の通り。爆発的な体スペックの上昇。身体強化系以上の上昇率なので、各国に一人は近衛だったり、大物だったりが生まれる。軍事力が全てのこの国では、限界突破持ちがいれば、有無を言わせず逆に服従させられるだろう。自由に生きたいアルザにとって、それは不都合なものだった。故に、バレたくなかったのだ。なので、途中から支配回路に切り替えた。どっちにしろ、これもバレたくはなかったが、限界突破持ちだとバレる方が厄介だろうとアルザは考えたのだった。

「…自分の支配回路、弱かった。5秒にも満たなかった…」

96はしょんぼりを肩を落とす。

「しょうがないよ。逆に封印回路と強奪回路はすごく強いってことなんだから」

権能の回路は三つあるとされている。支配回路、封印回路、強奪回路。支配回路は、権能という防護を切り崩して、人自体を支配できる回路。封印回路は、支配回路と似ていて、権能の防護を切り崩して、人の思考から権能を使うという意思を封印する回路。強奪回路は、権能自体を強奪できる。三つの回路の中では、一つが特段に強ければ、他は特段に弱いのが法則となっている。96はその見本のような例だ。

「うん。…心理眼と覇気は?」

「心理眼は服従させた相手の記憶、感情を見ることができる。辛いことも悲しいことも無差別に現れるから、あんまり使わない。覇気は、支配後も怖い、言うこと聞かないとみたいな症状になる」

「へぇ。あんまり聞いたことない」

「まあ、強いものでも特殊なものでもないし。有名にはなれないよ」

それもそうか、と96はアルザの戦利品である鯖の缶詰をひょいっと持ち上げる。アルザは一瞬止めようかと迷ったが、96は一週間分の食料を手に入れてないことに気付く。アルザ自身は貴族たちから盗めるため、96の行動を許すことにした。その代わり、アルザは質問する。

「96は?ミリ単位で避けたあれ。流石に技能使ってるよね?」

「ん…」

しばらく黙ってみたが、96は一言も話さない。痺れを切らしたアルザは催促する。

「…え、私だけ言って終わり??」

それに96はみじろぎした。少しは考えていたらしい。

「仕方ない。公平にしよう…自分の権能は『平等』。技能は四つ。開戦、悪魔ノ加護、精霊ノ加護、思考加速…あとは平等っていう、後付けの技能」

「…名前からして、思考加速かな?」

「そう。脳の回転率が加速して、目に見える景色がスローになる。1秒が5分の世界。確か…普通の人は現実世界の5秒以上思考加速したら廃人化するとか」

「ん…?えっと、見えるけど動けないってことだよね?あと…技能を使っているようには見えなかったけど」

技能を使うには、魔力を発現させ、技能名を言わないと使えない。技能使用の原則だ。

「うん。脳だけが動いてるから。ちょっとは動かせるけど。思考加速は脳に作用する技能。自身の中で完結するから、魔力は発現させなくていい。技能名は言わなくても使える。…自分でもよくわかってない」

確かに。魔力を発現させるのは、体外に作用するものだ。例として、身体強化系は魔力を発現しない。しかし、何にでも例外は付きものである。96は先程手に取った缶詰を開けた。96は平然と食べ始める。

「開戦は?どう考えても平等とは程遠いように思えるけど…」

96は鯖を頬張りながら、んーと唸る。ごくり、と鯖を飲み込み、96は喋り出す。

「…平等ってのは、低いものを高いものに引き上げるだけじゃない。高いものを壊して低いものにするのも、平等」

変なことを言っているように聞こえるが、理屈は通っている。等しく平らに。それが平等の意味だ。

「開戦は…説明が難しい。今度見せる。悪魔ノ加護は、身体能力上昇。あと火を扱える。精霊ノ加護も同じで、肉体強度上昇。水を扱える。」

簡潔すぎる説明だ。アルザは内容を深く理解しようと努力したが、意味が簡潔すぎて分からなくなった。ふと、96の言葉に疑問に感じた。

「………ん?今度見せる…?」

「…あぁ」

96は気付いたように声を上げる。なんとなく嫌な予感がした。バッと96の方を見たが、96は全然アルザの方を見てくれない。

「この国、転覆させよう」

声のトーンも変わることなく。日常的な会話にさりげなく。とんでもないことを口にしたのだった。

「…え、ええええええ!?!?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「落ち着いた?」

「…全然」

あれから数十分。アルザが叫んだことにより、人の注目を浴びてしまった。96の発言は、民に知られれば応援されるものだが、国王などに知られれば反逆者として死刑にされかねないものだ。とにかく96の手を引いて、人気のない場所まで走ってきたのである。

「どういうこと?さっきの言葉」

今なら取り消せるよ、と措置をくれてやったのにも関わらず、96はそのままの意味、と返した。本当に、この国を転覆させたいらしい。

「96の力だったら楽勝だと思うし、私の力が必要だとは思わないんだけど…」

96の力は身をもって知った。アルザ自身、強いと自負しているが、それでも明確な差があるように感じる。

「…王の権能は支配回路に携わるもの」

96は嫌そうに目を細くさせながらそう言う。確かに、アルザも王の権能の噂については耳にしたことがある。この冬春国が何故こうも軍事力を維持できているのは、王が支配して強制的に軍下に置いているからだと。少し前、軍事力の要である人が消えたという事実が、王の権能が支配系統説を急激に浮上させた。

「なるほどね。意図はわかる」

96の支配回路は脆弱だ。96が支配されてしまえば、元も子もない。だから96は相棒を探し求めていたのだろう。

「アルザが今まで見た中で強い」

理由はわかった。しかし、腑に落ちないことがもう一つある。

「私が名の知れた人なのはわかるけど、もう一人いるじゃん…春夏の主が」

秋冬のアルザと並ぶ有名人。しかし、名前も姿もわからない。謎に包まれた人物。元々有名で、秋冬のアルザよりも昔から名を馳せていた人物だ。『真紅の炎を怒らせてはならぬ』という昔からの言葉は本物で、春夏で大きな反乱を企てていた人々が急に燃え出した、春夏に乗り込んできた隣国の兵を燃やし尽くした、逸話は山ほどある。その人を探し出した方が良いのではないか。アルザの疑問点はそこだった。

「…探した。けど、見つけられなかった」

春夏の主は姿がわからない。まず、見つけ出すことが最高難易度なのだった。

「う…そっか。じゃあ、私しかいないんだね…」

言い逃れる術は消えてしまった。本音を言えば、加担したくない。このまま適当に生きて、程よく生きたら死のうと思っていた人生だった。アルザ的には、そんなスパイスは欲しくなかった。けれど、反対に惹かれていた。アルザ自身、意味がわからない。

「危険だけど、受け入れてくれる?」

96が手を差し伸べてきた。握手だろう。しかし、その手はアルザにとって輝いて見えた。まるで、本能が手を取れと囁いているかのように。アルザは本能のままに96の手を取った。96の表情が少し明るくなり、握り返す力が強くなった。

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